恋する空

「さあ、ご飯にしましょうか」
香苗さんの元気な声がリビングに響き渡り、慌てて先輩から目を逸らした。
『香苗さん、このハヤシライスすっごく美味しい‼』頬に手をあてた。
「そう、ありがとう。うちの男共、美味しいも何もないのよ。ひどいと思わない」
香苗さん特製のハヤシライスに舌鼓を打つ僕を、先輩は終始笑顔で眺めていた。
「真尋、良かったわね。真尋ちゃんが来てくれて」
先輩のおばあちゃんも薄々勘づいたみたい。
「う、五月蝿いな」
真っ赤になってそっぽを向くと、むしゃむしゃとハヤシライスを口に運んでいた。
「真尋ちゃん、真尋はね、こう見えても直矢たちーー真尋のお兄ちゃんとは違って、すごく真面目な子だからね」
おばあちゃんにまで言われ、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「真尋が困っているだろ」
先輩が助け船を出してくれて、
「ご馳走さま」
ぶすっとした表情のまま、席を立つと自分の部屋にそそくさと行ってしまった。
「真尋ちゃん、ほら、追い掛けないと」
肩をぽんぽんと軽く叩かれた。
『香苗さん、僕、先輩とそう関係じゃ……』
首を振り否定したけど、
「そうかしら。学校で見る限りは、お似合いだと思うけど」
『おばあちゃんまで……』
家族公認で後押しされ、どうしていいか戸惑っていると、ずっと黙っていた学園長先生が口を開いた。
「学校でどんなにちやほやされても、真尋は、寂しかったんだと思うよ。自分を心底、好きになってくれる人がいなかったから。君は、真尋に会ったばかりだと思うが、真尋は、一年前の夏休みに行われた学校説明会で、君に出会っている。親の同伴がいない生徒は特に目立つからね。真尋は、一人、寂しそうにしている君に、自分の姿を重ねたんだろうな」
学園長先生の言葉は、ずしりと胸に刺さった。そんな前から、こんな僕の事を思ってくれていたなんて。何で、もっと早く気がつかなかったんだろう。
「君といる真尋を何度か校内で見掛けたが、母さんが言うように、あんな楽しそうな息子の顔を今まで見たことはない。友達と一緒にいる顔とは全然違う。保護者代わりの有馬さんのこと、香苗から聞いたよ。今は、辛いかも知れないが、真尋の事、どうか頼む」
学園長先生にいきなり頭を下げられたらびっくりした。
『あ、あの‼僕、男ですし、そ、その……』
喋れないことがこんなにももどかしいなんて。
「私の弟が同性婚しているんだ。海外では普通の事だ」
さらりと言われ、返す言葉がなかった。
「今どきのチャラチャラした若い娘を連れてこられるよりは、真尋ちゃんみたいな家庭的な子がいいもの。一から教えなくても料理も出来るし」
その上、香苗さんにトドメの一言を言われてしまった。
こんな僕にまた恋なんて出来るんだろうか?
不安を抱えながら、重い足取りで先輩の部屋に向かった。ドアを軽くノックをすると、すぐに顔を出してくれた。
「うちの家族、おっせっかい焼きが多くて、引いたろ⁉」
初めて入る先輩の部屋。
小綺麗にしてあって、壁の本棚には参考書や難しそうなタイトルの本ばかり並べてあった。
「真尋、その……」
先輩が言いにくそうに口を開いた。
何を言おうとしているか分かるから、その分、切なくなる。
「好きになって貰うまで待っているから……俺は本気だ。真尋以外誰とも付き合う気はない。誰よりも、お前が好きだから、側にいて欲しいから、だから、どうしても、あの家から連れ出したかった。それだけだ」
先輩の大きな腕が背中に回ってきて、ぎゅっーと抱き締められた。突然の事に、吃驚しすぎて目をパチパチしていると、
「君の姉さんは、本当は、弟思いの優しい人だよーー」
にわかには信じられない事を言われ、更に、混乱したのはいうまでもない。