雪が降らない街で、私は今日も雪の音を聞く


 空から、冬を告げる白が舞い降りてくる。
 積もったら、また雪かきもしないとね。そんなことを思いながら、私は人を待っていた。とは言っても、家から外に出て、隣の家から出てくるやつを待っているだけなのだけれど。

 そして、私を呼び出したそいつは、黙って私にそれを差し出した。

「なに、これ?」

 私は受け取って、そう呟く。
 四角い箱だ。見るからにプレゼントとわかる包装だが、定番の赤いリボンではなく、青いリボンが十字に結ばれている。

 渡してくれたのは、白い男だった。そして付け加えるならば細い男でもある。
 生まれつき太陽に弱く、ケアにも凄く気を遣っているから、地黒で、何年も日に焼けて鍛えられた筋肉もついた私と並ぶとどっちが男でどっちが女なんだかわからないまであった。

「…………プレゼント」

 端的に言葉を告げる、中性的でか細い声。
 幼少期のお風呂の記憶がなければ、昔からの付き合いである私の中でさえ、性別という概念が揺らぎかねなかった。
 極め付けに、こいつの名前は(ゆき)という。名前まで可愛い。

 (はる)という自分の名前も気に入ってはいるけれど、色白で小柄な雪って憧れる。無いものねだりとも言う。

「えっと、なんで?」

「あげる」

「いや、それはわかってるわよ、これで私へのプレゼントじゃなかったら何なのよ……じゃなくて、何でいま? 何で私に?」

 この頭は良いくせにとぼけたようなことを言う男は、私の大事な幼馴染だった。
 生まれた時から共に育った。姉弟みたいな親友――私が姉なのは譲らない――で、おままごとをやる時は夫役で、絶対ノーカンの初キスの相手で、悔しいことに初恋の相手で。
 そして、告げないままの、未だに片想いの相手だった。

「…………うーん」

「なんであんたが悩むのよ」

 雪は、天才というやつだ。
 私自身も天才と称されることもあるし、ある部分において人より才能があることは自分でも認めている。
 ただ、もしも天才に、本物と偽物があるとしたら、雪は本物だった。

 雪は人と会話するのが下手だ。
 紫外線に弱く、外で走り回る事もできないし、多分女の私でも簡単に組み敷けてしまう位に弱い。

 でも、雪の頭脳は至宝だった。
 私が宿題から逃げ回ってばかりいた小学生の頃、雪が独学で作ってリリースした一つのアプリゲームは世界中に広がり、その制作者が実は10歳になったばかりの日本の北国に住む少年であることがわかった後、一躍雪は時の人になって、そして雪の人嫌いは悪化した。

 まぁ、その後雪の両親や、それこそうちの両親も手伝って、そして、雪の『作品』を利用したい人も、楽しみたい人も沢山協力してくれた結果、雪は黙々と好きなものを作っては、世の中を楽しませる人になった。
 生まれた時から15年。変わらず隣の家に住んでて、時々ご飯を一緒に食べて、メッセージアプリだと饒舌だったりもする、でも、時々とんでもなく遠くに感じる人間。

 それが雪。

 そして、私はというと―――――。

(はる)が……」

「うん、私が?」

「遠くに行くって言われた」

「うん、そうだね」

 宿題から逃げ回り続けて、走り続けた私の脚は、成長するにつれて他の人よりも早く走れるようになっていたらしかった。
 友達に誘われるままに陸上部に入って、先生に勧められるまま短距離の選手になって、思った以上の記録が出て、取材が来たりなんかして、雪の時を思い返して少し面倒な気持ちにもなって。

 そして、私の脚に惚れ込んだ――言葉にすると気持ち悪いね――東京の高校から、いわゆるスカウトというやつが来た。
 東京という単語は知っている。
 テレビで見たこともあるし、なんならディズニーランドにも行ったことはある。あれ? あれは千葉なんだっけ?
 何にしても、そういうわけで、あれよあれよという間に話は進んで。私は次の春から晴れて、北国の陸上美少女中学生から、東京という大都会の陸上美女女子高生にランクアップすることが先週決まったわけだった。

「知ってる? 東京は雪も降らないらしいよ?」

 私は、俯いている雪に、降り続ける白い冬の結晶を見上げながら呟く。

「……たまには降ると思う。今日の東京の天気予報も、雪」

「そうなんだ? じゃあ少しは寂しくないかな……ふふ、こうして引きこもりで、大事な大事な幼馴染もプレゼントくれたし」

 それに、ぼそりと答える雪に、私は笑うようにして言った。
 
「晴がいなくなる。そして、クリスマスだから、考えた」

「うんうん、偉い。それに嬉しい」

 雪は、記念日とかクリスマスにも無頓着だ。
 クリスマス前夜のプレゼントにどきどきする以前に、どうした? って思ってしまって、今もそう思ってるのはそのせいだった。

「……去年、晴が、次はロマンチックなのが良いって言ってたから」

「いやだってさ、欲しいとはいったけど、防犯グッズのプレゼントはロマンがないでしょロマンが! ありがたかったけどさ!」

 去年、晴はどこかから聞いたのか、唐突にプレゼントというものをくれた。
 なんでもない日で、急に。
 まぁ、雪の行動原理はわからないようでわかる。おそらく作っているアプリとかそういうものの中で、世の中には贈り物というものをすると知って、やってみたのだろう。

 でもね、誰が、何気なく聞かれた今欲しいものを答えたら、包装されたプレゼントっぽいものの中から、防犯ブザーとスタンガンが出てくると思うのよ。

「ロマンは、調べたけれど、よくわからなかった」

「まぁそうでしょうとも」

 さもありなん。

「でも、クリスマスは、ロマンチックって聞いた」

「うんうん」

 同意。ゆっくり言葉を選びながら話す雪に、私は頷く。

「それに……晴が頑張るために遠くに行くって言うから、じゃあ、プレゼントあげようと思った」

「嬉しいよ」

 雪は私の事が、とても好きだ。
 それが、私の好きとは違うとは思うけれど。昔手を繋いで歩いていた時から変わらず、雪は私が好きで、私も雪が好き。
 少しだけ、私の方の好きの種類が、変わっちゃっただけ。

 だから、雪がこうして、私の言葉にへへって笑うのは、とても幸せで、切ない。

「楽しみに、開けるね? 雪のロマンチックを審査しちゃう……そして、はい、私からもプレゼント」

 そして、私もまた、用意していたプレゼントを渡した。
 赤いリボンで、結構可愛いと思うラッピングをした袋の中には、人生で初めての、何ならプレゼントを貰ってからずいぶん長いことかけて編んだマフラーが入っている。
 太陽に当たらないから、雪国に住む『雪』のくせに寒さに弱い相手のための、贈り物。クリスマスに渡すつもりでいて、呼び出す前に呼び出されて驚いたのだけど。

「晴……が?」

「そうよ? 私が初めて編んだんだから。きちんとしておくように」

「ありがとう」

「うんうん、じゃあ、そろそろ中に入んなさい、また風邪ひくよ?」

 雪が、私が渡したものをぎゅっと胸に抱いて、コクリと頷く。
 それを見てちょっとキュンと胸がうずいて、あれ? 私もこの反応をすべきだったのではという自問もしつつ、私もその箱を見て、ふと疑問を口に出した。

「そういえば最初に気になったけど、青いリボンも、いいね」

 なんとなくプレゼントは赤いリボンな気がして、雪は青が好きだったかなと思いながらの質問は――――。

「青は一番広がる色だから……海が青いのも、空が青いのも、そう。……だからね。大好きな晴が、自分が思うように、どこまでも、どんなところまでも行けますようにって」

 雪の、いつもより少し長い言葉で返されて。

「雪……」

 私は、そう、家に向かおうとした足を再び雪の前に向かわせて名前を呼ぶ。

「晴……?」

 ぎゅっと、包み込むようにして、雪を抱きしめた。すると意外なことに、雪も抱きしめ返してくれて、もこもこの上着で、二人で抱き合う。

「雪が好きだよ。離れても好き」

「うん、僕も、晴が好きだよ」

 告白のようで、聖夜の愛の囁きのようで、どこまでも噛み合わない好きをやり取りして、私は微笑んだ。

「じゃあ、今度こそ、おやすみ。帰ったら、開ける」

「……うん」


 ◇◆


 今は聞くことのない、雪の音がした気がして、私は目を覚ました。
 陽の光が差し込んでいる、寮の同室の子は合宿ということで久しぶりの一人の夜。

 東京にも雪は降ると聞いていたけれど、全然そんなことはなかった。
 寒いし風も強いけれど、雪が降って積もったあとの静かさも、不思議な暖かさもない。

 うーんと伸びをして、起き出した私はカーテンを大きく開けて光を入れると、机の上のそれを手にとった。
 東京に来て、沢山褒められて、そして、沢山のトロフィーを貰ったけれど。それでも今でも一番前に並べている、あの日の雪からの最初で最後のクリスマスプレゼント。

 あの後開けた中に入っていたのは、少しだけ大きめの、可愛いスノードームだった。

(ねぇ、雪。青のリボンに意味があったように、これにも意味があるのかな?)

 結局あの後、タイミングを見失った私は、意味を聞けずにいた。
 音も無く降り積もっては舞い上がるスノードームの雪を見ながら、私は呟く。

「雪……時々ね、寂しいよ」

 その瞬間だった。ふっと、何もしていないのにスノードームに仄かな明かりが灯る。とても優しい、柔らかいピンク色の光に照らされた人工の雪が綺麗で。

「は……? え? なにこれ?」

 そして、音が聞こえた。
 しんしんと、雪が降って、積もって、その上に積もる時の、音のない音を立てる。
 これは間違いなく、私が過ごした、私と雪が暮らしたあの街の雪の音で。

「わぁ……」

 驚きは言葉を奪っていく。
 どういう仕組みなのだろうか、私の言葉に反応するようになっていたのか。

 灯りに照らされる中で降り積もるスノードームに、小さな足跡が続いていくのを、ぽかんと私は見ていた。
 足跡は2つ。そして、止まったあとで、光が少し変わって、気づく。

 影が、少しだけ寄り添うようにして、手を繋いでいるようで。

 ――――雪が降らない街でも、寂しくありませんように。

 ああ、と思った。
 なるほど、これは雪の言う通り、ロマンチックかもしれない。

 指輪でもアクセサリーでもなく、身につけるモノというわけでもないのに。
 私は雪を、この場に感じていた。

「うん」

 私はそう呟く。
 行くところまで行ったら、胸を張って雪のところに帰って、もう一度告げようと決めた。

 ロマンチックだったよと。
 そして、大好きだ、と。

 静寂に包まれた部屋を、雪の音が、流れていく。






 ~ 雪が降らない街で、私は今日も雪の音を聞く ~ Fin