◻︎▫︎



「俺のMBTI、なんだと思う?」


 つり気味なわたしの猫目は、まんまるになって驚きが滲んでいるだろう。駅前の噴水広場ではじめましての待ち合わせ。それから駅の近くの適当なカフェに入って案内された席について、彼はコートを荷物入れに丸めて置いて、わたしも同じく丸めて自分の背中と背もたれの間に隠して、ふうと一息、第一声。全員がわたしと同じ反応になるに違いない。

 MBTI自体、わからないわけはない。16パターンに分けられる性格診断だ。韓国では自己紹介にMBTIを入れ込むほど主流で、その流行の波は日本にも訪れていた。

 わたし自身、MBTIは得意だ。得意、という言い方は正しいかわからないけれど、MBTIで診断されるアルファベット4文字とそれに対応した日本語での特徴も一致している。この人は主人公っぽいな、あの人は擁護者かも、と考えるのも苦じゃない。

 が、しかしだ。MBTIマスター(仮)のわたしをもってしても、初対面で自分のMBTIを尋ねてくるのはいかがなものか。「私、何歳に見える?」に近しいものを感じる。まして、わたしたちは昨日の夜にマッチングアプリで無事マッチしトントン拍子で翌日、つまりは今日、会おうということになったのだ。

 どこに行くか、何をするかすら決めていなかった。ただ時間が合ったから会ってみた。関係値マイナススタートからMBTI、この時点で彼自身への評価もマイナスだ。無意識でもポイント制にしてしまうのは、マッチングアプリの良くないところだと思う。








「は、はは〜……なんでしょうね……」

「なんだと思う?」

「ご注文お決まりになりましたらお呼びください〜」

「ありがとうございます」


 面倒そうな質問を誤魔化してスルーしようとしても、なかったことにはできないらしい。被せるように再び聞かれた瞬間に、神の一声。おぉ、ありがたや。お水とおてふきを持ってきてくれた店員さんの業務連絡に救われた。そう、わたし今、困っていたのよ。

 わたしが発した「ありがとうございます」には二重の意味が含まれていた。目の前に座る、中顔面長めのマッチ相手は店員さんのほうを一瞬たりとも見なかった。うんうん、MBTI、それっぽいかも。

 実はわたし、この人のMBTIを知っている。というのも今時のマッチングアプリ、名前や学歴、出身地といったスタンダードな項目に加えて、MBTIまで記載ができるのだ。そこに律儀に中顔面長めな目の前の彼──ナガメくんとしましょう──は表記していた。そのアルファベット4文字はなかなか見かけることがないので、頭の中に強く残っていた。そしてそのMBTIとこの瞬間までの言動に、あまり齟齬は生じていないな、と感じていた。


「注文、決まりました?」

「俺はアイスコーヒー」

「わかりました、呼びますね」


 「すいませ〜ん!」とわたしの声が店内に響いて、先ほど救世主であった店員さんがゆっくりとやってきた。「アイスコーヒーとカフェオレで。カフェオレに砂糖は入れて大丈夫です」と伝えれば、にこやかにキッチンに戻ってゆく店員さん。残されたわたしと、ナガメくん。切れ長の目をさらに細めて、満足げに笑みを浮かべる彼に少しぞっとした。何をどうしたら、今そんな表情になるのかわからなくて。


「ともちゃん、女の子なのに珍しいね」

「は、はぁ」

「こうやってアプリで会った子とカフェ来ても、店員を呼ぶことも注文できないことも多いから。すごいすごい」

「………………」


 誰かこの人の口を塞いでくれないかしら……?
 会計するべきものはまだ何も届いていないのに、すでにレジに向かいたい。この場から立ち去りたい。アプリで会った子、なんてワードをデカデカと言うんじゃないよ。デリカシーどこに落としてきたの? そもそも所持していなかった? それに何その上から目線。自分は店員さんに会釈すらしないくせに、何様?


「で、俺のMBTIなんだと思う?」


 まだ続いていたのか、と絶望した。面倒すぎる。あまりにも面倒だから、さっさと答えを渡してあげよう。


「ENTJでしょう?」

「えっ、正解! なんでわかったの?」


 なんでも何も、あんたがプロフィール欄に書いてたんでしょうが! とつっこみたくなる気持ちを抑えつつ、当たり障りのない言葉を選ぶわたしはかなり賢いと自負がある。ENTJ(というかナガメくん)が好きそうな、賢い女ですよ、わたし。わたしからはお断りすぎるけれど。


「ほら、ENTJって話すことが好きで上手な人が多いから、それで」

「あ、やっぱりわかる? 話すの得意だし、いつもアプリの子と会ってても俺ばっかり話しててさ〜。人見知りしないし緊張しないから。女の子は話せないタイプが多いみたいだけど」


 欲しそうな言葉を与えれば、待ってましたと言わんばかりにわかりやすく捲し立ててきた。相手の女の子、緊張なんかじゃなくて単に引いてるだけだと思うよ。


「昨日もアプリの子と会ったんだけど〜、俺、会った瞬間から『あ、ないな』って思ったわけ。でも多分相手はそうじゃなかったっぽくて。渋々スタバで1時間話してさ〜。俺ばっかり話してたんだよ」

「確かに、受け身の人ってしんどいかもですね」

「そうなんだよ! 俺ENTJだから、そういうのすぐイライラしちゃって。ここだけの話、全然顔が可愛くなくて。直近の元カノは美容部員だったし、全員可愛くてさあ。俺って結局顔が良い子が好きなんだよ。ENTJって本当に性格悪いなって自分でも思うよ」

「…………顔って大事ですよね」


 え、なんでこの人、こんなに上から目線なの? 自分はプロフィール欄に「美容に気を遣っています!」なんて書いておいてニキビの潰れた痕が目立つし、中顔面は長すぎてフルマラソンしているのに。人様の顔面にあーだこーだ言えたお顔じゃないですよ、ナガメくん。あ、それはわたしも特大ブーメランかも。

 それに、初対面で何故この人はタメ口なのだろう。わたしは敬語を使っているのに。確かに同い年、社会人2年目であることはメッセージ段階で把握済みだけれど、まだ会って1時間も経っていない。


「ともちゃん、アプリやってるってことは彼氏探しだよね?」


 一通り気持ちよく話せて、上から目線なナガメくん的にわたしは合格となったのだろうか。突如として本題に入り、強張った。それはもちろん、わたしも恋人が欲しくてアプリに登録した。けれどもナガメくんは圧倒的ナシ判定だ。いつのまにか運ばれていたカフェオレを一度口にして落ち着いてから、音を発する。


「良い人がいればいいんですけど、基本は暇つぶしですかね」


 落ち着いてにこやかに、本当と嘘を混ぜ合わせた常套句。暗に、あなたはわたしにとって良い人ではないから候補外です、と伝えている。伝わる人と伝わらない人がいるだろう。ナガメくんはどうだろう、おそらくプライドが高いので、返ってくる言葉を予想するとすれば。


「俺も同じ。本気では探してない」


 たった今、頭の中で受け取る予行練習をした言葉がそのまま中顔面から飛び出してきたので吹き出しかけた。あまりにもわかりやすい、ナガメくんの思考。相手がそうではないのに、自分だけが泥臭く本気で恋人を探しているだなんて思われたくないのだろう。けれど、プロフィール欄に「真剣に彼女を探しています!」と書いていたこと、覚えていますから。

 ここまではわたしの予想通りだった。けれど次の言葉はさすがに予想しきれなかった。


「というか、彼女いるんだよね」

「……は?」

「彼女もアプリで出会った子で顔が可愛いんだよね。アプリで出会ってるから共通の知り合いもいないし問題なく続けてるんだ」

「いや、向こうも向こうでアプリ続けてるんじゃ?」

「続けてないよ。彼女、俺にベタ惚れだから。初回で持ち帰ってさ、セフレにするのももったいないし、向こうが俺のことめちゃくちゃ好きだって言うからまあ仕方なく」


 プロフィール欄に「今日の夜、明日終日空いてます!土日は基本的に空いてます!カフェ巡りしましょう」と書いていたじゃないか。彼女がいるのに直近の土日が空いていて、かつ基本的に空いているとはおかしな話だ。そもそもわたし、暇だったとはいえとんでもない地雷とのアポを取り付けてしまったな、と昨夜の自分に憤りすら覚える。マッチングアプリにまるまる予定を預ける男なんてろくなもんじゃない。

 これが事実でも偽りでも、どちらにせよナガメくんとの二度目はない。その後も彼の自慢話と会った女の子が可愛くないだのつまらないだのの愚痴。極め付け、加工食品の仲介業で働いていることを“商社”と強調して鼻高々としているから、笑いを堪えるのに必死だった。とにかく自分を良く見せようと、目の前のわたしや周りを貶すことに価値を見出していて滑稽だった。

 会話の中で、聞かれてしまった。「ともちゃんのMBTIは?」と。絶対に教えてあげなかった。「内緒」と絶対に口を割らずにいたら、お会計は1円単位で割られてしまった。








 帰宅して、無性に苛立ちが込み上げてきた。何故あんな男に時間を奪われたのか。わたしが安易に会ってしまったのが原因だけれど。思い返しては募るストレスを発散するように他のアプリを眺めていたら、たまたま見つけてしまったのだ。出会ったアプリと同じように「彼女を探しています! 土日は基本空いています!」と書かれている中顔面長めなアカウントを。律儀に「ENTJ」と表記のあるアカウントを。わたしだって複数アプリをぶん回しているのだから大概だ。

 載せられているのは加工されまくった自撮り。本当はクレーターだらけなのに、よくもまあこのビジュアルで可愛くないだのブスだの言えますね。


 わたしもだいぶ、性格が悪い。今日、黙って話を聞いてあげたんだから、少しくらいやり返してやりたい。
 見つけたアプリで“とも”ではなく、“はるか”という名前で昨夜と同じように右にスワイプする。すぐにmatch!の文字が浮かび上がった。テンプレートを用意しているのか、昨夜と同じメッセージが瞬時に飛んできた。「雰囲気好きです、お話してください」と。

 誰があんたみたいな性悪男と話なんかするもんですか。そして、あんたの性格が悪いように、わたしの性格もしっかり悪くて捻くれている。そういうもんなの、ENTJって。


「人のことブスだの可愛くないだの言う前に、ご自身の中顔面フルマラソンをハーフマラソンにしたらどうですか?アセアセ」

『は?お前誰』

「あなたと同じ、ENTJの者ですが」


 そのままブロックして、言い逃げた。




-fin-




作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:1

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

ブラックシュガー・セブンティーン

総文字数/12,800

青春・恋愛6ページ

本棚に入れる
表紙を見る
きみのことばを教えて

総文字数/4,772

青春・恋愛1ページ

本棚に入れる
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア