多分ほとんどの人が嫌いであろう月曜日。俺ももちろん嫌いだ。流石に見せる顔がないので、金曜日の部活も、今日の臨時の部活も欠席し、あの公園を鈴さんと訪れている。
「演技はどう? もう明日が本番だけど」
「正直自信はない。でも、自分ができることを精一杯やれたから、落ちても悔いはない」
 とは言ったものの、内心結構焦っている。初めて演技を披露したあの日、たくさんのお褒めの言葉をいただいたが、このオーディションで気に入ってもらえるかは全く別の話。人前に立つことに慣れていない俺は、ああいう場に立つとすぐに頭が真っ白になるし、呼吸が乱れて何をしたらいいのかわからなくなる。治さなければならないとはわかっているのだが……。
「暁斗くん、すぐ緊張しちゃうからなぁ」
「鈴さんは、怖いとかないの? 失敗しちゃうかも、とか」
 彼女は「うーん」と言って少しの間考える。
「そんなにないかも。結構自信あるし」
 やっぱり自信か……。間違えるわけないって思えるくらいに練習を重ねる方が良いかもしれない。残されたこの僅かな時間をちゃんと意味のあるものにしよう。
 そんな風に自分で勝手に反省していると、彼女は心配そうな様子で問いかけてきた。
「学校、今日で二日目だったけど、どう?」
「え、あ、うん。なんとか、大丈夫だよ」
「暁斗くん、こういう時下手くそだね」
 動揺を隠しきれていなかったことは自分でもわかった。彼女の口からこの話題が出るとは思っていなかったし、単純に不意打ちすぎてしっかり答えられなかった。
「暁斗くんの大丈夫は、絶対大丈夫じゃないときのやつだよ。顔もそう言ってる」
 どうやら全てお見通しのよう。前から思っていたけど本当にすごい。何か能力の持ち主なのかと疑いたい。
 それに彼女を前にすると、なぜか素直なことを話してしまいたくなる。彼女なら話せる、彼女だから話したいという感情が湧き上がる。どうしてこんな簡単に心を許してしまうのだろう。他の人だったら絶対にこうはならないないのに。
「じ、実は……」
 俺は抱えていたもやもやを吐き出していった。

 話し終えると彼女は、呆れたように思いっきりため息をつく。なんか言っちゃいけないことを言ってしまったのかと不安になったが、すぐにそれは解消された。
「暁斗くんの優しさは、良い方にも悪い方にも傾くね」
「ど、どういう意味?」
「優しすぎるんだよー! 自分の方が酷い目に遭ってるのに他人を気にするとか普通の人間じゃ無理だよ!?」
 身を乗り出し声を張り上げて放つ。唐突に増した勢いに面食らっていると、彼女は嘘みたいに冷静に言葉を紡ぐ。
「暁斗くんはもっと、自分のことを気にしてよ。今まで一緒だった人が急に敵になるなんて、耐えれるとは思えない。苦しいんだったら、早めに吐き出した方がいい」
 とても不思議な感覚。気づかないうちに蓋をしていたが、まるで無理やりこじ開けられたみたいに思いが溢れてきた。もう一回閉じ込めるのは無理そうだったので、おとなしく彼女の言葉に甘えさせてもらう。
「……正直わかってはいたんだ。一輝が僕のことをよく思っていないこと、そもそも友達とも思っていないことも。だからそんなにダメージなんてないって思ってた」
 荒れてしまいそうな呼吸を整える。視線を落とし、テーブルの木目を見つめながら話を続ける。鈴さんの顔を見て話すことは出来そうにない。
「でも、やっぱり……、改めて実感すると、辛いな。一輝とは中学の時から一緒で、手を差し伸べてもらったのに……」
 言い終わってみて気づく。涙が今にも溢れてしまいそうで、声も震えていたことに。そして俺は、嗚咽を堪えながらも、最も伝えたかったことであろうことを言ってしまう。
「怖い、怖いよ、……っ、どうなっちゃうんだろうって。こんな人間が、あと半年も、どうやって過ごせば……」
 一筋の涙が、頬を伝っていることわかる。それがやがてテーブルに落ちるのを見た彼女は、立ち上がり俺の隣へと座る。ただ何もせず、彼女は一言だけ囁く。
「泣いて、いいんだよ」
 こんなベタな展開、ありがちだしそんなに効果のない言葉だと思っていた。でも違った。ここまで疲弊すると深く刺さる。堤防が決壊したように涙はとめどなく流れてくる。
 どうして彼女の前ではここまで明かしてしまうのだろう。こんなこと、他の人には絶対に言えない。だって親にも言えなかったのだから。……こんなことが少し前にもあり、全く同じことを思っていた気がする。それだけ彼女には助けてもらっているということだ。辛い時にそばにいてくれることがどれだけ重要なのかを思い知らされる。
 ひとしきり泣いて涙が止まってきた時、異様なくらいに心がすっきりしていた。関係ないことはほとんど消えていったので、明日のオーディションにも集中できそうだ。
「ありがとう、鈴さん。でも、君ももっと人に頼ってね。北上さんたちも心配してたよ」
 俺が見るからに元気を取り戻して満足したようだった彼女は、みるみると表情が曇っていった。どうやら触れられたくなかったようだが、放置するわけにはいかない。
「……巻き込むことになっても、許してくれるかな?」
 少し潤んだ目で問いかけてくる。北上さんたちと予想していた通り、やはり被害が広がることを気にしていた。鈴さんも結構わかりやすい。
「きっと許してくれるよ。多分、頼らない方が怒ると思うよ」
 すると彼女は、「そうだね」と言いながら笑い、俺もつられて笑ってしまう。お互い北上さんが怒っている姿が想像できているのだろう。過保護な彼女のことだ、場が凍りつくような怒り方をしている。
「怖いよ……。苦しいよぉ……。もう学校なんて行きたくない……」
 眉を下げて、無理やり笑っていた鈴さんも、結局は堪えきれずに涙が頬を伝っていく。
 涙を拭い、啜り泣く彼女は、今度はにっこりと笑みを浮かべる。
「私たち、ほんと馬鹿だね」
 くすくすと笑いながらそういう彼女に俺も賛成する。この一週間で痛いほど感じた。周りばかり気にしていつも自分は後回し、誰にも頼らないくせに行き詰まり、勝手に感傷に浸る。本当に、馬鹿だなと思う。でも今、お互いの存在によって、少しだけ変われたのだと思う。
 俺にとって彼女は、どんな存在なのだろう。この不思議な感覚の正体は結局なんなのだろう。顔を覗かせているずるい想いを奥底に押し込み、気づかないように振り払う。