「1学期、成績優秀者、3年生代表、吉良秋人(きら あきひと)

夏休み前の全校集会。

体育館の舞台から校長先生が、3年の吉良先輩の名前を呼ぶ声がする。

「はぁい」

吉良先輩が、乾いた軽い返事をした後に、3年生の列からのそのそと出てくる。

「ねぇ。やばくない?吉良先輩。学年主席、これで3年連続らしいよ」
「記録更新じゃん。やばかっこいい」
「吉良先輩ってさ、いろいろ噂ある人だけど、あの人になら遊ばれてもいいって気持ちになるよね」
「わかるわかる」

俺の後ろに並ぶクラスの女子たちが、吉良先輩を見ながら楽しそうに喋っている。

「成績優秀者、2年生代表、有元千秋(ありもと ちあき)

吉良先輩に続けて、校長先生が俺の名前を呼ぶ。

「はい」

俺は深呼吸をしながら舞台に上がり、女子の噂の的になっている吉良先輩の隣に並ぶ。

「千秋って言うから、女の子かと思ったけど、男の子なんやね」

吉良先輩がチラリと俺の方を向いて言った。

「はい。そうですね」

何のヘアセットもしていない無造作な黒髪に、スラリと背が高くて程よく引き締まった身体。

目尻にホクロがあって、関西弁を喋る吉良先輩の印象は、何となく胡散臭い。

「今回は、千秋ちゃんが主席やったんやね。いつもの子は?」

「学年2位です。今回は俺の方が2点か3点、得点が高かったので」

「ふーん」

1年生の学年主席の生徒が舞台に上がって来るまで、吉良先輩は興味があるのか無いのか分からないトーンで話しかけてくる。

3学年の主席が並ぶと、校長先生が表彰状を1人ずつ手渡してくれた。

俺は2年間この高校に通っているが、主席の表彰状をもらったのは初めてだった。

初めて取った主席という地位にしばらく浮かれていたが、表彰状を手にすると改めてその実感が湧いた。

「えー、今学期の成績優秀者の代表はこの3名でした。全体的に、期末テストの成績が良かったと各学年の先生から聞いています。これから夏休みに入りますが、引き続き勉学に励んでください」

校長先生の話に合わせて、体育館全体を見渡す。

(うわ、人がいっぱいいる)

想像していた以上に体育館は人でギュウギュウになっていて、全校生徒の視線が俺たちの方へ向けられている。

俺は変な表情にならないように唇を噛んだ。

隣にいる1年生も俺と同じように、へへっと恥ずかしそうに笑っていたが、吉良先輩は身体の後ろで手を組み、貰った表彰状をペラペラとはためかせていた。

ーーー

 長かった全校集会もホームルーム終わり、帰宅しようと下駄箱に向かう。

「吉良先輩。僕たちに夏休み中、勉強教えてもらえませんか?毎週、月水金のどこかの午前中で吉良先輩と一緒に自習できたらなって話をしてて。あ、でも、僕だけじゃなくて他にも何人かいてて」

誰かが必死に吉良先輩を勉強会に誘う声が聞こえてくる。

「あはは。勉強会か、ええなぁ。行けたら行くわなぁ〜」

「はい!待ってます」

吉良先輩の返事を聞いてパッと表情を明るくした誰かは、食い気味に返事をした。

俺は、あまり吉良先輩のことを知らないけど、先輩が男子からも女子からも一目置かれているのは何となく分かる。

「あ、千秋ちゃーん。どしたん?今帰り?」

吉良先輩と見知らぬ男子生徒の会話を眺めていたら、俺の視線に気付いて喋りかけてきた。

「え、あ。はい。帰りです」

声をかけられて、見過ぎていたなと恥ずかしくなった。

「じゃあ一緒に帰ろーやぁ」

「俺とですか?誰か友達とかいるんじゃ」

「ううん、おらんで。今日はひとりで帰ろーて思ってたから千秋ちゃんおるの嬉しい」

俺よりも背が高い吉良先輩がにこりと笑う。

「……は、えっと……」

吉良先輩の嬉しいという一言に、俺は何て返答すれば良いか分からず口をパクパクとさせた。

「放課後、なんか用事あった?」

「な、いです」

「帰る方向こっちー?」

「はい……」

「ほな、行こー」

「え、あぁ。はい」

反射的に「はい」と返事をして、スタスタと歩く先輩に追いつく。

頭が良くて、背が高くて、目尻のホクロがちょっと色っぽい吉良先輩。

校門を出るまでに色んな人が俺のことを頭のてっぺんから足先まで、品定めするような視線を向けてきた。

こんな突き刺さるような視線に晒されたことはこれまで無かったから手のひらがじんわり汗ばんだ。