夢を見ていた。自分で、夢だとわかる夢を。
 でも叶うことならば、ずっと浸っていたかった。
 首を大きく傾げて見上げなければ、おんばの顔が確認できないくらいの、今よりもずっとずっと子供の頃の夢。

『……あんた、それ自分で作ったのかい? 確かにパソコンは好きに使っていいとは言ったけどね』

『うん、だって元々用意されてたやつはすぐクリアできてつまんなくて……だめだった?』

『いや、駄目なことはないけどね。誰かに教わったのかい? うちに来る連中でそういうのが詳しいといえば』

『うん、ツトムちゃんが調べ方を教えてくれたよ。後は色々見て動かしてたらなんとなく』

『…………楽しいかい?』

『うん、楽しい! もしかしてだめなことだった?』

『いや、凄いね。あんたのそれは凄い。大したもんだ』

『そう? でもおんばの作ってくれるご飯のほうが凄いよ』

 それが、最初の、僕と、PCと、おんばの記憶。
 どうして僕が僕として、今こうしているのかの原体験とでもいうものだった。

 ただただ、褒められたのが嬉しくて。僕は没頭していったものだ。
 おんばのように力は強くなかったし、料理もできないし、友達もいない。勉強も運動も好きじゃない僕。
 でも、おんばに褒めてもらったというそれだけで、この0と1の無限の世界でなら、何でもできる気がした。

 運良く、僕は自惚れだけではなく、世間一般的な才能というやつがあったみたいで、色んな人が天才だとか、凄いとか褒めてくれた。
 お金も得て、多くはないけれど仲間もできて。作ったものな世の中に出て認められた。

 でも僕は。

「へぇ、あれも直人が作ったのかい、凄いじゃないか」

 世間の声も評判もどうでも良くて。
 おんばに褒めて欲しかっただけだったんだ。


 ◇◆


 意識が、微睡みから上ってくる感覚がした。時計は見ていないけれど、いつもより早く目覚めた気がする。
 残念ながら、腰の違和感と痛みは継続中である。

(宿屋で寝て起きたのに、全快しないなんて現実はバグだよね)

 僕はそんな事を思いながら目を開けて、どうして自分が目覚めたのかに気づいた。
 視界いっぱいを覆う一日の始まりを全力で告げる太陽の光。カーテンすらつけていない窓の外から、日の光が差し込み始めていた。

 眩しい、浄化されそう。
 初めての家で、のぞみさんが手伝ってくれたマットレスと毛布一枚で寝た割には随分とよく眠ったような気もするし、一瞬で起きたような気もしていた。

「昨日のご飯、美味しかったなぁ」

 昨晩の食べたものを思い出してそう呟くと、空腹を感じるものだから現金なものだ。にゅう麺も美味しかったし、その後の角煮もびっくりするほど美味しかった。
 語彙がなさすぎて、美味しい美味しいしか言っていなかったが、のぞみさんが笑ってくれたのがありがたかった。僕の中でののぞみさんの女神属性が上限突破しそうである。

「んん……と、今何時だろ」

 時計を確認するためにスマホを見ると、メッセージアプリのアイコンに数件通知が来ていた。
 優先度高めの案件はこなして休暇にしてから引っ越しをしたので、流石に休みの日に連絡来るような仕事は無いはずなんだけどとアプリを開くと、のぞみさんからのメッセージだった。

 平身低頭して感謝を告げる僕を憐れんでくれたのか見かねたのか、「倒れる前に連絡して下さい」と、連絡先も交換させてくれたのである。
 僕はといえば、喜んで交換させてもらって、更にお礼の気持ちを送っておいたのだが、受け取ってくれたメッセージだろうかと思って開くと。

『月野:ちょっと風間さん? なんだか凄い金額が電子マネーで送金されてきてたんですけれど。受け取れませんよこんなに』

 課金が受取拒否されていた。宿屋に引き続き現実はバグが多い。

『風間:え? でも何回も助けられちゃいましたし、ご飯も食べさせてもらいましたし。昨日置いていってくださった角煮、美味しいです、最高です。むしろもっと課金させて下さい』

 そう送り返すと、アプリでささっと再度送ってみる。
 普段はお金を使わないから、こういう時に使うものだろうと僕は思う。一回に送れる上限をぽちっとな。
 すると、隣の壁から声が聞こえた気がして、そして、即座に僕のスマホが震えた。

『月野:だから、なんで追加で受領依頼送ってくるんですか!! ちょっと待っててください、そちらに行きますから』

 のぞみさんがご立腹のようだった。解せぬ。
 僕はそれを見て首を傾げて、そして、もう一度『送る』をタッチしておいた。

 またもう一度、「もう!!」という可愛い声が隣から聞こえた気がした。