僕の大好きな人が、今日も笑えますように


 私が好きになった人は、朝が弱い。
 横になって、枕を抱きしめるようにして眠っている顔はどこか幼かった。

(ふふ……)

 仕事のことも、喧騒も、色んなことも忘れてただ、そんな寝顔をぼんやりと見ている時間は、ただ静かで。もしかしたら、幸福を切り取ってみたら、こんな表情をしているのかもしれなかった。

「…………ん」

 直人くんが、もぞりもぞりと動いて。
 そのゆっくりとした動きからは驚くほど、ぱちりと目が開いた。
 当たり前のように、寝顔を見つめていた私と目が合って、少し不思議そうな顔で私を見つめた後で、とても安心したような顔で、笑う。

「おはよ、直人くん」

「……おはようございます、のぞみさん」

 そんなやり取りをして、まだ半分くらい眠っていそうな直人くんとの無言の時間を私は楽しんだ。

 性格だけでもなく、行動だけでもなく、容姿だけでもなく、私はパッケージとして風間直人という人を好きになっているようで。まだ恋人という関係になってから一日に満たないのに、私は直人くんとうまくやっていける気がしていた。


 ◇◆


 僕の好きな人は、とても可愛い。
 朝目覚めて、ぼーっとそんな彼女を眺めながら、少しずつ、脳が起きていく。
 そんな僕を怒ることもなく、ただ楽しそうに、ふんわりと笑みを浮かべてのぞみさんが見ていた。

 眠い僕を見て、何がそんなに楽しいのかはわからないけれど。
 微睡みとも違う、何だかとても贅沢ないい時間が流れていた。


「ルームキーは持った?」「はい」

 温泉が男女で時間帯によって入れ替わるということで、僕とのぞみさんは朝の食事の前にお風呂に行くために並んで歩く。

「じゃあ、後でね」

 そう言って分かれて、ふと、家族風呂という張り紙に目を留めた。
 時間帯の貸切で、少し小さめの露天風呂に家族で入れるらしい。

「ふふ、次は予約しよっか?」

 背後から、そんな声が聞こえて、僕がビクッとして振り返ると、女性の風呂に向かったと思っていたのぞみさんがいたずらっぽく笑いながらいた。

「…………しましょう」

 僕が少しだけ揺れ動く心とともにそう言うと。

「ふふ、男の子になったなぁ…………でもまた、一緒に来ようね」

 のぞみさんはそっと小声で告げて、僕は、これまで文字でしか知らなかった蠱惑的という意味を知った。好きです。


 ◇◆


「あらまぁ、七福神さまも、湯権現さまもお参りなさったんですねぇ。それはきっといいことがありますわ……楽しんで頂けたようで何よりです」

 観光はできましたか、という言葉に僕が答えると、来た時と同じ受付の人が、サインの確認をしながらにこにことそう告げた。

「はい、とても……いいところでした」

 それに僕は、万感と共に、そう答える。
 きっと僕らは、これからも色んな場所を巡るかもしれないけれど、この日とこの場所のことは、忘れない気がした。

「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」

 手続きを終えて、見送ってくれる人にぺこりと頭を下げて、僕は荷物を持ってのぞみさんの待つ入り口に向かう。
 天気は快晴。今日もまた、良いドライブ日和だった。

「少し受付の人と話してたけれど、どうしたの?」

 のぞみさんが、隣を歩きながらそう尋ねてくる。

「あ、サイン書いて待ってる間に、どこを観光したのか聞かれてですね――――」

 話しながら、車を止めた場所まで行くと、眼下には海が広がっていて、僕は視界の中に、今話をしていた湯権現の鳥居を見つけた。
 沢山の良いことが、ご利益なのかどうかはわからなかったけれど、僕は立ち止まって、遠くから手を合わせてお礼と、昨日と同じお願い事をする。
 
「あれ? 直人くん手を合わせてどうかした? お願いごと?」

 少しだけ、そんな僕に怪訝な表情をするのぞみさんだったが。

「いえいえ、なんでもないです。それじゃあ、出発しましょうか」

「うん、今日も運転ありがとうね、途中の寄り道したいところの発見と、写真撮影は任せて!」

 僕がそう首を振ると、深くは聞かずにニコっと笑って張り切ったようにスマホを掲げた。
 その笑顔を見て、僕はとても嬉しくなる。

 何となく気恥ずかしくて、願ったことは言葉にしなかったけれど。
 僕がそうしていて欲しくて、そうあってもらえるように頑張りたくて、そうであれば幸せだと思えるような、そんな祈り。

 でも、少しだけ。
 昨日よりも欲張りになった僕は、もう一文を付け加えたのだった。

 僕の大好きな人が、今日も笑えますように。
 そして、その笑顔の隣に、いつも僕がいられますように。