ファミレスを出ると、外は爽やかな空気で満ちていた。季節のグラデーション。夕暮れだけ、ひと足早く秋めいているみたい。あなたはふと、金木犀の匂いがどこからともなく運ばれてくるような気配を感じた。
時々そよ風が吹く。それは季節の中でいちばん人見知りな風だった。あなたと雨宮くんの繋がれた手を遠慮がちに撫で、逃げるように去って行く。そうして肌に冷たい風が触れると、あなたは「雨が降って来たのかな?」と勘違いし、繋いでない方の手を空にかざしてみたりした。
(そういえば、もうすぐ一年が経つんだな……)
茜色の帰り道。河川敷に咲くたんぽぽを見かけ、雨宮くんの脳裏に蘇るあの日の記憶。
彼が、あなたに告白した時のこと。
すべてを鮮やかに思い出せる。ちょうど今くらいの夕暮れだった。町は秋うららで、ここに咲くたんぽぽの花は綿毛に変わっていた。虹色の順番に染まる空。優しい空気に溶けた、どこかの家のシチューの香り。初めて重なった二人の影……。
「あーあ、早く十月にならないかな。夏服だと肌寒い日があるんだもん」
あなたは口を尖らせて愚痴をこぼす。繋いでいる手を大きく振るから、回想に耽っていた雨宮くんは足がほつれて転びかける。
「……別にいいでしょ。僕のカーディガン、いつも勝手に着るんだから」
「あっ。あれ見て、昴!」彼の言葉を完全にスルーして、あなたは東の空を指さす。「月がめっちゃ大きい! すごくない? なんか、月ってたまにめっちゃ近くに感じることあるよねー」
自由奔放にはしゃぐあなたに、雨宮くんは小さく肩を竦める。けれど。やれやれと苦笑を浮かべる表情は、何となく楽しそう。束の間、あなたの夕映えの横顔に見惚れ、月に視線を移す。町の建物に支えられるように浮かぶ月は、太陽と同じ黄金色だった。
「……ほんとだ。ちょっと欠けて見えるから、明日くらいに満月なのかな。……ちょっと本気で走ったら追いつけそう」
突然、彼は走り出した。指を絡めて握っていた手がほどかれ、あなたは怪訝そうな顔。切れ長の目で何度も瞬く。
「昴……?」
何が起こっているのか理解できず、あなたは呆然と立ち尽くす。あっという間に小さくなる彼の背中。その光景がふと、ファミレスで見た不明瞭な夢の断片と重なり、あなたの胸に一抹の不安が生まれる。
「ねえ、昴ってばー!」
河川敷に響くあなたの声。あたしを置いてどこに行くの? 雨宮くんは肩越しに振り返り、負けじと声を張り上げる。
「どっちがさきに駅に着くか競争だよ―っ。負けたほうは駅ナカのドーナツ奢りで!」



