【ムーンさんの占いはすごいです! 友達ができました!
挨拶をしてくれる隣の席の子とたまたま話す機会があったんですけど、思い切って友達になってほしいと言えたんです!
ありがとうございます!!】
午後八時、ストロベリーのメッセージは浮かれていて私は思いだし笑いをする。
あの後「よろしく」と言った私を、夏目くんはぎろりと睨みつけて無言で去って行った。怒っているわけではないとは思っていたけど、これだけ喜んでくれているのなら照れ隠しだったんだ。
【良かったですね。話の時間制限は大丈夫でしたか?】
【はい。隣の席の子は俺の言葉を待ってくれているみたいでした。本当に優しい人です】
ちくりと棘が胸を刺す。優しいわけじゃない。知っていただけ。
【まずはその人と会話をしてみて、徐々に他の人にも慣れていけるといいですね】
廊下の方から、ママが鼻歌を口ずさみながら、洗面所を使っている音が聞こえる。
今日は金曜日。ママの彼が唯一ママに会える曜日。
そして、ムーンライトナイト配信日。
私は他のメッセージも確認する。今日の配信で取り上げる悩みはもう決まっている。
『不倫がやめられない。この関係に未来はありますか?』
扉が開く音がして、ママのヒールの音が遠ざかっていく。
未来なんてあるわけないのに、一喜一憂して信じられないものを無理やり信じて。
どうせやめられないくせに、誰かからアドバイスをもらって悲劇のヒロインだけ演じたい人たち。
ママの足音が完全に聞こえなくなったのを確認して、私は棚に紫色の布を貼っていく。
☽
月曜日の夏目くんはうまくいかなかった。
私の「おはよう」に視線を合わすことはできなかったし、休み時間に授業について話しかけたけど返事はなかった。正確に言うと、夏目くんからの返事が来るまでに実結や彩羽がやってきてタイムオーバーになったのだけど。帰りに「ばいばい」と言ったのも、聞こえなかったみたいに足早に教室から出て行った。
【うまくいきませんでした】
ストロベリーから嘆きのメッセージ。
【なにかあったんですか?】
【いえ、俺の心の問題です。今日も話しかけてくれたんですが、俺みたいなのが話をしてもいいのか考えてしまって。
彼女は、人気者なんです。みんなから好かれていて。そんな人が俺と友達になったら、彼女の評価を下げないでしょうか。
土日の間もずっと考えていたんです。俺は友達はいませんが、彼女はたくさん友達がいますし、俺と友達になる必要もありません。そんなことを考えていたら、教室で誰かの目がある場所で話すなんて……】
土日一人で考えていた夏目くんはどうやらネガティブのドツボにハマってしまったらしい。
人気者というのは、誰とでも仲良くなれるから人気者なのだ。人気者なんて利用しちゃえばいいのに。真面目な人だ。
☽
翌日の放課後。私は夏目くんの後をつけた。
高校の最寄り駅は二つあり、夏目くんは利用者がほとんどいない方を利用している。それを知っていた私は偶然を装い、ホームで夏目くんに声をかけることにした。
スマホを見つめている夏目くんは、女生徒の視線を集めている。物憂げな表情は夕日に照らされて美しい。
そんな彼が「今日も春野さんに一言も返事ができなかった」と内心悲しんでいることは、私しか知らない。ひそかな満足がこみあげて、私は足早に夏目くんに近寄った。
「夏目くん」
振り向いた夏目くんに睨まれてしまった。だけど多分これは驚いているだけ。
「…………」
夏目くんの表情は変わらない。迷惑そうな表情にも見えるけどこれは思案顔である(はず)。
「夏目くん、この駅なんだね。私も今日用事があってこっちの路線使うんだ。そしたら夏目くんが見えたから声かけちゃった」
夏目くんはまわりをちらりと窺う。クラスメイトがいないことは私も確認済。同じ高校の人もまばらで、環境としては最適だ。
「一緒に電車待っててもいい?」
それにはすぐに頷いてくれた。
「なかなか話せなかったから。座ろ?」
返事を待たずにベンチに移動した。次の電車まで十五分はある。夏目くんは大人しく私の隣に座った。
「だいぶ暑いね」
「うん」
無難な天気の話はすぐに頷けるみたい。私は用意しておいた話を切り出す。
「夏目くんの中学って、岡山先生っていた? 英語の」
「……うん」
「あの人、うちの中学に移動してきて、中三の時の担任」
「え」
ぽつりと驚きの声が出る。夏目くんの顔を見てるけど、表情は変わらない。追加で尋ねるのをやめて返事を待ってみる。
「……岡山先生、俺の二年のときの担任」
たっぷり一分待って、返事があった。どうやら返事は一分くらい待てば、出てくるらしい。
夏目くんから返事がきたことが嬉しくて、自然と笑顔がこぼれる。
「違う中学なのに担任被りとかあるんだね」
「……すごい」
「岡山先生が夏目くんの中学の話をしてくれることがあったんだけど、図書館が独立した建物って本当?」
「……本当。塔みたいになってる」
「塔? クラシカルな感じ?」
「……レンガ建てで雰囲気はある。写真ある」
私から会話を振って、ぽつりぽつりと返事が返ってくる。
ぎこちない会話で、傍目からは私が一生懸命話しかけているように見えるかもしれないけど、全然嫌じゃない。
夏目くんの表情はどうせ読み取れない。何を考えているかわかんないどころか、顔から想像できないことを考えている。だけど彼の言葉は全て相手のことを考えて出てくる言葉なことを知っている。
電車が到着するアナウンスが流れて、夏目くんと目があった。
「今日って用事ある?」
「ない」
「もう一本分話していかない?」
夏目くんの眉間が寄る。返事はないけど「嫌」とは言わない。考えてくれている。
そのうちに、電車がホームに入ってきた。
――夏目くんは腰をあげようとはしなかった。
わざと逃したわけじゃない。夏目くんのタイムオーバーがいい仕事をしてくれた。
「教室だとあんまり私と話したくなかったり、する?」
電車を見送ってから、私は少しだけ踏み込んだ。
夏目くんと話していたいし、友達になるって言ってくれた。
毎日こうしてひと気ないところまで追いかけるのは難しい。ムーンとしてのアドバイスも限界がある。
こうして実際に話して、聞いてみたい。
夏目くんは今日一番考えて、一分以上たっても返事はこない。彼を見つめてみると
「……ごめん、怒ってるわけじゃない」
険しい目つきの夏目くんがこちらを見た。目つきとは裏腹に声音は申し訳なさを含んでいる。
「うん、考えてくれてるんだよね」
笑顔で返すと、夏目くんは頷いてそれからまた考えた。
ゆっくり考えてくれていい。夏目くんがどうして教室では話せないのか、私は知っている。だから私もたっぷり時間をかけて返事を考える。
「……春野さんは俺と仲いいと思われない方がいい。俺は暗いし、なんでと思われる」
「誰も夏目くんを嫌ってなんていないからそんなこと思わない。暗いというよりクールでしょ。夏目くんは私と話すのは嫌?」
「クール……。本当は俺も春野さんと話したいけど……」
「それなら話そうよ」
夏目くんは浮かない顔のまま。
「それなら、時々二人でこうやって話そうよ。どう?」
夏目くんが私を見た。今度は睨んでいなくて、本当に驚いた顔をしていた。我ながら大胆なことを言ってしまったかも。
「えっと、私たち友達だし?」
慌てて付け加えたところで、電車のアナウンスが流れた。
「ありがとう」
アナウンスにかき消されそうな夏目くんの声。少しだけ瞳が優しく見えた気がして、私は慌ててスマホを出す。
「じゃ、じゃあ! 連絡先交換しよう!」
夏目くんは素直にスマホを出して、電車の到着前に連絡先の交換は完了。
「それじゃあ、また明日」
もう一本電車を待つのは、私がもう難しかった。
いつもはもっとスマートに人と会話ができるのに。他の人と違って表情から考えていることがわからないから、うまく対応できない。夏目くん用のマニュアルがない。
「……」
胸のなかに広がった、不快とは異なるざらりとした感情はうまく飲み込めない。
「あ、改札出てきちゃった」
同じ電車に乗ると言い訳してホームに現れたくせに。普通にさよならしてしまった。
やっぱり今日の私はうまくいかない。
☽
【隣の席の子とたくさん話せました!
俺が使うホームまで追いかけてきてくれて、三十分くらい話をしました!
たぶん気を遣ってくれたんだと思います。その子と俺は使う電車が違うんです。
俺が友達になろうって言ったのに、教室だとしゃべれないとわかって、わざわざ! 優しい人です!】
「ば、ばれてる!」
帰宅後にストロベリーから届いたメッセージを読んで体温があがる。恥ずかしすぎる。ぱたぱたと顔を手で仰ぎながら、続きを読む。
【会話はやっぱり下手です。
普通の人みたいな軽い会話のラリーができません。
でも彼女は、俺の言葉を待ってくれて、それに返事をしてくれて人と話すことって楽しいんだな、と思いました。
ムーンさんにも、その子にも、すごく感謝しています】
ストロベリーの、いや、夏目くんの文字が染み込んでくる。メッセージはまだ続いている。
【ところで彼女にまた二人で話そうと言われました。
これは、二人で出かけるということでしょうか?
彼女は人気者なので、異性と出かけるのも慣れていると思いますが……】
さらに身体の体温が上がった気がする。
もしかして、私の言動ってかなり思わせぶりだったんじゃ……?
乗らない電車のホームまで追いかけて、二人で話したがり、これから二人きりで話そうと言って連絡先まで交換した。
純粋に、彼と友達になろうと必死だったけれど。私たちは男女なわけで。
【でもせっかく友達になれたので、二人で出かけたいと思います!】
ストロベリーのメッセージはポジティブに終わっていた。
夏目くんは、春野月子に下心はない。純度百%で懐いてくれているだけだと思う。人間として。
だから出かけるのも問題ない。学校で話せば外野がうるさいのは間違いないし、休日にじっくり会話練習に付き合うべきだ。
「なんて返事しよう」
ムーンとしてストロベリーに、春野月子として夏目一悟に。
どちらも正解が難しい。メッセージをじっと見つめても、答えはわからない。
そして夏目くんは大きな勘違いしている。
私は異性と出かける……つまり、デートをしたことがない。
普段〝理想の女の子〟をやっている私は、デートに誘われたことも告白されたこともある。だけど私の恋愛経験はゼロで、彼氏ができたことはおろかデートだってない。
誰かの〝よい友達〟になるためには、彼氏がいたほうがいいのだと思う。恋の話をしたりダブルデートをしたり〝理想の友達〟を演じるために彼氏は必要かも。と思ったことはあった。
でも、私は知っている。
恋愛は人を狂わせる。ムーンの相談でも、友達の話を聞いていても……ママを見ていても。
自分は恋をしたとて冷静だと思うし〝理想の彼女〟も上手に演じることができる。それでも〝彼女〟になってしまえば、相手の理想や要求も大きくなる。そこから膨れ上がり制御不能となった感情を向けられるのが怖かった。
だから恋に関して深入りしたくなかったし、男の人と一線引くようにしていた。あくまでみんなの人気者の春野月子というスタンスを貫いて。
夏目くんが返事をする以上に私はたっぷり悩んで、ムーンでも月子でも返事をした。
【ストロベリーさん、友達が出来て良かったですね。その子に事情を話して、会話練習に付き合ってもらうのはどうですか?】
【夏目くん、今日はありがとう! 間違えて改札下りちゃってあのあとまた電車に乗ったよー笑】
結局当たり障りのないメッセージになった。ついでに〝友達〟を強調しておく。
【ムーンさん、ありがとうございます。でも彼女との会話を練習にはしたくないんです。
ワガママですみません。だけど、彼女とはちゃんと話がしたいです。
それに向こうの好意に甘えてばかりもいられません。自分も勇気を出してみます】
【春野さん、今日はありがとう。話せて嬉しかった。
よければ、休日にどこかに出かけませんか?】
一時間後に届いたそれぞれへの返信に、心臓が止まりそうになった。止まったはずの心臓は、なぜかバクバクと大きな音をたててうるさくて、苦しかった。
どうしていいかわからなくなって、私は天然石を転がしてみたけど。
インチキの石はなんにも占えるわけがなかった。
挨拶をしてくれる隣の席の子とたまたま話す機会があったんですけど、思い切って友達になってほしいと言えたんです!
ありがとうございます!!】
午後八時、ストロベリーのメッセージは浮かれていて私は思いだし笑いをする。
あの後「よろしく」と言った私を、夏目くんはぎろりと睨みつけて無言で去って行った。怒っているわけではないとは思っていたけど、これだけ喜んでくれているのなら照れ隠しだったんだ。
【良かったですね。話の時間制限は大丈夫でしたか?】
【はい。隣の席の子は俺の言葉を待ってくれているみたいでした。本当に優しい人です】
ちくりと棘が胸を刺す。優しいわけじゃない。知っていただけ。
【まずはその人と会話をしてみて、徐々に他の人にも慣れていけるといいですね】
廊下の方から、ママが鼻歌を口ずさみながら、洗面所を使っている音が聞こえる。
今日は金曜日。ママの彼が唯一ママに会える曜日。
そして、ムーンライトナイト配信日。
私は他のメッセージも確認する。今日の配信で取り上げる悩みはもう決まっている。
『不倫がやめられない。この関係に未来はありますか?』
扉が開く音がして、ママのヒールの音が遠ざかっていく。
未来なんてあるわけないのに、一喜一憂して信じられないものを無理やり信じて。
どうせやめられないくせに、誰かからアドバイスをもらって悲劇のヒロインだけ演じたい人たち。
ママの足音が完全に聞こえなくなったのを確認して、私は棚に紫色の布を貼っていく。
☽
月曜日の夏目くんはうまくいかなかった。
私の「おはよう」に視線を合わすことはできなかったし、休み時間に授業について話しかけたけど返事はなかった。正確に言うと、夏目くんからの返事が来るまでに実結や彩羽がやってきてタイムオーバーになったのだけど。帰りに「ばいばい」と言ったのも、聞こえなかったみたいに足早に教室から出て行った。
【うまくいきませんでした】
ストロベリーから嘆きのメッセージ。
【なにかあったんですか?】
【いえ、俺の心の問題です。今日も話しかけてくれたんですが、俺みたいなのが話をしてもいいのか考えてしまって。
彼女は、人気者なんです。みんなから好かれていて。そんな人が俺と友達になったら、彼女の評価を下げないでしょうか。
土日の間もずっと考えていたんです。俺は友達はいませんが、彼女はたくさん友達がいますし、俺と友達になる必要もありません。そんなことを考えていたら、教室で誰かの目がある場所で話すなんて……】
土日一人で考えていた夏目くんはどうやらネガティブのドツボにハマってしまったらしい。
人気者というのは、誰とでも仲良くなれるから人気者なのだ。人気者なんて利用しちゃえばいいのに。真面目な人だ。
☽
翌日の放課後。私は夏目くんの後をつけた。
高校の最寄り駅は二つあり、夏目くんは利用者がほとんどいない方を利用している。それを知っていた私は偶然を装い、ホームで夏目くんに声をかけることにした。
スマホを見つめている夏目くんは、女生徒の視線を集めている。物憂げな表情は夕日に照らされて美しい。
そんな彼が「今日も春野さんに一言も返事ができなかった」と内心悲しんでいることは、私しか知らない。ひそかな満足がこみあげて、私は足早に夏目くんに近寄った。
「夏目くん」
振り向いた夏目くんに睨まれてしまった。だけど多分これは驚いているだけ。
「…………」
夏目くんの表情は変わらない。迷惑そうな表情にも見えるけどこれは思案顔である(はず)。
「夏目くん、この駅なんだね。私も今日用事があってこっちの路線使うんだ。そしたら夏目くんが見えたから声かけちゃった」
夏目くんはまわりをちらりと窺う。クラスメイトがいないことは私も確認済。同じ高校の人もまばらで、環境としては最適だ。
「一緒に電車待っててもいい?」
それにはすぐに頷いてくれた。
「なかなか話せなかったから。座ろ?」
返事を待たずにベンチに移動した。次の電車まで十五分はある。夏目くんは大人しく私の隣に座った。
「だいぶ暑いね」
「うん」
無難な天気の話はすぐに頷けるみたい。私は用意しておいた話を切り出す。
「夏目くんの中学って、岡山先生っていた? 英語の」
「……うん」
「あの人、うちの中学に移動してきて、中三の時の担任」
「え」
ぽつりと驚きの声が出る。夏目くんの顔を見てるけど、表情は変わらない。追加で尋ねるのをやめて返事を待ってみる。
「……岡山先生、俺の二年のときの担任」
たっぷり一分待って、返事があった。どうやら返事は一分くらい待てば、出てくるらしい。
夏目くんから返事がきたことが嬉しくて、自然と笑顔がこぼれる。
「違う中学なのに担任被りとかあるんだね」
「……すごい」
「岡山先生が夏目くんの中学の話をしてくれることがあったんだけど、図書館が独立した建物って本当?」
「……本当。塔みたいになってる」
「塔? クラシカルな感じ?」
「……レンガ建てで雰囲気はある。写真ある」
私から会話を振って、ぽつりぽつりと返事が返ってくる。
ぎこちない会話で、傍目からは私が一生懸命話しかけているように見えるかもしれないけど、全然嫌じゃない。
夏目くんの表情はどうせ読み取れない。何を考えているかわかんないどころか、顔から想像できないことを考えている。だけど彼の言葉は全て相手のことを考えて出てくる言葉なことを知っている。
電車が到着するアナウンスが流れて、夏目くんと目があった。
「今日って用事ある?」
「ない」
「もう一本分話していかない?」
夏目くんの眉間が寄る。返事はないけど「嫌」とは言わない。考えてくれている。
そのうちに、電車がホームに入ってきた。
――夏目くんは腰をあげようとはしなかった。
わざと逃したわけじゃない。夏目くんのタイムオーバーがいい仕事をしてくれた。
「教室だとあんまり私と話したくなかったり、する?」
電車を見送ってから、私は少しだけ踏み込んだ。
夏目くんと話していたいし、友達になるって言ってくれた。
毎日こうしてひと気ないところまで追いかけるのは難しい。ムーンとしてのアドバイスも限界がある。
こうして実際に話して、聞いてみたい。
夏目くんは今日一番考えて、一分以上たっても返事はこない。彼を見つめてみると
「……ごめん、怒ってるわけじゃない」
険しい目つきの夏目くんがこちらを見た。目つきとは裏腹に声音は申し訳なさを含んでいる。
「うん、考えてくれてるんだよね」
笑顔で返すと、夏目くんは頷いてそれからまた考えた。
ゆっくり考えてくれていい。夏目くんがどうして教室では話せないのか、私は知っている。だから私もたっぷり時間をかけて返事を考える。
「……春野さんは俺と仲いいと思われない方がいい。俺は暗いし、なんでと思われる」
「誰も夏目くんを嫌ってなんていないからそんなこと思わない。暗いというよりクールでしょ。夏目くんは私と話すのは嫌?」
「クール……。本当は俺も春野さんと話したいけど……」
「それなら話そうよ」
夏目くんは浮かない顔のまま。
「それなら、時々二人でこうやって話そうよ。どう?」
夏目くんが私を見た。今度は睨んでいなくて、本当に驚いた顔をしていた。我ながら大胆なことを言ってしまったかも。
「えっと、私たち友達だし?」
慌てて付け加えたところで、電車のアナウンスが流れた。
「ありがとう」
アナウンスにかき消されそうな夏目くんの声。少しだけ瞳が優しく見えた気がして、私は慌ててスマホを出す。
「じゃ、じゃあ! 連絡先交換しよう!」
夏目くんは素直にスマホを出して、電車の到着前に連絡先の交換は完了。
「それじゃあ、また明日」
もう一本電車を待つのは、私がもう難しかった。
いつもはもっとスマートに人と会話ができるのに。他の人と違って表情から考えていることがわからないから、うまく対応できない。夏目くん用のマニュアルがない。
「……」
胸のなかに広がった、不快とは異なるざらりとした感情はうまく飲み込めない。
「あ、改札出てきちゃった」
同じ電車に乗ると言い訳してホームに現れたくせに。普通にさよならしてしまった。
やっぱり今日の私はうまくいかない。
☽
【隣の席の子とたくさん話せました!
俺が使うホームまで追いかけてきてくれて、三十分くらい話をしました!
たぶん気を遣ってくれたんだと思います。その子と俺は使う電車が違うんです。
俺が友達になろうって言ったのに、教室だとしゃべれないとわかって、わざわざ! 優しい人です!】
「ば、ばれてる!」
帰宅後にストロベリーから届いたメッセージを読んで体温があがる。恥ずかしすぎる。ぱたぱたと顔を手で仰ぎながら、続きを読む。
【会話はやっぱり下手です。
普通の人みたいな軽い会話のラリーができません。
でも彼女は、俺の言葉を待ってくれて、それに返事をしてくれて人と話すことって楽しいんだな、と思いました。
ムーンさんにも、その子にも、すごく感謝しています】
ストロベリーの、いや、夏目くんの文字が染み込んでくる。メッセージはまだ続いている。
【ところで彼女にまた二人で話そうと言われました。
これは、二人で出かけるということでしょうか?
彼女は人気者なので、異性と出かけるのも慣れていると思いますが……】
さらに身体の体温が上がった気がする。
もしかして、私の言動ってかなり思わせぶりだったんじゃ……?
乗らない電車のホームまで追いかけて、二人で話したがり、これから二人きりで話そうと言って連絡先まで交換した。
純粋に、彼と友達になろうと必死だったけれど。私たちは男女なわけで。
【でもせっかく友達になれたので、二人で出かけたいと思います!】
ストロベリーのメッセージはポジティブに終わっていた。
夏目くんは、春野月子に下心はない。純度百%で懐いてくれているだけだと思う。人間として。
だから出かけるのも問題ない。学校で話せば外野がうるさいのは間違いないし、休日にじっくり会話練習に付き合うべきだ。
「なんて返事しよう」
ムーンとしてストロベリーに、春野月子として夏目一悟に。
どちらも正解が難しい。メッセージをじっと見つめても、答えはわからない。
そして夏目くんは大きな勘違いしている。
私は異性と出かける……つまり、デートをしたことがない。
普段〝理想の女の子〟をやっている私は、デートに誘われたことも告白されたこともある。だけど私の恋愛経験はゼロで、彼氏ができたことはおろかデートだってない。
誰かの〝よい友達〟になるためには、彼氏がいたほうがいいのだと思う。恋の話をしたりダブルデートをしたり〝理想の友達〟を演じるために彼氏は必要かも。と思ったことはあった。
でも、私は知っている。
恋愛は人を狂わせる。ムーンの相談でも、友達の話を聞いていても……ママを見ていても。
自分は恋をしたとて冷静だと思うし〝理想の彼女〟も上手に演じることができる。それでも〝彼女〟になってしまえば、相手の理想や要求も大きくなる。そこから膨れ上がり制御不能となった感情を向けられるのが怖かった。
だから恋に関して深入りしたくなかったし、男の人と一線引くようにしていた。あくまでみんなの人気者の春野月子というスタンスを貫いて。
夏目くんが返事をする以上に私はたっぷり悩んで、ムーンでも月子でも返事をした。
【ストロベリーさん、友達が出来て良かったですね。その子に事情を話して、会話練習に付き合ってもらうのはどうですか?】
【夏目くん、今日はありがとう! 間違えて改札下りちゃってあのあとまた電車に乗ったよー笑】
結局当たり障りのないメッセージになった。ついでに〝友達〟を強調しておく。
【ムーンさん、ありがとうございます。でも彼女との会話を練習にはしたくないんです。
ワガママですみません。だけど、彼女とはちゃんと話がしたいです。
それに向こうの好意に甘えてばかりもいられません。自分も勇気を出してみます】
【春野さん、今日はありがとう。話せて嬉しかった。
よければ、休日にどこかに出かけませんか?】
一時間後に届いたそれぞれへの返信に、心臓が止まりそうになった。止まったはずの心臓は、なぜかバクバクと大きな音をたててうるさくて、苦しかった。
どうしていいかわからなくなって、私は天然石を転がしてみたけど。
インチキの石はなんにも占えるわけがなかった。



