「小柳さん、そんなのが好きなんだ」
同じクラスだった男子が言った。
周りからは、笑い声が生まれ、私の胸を押さえつけて、息ができなくなる。
「やめた方が良いよ」
二言目がさらに私に追い討ちをかける。
さらに、胸が苦しくなる。
その痛みで目が覚めると、見慣れた自分の部屋の天井が悪夢から解放されたと教えて、苦しくなった呼吸を落ち着かせてくれる。
「また、か」
呼吸が整うと、一人、呟く。
あの日から、毎日、当たり前のように見ている夢だが、いつまで経っても、この痛みには、慣れない。慣れたらいけないのも分かってるけれど、夢を見てしまうなら、慣れてしまいたい自分が居た。あの日から、もう、四年か。昨日の事のようなのに、だけど、月日は、しっかり、経っている。だけど、私は、あの日から、時間に置いてかれていることも分かっている。時計を見ると真夜中の十二時を指している。この時間なら、家族は、皆、眠っているだろう。ベッドに入って、まだ、一時間ほどだった。こうやって、目を覚ますと、今日こそは、と思うのが間違いのようだと思ってしまって、心の奥がチクリと痛む。
もう、眠れないし、このまま起きて、昨日の続きの作業をしてしまおうか。そして、ベッドから抜け出す。これが、私の夜のはじまりだ。学校の鞄から、パソコンを引っ張りだして、机に座る。ワイヤレスへッドホンをつけて、パソコンから、作曲ソフトを立ち上げる。スマホとノートも机に並べて、作詞のメモを広げて、曲の音と合わせていく。
確認が終わると、録音機能の画面を出す。へッドホンを外して、配信用マイクをクローゼットから出して、録音の準備をする。そして、もう一度、家族が寝ている事を確かめて、ヘッドホンを付け直し、パソコンとマイクに向かい合う。録音機能をオンにして、何度も確かめた曲の音に歌を乗せていく。録音が終わると、すぐ、編集に入った。再び、時計を見ると、この時点で、一時半を過ぎていた。曲の編集が終わると、動画の編集にかかった。出来れば、朝までに投稿してしまいたいと思いながら、手を動かす。やっとの事で、動画の編集を終えると、窓に、オレンジの光が差し込んでいるのに気が付いた。私は、急いで、動画の投稿ボタンを押して、パソコンを閉じる。そして、机に広がる機械を片付けて、時計を見ると、五時になっていた。眠れないまま、今日もあっという間に、長い夜が明けた。鞄の中を整理して、制服に着替えて、一階に降りる。
「おはよう」
「真菜、おはよう。こっち、手伝ってくれる?」
「うん」
私は、朝食の用意をお母さんと交代する。お母さんは、洗濯を回して、そのまま、ゴミ捨てに行くのだろう。
ベーコンを焼きながら、皿を並べ、焼き上がったものから、盛り付けていく。そのまま、スクランブルエッグも焼いて、最後にサラダを作れば、朝食のおかずの完成だ。次は、トースターにパンを二つ入れて、オーブントースターにもう二枚入れて、四枚のパンを一気に焼いていく。その間に、まだ、寝ているお父さんとお兄ちゃんを起こしにいく。二階に上がって、自分の部屋の隣のドアをノックする。
「お兄ちゃん、朝だよ」
「おう」
すぐに、返事が返ってきた。
「朝ご飯も、すぐ、できるからね」
「分かった。サンキュ」
これでよし。次は、お父さんだな。
後ろを振り返って、目の前のドアをノックする。
「お父さん、朝だよ」
「分かったよ」
多分、お父さんは、お母さんが起きた時に一緒に起きてるから、起こさなくても良いんだろうけど、お母さんがいつも、起こしに行くように言ってくるから、しょうがなく、行っている。
一階に降りて、丁度良く、焼けたトーストを皿に乗せて、テーブルに並べる。
「真菜、ありがとう。いつも、助かるわ」
お母さんが戻って来た。
「おかえり。用意、出来てるよ」
「おはよう」
「ん、おはよ」
お父さんとお兄ちゃんも二階から降りて来た。
「おはよう、お父さん、お兄ちゃん」
「あっ、そういえば、今日、弁当、いるんだった」
「ふふっ、そういうと思って、お兄ちゃんの分も作ったよ。放課後の練習試合、頑張って」
「さすが、真菜。ありがとな」
「どういたしまして」
お兄ちゃんは、成績優秀、スポーツ学部の大学二年生で、バドミントンをしている。
いつもは、午前中で帰ってきたり、お昼を学食で済ませたりするけど、放課後、練習試合があるときは、午後の空いてる時間にも弁当を食べて、体力を温存するのが、お兄ちゃんの日課だ。一昨日くらいに、練習試合ある事を言ってたから、今日は、早めに、用意できた。
「いただきます」
皆、席に着いて、朝食を食べ始める。
食べ終わる頃、お兄ちゃんが突然、言った。
「真菜は、進路、どうするんだ?」
「えっ」
「そうね。お母さんも、まだ、聞いてなかったわ」
「もう、三年だからな。大学には、行くとは、聞いてるが、どこを受けるか、決めたのか?」
「お兄ちゃんと一緒の大学で、学部は、理数系のところ、受けようかな...って、思ってるんだけど」
「さすが、真菜だな。裕也と一緒の大学を目指すのか。お父さんもお母さんも応援してるからな」
そう言って、お父さんは、笑った。
胸がチクリと痛んだ。
「私、そろそろ、準備しないと」
「あら、もう、そんな時間?」
「うん。ごちそうさま」
会話もほどほどに、食べ終わった食器を片付けて、二階の自分の部屋に駆け込んだ。
あのお父さんの笑顔は、苦手だ。昔は、大好きだったけど、今は、あの笑顔を見ると、自分の気持ちに負い目を感じるようになった。だから、本当の事は、言えない。「真菜、入るぞ」
扉越しに、お兄ちゃんの声がした。
「うん」
返事をすると、お兄ちゃんが部屋に入ってきた。
「お前、嘘、下手だな」
「やっぱり、お兄ちゃんには、敵わないや」
とりあえず、笑ってみる。
「真菜の問題だから、俺には、何も言えないし、母さん達に、言うつもりも無い。だけどな、無理はするな」
お兄ちゃんが本気で、私を心配してくれてる事は、分かっている。でも、甘える訳にはいかない。
「うん。ありがとう。もう、行くね」
私は、用意してあった鞄を持って、ドアノブに手をかける。
「付けないのかよ」
お兄ちゃんの声に、私は、振り返る。
「あれ」
そう言って、指が向けられた先は、壁に飾ってあるキャラクターのキーホルダーだった。
「うん。良いんだ。行って来ます」
私は、部屋を出る。もう一度、一階のリビングに寄って、自分の弁当を鞄に突っ込んで、誰にも会わないうちに、家を出る。
家の近くのバス停に着くと、桜が散っていた。
後、一年、頑張れ、私。
同じクラスだった男子が言った。
周りからは、笑い声が生まれ、私の胸を押さえつけて、息ができなくなる。
「やめた方が良いよ」
二言目がさらに私に追い討ちをかける。
さらに、胸が苦しくなる。
その痛みで目が覚めると、見慣れた自分の部屋の天井が悪夢から解放されたと教えて、苦しくなった呼吸を落ち着かせてくれる。
「また、か」
呼吸が整うと、一人、呟く。
あの日から、毎日、当たり前のように見ている夢だが、いつまで経っても、この痛みには、慣れない。慣れたらいけないのも分かってるけれど、夢を見てしまうなら、慣れてしまいたい自分が居た。あの日から、もう、四年か。昨日の事のようなのに、だけど、月日は、しっかり、経っている。だけど、私は、あの日から、時間に置いてかれていることも分かっている。時計を見ると真夜中の十二時を指している。この時間なら、家族は、皆、眠っているだろう。ベッドに入って、まだ、一時間ほどだった。こうやって、目を覚ますと、今日こそは、と思うのが間違いのようだと思ってしまって、心の奥がチクリと痛む。
もう、眠れないし、このまま起きて、昨日の続きの作業をしてしまおうか。そして、ベッドから抜け出す。これが、私の夜のはじまりだ。学校の鞄から、パソコンを引っ張りだして、机に座る。ワイヤレスへッドホンをつけて、パソコンから、作曲ソフトを立ち上げる。スマホとノートも机に並べて、作詞のメモを広げて、曲の音と合わせていく。
確認が終わると、録音機能の画面を出す。へッドホンを外して、配信用マイクをクローゼットから出して、録音の準備をする。そして、もう一度、家族が寝ている事を確かめて、ヘッドホンを付け直し、パソコンとマイクに向かい合う。録音機能をオンにして、何度も確かめた曲の音に歌を乗せていく。録音が終わると、すぐ、編集に入った。再び、時計を見ると、この時点で、一時半を過ぎていた。曲の編集が終わると、動画の編集にかかった。出来れば、朝までに投稿してしまいたいと思いながら、手を動かす。やっとの事で、動画の編集を終えると、窓に、オレンジの光が差し込んでいるのに気が付いた。私は、急いで、動画の投稿ボタンを押して、パソコンを閉じる。そして、机に広がる機械を片付けて、時計を見ると、五時になっていた。眠れないまま、今日もあっという間に、長い夜が明けた。鞄の中を整理して、制服に着替えて、一階に降りる。
「おはよう」
「真菜、おはよう。こっち、手伝ってくれる?」
「うん」
私は、朝食の用意をお母さんと交代する。お母さんは、洗濯を回して、そのまま、ゴミ捨てに行くのだろう。
ベーコンを焼きながら、皿を並べ、焼き上がったものから、盛り付けていく。そのまま、スクランブルエッグも焼いて、最後にサラダを作れば、朝食のおかずの完成だ。次は、トースターにパンを二つ入れて、オーブントースターにもう二枚入れて、四枚のパンを一気に焼いていく。その間に、まだ、寝ているお父さんとお兄ちゃんを起こしにいく。二階に上がって、自分の部屋の隣のドアをノックする。
「お兄ちゃん、朝だよ」
「おう」
すぐに、返事が返ってきた。
「朝ご飯も、すぐ、できるからね」
「分かった。サンキュ」
これでよし。次は、お父さんだな。
後ろを振り返って、目の前のドアをノックする。
「お父さん、朝だよ」
「分かったよ」
多分、お父さんは、お母さんが起きた時に一緒に起きてるから、起こさなくても良いんだろうけど、お母さんがいつも、起こしに行くように言ってくるから、しょうがなく、行っている。
一階に降りて、丁度良く、焼けたトーストを皿に乗せて、テーブルに並べる。
「真菜、ありがとう。いつも、助かるわ」
お母さんが戻って来た。
「おかえり。用意、出来てるよ」
「おはよう」
「ん、おはよ」
お父さんとお兄ちゃんも二階から降りて来た。
「おはよう、お父さん、お兄ちゃん」
「あっ、そういえば、今日、弁当、いるんだった」
「ふふっ、そういうと思って、お兄ちゃんの分も作ったよ。放課後の練習試合、頑張って」
「さすが、真菜。ありがとな」
「どういたしまして」
お兄ちゃんは、成績優秀、スポーツ学部の大学二年生で、バドミントンをしている。
いつもは、午前中で帰ってきたり、お昼を学食で済ませたりするけど、放課後、練習試合があるときは、午後の空いてる時間にも弁当を食べて、体力を温存するのが、お兄ちゃんの日課だ。一昨日くらいに、練習試合ある事を言ってたから、今日は、早めに、用意できた。
「いただきます」
皆、席に着いて、朝食を食べ始める。
食べ終わる頃、お兄ちゃんが突然、言った。
「真菜は、進路、どうするんだ?」
「えっ」
「そうね。お母さんも、まだ、聞いてなかったわ」
「もう、三年だからな。大学には、行くとは、聞いてるが、どこを受けるか、決めたのか?」
「お兄ちゃんと一緒の大学で、学部は、理数系のところ、受けようかな...って、思ってるんだけど」
「さすが、真菜だな。裕也と一緒の大学を目指すのか。お父さんもお母さんも応援してるからな」
そう言って、お父さんは、笑った。
胸がチクリと痛んだ。
「私、そろそろ、準備しないと」
「あら、もう、そんな時間?」
「うん。ごちそうさま」
会話もほどほどに、食べ終わった食器を片付けて、二階の自分の部屋に駆け込んだ。
あのお父さんの笑顔は、苦手だ。昔は、大好きだったけど、今は、あの笑顔を見ると、自分の気持ちに負い目を感じるようになった。だから、本当の事は、言えない。「真菜、入るぞ」
扉越しに、お兄ちゃんの声がした。
「うん」
返事をすると、お兄ちゃんが部屋に入ってきた。
「お前、嘘、下手だな」
「やっぱり、お兄ちゃんには、敵わないや」
とりあえず、笑ってみる。
「真菜の問題だから、俺には、何も言えないし、母さん達に、言うつもりも無い。だけどな、無理はするな」
お兄ちゃんが本気で、私を心配してくれてる事は、分かっている。でも、甘える訳にはいかない。
「うん。ありがとう。もう、行くね」
私は、用意してあった鞄を持って、ドアノブに手をかける。
「付けないのかよ」
お兄ちゃんの声に、私は、振り返る。
「あれ」
そう言って、指が向けられた先は、壁に飾ってあるキャラクターのキーホルダーだった。
「うん。良いんだ。行って来ます」
私は、部屋を出る。もう一度、一階のリビングに寄って、自分の弁当を鞄に突っ込んで、誰にも会わないうちに、家を出る。
家の近くのバス停に着くと、桜が散っていた。
後、一年、頑張れ、私。



