演劇をやると決めた次の日から、一気に人脈が広がった。
登校早々、いつも桑原さんと一緒にいる三人に声をかけられた。彼女らは全員演劇部らしく、俺が参加することも桑原さんから聞いているらしい。
「ちゃんと話したことなかったよね? よろしくね!」
三人のうちの一人を皮切りに、次々と言葉をくれた。俺は特殊な方法で参加するのでかなり不安だったが、こんな風に笑顔で受け入れてくれてとても嬉しかった。
その中で最も濃い人物は北上香織さんだった。
黒髪のロングヘアで、少し身長が高めの彼女も、一輝のようにクラスの中心人物だ。正直関わりたくなかった。だが後々、とても話しやすい人だと思い知らされる。
「鈴に誘われたんだよな!? 頑張れよ!」
なんというか、圧がすごいのが難点……。慣れるのに時間かかりそう……。
登校して輪に入ってきた桑原さんは、俺と話していることに心底驚いているようだった。「香織が話しかけてるから圧でいじめてるのかと思った」とめちゃくちゃ失礼なことも言った。
桑原さんと北上さんは小学校のときからの親友らしい。昔から北上さんは気が強く尖りまくっていたみたいで、クラスメイトから怖がられて孤立していたところに、桑原さんと出会ったらしい。半ば強引に桑原さんにアタックし続けた、と自慢げに北上さんは語っていた。
「個性が強くて、ちょっと怖いかもだけど、いい子だから仲良くしてあげてね」
桑原さんは、北上さんの頭を撫でながら言う。目が垂れている北上さんを見ると、なんだか犬と飼い主みたいな感じに見えて可愛らしかった。こういう見た目からはわからない、いわゆるギャップというものが、彼女が慕われる理由なのだろう。
少し気になって一輝を探してみると、一人で机に伏せていた。彼は仲間内でのトラブルが悪化したみたいだった。その証拠に、普段一緒にいた人とは違う人といたり、一人でいるのを見かけるのが多くなったように思える。不機嫌なオーラを放つ彼には、誰も近寄れない。
桑原さんたちの会話に意識を戻すと、一輝たちが纏う雰囲気と、桑原さんたちが纏う雰囲気にはとても大きな違いが感じられた。性別が違うからとかそういうのではなく。
担任の先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。俺はさっきの会話を思い出していた。何年振りにあんなに話しただろう。
桑原さんたちの間の笑顔はとても演技には思えず、心の底から楽しんでいるように見えた。こんな自分とは全く違うように感じた。こんな日々が送れたらきっと幸せだろうなと、勝手に思いはせる。
放課後になると、俺は少しだけ罪悪感に苛まれた。今日は説明会の日。自分だけ出席しないのはいかがなものかと考えてしまう。
帰宅の準備を終えると、桑原さんに声をかけられた。
「暁斗くん、演劇部見に行かない? 私も部活だし」
彼女はつまり、オーディションのための知識を蓄えに行こうと誘ってくれているのだろうが、俺は部員でない。ましては説明会にも行ってない者が行ってもよいのだろうか。部員の方々に変な目を向けられたりするのはなるべく避けたい。
「で、でも、僕部員じゃないからダメなんじゃ……」
「そんなことないよー! 暁斗くんは一生懸命に演技をするんだから、それなりの見学は必須だもん! それに、部員全員が君のことを知ってるから、大丈夫だよ。オーディションを受ける人は、見学も許可してるしね」
目を輝かせながら、声を張り上げていた。よっぽど興奮しているのだろう。
彼女の言っていることはごもっともなので、素直に頷いてお邪魔させていただくことにした。それに、彼女がいると不思議と安心感が湧いてくる。
スキップをするかのような足取りと共に、上機嫌で活動場所へと向かっていく彼女の姿を追う。背の低さも相まって、幼い子供のように見える。普段の生活でこんな一面は見たことなかったので、ちょっとびっくりだ。
右手に見えてきた、「演劇部」という文字。そこが演劇部の部室らしい。扉を開け、彼女から先に入室する。
そこには見たことのない景色が広がっていた。
カメラやらなんやらが置いてあるのはまだしも、この部屋は通常の教室を三個程くっつけたぐらい広い。さっき外から見たときに気づかなかったが、確かに扉の位置がすごく離れていた。一番奥の部屋は備品室みたいで、ちょうどカメラと三脚を出しているところだった。
「君が暁斗くんか」
部屋を見渡していたら、男性らしき声が届いた。
「僕は二年の高橋和哉。演劇部の部長をやっているんだ。君のことは、桑原さんから聞いてる。自由に見ていってくれ」
熱血そうだがどこか落ち着いている彼もまた、演劇が大好きなようで、部員の元へ駆け戻り熱心に話し合いを再開していた。
「すごいでしょ、演劇部」
彼女は自慢げに、目を輝かせながら言った。
「うん。本当にすごい。ずっと、憧れてた」
本心を、伝えた。こんなこと滅多にないけど、彼女には心を許してしまう。
彼女はこちらに向き直り、熱量を抑えられない様子で言った。
「好きなだけ見ていいからね。質問だって、どんどんしていい。みんな優しいから、しっかり答えてくれるはずだよ」
入部してまだ一ヶ月と少ししか経ってないはずなのに、これほどにまで信頼を置いているということは、相当居心地の良い部活なのだろう。
「うん、そうするよ。ありがとう、連れてきてくれて」
感謝の気持ちを伝えると、「どういたしまして!」と花が咲いたような笑顔と共に返してきた。
彼女に案内されながら、いろんなところを見学させていただいた。
最初に向かったのは衣装担当の方々。そこには北上さんたちがいて、演技をより良くするために話し合いが行われていたが、決まるなり作成に取り掛かっていった。業者への依頼がほとんどだと思っていたが、半分以上を部で作るらしい。作業スピードがすごい速くて驚いた。
小道具・大道具担当の方々も同じく、もうすでに作業に取り掛かっている。考える速さも制作の速さも、初心者じゃ絶対についていけない。この素早く正確な作業も、この演劇部の宝なのだろう。
次に向かったのは照明とカメラ担当の方々。今回は合同会議だったようで、設置位置の確認や、人員の割り当てを行っていた。演劇にカメラを用いるのがなかなか想像できなくて桑原さんに尋ねてみると、思い出に残すための写真を撮ったり、演技で良かったところ撮って会議に用いたりと、結構利用することが多いらしい。過去にはフラッシュを演劇に取り入れたことがあったとか。
照明担当の方々は、こうして会議を頻繁に開いて練習に臨むらしい。少しでもずれれば支障が出るシビアな役割のためだろう。
そして最後、退室してすぐ近くにある会議室に向かうと、そこには大本命の演技担当の方々。先ほどの部屋では三年生の方々が、夏の全国大会へ向け練習をしていたが、流石に邪魔はできないので見学は控えた。
各々で台本に目を通し、これから役を決めていくのだろう話し合いが行われている。ホワイトボードの文字を見ながら聞いていると、高橋さんに声をかけられた。
「君も良かったら会議に参加しなよ。台本も渡しておくね」
台本をいただき、空いている席に着く。右隣には桑原さんが座った。部の会議に参加していると思うと、急に緊張感が増してくる。高橋さんは部長と舞台監督を兼任しているようで、それは少し危険なのではないかと老婆心ながら心配になった。それでも任されるということは、かなりすごい人なのだろう。
「桑原さんたちも来ましたし、せっかくなのでもう一度おさらいしましょう」
高橋さんはそう言ってホワイトボードに書かれたことを順に指し、説明していく。
「今回は、我が校の文芸部が、昨年の最優秀賞に選ばれた作品です。本人との話し合いを重ね、脚本を作成しました。主人公役はオーディションで、ヒロイン役を含むその他の主要人物は、今回の会議で決定します。すでに台本には目を通していると思いますので、早速希望を取っていきますね」
慣れた口ぶりで、会議を進行していく。こういう能力の高さも、良い演劇をする特徴になるのだろう。
てっきり俺は、なんの役を演技するのかはすでに決められていたり、取り合いになるのかと思ったが、意外とあっさりと決まった。ただ、主人公を支えるヒロイン役は、高華さんと桑原さんでの多数決となった。実際にワンシーンを演じて投票した結果、桑原さんが選ばれた。二人とも的確にキャラを掴んでいたが、言葉にはできない違いがあった。
主要な役者五名の役がそれぞれ決まると、高橋さんは言った。
「それでは役も決まりましたので、実際に演技をしてもらいます。向かないと判断されれば、もちろん交代です」
真剣な表情で、「交代」の語句を強めて言い放った。考えれば当たり前のことなのだが、こうして言われるとその重みはすごかった。
それぞれが演じても、役は変わらなかった。演技を見ていて共通していたことは、セットがあるわけでもないのにとにかく迫力がすごかったことだ。それに初披露でここまでできるなんて……。そういえばこの会議には最初から五人しか出席していなかったので、高橋さんがすでに見極めて選んだのだろう。
その中でも高華さんと桑原さんは別格だった。俺は思わず「すげぇ」と口に出してしまったし、周りにいた人たちも、流石だなと言わんばかりの表情だった。高華さんに限っては希望していた役ではない。それにヒロイン役とは全然方向性の違う、いつもハイテンションのいわゆる「陽キャ」だった。それをこんなに早く、簡単にやり遂げてしまうなんて……。
「皆さん大丈夫そうですね。では、明日の練習から、本格的な部分に入っていきましょう。今日はもう時間も迫っているので、解散とします」
高橋さんがそう告げると、「お疲れ様でした」と爽やかに挨拶をして、それぞれ会議室を出ていく。何気なく挨拶ができるところも、俺にとってはなかなかできるようなことではないので、見習おうと心に決める。
台本に目を通していると、不安がっていることに気づいたのか、高華さんに名前を呼ばれた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だって。桑原さんからスカウトされたんだし、きっと上手くいくよ」
容姿端麗と言われている彼女は笑みを含んで、心から励ますように言ってくれた。あまり態度に出ないようにしていたのだが、そんな細かなところまで気づいてくれるなんて、噂の通りこの人は本当に欠点がなさそうだ。
……ん? スカウト?
ちょっと待って……。そういうことか。
脳をフル回転させて考える。こんな特別待遇があるのかとずっと思っていたが、これで辻褄が合う。やってくれたなぁ。演劇ができることにはとても感謝してるけど!
そんな中で桑原さんはというと、手を合わせて謝罪を目で訴えている。そして話を合わせろとお願いしているようだった。
「そ、そうですかね……。やれるだけ頑張ってみますね」
「うん、がんばれ! みんな結構楽しみにしてるからね!」
えー……。そんなすごい人間じゃないんだけどなぁ。ましては演劇なんて一度もやったことないのに。
「じゃあね」と言って手を振って会議室から高華さんが出ていくと、俺と桑原さん二人が残った。短い沈黙の中、先に口を開いたのは彼女だった。
「がんばってね。応援してるっ」
単純で短い激励の言葉だったが、今はそんな言葉でさえ心を軽くしてくれる。
俺は大きく頷いて、「また月曜日に」と言って出ていく彼女を見送った。少々ややこしいことになったが、どういう形であれこの場にいるのは紛れもなく桑原さんのおかげだ。精一杯、最後までやり切らないといけない。
オーディションまで約一ヶ月。最高の演技をするという決意を抱えながら、学校を後にした。
登校早々、いつも桑原さんと一緒にいる三人に声をかけられた。彼女らは全員演劇部らしく、俺が参加することも桑原さんから聞いているらしい。
「ちゃんと話したことなかったよね? よろしくね!」
三人のうちの一人を皮切りに、次々と言葉をくれた。俺は特殊な方法で参加するのでかなり不安だったが、こんな風に笑顔で受け入れてくれてとても嬉しかった。
その中で最も濃い人物は北上香織さんだった。
黒髪のロングヘアで、少し身長が高めの彼女も、一輝のようにクラスの中心人物だ。正直関わりたくなかった。だが後々、とても話しやすい人だと思い知らされる。
「鈴に誘われたんだよな!? 頑張れよ!」
なんというか、圧がすごいのが難点……。慣れるのに時間かかりそう……。
登校して輪に入ってきた桑原さんは、俺と話していることに心底驚いているようだった。「香織が話しかけてるから圧でいじめてるのかと思った」とめちゃくちゃ失礼なことも言った。
桑原さんと北上さんは小学校のときからの親友らしい。昔から北上さんは気が強く尖りまくっていたみたいで、クラスメイトから怖がられて孤立していたところに、桑原さんと出会ったらしい。半ば強引に桑原さんにアタックし続けた、と自慢げに北上さんは語っていた。
「個性が強くて、ちょっと怖いかもだけど、いい子だから仲良くしてあげてね」
桑原さんは、北上さんの頭を撫でながら言う。目が垂れている北上さんを見ると、なんだか犬と飼い主みたいな感じに見えて可愛らしかった。こういう見た目からはわからない、いわゆるギャップというものが、彼女が慕われる理由なのだろう。
少し気になって一輝を探してみると、一人で机に伏せていた。彼は仲間内でのトラブルが悪化したみたいだった。その証拠に、普段一緒にいた人とは違う人といたり、一人でいるのを見かけるのが多くなったように思える。不機嫌なオーラを放つ彼には、誰も近寄れない。
桑原さんたちの会話に意識を戻すと、一輝たちが纏う雰囲気と、桑原さんたちが纏う雰囲気にはとても大きな違いが感じられた。性別が違うからとかそういうのではなく。
担任の先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。俺はさっきの会話を思い出していた。何年振りにあんなに話しただろう。
桑原さんたちの間の笑顔はとても演技には思えず、心の底から楽しんでいるように見えた。こんな自分とは全く違うように感じた。こんな日々が送れたらきっと幸せだろうなと、勝手に思いはせる。
放課後になると、俺は少しだけ罪悪感に苛まれた。今日は説明会の日。自分だけ出席しないのはいかがなものかと考えてしまう。
帰宅の準備を終えると、桑原さんに声をかけられた。
「暁斗くん、演劇部見に行かない? 私も部活だし」
彼女はつまり、オーディションのための知識を蓄えに行こうと誘ってくれているのだろうが、俺は部員でない。ましては説明会にも行ってない者が行ってもよいのだろうか。部員の方々に変な目を向けられたりするのはなるべく避けたい。
「で、でも、僕部員じゃないからダメなんじゃ……」
「そんなことないよー! 暁斗くんは一生懸命に演技をするんだから、それなりの見学は必須だもん! それに、部員全員が君のことを知ってるから、大丈夫だよ。オーディションを受ける人は、見学も許可してるしね」
目を輝かせながら、声を張り上げていた。よっぽど興奮しているのだろう。
彼女の言っていることはごもっともなので、素直に頷いてお邪魔させていただくことにした。それに、彼女がいると不思議と安心感が湧いてくる。
スキップをするかのような足取りと共に、上機嫌で活動場所へと向かっていく彼女の姿を追う。背の低さも相まって、幼い子供のように見える。普段の生活でこんな一面は見たことなかったので、ちょっとびっくりだ。
右手に見えてきた、「演劇部」という文字。そこが演劇部の部室らしい。扉を開け、彼女から先に入室する。
そこには見たことのない景色が広がっていた。
カメラやらなんやらが置いてあるのはまだしも、この部屋は通常の教室を三個程くっつけたぐらい広い。さっき外から見たときに気づかなかったが、確かに扉の位置がすごく離れていた。一番奥の部屋は備品室みたいで、ちょうどカメラと三脚を出しているところだった。
「君が暁斗くんか」
部屋を見渡していたら、男性らしき声が届いた。
「僕は二年の高橋和哉。演劇部の部長をやっているんだ。君のことは、桑原さんから聞いてる。自由に見ていってくれ」
熱血そうだがどこか落ち着いている彼もまた、演劇が大好きなようで、部員の元へ駆け戻り熱心に話し合いを再開していた。
「すごいでしょ、演劇部」
彼女は自慢げに、目を輝かせながら言った。
「うん。本当にすごい。ずっと、憧れてた」
本心を、伝えた。こんなこと滅多にないけど、彼女には心を許してしまう。
彼女はこちらに向き直り、熱量を抑えられない様子で言った。
「好きなだけ見ていいからね。質問だって、どんどんしていい。みんな優しいから、しっかり答えてくれるはずだよ」
入部してまだ一ヶ月と少ししか経ってないはずなのに、これほどにまで信頼を置いているということは、相当居心地の良い部活なのだろう。
「うん、そうするよ。ありがとう、連れてきてくれて」
感謝の気持ちを伝えると、「どういたしまして!」と花が咲いたような笑顔と共に返してきた。
彼女に案内されながら、いろんなところを見学させていただいた。
最初に向かったのは衣装担当の方々。そこには北上さんたちがいて、演技をより良くするために話し合いが行われていたが、決まるなり作成に取り掛かっていった。業者への依頼がほとんどだと思っていたが、半分以上を部で作るらしい。作業スピードがすごい速くて驚いた。
小道具・大道具担当の方々も同じく、もうすでに作業に取り掛かっている。考える速さも制作の速さも、初心者じゃ絶対についていけない。この素早く正確な作業も、この演劇部の宝なのだろう。
次に向かったのは照明とカメラ担当の方々。今回は合同会議だったようで、設置位置の確認や、人員の割り当てを行っていた。演劇にカメラを用いるのがなかなか想像できなくて桑原さんに尋ねてみると、思い出に残すための写真を撮ったり、演技で良かったところ撮って会議に用いたりと、結構利用することが多いらしい。過去にはフラッシュを演劇に取り入れたことがあったとか。
照明担当の方々は、こうして会議を頻繁に開いて練習に臨むらしい。少しでもずれれば支障が出るシビアな役割のためだろう。
そして最後、退室してすぐ近くにある会議室に向かうと、そこには大本命の演技担当の方々。先ほどの部屋では三年生の方々が、夏の全国大会へ向け練習をしていたが、流石に邪魔はできないので見学は控えた。
各々で台本に目を通し、これから役を決めていくのだろう話し合いが行われている。ホワイトボードの文字を見ながら聞いていると、高橋さんに声をかけられた。
「君も良かったら会議に参加しなよ。台本も渡しておくね」
台本をいただき、空いている席に着く。右隣には桑原さんが座った。部の会議に参加していると思うと、急に緊張感が増してくる。高橋さんは部長と舞台監督を兼任しているようで、それは少し危険なのではないかと老婆心ながら心配になった。それでも任されるということは、かなりすごい人なのだろう。
「桑原さんたちも来ましたし、せっかくなのでもう一度おさらいしましょう」
高橋さんはそう言ってホワイトボードに書かれたことを順に指し、説明していく。
「今回は、我が校の文芸部が、昨年の最優秀賞に選ばれた作品です。本人との話し合いを重ね、脚本を作成しました。主人公役はオーディションで、ヒロイン役を含むその他の主要人物は、今回の会議で決定します。すでに台本には目を通していると思いますので、早速希望を取っていきますね」
慣れた口ぶりで、会議を進行していく。こういう能力の高さも、良い演劇をする特徴になるのだろう。
てっきり俺は、なんの役を演技するのかはすでに決められていたり、取り合いになるのかと思ったが、意外とあっさりと決まった。ただ、主人公を支えるヒロイン役は、高華さんと桑原さんでの多数決となった。実際にワンシーンを演じて投票した結果、桑原さんが選ばれた。二人とも的確にキャラを掴んでいたが、言葉にはできない違いがあった。
主要な役者五名の役がそれぞれ決まると、高橋さんは言った。
「それでは役も決まりましたので、実際に演技をしてもらいます。向かないと判断されれば、もちろん交代です」
真剣な表情で、「交代」の語句を強めて言い放った。考えれば当たり前のことなのだが、こうして言われるとその重みはすごかった。
それぞれが演じても、役は変わらなかった。演技を見ていて共通していたことは、セットがあるわけでもないのにとにかく迫力がすごかったことだ。それに初披露でここまでできるなんて……。そういえばこの会議には最初から五人しか出席していなかったので、高橋さんがすでに見極めて選んだのだろう。
その中でも高華さんと桑原さんは別格だった。俺は思わず「すげぇ」と口に出してしまったし、周りにいた人たちも、流石だなと言わんばかりの表情だった。高華さんに限っては希望していた役ではない。それにヒロイン役とは全然方向性の違う、いつもハイテンションのいわゆる「陽キャ」だった。それをこんなに早く、簡単にやり遂げてしまうなんて……。
「皆さん大丈夫そうですね。では、明日の練習から、本格的な部分に入っていきましょう。今日はもう時間も迫っているので、解散とします」
高橋さんがそう告げると、「お疲れ様でした」と爽やかに挨拶をして、それぞれ会議室を出ていく。何気なく挨拶ができるところも、俺にとってはなかなかできるようなことではないので、見習おうと心に決める。
台本に目を通していると、不安がっていることに気づいたのか、高華さんに名前を呼ばれた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だって。桑原さんからスカウトされたんだし、きっと上手くいくよ」
容姿端麗と言われている彼女は笑みを含んで、心から励ますように言ってくれた。あまり態度に出ないようにしていたのだが、そんな細かなところまで気づいてくれるなんて、噂の通りこの人は本当に欠点がなさそうだ。
……ん? スカウト?
ちょっと待って……。そういうことか。
脳をフル回転させて考える。こんな特別待遇があるのかとずっと思っていたが、これで辻褄が合う。やってくれたなぁ。演劇ができることにはとても感謝してるけど!
そんな中で桑原さんはというと、手を合わせて謝罪を目で訴えている。そして話を合わせろとお願いしているようだった。
「そ、そうですかね……。やれるだけ頑張ってみますね」
「うん、がんばれ! みんな結構楽しみにしてるからね!」
えー……。そんなすごい人間じゃないんだけどなぁ。ましては演劇なんて一度もやったことないのに。
「じゃあね」と言って手を振って会議室から高華さんが出ていくと、俺と桑原さん二人が残った。短い沈黙の中、先に口を開いたのは彼女だった。
「がんばってね。応援してるっ」
単純で短い激励の言葉だったが、今はそんな言葉でさえ心を軽くしてくれる。
俺は大きく頷いて、「また月曜日に」と言って出ていく彼女を見送った。少々ややこしいことになったが、どういう形であれこの場にいるのは紛れもなく桑原さんのおかげだ。精一杯、最後までやり切らないといけない。
オーディションまで約一ヶ月。最高の演技をするという決意を抱えながら、学校を後にした。


