夏休みが終わって、今日から新学期が始まる。
自転車を漕いでいれば、すぐに高校に着くから通うのは楽。でも、学校生活は楽じゃない。
集団で授業を受けなくちゃいけないし、なんか女子はまとまって行動するっていう風習があるし、先生の話はきちんと聞かなくちゃいけないし。
わたしはそういうの、得意じゃない。もっと、好き放題に授業を受けて、好きなだけ遊びたい。
もちろんそんなことにいかないのは分かってる。
ため息をつきたくなる思いになりながらも、結構速いスピードで自転車のペダルを回していく。風が正面から、額に、頬に当たる。この季節の風は、気持ちいい。まだ、少し蒸し暑いけれど夏だったらこんなに涼しい風は当たらない。
少し気持ちが軽くなって、気分が良くなってきた。
曲がり角に差し掛かると、
——キィィィィッ!!
曲がり角から出てきた自転車が、目の前に現れる。
「——-わあっ!!」
「うわぁ!!」
—-ガシャン!
誰かが漕いでいた自転車とわたしの自転車がぶつかって、わたしも体ごと倒れる。
膝に激しい痛みが襲う。
「いたい……。」
「—-ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
顔を上げると、わたしと同じ制服を着た男子が立っていた。見た事がない顔だけど、なんか知ってるような気がする……。
「少し痛いけど大丈夫。あなたは?」
「大丈夫です!……あ、同じ制服ですね!何年生ですか?」
その男子は初対面なはずのわたしに気軽に話しかけてくる。
「……二年生」
「え!一個上の先輩か!なんか見た事あると思った!じゃあ、これを機にこれからよろしくお願いします」
一人で話を進めて、礼儀正しくお辞儀をする、一個下の後輩。話の展開についていけなくて、少し戸惑う。
なにか言わないとと思ったが、このままだとたぶん遅刻する羽目になるだろう。
「……とりあえず、遅刻するから学校行こっか。」
「はい!」
——やっと学校に着いた。学校に来るまで時間がとても長かった気がする。
学校に着くまでの間、あの後輩の名前とクラスを知った。ただ、それだけのことなのに、ひどい疲労感が襲う。その理由は、外で人と話すのが久しぶりだからなのか。それとも、あの後輩がうるさすぎただけなのか。
……まぁ、どちらにせよ、あの後輩とはもう話すことはないだろう。
教室に入ると、一ヶ月ぶりの教室のにおいがした。
席に座ると同時に先生が入ってくる。
休みが開けると先生が毎回いう、
「けがや病気、事故にあいませんでしたか。夏休み明けなので、だんだんと生活習慣を通常に戻しましょう。」
という言葉。今年も、先生は言う。
しかし、先生の話はそれだけではなく、
「もうすぐ文化祭なので、文化祭の準備を始めていきましょう。」
と言うものだった。
文化祭はいつもは11月に開催される。でも、今年から10月に変更されるらしい。
今は9月の上旬。確かに、このくらいの時期から準備を始めないと間に合わない。
「文化祭の時に、文化祭実行委員と言う人が必要なのですが、やってくれる人いますか?」
いきなりの事だったので、クラスのみんなは動揺しているみたい。それでも、文化祭という行事は楽しみそうにしている。
わたしは文化祭を回ろうとも思わないし、運営しようともおもわないから、たぶん無関係な話だろう。
文化祭実行委員は、わたしとは違う明るいような人がやるものだ。うちのクラスでは、明るい山口さんとかかな。
「はい!」
手を挙げたのはやっぱり山口さん。実行委員をやりたいんだろう。ところが彼女はとんでもないことを言い出した。
「塩野さんがいいと思います!今まであんまりこういうのに関わった事がないと思うので、ちょっとでも関わったほうがいいと思ったからです!」
なんでわたしが呼ばれるわけ?こうゆうのには関わらないって思ってたのに。
「確かに!」
「塩野さんやってみたら?」
クラスのみんなもノリ気だ。
「やってくれる?みんなと関わるいい機会にもなると思うし。」
先生がお願いをするポーズをしてわたしに言う。そんなにわたしに実行委員をやってほしいのか。いや、違う、このクラスになってから馴染めていないわたしに友達をつくってほしいのか。
こうゆう係は面倒くさいからしたくない。絶対にしたくない。関わりたくもない。でも、こんな空気の中、断れない……。
「……やります。」
あーあ、最悪だ……。
「ありがとう!塩野さんならやってくれると思ってた!じゃあ、今日の放課後から一ヶ月間、よろしくね。」
先生が嬉しそうな口調で言うと、周りからは拍手が起こった。
てゆうか、今日から放課後に集まるの!?
一ヶ月間⁉︎毎日⁉︎
「え、あの、今日から毎日……?」
動揺を隠しきれないで聞くと、
「うん、そうよ?最初にわたし言ったわよね?」
なんか、すごい圧をかけられた。実行委員は辞めさせないよ、みたいな。さっきまで決まって嬉しそうだったのに。
この先生、苦手……。それと、なんで山口さんはわたしを実行委員にされたんだろう?山口さんはしたくなかったとか?
やっぱり、学校嫌いだ……。しかも実行委員になっちゃうなんて最悪。嫌すぎるんだけど。
今日は初日だったから、五時間で授業は終わった。いつもならすぐに帰れるって喜んでいたんだろうけど、実行委員がある。家に早く帰りたい……。どうせ家に帰ってもなにもする事ないけど。
実行委員は一階の会議室で行うらしい。会議室には、この学校に入学したときの学校見学でしか入ったことがなかった。
「失礼します。」
一応礼儀なので、挨拶をしてから入る。
中はこじんまりとした部屋だった。数人入ればうまってしまいそう。机が一つと椅子が三つ、棚が壁に沿って一つ置いてあった。
誰も居ないので空いている席に座る。
わたしが座った席からは、窓からきれいなが見える。
しばらくたそがれていると、廊下から足音がした。
「すみません!遅れました!」
そう言って慌ただしく入ってきたのは、
「今朝の……!」
自転車で朝ぶつかった後輩の男子だった。
「あ!今朝、自転車でぶつかった、塩野先輩だ!!」
なんでそんなに大きな声で、言わなくてもいい事を言うのか?……もうこの男子とは関わりたくないと思ってたのに。
「あれ……?てゆうか、先生とか他の実行委員は?」
「あー、わたしがこの部屋入った時から誰も居なかったよ」
誰かは来るだろうと待っていたけど、時間が経っても来ないのはおかしい気がする。
「え!じゃあ職員室に行って聞きにいきましょう!」
言うとすぐに会議室を出て行こうとする。
「え!?もうちょっと待ってようよ!」
さすがに行動するのが早すぎない!?
「なんでですか?先生が忘れてるなら早く教えないと」
「確かにそうだけど……。」
できる事なら職員室にはあまり行きたくない。
「行きましょう」
手首を軽く掴まれて職員室へ連れてかれる。
なんなの?うざすぎない?この後輩……。一応、わたし先輩だよ?
「失礼します。一年D組の波多野蒼です。文化祭実行委員の先生いますかー?」
職員室で後輩が先生を呼んでくれたから、わたしが言わずにすんだ。
少しして、一人の先生がわたしたちの前にやって来た。すると、先生は予想外の事を言い出す。
「あれ、君たちまだ学校に残っていたのかね。もう帰る時間じゃないのか?」
「え?いや、わたしたちは文化祭実行委員で、残ってて……」
「え?文化祭実行委員は明日から集まる予定だったはずだが……。まぁ、いい、先生たちこれから会議があるんだ。今日は帰っていいぞ。」
先生は口早に言って、わたしたちを廊下に出した。
「えっと、俺らは帰っていいってこと……?」
「そう、みたいだね……。」
わたしたちは突然のことに驚きながらも、会議室に戻って帰る支度を始める。
「なんだー!帰ってよかったのかー」
後輩は残念そうに、だけど明るい口調で言う。
わたしはそんな後輩とは違って憂鬱な気分で浸っていた。今日は何もなかったのなら帰ってよかったじゃん。最悪なんだけど。
憂鬱ってゆうか、怒ってる。なんで先生間違った事を教えるわけ⁉︎人の時間奪わないでよ。こんな事になるのなら早く帰りたかった。
わたしたちは会議室を出て、校門へ向かう。
「さいっあく……」
そのわたしの感情は口にも顔にも出てしまった。後輩にも伝わってしまったみたい。
「なんで、そんなこと言うんですか?」
後輩は不思議そうに言う。なんで、そんな当たり前のことを聞くんだろう。
「もっと早く帰れたなら早く帰りたかった」
「俺もそう思うけど、もっとポジティブに考えてみたらどうですか?」
「は?どうやって?」
ポジティブに考える?そんなの無理じゃない?
「うーん、今日は実行委員の仕事なくてラッキー、とかですかね?」
「でも明日から毎日、仕事しないといけないんでしょ?最悪じゃん。」
明日もあることを考えるだけで嫌になってきた。絶対文化祭の仕事は大変だし。面倒くさいし。
少し暗くなってきた空。西側から眩しい光がさしてくる。
「……先輩ってネガティブ思考ですよね」
「そう?口悪いとはよく言われるけどね」
高校から必要以上のことは話さないようにしてるけど、中学の頃とかは口悪いねと冗談で何回か言われたことがある。
「……ふふっ、たしかに先輩口悪いですよね」
少し笑いながら言われた。ちょっとムカついたから睨むと、
「ごめんなさいっ」
と謝られる。
……ちょっとこの後輩面白いかも。ちょっとだけね。
いつの間にか、今朝わたしと後輩がぶつかった交差点に立っていた。
空は暗くなって、西から日差しがさしてくる。つい眩しくて目を細めてしまう。
「あ、先輩はここの道真っ直ぐ行くんですよね?」
「うん、きみは?」
「俺はこの角を右です。……明日、来ますよね?」
なんか疑うような口調で言う。
「実行委員のことでしょ?行くけど、なんで?」
「だって先輩、行きたくなさそうだったじゃないですか。」
少し悲しそうな顔の後輩。
「行かないといけないんでしょ?サボっちゃいたいけどね。……それじゃ、明日ね」
「はい、また明日。」
交差点で別れる。後輩の最後の表情が暗かった気がしたのは気のせいだっただろうか。

