九月に入っても、厳しい暑さは相変わらず続いていく。本当に嫌になる。
新学期初日から、学校中が文化祭の話で持ち切りだった。出し物を用意しているクラスは、どんどんと掲示板にポスターを貼っていく。俺のクラスが何をやるのか、俺を含めた演劇関係者はよくわかっていない。見ることができるかわからないが、当日がとても楽しみだ。
ほぼ毎日のように部活があり、授業も始まって右左に振り回されていると、少しばかり暑さの和らぎを感じてくる。そして、いつの間にか文化祭前日となっている。二週間というのがこんなに短いものだと思っておらず、少し焦りが生まれている。
二日間開催される文化祭。例年とは異なり、この劇が公演されるのは初日の一回だけ。全国大会常連校の演劇ともあって、観にくる人はかなり多いだろう。そこに本来は部員でない俺が混じって演じるというのは、やっぱり少し怖い。一度ミスしただけでなんて言われるかわからなし、公演が一回しかないという事実が、俺にのしかかっていく。
練習をいつもより早く終えて、高橋さんが集合をかける。関係者みんなで円を作ると、いつもより低い真剣な声で俺たちを奮い立たせる。
「明日はいよいよ本番です。苦しいことも、揉めたことも多々ありましたが、だからこそ、最高のものにしましょう」
一拍空けて、大きく息を吸い込んだ高橋さんは、俺を驚かせる。
「絶対成功させるぞー!」
聞いたことのない雄叫びの後、「おー!」という掛け声が、体育館に響き渡る。高橋さんの知らなかった一面に唖然とする俺は、結局この輪に入り込めなかった。そしてそのまま解散が宣言され、各々友達と話したりして帰っていく。これに慣れているような人ばかりで、「えー……」と言葉を漏らしてしまう。
「暁斗くーん! 公園行って気合い入れに行こ!」
鈴さんが俺の名前を呼びながら傍までやってきて、目を輝かせながら誘う。断る理由もなかったので、こくこくと頷く。
彼女が不安や緊張といった感情を持ち合わせていないことは、公園に向かう間の様子に表れていた。校門を出たときには鼻歌を歌っていたし、ところどころスキップをしていたり、雑談では言葉の端々に気持ちが昂っているのが伝わる。
夏にはより緑が深くなった木々は、少しずつ落ち葉になろうとしている。もはや秋が消えたと言われているこのご時世、紅葉が見られるのはまだずっと先になってしまいそうだ。
いつもの場所に俺たちは腰掛ける。まだまだ暑く日差しも強いので、日陰に入るだけで一気に涼しくなる。まだまだ夏が続きそうなことを実感させられて少し気分が下がる。
「鈴さん、何かいいことでもあった?」
ふわふわとしたオーラを放ち、顔が砕けている彼女を見て聞いてみる。
「そりゃもちろん。だって明日は、やっと暁斗くんと演技ができるんだもん」
わかりきったことを聞くなという表情で、満面の笑みで答える。曇りのない煌々と光る笑顔に見惚れてしまう。
「てか私だけ役と名前が一緒なんだよね。なんか特別感すごい」
俺も最初はびっくりしたのだが、鈴さんと彼女の演じる役の名前が同じなのだ。苗字は流石に一緒ではなかったが、こんな偶然あるんだなと、当時は彼女と面白がっていた覚えがある。そしてそれが原因で、どうやって演じたらいいのかわからなくなるときもあった。役としての彼女ではなく、桑原鈴という存在がちらついてしまうからだ。
「暁斗くん」
さっきとはかなり声色が変わって、真剣な話をするかのような落ち着いた様子で名前を呼ばれる。彼女を捉えると、真っ直ぐな目で見つめ返される。なんか気恥ずかしくて逸らしてしまいたかったが、そんなことをしてはいけないというような雰囲気が、俺を静止させる。
「ここまで一緒にやってくれてありがとう。明日、最高の演技にしようね!」
ぱあっと花が咲いたような笑みを浮かべる彼女の言葉に、声に惹かれる。そして同時に、ここまでやっていてよかったと思った。
どう答えたら良いのか迷ってしまったが、俺もしっかりと気持ちを伝えることが最適解だと判断した。
「こちらこそありがとう。ここまで来れたのは君のおかげ。練習の成果、出し切るよ」
ぎこちなかったかもしれないが、できる限りの笑顔で伝える。それを聞いて満足そうにした彼女は、「明日のために早めに解散! じゃあね!」と言って帰っていった。俺もできるだけ最後まで内容を確認したかったので、少し駆け足で家へと向かった。
楽しみな反面、久しぶりにめちゃくちゃ緊張していた俺は、なかなか寝付けそうになかった。どうせこうなるだろうと思い早めにベッドに入っておいてよかった。明日寝不足で体調が悪くて出席できないなんてことになったらたまったものじゃない。
公演が、鈴さんと演技できることが、本当に楽しみで仕方ない夜だった。
新学期初日から、学校中が文化祭の話で持ち切りだった。出し物を用意しているクラスは、どんどんと掲示板にポスターを貼っていく。俺のクラスが何をやるのか、俺を含めた演劇関係者はよくわかっていない。見ることができるかわからないが、当日がとても楽しみだ。
ほぼ毎日のように部活があり、授業も始まって右左に振り回されていると、少しばかり暑さの和らぎを感じてくる。そして、いつの間にか文化祭前日となっている。二週間というのがこんなに短いものだと思っておらず、少し焦りが生まれている。
二日間開催される文化祭。例年とは異なり、この劇が公演されるのは初日の一回だけ。全国大会常連校の演劇ともあって、観にくる人はかなり多いだろう。そこに本来は部員でない俺が混じって演じるというのは、やっぱり少し怖い。一度ミスしただけでなんて言われるかわからなし、公演が一回しかないという事実が、俺にのしかかっていく。
練習をいつもより早く終えて、高橋さんが集合をかける。関係者みんなで円を作ると、いつもより低い真剣な声で俺たちを奮い立たせる。
「明日はいよいよ本番です。苦しいことも、揉めたことも多々ありましたが、だからこそ、最高のものにしましょう」
一拍空けて、大きく息を吸い込んだ高橋さんは、俺を驚かせる。
「絶対成功させるぞー!」
聞いたことのない雄叫びの後、「おー!」という掛け声が、体育館に響き渡る。高橋さんの知らなかった一面に唖然とする俺は、結局この輪に入り込めなかった。そしてそのまま解散が宣言され、各々友達と話したりして帰っていく。これに慣れているような人ばかりで、「えー……」と言葉を漏らしてしまう。
「暁斗くーん! 公園行って気合い入れに行こ!」
鈴さんが俺の名前を呼びながら傍までやってきて、目を輝かせながら誘う。断る理由もなかったので、こくこくと頷く。
彼女が不安や緊張といった感情を持ち合わせていないことは、公園に向かう間の様子に表れていた。校門を出たときには鼻歌を歌っていたし、ところどころスキップをしていたり、雑談では言葉の端々に気持ちが昂っているのが伝わる。
夏にはより緑が深くなった木々は、少しずつ落ち葉になろうとしている。もはや秋が消えたと言われているこのご時世、紅葉が見られるのはまだずっと先になってしまいそうだ。
いつもの場所に俺たちは腰掛ける。まだまだ暑く日差しも強いので、日陰に入るだけで一気に涼しくなる。まだまだ夏が続きそうなことを実感させられて少し気分が下がる。
「鈴さん、何かいいことでもあった?」
ふわふわとしたオーラを放ち、顔が砕けている彼女を見て聞いてみる。
「そりゃもちろん。だって明日は、やっと暁斗くんと演技ができるんだもん」
わかりきったことを聞くなという表情で、満面の笑みで答える。曇りのない煌々と光る笑顔に見惚れてしまう。
「てか私だけ役と名前が一緒なんだよね。なんか特別感すごい」
俺も最初はびっくりしたのだが、鈴さんと彼女の演じる役の名前が同じなのだ。苗字は流石に一緒ではなかったが、こんな偶然あるんだなと、当時は彼女と面白がっていた覚えがある。そしてそれが原因で、どうやって演じたらいいのかわからなくなるときもあった。役としての彼女ではなく、桑原鈴という存在がちらついてしまうからだ。
「暁斗くん」
さっきとはかなり声色が変わって、真剣な話をするかのような落ち着いた様子で名前を呼ばれる。彼女を捉えると、真っ直ぐな目で見つめ返される。なんか気恥ずかしくて逸らしてしまいたかったが、そんなことをしてはいけないというような雰囲気が、俺を静止させる。
「ここまで一緒にやってくれてありがとう。明日、最高の演技にしようね!」
ぱあっと花が咲いたような笑みを浮かべる彼女の言葉に、声に惹かれる。そして同時に、ここまでやっていてよかったと思った。
どう答えたら良いのか迷ってしまったが、俺もしっかりと気持ちを伝えることが最適解だと判断した。
「こちらこそありがとう。ここまで来れたのは君のおかげ。練習の成果、出し切るよ」
ぎこちなかったかもしれないが、できる限りの笑顔で伝える。それを聞いて満足そうにした彼女は、「明日のために早めに解散! じゃあね!」と言って帰っていった。俺もできるだけ最後まで内容を確認したかったので、少し駆け足で家へと向かった。
楽しみな反面、久しぶりにめちゃくちゃ緊張していた俺は、なかなか寝付けそうになかった。どうせこうなるだろうと思い早めにベッドに入っておいてよかった。明日寝不足で体調が悪くて出席できないなんてことになったらたまったものじゃない。
公演が、鈴さんと演技できることが、本当に楽しみで仕方ない夜だった。


