「いじめられてた? 鈴さんが?」
昼休み、昼食を食べ終え授業の準備がてら鈴さん達と話していると、衝撃的な事実へと繋がった。
「ほら、困ってるじゃん。だから言わないでって言ったのに。てかいじめじゃないし、嫌がらせだし」
頬を膨らませてむすっとしている鈴さんに、「ごめん、ごめん」と謝りながらも、北上さんは詳細を説明しようとしてくれる。だが不安だったのか、ここから先は鈴さん自ら教えてくれた。
時を遡って、彼女が演劇に出会う前の小学四年生のとき。
幼い頃から声が特殊だったらしく、「かわい子ぶっている」、「気持ち悪い」と言って嫌がらせにあったらしい。本人は嫌がらせと言っているが、知らされたその内容は、俺からしたらもう立派ないじめだった。あまり言葉にしたくない。
大きくなるにつれて声は少しずつ変わっていき、今に至るという。辛かった時、北上さんの存在もあってのことだったが、やはり一番は演劇と出会ったことだった。これを聞いた北上さんは、「私より演劇を取るんだ! ひどい!」と言って鈴さんにコツンと頭を叩かれていた。嫌いだった自分の声も自然と嫌いじゃなくなり、いつか観た彼らのように演技がしたいと思うようになったらしい。
「そんな過去が……」
その一言だけ呟いて、何も言えなくなってしまった。だって俺よりも辛い思いをしているではないか。こんな思いをしても立ち直れるって、すごい。それと同時に自分の抱えているものなんてちっぽけなことなんだと気付かされた。
「何も言わなくなっちゃったじゃん! 香織のバカ!」
鈴さんはぽんぽん北上さんを叩く。
北上さんが懸命に謝り鈴さんを宥めていると、鈴さんが先生から呼ばれて離席する。残った彼女らは、鈴さんと距離ができたことを確認しているようだった。何か聞かれたくないことがあるみたいに。
「暁斗、鈴を頼む」
「え、えっ? ど、どういう……」
険しく、真剣な表情を浮かべ、俺の瞳を一心に見つめる。三つの視線が向けられるなんて、一体何を任されるんだ……。
「鈴はああやって言ってたけど、実際は全てが終わったわけじゃないんだ。中学も高校も、同じような理由で避けられるようなことが珍しくない。もちろん私たちだってなんとかするけど、どうしても限界がある。その時は、暁斗にもお願いしたい」
あんなに良い人なのに、こうして虐げられ辛い思いをする。そんな事実に少し苛立った気持ちを抑え、彼女らと心から向き合う。
「役に立たないかもだけど、協力するよ」
途端に表情が柔らかくなる。安心した様子を見せ、どこか重くなっていた雰囲気も消えていく。
「まじありがと。助かるよ」
肩をポンと叩いて、皆自席に戻っていく。もうまもなく授業が始まる。
俺より辛い人がたくさんいる。鈴さんの話を聞いて思い知らされた。心の片隅ではわかっていたのだろうが、きっと今までその事実から逃げ続けて来たのだ。自分だって辛い思いをしていると気づいてほしいが故に。
自分のことしか考えられないこんな俺が、本当に大嫌いだ。
「香織たちの話、気にしなくていいからね?」
鈴さんと一緒に帰っていると、第一声がそれだった。
「変に慰められると余計辛くなるし……」
彼女はぶつぶつと呟いている。でも言っていることはよくわかる。実際に俺もそう思ってしまうだろう。
「でも、本当にすごいね。立ち直れるなんて」
「全然……すごくなんかない。まだ残ってる部分もあるし、苦しい時なんていっぱいある。それに、香織や暁斗くんがいなくなったら、きっとまた戻っちゃう」
少し遠くを見るような目でゆっくりと語る。長い月日を経て、やっとの思いで辿り着いた彼女なりの答えなのだろう。
「結局、私は誰かが居てくれないと何もできない。他人任せの、弱い人間なんだよ」
弱い人間……。脳内でそれを反芻する。俺もその部類に入るのだろう。それにこんな人でも弱い人間という裏の一面を持つことに改めて気付かされる。
「みんな人間は弱い。それを隠すために、私たちは努力する。その中で私は、弱い部分が強すぎただけ」
弱い部分なんて簡単に隠せる。俺はずっとそうしてきた。表の面がこんなに反対でも、裏に一つの共通点があると知って、不謹慎かもしれないが少し嬉しい気持ちになった。自分だけじゃない。意外と身近にいるんだ。
「暁斗くんも、何かあったら頼っていいからね。私たちみんな協力するから」
しっかりと目線を合わせて訴えてくる。俺はその圧に負けた。いや、元々対抗するつもりはなかったのだが。
「うん、その時は遠慮なく。多分ないと思うけど」
「わからないよー? 人生色々あるからね」
彼女はまるで、人生二周目かのような発言をする。そして妙に説得力がある。
その後は話題ががらっと変わって適当な雑談をして別れる。
鈴さんはやっぱり強い人だな、と心の底から思った。あんな考えを持てるなんて、あんな風に生きるなんて、俺にはできない。
彼女と会うたびに、いつも何か変えられているような気がする。
俺は受け取ってばかりで、何も届けられていない。
何ができるのだろう。
何か、できるのかな。
何か、できているのかな。
葛藤か、疑問か、はたまた別の感情か。この感情はずっと支配を続け、果てに来る悪夢にも影響を及ぼした。
昼休み、昼食を食べ終え授業の準備がてら鈴さん達と話していると、衝撃的な事実へと繋がった。
「ほら、困ってるじゃん。だから言わないでって言ったのに。てかいじめじゃないし、嫌がらせだし」
頬を膨らませてむすっとしている鈴さんに、「ごめん、ごめん」と謝りながらも、北上さんは詳細を説明しようとしてくれる。だが不安だったのか、ここから先は鈴さん自ら教えてくれた。
時を遡って、彼女が演劇に出会う前の小学四年生のとき。
幼い頃から声が特殊だったらしく、「かわい子ぶっている」、「気持ち悪い」と言って嫌がらせにあったらしい。本人は嫌がらせと言っているが、知らされたその内容は、俺からしたらもう立派ないじめだった。あまり言葉にしたくない。
大きくなるにつれて声は少しずつ変わっていき、今に至るという。辛かった時、北上さんの存在もあってのことだったが、やはり一番は演劇と出会ったことだった。これを聞いた北上さんは、「私より演劇を取るんだ! ひどい!」と言って鈴さんにコツンと頭を叩かれていた。嫌いだった自分の声も自然と嫌いじゃなくなり、いつか観た彼らのように演技がしたいと思うようになったらしい。
「そんな過去が……」
その一言だけ呟いて、何も言えなくなってしまった。だって俺よりも辛い思いをしているではないか。こんな思いをしても立ち直れるって、すごい。それと同時に自分の抱えているものなんてちっぽけなことなんだと気付かされた。
「何も言わなくなっちゃったじゃん! 香織のバカ!」
鈴さんはぽんぽん北上さんを叩く。
北上さんが懸命に謝り鈴さんを宥めていると、鈴さんが先生から呼ばれて離席する。残った彼女らは、鈴さんと距離ができたことを確認しているようだった。何か聞かれたくないことがあるみたいに。
「暁斗、鈴を頼む」
「え、えっ? ど、どういう……」
険しく、真剣な表情を浮かべ、俺の瞳を一心に見つめる。三つの視線が向けられるなんて、一体何を任されるんだ……。
「鈴はああやって言ってたけど、実際は全てが終わったわけじゃないんだ。中学も高校も、同じような理由で避けられるようなことが珍しくない。もちろん私たちだってなんとかするけど、どうしても限界がある。その時は、暁斗にもお願いしたい」
あんなに良い人なのに、こうして虐げられ辛い思いをする。そんな事実に少し苛立った気持ちを抑え、彼女らと心から向き合う。
「役に立たないかもだけど、協力するよ」
途端に表情が柔らかくなる。安心した様子を見せ、どこか重くなっていた雰囲気も消えていく。
「まじありがと。助かるよ」
肩をポンと叩いて、皆自席に戻っていく。もうまもなく授業が始まる。
俺より辛い人がたくさんいる。鈴さんの話を聞いて思い知らされた。心の片隅ではわかっていたのだろうが、きっと今までその事実から逃げ続けて来たのだ。自分だって辛い思いをしていると気づいてほしいが故に。
自分のことしか考えられないこんな俺が、本当に大嫌いだ。
「香織たちの話、気にしなくていいからね?」
鈴さんと一緒に帰っていると、第一声がそれだった。
「変に慰められると余計辛くなるし……」
彼女はぶつぶつと呟いている。でも言っていることはよくわかる。実際に俺もそう思ってしまうだろう。
「でも、本当にすごいね。立ち直れるなんて」
「全然……すごくなんかない。まだ残ってる部分もあるし、苦しい時なんていっぱいある。それに、香織や暁斗くんがいなくなったら、きっとまた戻っちゃう」
少し遠くを見るような目でゆっくりと語る。長い月日を経て、やっとの思いで辿り着いた彼女なりの答えなのだろう。
「結局、私は誰かが居てくれないと何もできない。他人任せの、弱い人間なんだよ」
弱い人間……。脳内でそれを反芻する。俺もその部類に入るのだろう。それにこんな人でも弱い人間という裏の一面を持つことに改めて気付かされる。
「みんな人間は弱い。それを隠すために、私たちは努力する。その中で私は、弱い部分が強すぎただけ」
弱い部分なんて簡単に隠せる。俺はずっとそうしてきた。表の面がこんなに反対でも、裏に一つの共通点があると知って、不謹慎かもしれないが少し嬉しい気持ちになった。自分だけじゃない。意外と身近にいるんだ。
「暁斗くんも、何かあったら頼っていいからね。私たちみんな協力するから」
しっかりと目線を合わせて訴えてくる。俺はその圧に負けた。いや、元々対抗するつもりはなかったのだが。
「うん、その時は遠慮なく。多分ないと思うけど」
「わからないよー? 人生色々あるからね」
彼女はまるで、人生二周目かのような発言をする。そして妙に説得力がある。
その後は話題ががらっと変わって適当な雑談をして別れる。
鈴さんはやっぱり強い人だな、と心の底から思った。あんな考えを持てるなんて、あんな風に生きるなんて、俺にはできない。
彼女と会うたびに、いつも何か変えられているような気がする。
俺は受け取ってばかりで、何も届けられていない。
何ができるのだろう。
何か、できるのかな。
何か、できているのかな。
葛藤か、疑問か、はたまた別の感情か。この感情はずっと支配を続け、果てに来る悪夢にも影響を及ぼした。


