校門を出て、蝉が喧しく鳴き、強い日差しが降り注いでいる中、俺は吉良先輩の隣を歩く。
「千秋ちゃんってさー、かわいい顔してるのに自分のこと俺って言うてるん?」
吉良先輩が俺の髪に触れて尋ねてきた。
「え、はい。そうですね。俺……って言ってますね」
「めっちゃギャップやわぁ。髪の毛なんかふわふわで可愛いし。この明るさ、地毛?」
俺の毛先をつまんだ吉良先輩は、機嫌良さそうに毛束を指先にクルクルと巻き付けて遊んでいる。
「地毛ですね。俺、元々色素がちょっと薄いんだと思います。目も茶色めなので」
「ほんまや、目ぇ、茶色い。ついでに目の形も綺麗な二重なんやなぁ」
突然立ち止まった先輩は、俺の顔をグイっと覗き込み、鼻先が触れそうになるくらいまで顔を近づけてきた。
(う、うわっ)
俺の背に合わせて少し屈んだ先輩の顔が、どんどん近づいてくる。
離れなきゃと思うのに、俺を見る先輩の瞳の色が吸い込まれそうなほど真っ黒で目がそらせない。
「ああ、あ、あのっ」
自分の視界が吉良先輩の整った顔でいっぱいになったところで、やっと俺は声を発した。
「ん〜?」
吉良先輩が気怠げな声で返事をする。
「ち、ちか……い、です」
近すぎて、あとほんの数cmで鼻と鼻が触れそうな距離になっている。
「あはっ。顔、一瞬で赤くなった」
「っ、……揶揄わないでください」
近づいた吉良先輩の顔を避けるように、目を逸らした。
「ごめん、ごめん。可愛らしくてつい」
吉良先輩は離れて、俺の頭をぐしゃぐしゃっと雑に撫でた。
「ついって」
「可愛い、可愛い」
吉良先輩の大きな手が頭をさらに雑に撫でてくる。
ほんの一瞬の出来事だったが、あのまま吉良先輩は俺に制止されなければどうするつもりだったのだろうか。
止められなければキス……とかされたのだろうか。
そんな雑念を払うように、俺は頭を撫でてくる先輩の手を掴んで、ポイっと振り払った。
「千秋ちゃんってさ、普段からそんなパーソナルスペース、ガバガバなん?先輩、心配になるわぁ」
吉良先輩の質問に、自分のふしだらな脳内が見透かされたのかと思った。
「ガバガバなわけないです。それに心配って。先輩が一番危なそうですけど」
少しでも動揺を悟られないように、先輩を置いて先に歩き出す。
「ふーん。興味無さそうやったけど、僕のいろんな噂、やっぱり知ってるんやなぁ」
墓穴を掘った、と一瞬で理解した。
「そんな警戒せんといてよ」
そう言った先輩が、先に歩いていた俺に追いつく。
「……してないです」
「そうかなぁ?どんな噂聞いた?吉良は遊び人とか?」
「それはそう、ですね。来る者拒まずって感じのことは聞いたかも……です」
「ははっ。素直。他は?」
「他……は」
一度見たものは忘れないとか、テスト勉強は教科書を読むだけとか、凄いなと思うものもある。
だけど、3か月以上付き合わないないだとか、浮気の常習犯だとか、悪いものもたくさんある。
どの噂も俺自身が真偽を確かめたことはないから、どれを言っていいのかどうか口ごもってしまう。
「僕、女の子も男の子も好きになるねん。いわゆるバイセクシャルってやつ。聞いたことない?」
吉良先輩の言葉に俺は固まった。
昔、歳の離れた兄が突然、家に帰ってきて母に言った言葉と同じだったからだ。
兄はバイセクシャルだというカミングアウトするとともに、彼氏を紹介した。
その時の母は、必死に歪な笑顔を作って聞いていたから、男が男を好きになるのは普通じゃないのだとすぐに理解できた。
ホッと胸を撫で下ろしながら笑い合う兄たちと、兄たちがいなくなってから何度もため息をついていた母を見ていると、胸が締め付けられたことを覚えている。
だからこそ、まだ小さかった俺は母や誰かに「良い子だね」と、頭を撫でてもらえるような普通の男の子であろうと思った。
それなのに、目の前に立つ吉良先輩は不思議そうな顔をして「あれぇ?聞いてるー?」と、俺の目の前で手をひらひらとさせている。
「聞いています」
ひとこと、返事をする。
「そっかぁ。あんまり驚かへんねんなぁ。実は知ってた?」
「いえ。それは知らなかったです。ただ……」
「ただ?」
「……っ、ただ、そういうことを言う相手は慎重になった方がいいと思い……ます」
「ふーん。真面目なんやなぁ」
吉良先輩の言葉に胸が痛くなった。
俺自身は、別に誰が誰を好きになるかなんて、自由で良いと思ってる。
むしろ、息苦しい世界だからこそ自由であってほしい。
でも、理解してもらおうと曝け出しても、拒絶されることもあるだろう。
そうなったときは、取り返しのつかない傷になりそうで怖い。
そんなことを考えながら吉良先輩の隣を歩いていたら、吉良先輩は何かを閃いたのか、俺の肩をトントンと軽く叩いた。
「なぁなぁ、僕と付き合ってみる?」
「は?え?なんで」
俺は、目を大きく開けて先輩を見上げた。
今日、初めて俺のことを認識したばかりだというのに、初対面の相手に軽々しく交際を提案するなんて現実であり得るのだろうか。
「どぉ?」
「いや……あの。先輩は、いつもこんな感じで誰かと付き合うんですか……?」
思わず先輩の軽薄な告白へ返事もせずに、心の中に湧いてきた質問を真っ直ぐにぶつけてしまった。
「いつも?」
思っていた反応と違ったせいか、一瞬、先輩もキョトンとした。
「いつもはー『誰か付き合ってる人おる?』って聞かれて、おらんよって言うたら、『じゃあ付き合って』って言われるから付き合うかなぁ」
「え。その相手に対して好きって感情は無いんですか?」
「んー、付き合って、徐々に好きになってくれたらええって言われるしなぁ。それに、僕が一緒にいて相手が喜んでくれるなら、それでええかなって。でも大体どれも短い命なんやけどな」
淡々と説明した吉良先輩は、わはは〜と涼しそうな笑顔を作って隣を歩いている。
俺は、そんな吉良先輩を見て何故だかさらに胸が締め付けられた。
「俺は……吉良先輩がちゃんと好きだと思える人と付き合った方が良いと思います。偉そうにすみません」
「……なんで?」
一瞬、居心地の悪い間があいて、吉良先輩の返事が返ってきた。
「人の気持ちって、物とかおもちゃみたいに軽く扱うものじゃない気がして……ちゃんと吉良先輩が好きだなって思える人と付き合って、お互いを大事にした方がいい気がして……」
大した恋愛経験もない俺が、恋愛経験が豊富な吉良先輩に何を言ってるんだと思った。
半歩ほど先を歩く先輩が今どんな顔をしているのだろうか。
見上げるのが怖い。
「ちゃんと好きってなにぃ?」
俺の返事を聞いた吉良先輩は、振り向かずに質問をしてくる。
「え。それは……ドキドキするだけじゃなくて……えっと。相手の喜ぶ顔が見たいなって思えたり、寝る前にその人のことを考えたくなったり……とか?あと……んー、相手が好きだって言ってくれる自分を大事にしようと思える……とか?」
理想を並べすぎた。
相変わらず前を向いたまま歩く吉良先輩に、ロマンチストだと思われてしまったに違いない。
「とにかく!俺は吉良先輩にも、ちゃんと幸せなれる恋をして欲しいって思います」
俺は先輩に何を言ってるんだと思うと、頭がぐるぐるしてきた。
「なぁ、千秋ちゃん」
先輩の低くて、落ち着いた声が俺の名前を呼んだ。
「はいっ」
「千秋ちゃんはさ、今、そんな風に思える相手おるん?」
「へ?いません……けど」
「ははっ、はははっ。あははははっ」
先輩が突然笑い始めた。
大きな声で笑いながらくるりと振り返った先輩が、俺の頬に触れる。
「……あーあ。僕、やっぱり千秋ちゃんのこと好きやわぁ」
「え?え?なんで……」
状況がいまいち理解できない。
俺のどこに吉良先輩の琴線に触れるところがあったのだろう。
「ん〜?それは内緒やなぁ。千秋ちゃん、お付き合いを前提に僕と友達にならへん?」
そりゃあ、付き合いを前提に、という部分を省けば友達になってみたい。
それに、吉良先輩と友達になれるなんて、誰もが羨むはずだ。
でも、付き合いを前提とした友達ってなんだろう。
「そんな変なことはしやんって」
俺の頭の中が覗かれていたのかと思った。
それでも、このまま「はい」と返事をして良いのか迷う。
「あ、そや。もし友達になってくれたら、この3年間主席をしてる僕がもちろん勉強も見てあげるで」
「えっ、本当ですか」
「ほんまほんま。どう?悪い話ちゃうやろ?」
「…………はい」
しばらくの間、悩んでみたが、3年間学年主席の吉良先輩に勉強を見てもらえるという条件が魅力的すぎて受け入れてしまった。
「ほんま?ありがとうなぁ。でもなんか、こんなやり取り慣れへんくて胸がくすぐったいわぁ」
いつも余裕そうな先輩の顔が、夕陽に照らされているからか、ほんのり赤く見えた。
「あ、じゃあ連絡先交換しよ」
吉良先輩がズボンのポケットからスマホを取り出した。
俺もスマホを取り出して、先輩のアカウントを登録する。
「ぷっ。この先輩のアイコンなんですか?」
「これぇ?蝉に喧嘩売ってる僕ん家の犬〜」
吉良先輩は、きっとおしゃれで、スマートな感じだろうと思っていたのに全然違っていた。
「かわええやろ、他にも写真いっぱいあるで。見る?」
「はい」
吉良先輩が次々と犬の写真を見せてくれる。
躍動感に溢れてブレているものや、白目をむいて寝ている写真……どれも可愛くて、いつの間にか俺は先輩の告白なんて忘れて、スマホを覗き込んで笑っていた。
「千秋ちゃんってさー、かわいい顔してるのに自分のこと俺って言うてるん?」
吉良先輩が俺の髪に触れて尋ねてきた。
「え、はい。そうですね。俺……って言ってますね」
「めっちゃギャップやわぁ。髪の毛なんかふわふわで可愛いし。この明るさ、地毛?」
俺の毛先をつまんだ吉良先輩は、機嫌良さそうに毛束を指先にクルクルと巻き付けて遊んでいる。
「地毛ですね。俺、元々色素がちょっと薄いんだと思います。目も茶色めなので」
「ほんまや、目ぇ、茶色い。ついでに目の形も綺麗な二重なんやなぁ」
突然立ち止まった先輩は、俺の顔をグイっと覗き込み、鼻先が触れそうになるくらいまで顔を近づけてきた。
(う、うわっ)
俺の背に合わせて少し屈んだ先輩の顔が、どんどん近づいてくる。
離れなきゃと思うのに、俺を見る先輩の瞳の色が吸い込まれそうなほど真っ黒で目がそらせない。
「ああ、あ、あのっ」
自分の視界が吉良先輩の整った顔でいっぱいになったところで、やっと俺は声を発した。
「ん〜?」
吉良先輩が気怠げな声で返事をする。
「ち、ちか……い、です」
近すぎて、あとほんの数cmで鼻と鼻が触れそうな距離になっている。
「あはっ。顔、一瞬で赤くなった」
「っ、……揶揄わないでください」
近づいた吉良先輩の顔を避けるように、目を逸らした。
「ごめん、ごめん。可愛らしくてつい」
吉良先輩は離れて、俺の頭をぐしゃぐしゃっと雑に撫でた。
「ついって」
「可愛い、可愛い」
吉良先輩の大きな手が頭をさらに雑に撫でてくる。
ほんの一瞬の出来事だったが、あのまま吉良先輩は俺に制止されなければどうするつもりだったのだろうか。
止められなければキス……とかされたのだろうか。
そんな雑念を払うように、俺は頭を撫でてくる先輩の手を掴んで、ポイっと振り払った。
「千秋ちゃんってさ、普段からそんなパーソナルスペース、ガバガバなん?先輩、心配になるわぁ」
吉良先輩の質問に、自分のふしだらな脳内が見透かされたのかと思った。
「ガバガバなわけないです。それに心配って。先輩が一番危なそうですけど」
少しでも動揺を悟られないように、先輩を置いて先に歩き出す。
「ふーん。興味無さそうやったけど、僕のいろんな噂、やっぱり知ってるんやなぁ」
墓穴を掘った、と一瞬で理解した。
「そんな警戒せんといてよ」
そう言った先輩が、先に歩いていた俺に追いつく。
「……してないです」
「そうかなぁ?どんな噂聞いた?吉良は遊び人とか?」
「それはそう、ですね。来る者拒まずって感じのことは聞いたかも……です」
「ははっ。素直。他は?」
「他……は」
一度見たものは忘れないとか、テスト勉強は教科書を読むだけとか、凄いなと思うものもある。
だけど、3か月以上付き合わないないだとか、浮気の常習犯だとか、悪いものもたくさんある。
どの噂も俺自身が真偽を確かめたことはないから、どれを言っていいのかどうか口ごもってしまう。
「僕、女の子も男の子も好きになるねん。いわゆるバイセクシャルってやつ。聞いたことない?」
吉良先輩の言葉に俺は固まった。
昔、歳の離れた兄が突然、家に帰ってきて母に言った言葉と同じだったからだ。
兄はバイセクシャルだというカミングアウトするとともに、彼氏を紹介した。
その時の母は、必死に歪な笑顔を作って聞いていたから、男が男を好きになるのは普通じゃないのだとすぐに理解できた。
ホッと胸を撫で下ろしながら笑い合う兄たちと、兄たちがいなくなってから何度もため息をついていた母を見ていると、胸が締め付けられたことを覚えている。
だからこそ、まだ小さかった俺は母や誰かに「良い子だね」と、頭を撫でてもらえるような普通の男の子であろうと思った。
それなのに、目の前に立つ吉良先輩は不思議そうな顔をして「あれぇ?聞いてるー?」と、俺の目の前で手をひらひらとさせている。
「聞いています」
ひとこと、返事をする。
「そっかぁ。あんまり驚かへんねんなぁ。実は知ってた?」
「いえ。それは知らなかったです。ただ……」
「ただ?」
「……っ、ただ、そういうことを言う相手は慎重になった方がいいと思い……ます」
「ふーん。真面目なんやなぁ」
吉良先輩の言葉に胸が痛くなった。
俺自身は、別に誰が誰を好きになるかなんて、自由で良いと思ってる。
むしろ、息苦しい世界だからこそ自由であってほしい。
でも、理解してもらおうと曝け出しても、拒絶されることもあるだろう。
そうなったときは、取り返しのつかない傷になりそうで怖い。
そんなことを考えながら吉良先輩の隣を歩いていたら、吉良先輩は何かを閃いたのか、俺の肩をトントンと軽く叩いた。
「なぁなぁ、僕と付き合ってみる?」
「は?え?なんで」
俺は、目を大きく開けて先輩を見上げた。
今日、初めて俺のことを認識したばかりだというのに、初対面の相手に軽々しく交際を提案するなんて現実であり得るのだろうか。
「どぉ?」
「いや……あの。先輩は、いつもこんな感じで誰かと付き合うんですか……?」
思わず先輩の軽薄な告白へ返事もせずに、心の中に湧いてきた質問を真っ直ぐにぶつけてしまった。
「いつも?」
思っていた反応と違ったせいか、一瞬、先輩もキョトンとした。
「いつもはー『誰か付き合ってる人おる?』って聞かれて、おらんよって言うたら、『じゃあ付き合って』って言われるから付き合うかなぁ」
「え。その相手に対して好きって感情は無いんですか?」
「んー、付き合って、徐々に好きになってくれたらええって言われるしなぁ。それに、僕が一緒にいて相手が喜んでくれるなら、それでええかなって。でも大体どれも短い命なんやけどな」
淡々と説明した吉良先輩は、わはは〜と涼しそうな笑顔を作って隣を歩いている。
俺は、そんな吉良先輩を見て何故だかさらに胸が締め付けられた。
「俺は……吉良先輩がちゃんと好きだと思える人と付き合った方が良いと思います。偉そうにすみません」
「……なんで?」
一瞬、居心地の悪い間があいて、吉良先輩の返事が返ってきた。
「人の気持ちって、物とかおもちゃみたいに軽く扱うものじゃない気がして……ちゃんと吉良先輩が好きだなって思える人と付き合って、お互いを大事にした方がいい気がして……」
大した恋愛経験もない俺が、恋愛経験が豊富な吉良先輩に何を言ってるんだと思った。
半歩ほど先を歩く先輩が今どんな顔をしているのだろうか。
見上げるのが怖い。
「ちゃんと好きってなにぃ?」
俺の返事を聞いた吉良先輩は、振り向かずに質問をしてくる。
「え。それは……ドキドキするだけじゃなくて……えっと。相手の喜ぶ顔が見たいなって思えたり、寝る前にその人のことを考えたくなったり……とか?あと……んー、相手が好きだって言ってくれる自分を大事にしようと思える……とか?」
理想を並べすぎた。
相変わらず前を向いたまま歩く吉良先輩に、ロマンチストだと思われてしまったに違いない。
「とにかく!俺は吉良先輩にも、ちゃんと幸せなれる恋をして欲しいって思います」
俺は先輩に何を言ってるんだと思うと、頭がぐるぐるしてきた。
「なぁ、千秋ちゃん」
先輩の低くて、落ち着いた声が俺の名前を呼んだ。
「はいっ」
「千秋ちゃんはさ、今、そんな風に思える相手おるん?」
「へ?いません……けど」
「ははっ、はははっ。あははははっ」
先輩が突然笑い始めた。
大きな声で笑いながらくるりと振り返った先輩が、俺の頬に触れる。
「……あーあ。僕、やっぱり千秋ちゃんのこと好きやわぁ」
「え?え?なんで……」
状況がいまいち理解できない。
俺のどこに吉良先輩の琴線に触れるところがあったのだろう。
「ん〜?それは内緒やなぁ。千秋ちゃん、お付き合いを前提に僕と友達にならへん?」
そりゃあ、付き合いを前提に、という部分を省けば友達になってみたい。
それに、吉良先輩と友達になれるなんて、誰もが羨むはずだ。
でも、付き合いを前提とした友達ってなんだろう。
「そんな変なことはしやんって」
俺の頭の中が覗かれていたのかと思った。
それでも、このまま「はい」と返事をして良いのか迷う。
「あ、そや。もし友達になってくれたら、この3年間主席をしてる僕がもちろん勉強も見てあげるで」
「えっ、本当ですか」
「ほんまほんま。どう?悪い話ちゃうやろ?」
「…………はい」
しばらくの間、悩んでみたが、3年間学年主席の吉良先輩に勉強を見てもらえるという条件が魅力的すぎて受け入れてしまった。
「ほんま?ありがとうなぁ。でもなんか、こんなやり取り慣れへんくて胸がくすぐったいわぁ」
いつも余裕そうな先輩の顔が、夕陽に照らされているからか、ほんのり赤く見えた。
「あ、じゃあ連絡先交換しよ」
吉良先輩がズボンのポケットからスマホを取り出した。
俺もスマホを取り出して、先輩のアカウントを登録する。
「ぷっ。この先輩のアイコンなんですか?」
「これぇ?蝉に喧嘩売ってる僕ん家の犬〜」
吉良先輩は、きっとおしゃれで、スマートな感じだろうと思っていたのに全然違っていた。
「かわええやろ、他にも写真いっぱいあるで。見る?」
「はい」
吉良先輩が次々と犬の写真を見せてくれる。
躍動感に溢れてブレているものや、白目をむいて寝ている写真……どれも可愛くて、いつの間にか俺は先輩の告白なんて忘れて、スマホを覗き込んで笑っていた。



