昼休みを告げるチャイムが鳴る。
 窓の外は、ふわふわ晴れ模様。
 僕は机の上のノートを閉じて、こっそり小さく欠伸をした。
「黒板、消しとけよー」
 世界史を担当の先生が、そう日直に声を掛けてから教室を出ていった。すぐに教室内はがやがやと賑やかになる。
「あーあ、ダルい。次って数学じゃん」
 前の席の前田が、僕の方を振り向いて言った。目元が赤い。居眠りでもしていたのだろうか。僕は「そうだね」と相槌を打って、リュックの中からランチトートを引っ張り出した。それと、一冊の文庫本。それを見た前田は「ひえぇ……」と大袈裟に声を出す。
「昼休みに読書とか、すげぇわ」
「そんな大袈裟な……授業で習った物語のやつだよ。続きが気になったから読んでるだけで」
「でもさ、加瀬……俺は数学の教科書でも寝ちまうから、文字だらけのやつを読めるってのは尊敬、いたしますでござる」
「なにそれ……」
 僕は笑いながら荷物を持って席を立った。向かうのは屋上。意外と屋上は空いていて、今日みたいに天気の良い日は読書にもってこいの場所なのだ。
「ご飯、食べてくる」
「行ってらっしゃーい」
 前田に軽く手を振って、僕は教室を出た。この高校に通い始めて、三年生まであっという間だった。足元を見れば、少しくすんだ上履き。これを履くのも、来年までなんだなと思うと、なんだか寂しい気持ちになる。
 あと何回、屋上で昼休みを過ごせるだろうか。大学受験という、恐ろしい波はもうそこまで迫っている。いや、もうそれにのまれているのかもしれない。
 せめて、この本を最後まで読み終わるまでは、穏やかでいたい。そう思いながら、僕は階段を上がり、屋上への扉を開けた。