「マッチングアプリ……ついにインストールしちゃった……」
私はこれまで結婚に全く興味が持てず、何なら二次元至上主義故に、現実の男にもまるで関心がなかった。
結婚どころか恋人が欲しいとも思ったことがなかったし、他人に自分の時間が奪われるのがそもそも嫌だった。推し活が生き甲斐の、インドア派かつ一人時間大好き人間である。
それでも、友達が次々結婚したり、同年代の従姉妹に赤ちゃんが生まれると、それを可愛がる親からの「私はいつ孫の顔が見れるのか」という、明確に言葉にはしないながらもそういう雰囲気を感じたし、実際問題、気付けば二十八歳という微妙な年齢で、結婚するにしてもしないにしても、試すなら『今』しかないと思った。
結婚するとか老後のこととか、一生の決断をするには圧倒的経験値不足。今の気持ち的には求めてないけれど、社会のレールに乗ったり、将来的な安心を得るためには、結婚という選択肢も存在するのだ。
未だどっちつかずで、なんならしたくない派ではあるものの、二十代の今を逃すと機会はないという焦り。
それを唐突に認識した私は、とりあえず『マッチングアプリ』というものを入れてみた。結婚相談所みたいな本格的なものをお試しで使う訳にもいかず、ひとまず異性と会話をするのなら、これが一番手っ取り早いと思ったからだ。
思い立ったが吉日とばかりにインストールしたアプリを、私は恐る恐る開く。
「えーと……うわ、顔写真にプロフィール……いろんな設定しないとだ……」
これまで自撮りや動画等、SNSに顔を出したことはない。外見で悪口を言われたり、陰で笑われたりしたこともあるからだ。
だからこれまで、顔出しに対してふわっとした嫌悪感を抱いていた私にとって、個人情報を晒すのは中々勇気の要ることだった。
しかしこれだけの勇気を振り絞って登録したからには、私は真面目なプロフィールを書くことにした。
「あだ名は……『みる』で。自己紹介は……遊びNG、結婚を前提に、とか?」
別に恋愛がしたいとか恋人が欲しい訳じゃない。遊びなんてもってのほかだ。強いて言うなら、求めるべきは最終目的である伴侶だ。結婚しないなら恋人を作る意味がない。
しかしそんな零か百の極端なプロフィールを書いた私にも、マッチングアプリの洗礼とばかりに遊び目当てのメッセージは来た。
「お茶のあとホテル泊まろーね!」
「お断りします」
即ブロック。
「ぶっちゃけ遊び目的ですけど大丈夫ですか?」
「プロフィール読んでくれました?」
秒でブロック。
「とりあえず脱いだ写真見たいからラインに送って? これ僕ちんのID」
無言ブロック。
「……やばい、変なのしか居ない……」
これまで二次元のキラキラしたアイドルや紳士的な王子様に憧れてきた私にとって、その言葉の羅列は衝撃かつ嫌悪感が凄まじかった。
お世辞にも可愛いとは言えない外見の私にさえ、ぎりぎり二十代というだけで四十代、五十代、下手すると六十代の男性から「子供が欲しい」等のメッセージが届くのだ。
そこらの若い可愛い女の子や、いいねの数が桁違いの人気の子には、果たして特級呪物がどれだけ群がっているのかと同情を禁じ得ない。
「……私の癒し枠『ゆっけくん』しか居ない」
辛うじて三十代の男性ゆっけくんと雑談が続いた時には、たまたま運がなかった、あるいは年配の男性が問題なのかと思ったものの、そんな希望も数日で打ち砕かれる。
隣の市に住んでいるという彼とは、趣味が合うことでメッセージのやりとりも盛り上がっていた。ようやくまともに会話ができる人が現れて、私も嬉しかった。しかし、会話に慣れてきた頃、ふとした話題がきっかけでそれは終わってしまったのだ。
「タイミング合えば遊んだりしたいですね!」
「いいですねー、本屋巡りとか……最近ブックカフェとかも気になります。ゆっけくん行ったことあります?」
「あ、俺週末そっちの市行くんですけど、ダメ元でみるさんの家泊まれたりしないですかね?(笑)」
「え、すみません、急ですし……うちアパートで母親と二人暮らしなんで……」
「そうなんですね、残念!」
そしてそのままフェードアウト。
「……いや、遊ぼうって話題じゃなかった!? なんでそこスルーして一気に泊まりまで飛んだの? 普通に一度も会ったこともない年下女の家に泊まろうなんて図々しい通り越して怖くない!? (笑)じゃ誤魔化せないよ! メッセージ始めてまだ三日なんですけど!?」
少なからずショックを受けたあと、家への泊まり目的の男性が思いの外多いことに気付いた私は、今度はメッセージの最初の方から親と暮らしているアピールをすることにした。それでその手の誘いは省けると思っていた。
「はじめまして。みるさん。お仕事頑張ってるんですね」
「はじめまして! そうなんです、うち母親と二人暮らしなので、私が家計を支えなくちゃいけないので十年近く同じ場所で頑張ってます!」
「仕事を頑張ってる人って、性的なものへの関心も強いと思うんです」
「……え、いや、関係なくないです?」
「僕がそうなので」
即刻ブロック。
「知らんがな! というか初手上げるならもうちょい上げてよ! 上げて落とすの秒過ぎるよ!」
頑張りをスルーされるよりも、余計な解釈をされて尚更不快感が強い。
基本的に、マッチングアプリを使用している人は異性と距離を詰めたいのはわかる。本来それが目的だ。
しかしながら、その詰め方がバグっている。彼らは現実世界でもその距離感で他者と接しているのだろうか。セクハラ紛いの、何なら直接的な侮辱とも言える言葉を連ねられるのだろうか。
その手の不快メッセージがなかったとしても、会話が噛み合わなかったり、こちらから話したことに対して相槌のみで終わらせる人も多く居て、コミュニケーションが取りにくかった。
「……もしや相槌以外の単語話したら死ぬ呪いなのかな?」
趣味が合い、小説について雑談できる相手がたまに居たとしても、早々に「オレも書いてるんでよかったら読んで感想ください!」なんて、明らかに宣伝目的だったりしたこともある。
「マチアプでやるな。SNSでやれ」
たまにスマートかつ下心を感じさせない素敵な人が居たとしても、他サイトに誘導するタイプの詐偽だったりした。
「途中から詐偽のテンプレだって気付いたから敢えて乗っかったけど、夢のある素敵なやりとり対ありでした……でも検索したら出てくるテンプレそのまま使うの手抜きじゃん?」
こうなると伴侶だ恋人だの以前に、まともに人間関係を築くことさえ困難だった。マッチングアプリ使用開始から、一ヶ月経たずしての挫折である。
「……無理。やっぱ三次元の男無理……推ししか勝たん……結婚キャンセル界隈で生きよ」
こうして現実の男性への苦手意識が増えた結果、結婚という選択肢は完全に消え、私は晴れて独身を貫く決意をするのだった。



