ヒカリサザンカ


 あなたは涙が頬を焦がすのを感じる。彼に悟られまいと、はにかんで、目を擦る。

(なんでだろうね、おかしいな……)

 哀しいわけじゃない。かと言って、嬉しいというのも、ちょっと違う。火傷しそうな熱さは妙にリアルで、五感が冴えわたり始めていること、《《ここ》》にいられる時間もそう長くないことを示していた。


 あなたは今、夢と現実の境にいる。厳密には意識のほとんどが緩くなった縫い目(ステッチ)から現実にサルベージされている。きっともう瞼を開けるだけで元の世界に戻れ、目覚めた瞬間から、この夢の内容は忘れていってしまうのだ。それが夢の唯一のルールだから。

「鈴村さん、大丈夫?」雨宮くんがあなたの肩をぽん、と叩く。あなたは精一杯つよがって首を横に振る。これも難点のひとつだ。親しくなるほど傍若無人な言動を曝すくせに、本当に大事な気持ちは巧妙に仕舞ってしまう。

 雨宮くんはあなたの背中を擦りながら、心配そうに声をかける。「どうしたの、お腹痛いの?」

 あなたは拍子抜けする。呆れて声も出ない。お腹が痛くて泣くとか、子どもかっつーの。

(まあ、なんだか昴らしいけど)

 こういうズレたところも好きだなと思えてしまう。きっと、あたしも変わってる。そう思うとおかしくて、なのにどうしてだろう、涙はより一層溢れてくるのだ。

 あなたの涙を拭う雨宮くんの指にあなたは手を重ねる。それが合図だったように、彼はあなたの身体を抱き寄せる。何も言わないまま、あなたの背中をゆっくり撫でたり、時々ふざけて揺すってみたりする。

「ちょっと、苦しいんだけど……」

 咄嗟(とっさ)の嘘だった。彼にもそれは理解できた。照れ隠しに拗ねてみせているだけだと。

「鈴村さん」

 彼はそのいじらしさには触れず、あなたを抱きしめる力をそっと強める。柔らかい石鹸の香りがあなたの鼻をくすぐる。


「僕を見つけてくれて、ありがとう」

(……ああ、そうだ。君は簡単に言えちゃうんだ――)

「ありがとう」も、「ごめんね」も。

 素直になれなくて意地っ張りなあたしは、都合の良い解釈をしたり、理不尽な言い訳を並べたり、本音をうやむやにしたりして。たまに喧嘩した後の仲直りをするきっかけも、ずっと君が作ってくれたっけ。

 君のひたむきさが当然だなんて思ってなかったけれど。感謝することも、忘れていたんだな。

 伝えたいこと、言わなきゃいけないことは、たくさんあるのに。お喋りなこの口は、肝心なとき役立たずになってしまう。だけど。

(このまま君に甘えてばかりじゃ、駄目だね)

 雨宮くんの薄い胸板に顔を埋めていたあなたは決意を固め、がばっと彼を見上げる。


「あのね、昴。あたし……」