波多野が来ない。話を聞いてもらった日からまた、波多野が来なくなってしまった。どうゆう事だろう。まるで、わたしが弱くなっていた時に、それを助けるために現れたみたいな。……お見舞いとか行った方がいいのかな?迷惑かな?話聞いてもらって、お礼もしたいし。いや、無理だ。そもそも家の場所を知らない。先生に、聞いてみるだけ聞いてみてもいいよね?
そう思い、一年D組の担任の先生に聞いてみることにした。
「あの、波多野蒼ってなんで休んでいるんですか?」
「……なんで、そんな事を聞くんだい?」
質問を質問で返された。そりゃそうだ。たぶんこの先生はわたしの名前も知らないだろう。別の学年の人なんだから。
「わたし、文化祭実行委員なんですけどその時に波多野にお世話になって」
「あー!そう言う事か。……でも、あまり生徒の休みの理由を勝手に話してはいけなくて、波多野の事については何も言えない。ごめんな。……波多野に言われたりとかはしなかったのか?」
「何も言われてないです……」
どうして?波多野はなんで休んでるの?
「でも、家に行ってあげなさい。波多野もたぶん喜ぶと思うぞ。」
「いいんですか?」
「おう、今から波多野の家の場所を教えるからなー」
こんなにすぐ、生徒に家の場所を教えてしまっても良いのだろうか?でも、波多野にそれで会えるならいい。先生に家の場所を教えてもらい、放課後。実行委員は今日もごめんなさい、と思いながらも休んで、波多野の家に向かう。そこは一軒家で大きな家だった。
インターホンを押そうとするけれど、さすがに緊張する。他の人の家にあまり行ったことのないわたしにとって、それはとても緊張することだった。
ピーンポーン。勇気を出して押す。すると、玄関からは波多野本人ではなく、波多野のお母さんが出てきた。そりゃそうだ。波多野は調子が悪いのかもしれないのだから。
「どちら様?」
「は、波多野蒼くんと同じ、文化祭実行委員なんですけど、最近休んでいる事が多くて、心配になって来ました。」
緊張からか、喉がつっかえて上手に言えなかった。
「まぁ!蒼の!ありがとね、こんな遠くまでー。遠かったでしょ?」
わたしが波多野の知り合いだと知るなり、一気に笑顔に変わる波多野のお母さん。笑った時の目元が波多野と似てる。
「ちょっとは、遠かったです」
「そうよねー!お名前はなんて言うの?」
嘘がつけなくて正直に言ってしまった答えに、嫌な顔をする事なく答えてくれた。
「塩野綾音(あやね)です」
「綾音ちゃんね!さぁ、上がって上がって」
自分の名前を言うのも呼ばれるのも、ひどく久しぶりな気がする。自分の名前っていう実感が湧かない。波多野のお母さんに引きずられながら、家にお邪魔する。
「お邪魔します……。」
そう言って家に入ると、家の中は外見と同様に広くて綺麗だった。
「広いですね」
「ふふっ、家にはだいたい二人しかいないから、広いくらいよ」
お父さんは単身赴任なのだろうか?二人という言葉に引っかかる。波多野の部屋に入って、と言われて波多野の部屋に向かう。……いいのだろうか?さすがに後輩の部屋に入るとかはいけなくない?そう思い、お母さんにもう帰ると告げようとした時、波多野のお母さんはもう部屋のドアを開けてしまっていた。
「蒼!お友達が来てくれたわよ!」
「……え、せんぱい?」
この部屋の主は、突然のわたしのお見舞いに驚いてる。
「や、やっほー」
この状況でこんな軽々しく挨拶をしていいのか?
「え、なんで先輩が」
「綾音ちゃんが、蒼のためにお見舞いに来てくれたのよ!あんた、感謝しなさいよ。じゃあ、ごゆっくりね、綾音ちゃん」
波多野のお母さんはそう言うなりそそくさ部屋を出て行ってしまった。行動が早い。波多野以上だ。
部屋の中に残ったのはわたしと蒼の二人。気まずいよ……。そう思っていたのに、
「ブッ、綾音ちゃんって呼ばれてる……」
波多野は場違いに笑い出した。わたしが波多野のお母さんに綾音ちゃんと呼ばれてることがツボに入ったらしい。
「ちょっと、笑う事ないでしょ!」
わたしも波多野につられてつい、笑ってしまう。しばく部屋の中が笑い声で包まれた。
「てゆうか、なんで先輩いるんですか」
「だから、お見舞いに……。」
「来なくて良かったのに」
波多野は少し嫌そうに言う。
「え、もしかして来てほしくなかった?」
さっきとは打って変わって、不安な空気に包まれる。
「いや、そう言う事じゃなくて……」
「じゃあ、なに?」
「……こんな姿を先輩に見られたくなかった」
パジャマ姿の波多野が恥ずかしそうにしている。
「……たしかに、恥ずかしいね」
「……」
「でも、わたしの方が昨日恥ずかしい姿見せちゃったし!そう、それでわたしお礼も含めて、お見舞いに来たの!」
わたしがそう言うと、波多野は黙り込んでしまう。
「え?波多野?」
「……先輩。ちょっと話、聞いてくれる?」
「え、あ、うん」
いきなり言われて戸惑いながらも、耳を傾ける。

「俺、病気なんだ。」

え……?び、びょうき?波多野が?……どうゆうこと?
「……だから学校休んでたんだ。先輩と会う前から、よく学校休んでた。」
「え……」
わたしの口からは驚きの声しか漏れない。

「病気がわかったのは一年前で。ちょうど中学三年生の受験の時期だった。俺は母親にも勧められて、結構上位の学校を目指そうとしてた。」
「……」
「でもある日から、頭が痛くなってきて。俺はその時受験勉強の疲れだろうと思ってたから、構わずにずっと勉強してた。それでも体調が悪化していくばかりだったから、病気に行ってみたんだ。そしたら……治る確率が非常に低い、病気だって。その病気は、時々ひどく体調が悪くなるだけで、毎日つらいわけではなかった。でも、…その時々が俺の中ではひどく辛くて。最近、休んでたのもそう言う事。学校に行けないくらい、ひどく苦しいんだ。」
自分でつらいことを話すのも辛いと思うのに、わたしに波多野自身の事を伝えてくれた。わたしは、一つだけ聞きたい事があった。
「それで……波多野は、し、死んじゃったりしないの……?」
波多野はそんな事を考えるのも嫌だろう。けど、知っておきたかった。
「その可能性は少しある、けど、今のところ大丈夫らしい。大丈夫だと思ってる」
希望や願望が伝わってきた。
「うん、それはよかった。今は大丈夫なの?」
休んでいたところをわたしが邪魔しに来てしまった。
「うん、大丈夫。先輩と話してるとなんか安心する。」
波多野の弱みのようなところを知ったから、申し訳ないけどわたしと親近感を感じてしまう。
「わたしも、波多野と話してると安心するよ。……あ、昨日は本当にありがとね」
波多野にはお見舞いだけではなく、ちゃんとした恩返しがしたい。
「全然大丈夫です、俺も、今、たくさんのこと聞いてもらいましたから。」
「……うん」
波多野の部屋からは、銀杏の葉がついた一本の木が夕日に照らされて見える。
「そろそろ、日が暮れるね」
「そうですね」
「……もう帰るね。いきなりお邪魔してごめんね。」
そっけない感じになっちゃったけれど、もうそろそろ帰らないと。
「はい。」
波多野はそう言ってわたしを玄関まで見送ってくれた。
「お邪魔しました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
お互いに敬語でちょっとくすぐったい。
「あの!」
波多野が自分の部屋に戻ろうと背を向けた時。
「これからお互い、敬語やめて、タメ口にしよう!」
わたしの口からはこんな言葉が飛び出していた。
「わかった!」
波多野はそんなわたしの言葉に答えてくれる。
「また、明日!先輩!」
「うん!」
ガタン。波多野の家のドアが閉まる。わたしはそこを後にして、明日を楽しみにして一歩、踏み出した。