
シルヴェストルが訓練場の前を通りかかると、騎士のものとは思えない笑い声が聞こえて、訓練場を覗いてみた。
「シルヴェストル様。」
「アナスタシア嬢だったか。みんなは、何をしている?」
「王妃様の国の遊びだそうです。 ‘オニ’ に影を踏まれると踏まれた人が次の ‘オニ’ になるそうで、今は王妃様が ‘オニ’ をやっています。」
「アシルやブリスまで随分と楽しそうにしているな。」
「あっ!フェルナン王子。王妃様が近寄って来ていますよ。お気を付け下さい。」
アナスタシアの声で、フェルナンは素早く走り出す。
「王子様、王妃様はパニエが邪魔で早く走れませんから大丈夫ですよ。」
アナスタシアは、自分に向って大きく手を振るフェルナンを見てニッコリと笑い頷いた。
「笑うんだな。」
心底意外そうに呟いたシルヴェストルにアナスタシアはもう一度笑って見せた。
「悪い。失礼だったな。」
アナスタシアは首を振った。
「王女で赤色の魔力を持つ祖母は、自分と同じく赤色の魔力を持つであろう私を、自分の娘以上に厳しく教育していました。その祖母から、心の内を表情に出すなと教えられてきました。母すらも私は表情が乏しいと思っています。」
訓練場をはしゃいで走り回る、里桜とフェルナンを二人は眺めていた。
「王妃様にお仕えするようになって。リオ様は、嬉しいも楽しいも美味しいもありがとうも、花が咲いたような満面の笑顔で伝えて下さいます。お好きな本を読まれている時などはそれこそコロコロと表情を変化させます。だからこそ、リオ様の言葉は心からの言葉なのだと私に響くのです。悲しいも辛いも腹立たしいも全て。」
シルヴェストルは、アナスタシアの横顔に見入る。
「だから、私もきちんとお伝えしなければと思ったのです。リオ様の侍女が私の生きる道で、今の私は本当に幸せだと言う事を。それには笑うことが必要不可欠だったのです。」
「君は自分の生まれてきた意味を見つけたんだな。」
「え?生まれてきた意味ですか?私はリオ様の侍女になるために生まれてきた…えぇ…そうですね。そうかもしれません。」
「ジルベールとの交代で書類仕事をしないといけないことを思いだした。それじゃ、失礼するよ。」
アナスタシアはシルヴェストルを笑顔で見送った。
結婚などしなくても掴める幸せはある。
結婚をしても幸せを掴むことができない事もある。
俺たちはいとこ。血が近すぎるために婚姻関係にはなれない。
好きな女に好きだと言う事も出来ず、本当は王の息子ではない。
ならば、俺は何のために生まれてきた?

