登校すると、学校中が興奮に包まれていた。教室に入れば、初めての文化祭で楽しみな気持ちを抑えられない人が目立っていた。今まで以上に賑わっていることがわかる。
「おはよー。暁斗くんガッチガチじゃん」
いつもの鈴さんたち四人が俺の元へとやってくる。対照的に余裕そうな鈴さんをみると、途端に羨ましく思えてくる。俺は朝から緊張と不安で潰れてしまいそうだ。
「おはよう。……相変わらず平然としてるね」
「うん! 楽しみでしかない! 失敗するわけないしね!」
そう言って胸を張り、誇らしげにする彼女を見て、ずっとこうしてるわけにもいかないなと自分を律する。
北上さんたちにも激励を受けて、ホームルームが始まる。今日はいつもよりかなり早く終わり、体育館にて開会式が行われる。
冷房がついているとはいえ、まだ暑さが残る体育館。小学校、中学校とそうだったが、ここで話をする校長や来賓の方の話は覚えていたことがない。多分ちゃんと聞いてない。今回は演劇のことばかりが頭を埋め尽くし、気づいたらもう終わっていた。
ここで各自解散となり、教室に戻って準備を始める人や、早速友達と固まってどこから回ろうか悩んでる人もいる。そんな中、演劇部は最終打ち合わせや舞台の準備に向かうことになっている。
舞台裏へ向かおうとしたとき、不意に肩をポンポンと叩かれる。
「頑張れよ! 絶対に観に行くから」
振り向くと自然に目が合い、そこには木村の姿があった。期待に満ちたその笑みは、心の底から楽しみにしていることを証明してくれている。
「うん。最高の演技で迎えるよ」
それを聞いて満足そうにした彼は、実行委員としての最後の仕事を果たすために教室へと戻っていった。心の中から、「頑張れ」と走って行く彼の背中に伝える。
彼の姿が見えなくなったとき、俺は自分の両頬をパチンと叩いて気合を入れる。今まで頑張ってきた。きっと大丈夫、上手くいく。
百八十度向きを変え、今度こそ舞台裏へ駆け出す。複雑に入り混じった感情は、説明ができないほどだった。
壁にもたれながら、ドクドクと血液がものすごいスピードで体を巡るのがわかる。心臓の音がやけにうるさい。落ち着かなきゃと頭ではわかっていても、体は言うことを聞かない。高華さんを含めた先輩方を見てみると、全国大会に出場して慣れてしまったのか、かなり落ち着いている。それが本当にすごくて、でも同時に焦りが生まれる。
もう一度観客の方を見てみる。わかってはいたけどものすごく多い。実際にそれを前にすると、どうしても心が乱れてしまう。しかしそれは俺だけではないみたいで、少なからす緊張している人はいる。
それは俺の隣にも。
鈴さんは体が震えるあまり、度々歯をガタガタと震わせている。あんなに余裕そうにしていたのは強がっていただけだったのだと今になって気づく。手足も震えていて、目の焦点が定まっていない。
開演十分前を告げるアナウンスがかかると、脈はより速くなる。彼女もその例に漏れず、表情がだんだんと険しいものになってくる。これでは流石にまずいので、どうにかして彼女を落ち着かせる方法を考える。自分の心配をした方がいいのは確かだが、彼女は俺よりも取り乱している。このままにして最高の演技ができなくなるのは勿体無い。
少し迷ったが、俺の右手のそばにあった彼女の手をそっと握る。振り解いても構わないというように。突然のことに彼女は、ビクンと大きく体を震わせ、驚きや混乱が入り混じった表情をしてこちらに振り向く。彼女と目が合ったとき、軽蔑されないか不安だったが、彼女はそのまま手を優しく握り返してくれた。声にできない分、「ありがとう」と伝えているようだった。
互いの瞳を見ながら、沈黙を貫く。言葉にはしていないが、きっと想いは伝わっていている。握る力が増していくに連れて、少しずつ落ち着いてくる。
開演五分前。俺たちはたった一言のみ交わす。
「大丈夫。一緒に、最高の演劇にしよう」
その一言で充分。これ以上いらない。
ゆっくりと離れていった彼女の手の温もりが、まだ僅かに残っている。
いざ、開演。
「おはよー。暁斗くんガッチガチじゃん」
いつもの鈴さんたち四人が俺の元へとやってくる。対照的に余裕そうな鈴さんをみると、途端に羨ましく思えてくる。俺は朝から緊張と不安で潰れてしまいそうだ。
「おはよう。……相変わらず平然としてるね」
「うん! 楽しみでしかない! 失敗するわけないしね!」
そう言って胸を張り、誇らしげにする彼女を見て、ずっとこうしてるわけにもいかないなと自分を律する。
北上さんたちにも激励を受けて、ホームルームが始まる。今日はいつもよりかなり早く終わり、体育館にて開会式が行われる。
冷房がついているとはいえ、まだ暑さが残る体育館。小学校、中学校とそうだったが、ここで話をする校長や来賓の方の話は覚えていたことがない。多分ちゃんと聞いてない。今回は演劇のことばかりが頭を埋め尽くし、気づいたらもう終わっていた。
ここで各自解散となり、教室に戻って準備を始める人や、早速友達と固まってどこから回ろうか悩んでる人もいる。そんな中、演劇部は最終打ち合わせや舞台の準備に向かうことになっている。
舞台裏へ向かおうとしたとき、不意に肩をポンポンと叩かれる。
「頑張れよ! 絶対に観に行くから」
振り向くと自然に目が合い、そこには木村の姿があった。期待に満ちたその笑みは、心の底から楽しみにしていることを証明してくれている。
「うん。最高の演技で迎えるよ」
それを聞いて満足そうにした彼は、実行委員としての最後の仕事を果たすために教室へと戻っていった。心の中から、「頑張れ」と走って行く彼の背中に伝える。
彼の姿が見えなくなったとき、俺は自分の両頬をパチンと叩いて気合を入れる。今まで頑張ってきた。きっと大丈夫、上手くいく。
百八十度向きを変え、今度こそ舞台裏へ駆け出す。複雑に入り混じった感情は、説明ができないほどだった。
壁にもたれながら、ドクドクと血液がものすごいスピードで体を巡るのがわかる。心臓の音がやけにうるさい。落ち着かなきゃと頭ではわかっていても、体は言うことを聞かない。高華さんを含めた先輩方を見てみると、全国大会に出場して慣れてしまったのか、かなり落ち着いている。それが本当にすごくて、でも同時に焦りが生まれる。
もう一度観客の方を見てみる。わかってはいたけどものすごく多い。実際にそれを前にすると、どうしても心が乱れてしまう。しかしそれは俺だけではないみたいで、少なからす緊張している人はいる。
それは俺の隣にも。
鈴さんは体が震えるあまり、度々歯をガタガタと震わせている。あんなに余裕そうにしていたのは強がっていただけだったのだと今になって気づく。手足も震えていて、目の焦点が定まっていない。
開演十分前を告げるアナウンスがかかると、脈はより速くなる。彼女もその例に漏れず、表情がだんだんと険しいものになってくる。これでは流石にまずいので、どうにかして彼女を落ち着かせる方法を考える。自分の心配をした方がいいのは確かだが、彼女は俺よりも取り乱している。このままにして最高の演技ができなくなるのは勿体無い。
少し迷ったが、俺の右手のそばにあった彼女の手をそっと握る。振り解いても構わないというように。突然のことに彼女は、ビクンと大きく体を震わせ、驚きや混乱が入り混じった表情をしてこちらに振り向く。彼女と目が合ったとき、軽蔑されないか不安だったが、彼女はそのまま手を優しく握り返してくれた。声にできない分、「ありがとう」と伝えているようだった。
互いの瞳を見ながら、沈黙を貫く。言葉にはしていないが、きっと想いは伝わっていている。握る力が増していくに連れて、少しずつ落ち着いてくる。
開演五分前。俺たちはたった一言のみ交わす。
「大丈夫。一緒に、最高の演劇にしよう」
その一言で充分。これ以上いらない。
ゆっくりと離れていった彼女の手の温もりが、まだ僅かに残っている。
いざ、開演。


