「……加瀬と長谷サンって、マジのマジで仲良しだったんだな」
「……まぁ、ね」
 前田の呆れたような声。僕は曖昧に笑って原因の金髪を軽く引っ張った。長谷は笑いながら「痛いー」とのんびりと言う。
 教室内の視線のほとんどが、僕らに向けられている。何故なら、長谷が僕を自分の膝の上に乗せているから。どうして、こんな状況になったのか。それは、今日が雨だからだ。雨の昼休みは、屋上でランチタイムを過ごせない。だから、どうしようかと思っていたら、何故だか長谷が僕の教室にやって来たのだ。
「ねぇ、あーんしてよ」
「自分で食べなってば……」
「加瀬のこと、抱っこしてるから手が塞がってる」
「僕を解放すれば解決するじゃん……」
「やだー」
 付き合ってから、長谷は僕限定で甘えん坊になった。
 何かにつけて僕にくっついてくる。別に、嫌じゃないけど、人前でべたべたするのはちょっと恥ずかしい。
「ねぇ、部室は空いてないの? そこで食べようよ」
「うーん。まぁ、そうしようか。それなら、ふたりきりになれるし」
 僕の提案を受け入れた長谷と手を繋いで、僕たちは長谷の部室に向かう。その道中で、長谷が思い出したように口を開いた。
「そういえば、その本もうすぐ読み終わるんだっけ?」
「ああ、うん」
 ランチトートの中には、あと数ページで読み終わる文庫本が入っている。長谷が「構って」と言ってくるので、なかなか読み進められないけど、あとちょっとで結末が分かるんだ。わくわくする。
「そういえば、長谷は僕の前でぜんぜんギターを弾かないよね。今度、聴かせてよ」
「だーめ。秋の文化祭までのお楽しみ」
 長谷はふふっと笑う。
「ステージでさ、演奏するんだ。絶対に見に来てね。チケット、プレゼントするから」
「うん。もちろん」
 気が付けば、長谷と付き合ってから三ヶ月の月日が流れている。
 長谷は、もう一度、大学受験を決意して、今はふたりで猛勉強中。夏休みも、一緒に夏期講習を受けることにしたんだ……それまでに、髪を黒くしろって、長谷は毎日先生に追い回されている。
「なんで長谷って金髪にしてるの?」
「……うーん」
 部室の鍵を開けながら、長谷が答える。
「特に理由は無いけど……ヤケになってたのかも。心が荒れてたし。今はとっても幸せだから、平穏ですけどね」
 言いながら、僕を部室に引っ張って、長谷は僕にずいっと顔を近付ける。
「……加瀬さん」
「は、はい? 何、急に改まって……」
「もう、付き合って三ヶ月です。そろそろ、良いのではないでしょうか?」
「え、あ……」
 キスのことだ。
 僕は急に気が小さくなるのを感じた。
 それに……。
「ふ、ふたりっきりの場所が良い……」
「ここには、俺ら以外誰も居ないぜ?」
「だ、だって……石膏像が見てる!」
 ここは美術室。そこら辺から、石膏の像の視線を感じる。恥ずかしい。
 僕の言葉に、長谷はおかしそうに目を細めた。
「可愛い。加瀬、可愛い……」
「……っ!」
 近付く長谷の顔。
 あ、もう、逃げられない。
 僕は、覚悟を決めて目を瞑った。
「……ん」
「……ふ、う」
 一瞬だけ触れ合ったくちびるが熱くて仕方が無い。僕はきっと赤い顔を見られたく無くて、長谷の胸に飛び付いて、その胸に顔を埋めた。
「……美味い。もう俺、加瀬以外とはちゅー出来ない」
「う……」
 恥ずかしいこと言うな、って言おうとしたけど、僕の腹がぐうと鳴ったので止めておいた。僕たちは笑う。幸せな空気だと思った。
「食べよっか、そろそろ」
「ん。いつもありがとう」
 僕はランチトートから弁当箱をふたつ取り出す。
 誰も入ってこれない、この時間はふたりの世界。
「加瀬、あーんして」
「ふふ。もう……」
 僕は卵焼きを箸でつまむ。
 ねぇ、卒業しても、ずっとずっと一緒に居ようね?
 そんな恥ずかしいことは言えなかったけど、僕は言葉の代わりに卵焼きを長谷の口の中に入れた。
「美味い。大好き」
「……好きなのは卵焼き? それとも僕?」
「そんなの、決まってる」
 見つめ合って、ふふっと笑い合った。
 そして、もう一度、キスをする。今度は自然に出来た。きっとこれから、もっともっと回数を重ねるんだろうな。
「大好きだよ、加瀬」
「……僕も長谷が大好き」
 机の上で指を絡める。
 昼休みが終わるまで、あと数十分。
 このまま時間が止まれば良いのに、なんて、柄にも無いことを僕は思ったのだった。

(了)