あー、心配しないで。人混みでごった返してるカフェとかには、もう連れて行ったりしないから。ちょっぴり早足になった君を(なだ)める。(もうっ。いつまで根に持ってるの?)

 あたしは秘めやかなため息をもらし、やれやれと苦笑い。……ねぇ。あたしらの思い出、全てがキレイな宝石ってわけじゃないけど。傷つけ合ったり遠回りしたりを繰り返して、こうして続けてこれたから。

(やっぱり、ちょっと大胆になってるのかも……)

 君のパーカーの袖をくいくい引っ張る。名前を呼んで、こっち向いてよって。割とあっけなく振り向いてくれた仏頂面が、口を開きかけた瞬間。

 あたしは勢い任せのキスで遮ってみる。それは、ほんの一瞬の出来事。お互いの唇の温度を感じるより早く解くと、君はびっくりした顔で、ウソでしょってくらい狼狽えてる。無数の瞬きで「どういうこと?」って聞きながら。

 《《ホントに分かりやすい》》。今更このくらいで簡単に動揺しちゃうなんて。そう思いつつ、あたしは同時に優越感も覚えてる。(うんうん。やっぱり、ちょっぴり主導権を握ってるほうが「らしく」振る舞えるかも、あたし)

 まぁ、あたしはあたしで「してほしいのかなって思ったから」なんて、思ってもいない適当なこと言って、微妙に気まずくなっている空気を拙いながらやり過ごそうと躍起になってたりする。

「そんなに慌てなくて大丈夫だよ。ちゃんと周りに誰もいないこと確認したから」

 気づけるとしても、東の空に浮かんでるお月さまくらい。今が夕暮れ時でほんとにラッキーだった。そうじゃなかったら、あたし、こんなに大胆に振る舞えたりしなかった。かなわなかった。きっと林檎みたいに赤く染まってる、自分の顔をごまかすことも。月のふりをして夕顔の蕾を咲かせるみたいに、君の瞳をまっすぐ見ることも。

 ね……大学ん時のアレは、あたしが悪かったよ。知り合ったばかりの頃、初めて二人で行った学食のカフェテラス。ねえ、ちょっと。拉致とか言わないでよ。たしかに半ば強制的だったのは認めるけど……もうムリに誘ったりしないから。

 あの頃のあたし、賑やかで明るい場所が好きだったけど。いつの間にか、君の側がいちばんの居場所になってる。知ってた? 君って、あたしの特等席を用意できる天才なんだよ。

 君は何も言わず、けれど何かを察したようすで、あたしからスーパーの袋をさっと奪うと、再び歩き始めてしまう。繋がれた手は離れないまま――

 「ふたりぼっち」の影が、あたしらに掴まってぐんぐん引き伸ばされていく。なんか“トムとジェリー”の追いかけっこみたい。差し迫った宵の口から逃げるように、わちゃわちゃ触れ合ったり行き交ったりして。ピウモッソの常套。見慣れた帰り道を賑やかに彩ってくれる。


 あたしは静かに呼吸を整える。君の背中に声をかけたくて、タイミングを見計らう。

「ありがとう」の言葉じゃ足りなすぎる「ありがとう」の気持ちを、全心の「ありがとう」に込めて。今、君に伝えたくなったから。


「ねぇ……」

 どのくらい届いてくれるかな。また照れてそっぽを向くかな、気付かないフリして小首を傾げるかな。それとも――



 ありがとう。ありがとう……



             Bye-bye…