学校に着くと、心の中で、スイッチが入る。
校門を潜ると、先生が私に話しかけてきた。
「おはよう、小柳さん」
「辻元先生、おはようございます」
「今日は、放課後、体育祭と文化祭の概要をまとめるので、生徒会を召集するから、よろしくな」
「はい。分かりました」
「頼んだぞ、生徒会長」
「もちろんです」
そう言って、辻元先生と別れた。
私は、一年生から、生徒会に入り、去年の秋から、生徒会長をしていた。理由は、いくつかあるが、小学生の頃から、生徒会のような事を続けていたのもあるのが、一番大きい。
昇降口に向かっていると、男子生徒のグループが通りかかった。
「なあ、昨日のアレ、観た?」
「なんだっけ?」
「あの漫画のアニメだろ?」
「そう。やっと、観たいところまで、追いついてさ。アイツが出て来たんだよ」
「お前、原作から、読んでるし、そりゃ、人一倍、楽しみになるよな」
そんな会話が聞こえてくる。
昇降口に入ると、そのグループは、右側の靴箱に行ったので、おそらく、一年生なんだろう。私も自分の靴箱で、上履きに履きかえて、教室に向かう。
階段を登りながら、先程のグループの事を羨ましく思う。好きな事を好きだと言えて、好きな事を誰かと共有して、笑って、楽しめる。
私には、そんな誰かは居ないし、それ以前に、好きな事を好きだと言う権利も無い。
だから、この思いは、誰にも、気づかれたら、駄目なんだ。とか、言いつつ、お兄ちゃんには、バレてしまっているけど、詳しい話はしてないから、どっちかというと、何も知らない方だ。
教室に入り、自分の席に着いて、筆記用具や一限目の授業の教科書などを机に並べて、一息つくと、ある人物と目が合う。その人物は、クラスメイトの柳川蒼太(やながわ そうた)だ。
彼とは、この三年間、クラスが一緒なのと、一年生の時、生徒会で、共に、書記をした事があった。
いつからか、覚えてないが、柳川君が私を見つめてくる時が一日のうち、何度かあって、目が合い、数秒すると、柳川君がふいっと視線を外す。最初は、驚いてたけど、別に、嫌がらせとかでも無いし、実際、嫌だと、思ったことが無かったのもあって、今は、その日常を受け入れている。そして、今日、私は、なんとなく、柳川君に、笑い返してみた。見つめ合う時、リアクションをするのは、初めてだ。すると、柳川君が驚いて、数秒、固まり、ハッとなると、いつもの無表情になって、視線を外した。何故か、その様子が、意外だったから、少し、面白くて、私は、笑みをこぼす。そんな私をチラッと柳川君が見ていたことに、私は、気づかなかった。
そして、あっという間に、放課後になった。
帰り際も柳川君と目が合ったが、いつも通り、何秒かすると、柳川君が顔を背けた。
今度は、面白いと言うより、可愛いなと思った。
いつも、私に、数えきれないものをくれるあのキャラの姿に、柳川君の雰囲気がなんとなく、似ていると感じたから...。って、いやいや、私、何を考えてるんだろ。早く、生徒会に行かないと。そう思ったら、荷物があっという間にまとまった。鞄を肩にかけて、立ち上がった時、気づいたら、柳川君を見ていた。彼は、耳にイヤホンをつけて、本を読んでいる。
何秒経ったんだろう。早く、行かないといけないのに、私は、冷ややかで、どこか、温かいと感じる横顔に釘付けだった。
そこに、部活が無くて、帰ったはずの、クラスの中心になってるグループが、教室に入ってきた。
「ったく、早く、探せよ」
「おう」
「あっ、柳川くんだ」
「私、柳川くん、好きなんだよね」
「じゃあ、告白すれば?」
「無理だよ。告白現場、何回か、見たことあるけど、すごい、冷たくて、きっぱりとした断られ方されるんだよ。そうなったら、私、生きていけない」
「それで、柳川に彼女できたら、どうするんだよ」
「柳川くん、好きな人、いるみたいなの。噂だから、本当かどうか、分からないけど」
「いや、どう考えても、噂だろ。いつも、あんな、感じだしさ」
「柳川って、いつも、一人で居る時、イヤホンしてるけど、何、聞いてるのか、気になるよな」
「確かに」
「聞いてみる?」
私は、止めようか、迷った。話しかけられたくなくて、イヤホンをしてるのだから。でも、迷ってる暇は、無かったようで、グループの一人の男子生徒、立川さんが柳川君の肩を叩く。
「何?」
柳川君がイヤホンを外して、冷たい声で答える。怒ってるのは、誰から見ても、明らかだ。
「そう怒るなよー。柳川って、いつも、何、聞いてるんだよ?」
意外な質問が飛んできて、柳川君は、朝と同じように、固まった。そして、落ち着きを取り戻した後、冷ややかな視線を立川さんに向けて、言った。
「...別に、歌い手だけど」
「へぇ。どんな歌い手なの?」
何故か、柳川君が私をチラッと見た。
「言わない。これ以上、俺の邪魔をするな」
そう言って、また、本に視線を戻して、イヤホンをした。
「なんだよ。ノリ、悪いな」
「柳川だから、ノリが悪いのは、当たり前だろ。それより、カラオケ行こうぜ」
その一言でグループは、教室から、出て行った。
私がその場で立ち尽くしていると、本を読んでいる柳川君が言った。
「小柳」
「なっ、なに?」
「何って、生徒会だろ」
「そうだった!」
やる事を思い出した私は、急いで、教室を出る。