望んでしまったら、また裏切られるかもしれない。
 そんなことを思ってしまっている時点で、きっと私の中の心は揺れていて。

 人を好きになったら、また傷つくかもしれない。
 そんなことを考えてしまっている時点で、まだ恋はできないのだろう。


 ◇◆


 真っ直ぐな直人くんの目が私を見て、その口から出た言葉が私を撃ち抜いていった。
 私はそれに、きちんとしたものを返さないとと考えて。

「…………ありがとう」

 結局、考えた時間に見合うのかわからない、お礼の言葉を口に出した。
 一度目とは違う告白は、私を戸惑わせることはなくきちんと私に届いて、心を温かくしてくれている。

 凄く見つめられて、私は自分が寝間着で、ベッドの上にいることを思い出した。
 恥ずかしさと状況に少しだけ顔が熱くなる。きっと、赤くなっていることだろう。

 ちゃんと、答えを、言わないと。
 そう思うのに、うまく言葉が出てこなくて。

 そんな私を更に見つめて、直人くんは何かを少し考えるようにして、ふと、何かを思いついたようにして言った。

「えっと、ちゃんと、恋です」

「え? ふふ……ははっ」

 真面目な顔で、一体何を思いついたのかと思ったらそんな補足で、私は思わず吹き出してしまった。

(もう、まいったなぁ)

 どう伝えたら良いか、考えていたのに。
 全然考えていない方向から笑わされてしまった。

「その……変でしたか?」

「ううん、嬉しいよ」

 直人くんの少しだけ不安そうな声に対して、するっと、当たり前のように「嬉しい」が口から出てくる。私は、その意味から少しだけ目をそらして、答えを口にする前にぽつりと言った。

「…………知っているかもしれないけれど、私ね、昔、婚約してたんだ」

「はい」

 以前、私の事を聞いて怒ってくれた直人くんは、そんな事実を知っていると告げることもなく、はたまたわざと驚くこともなく、茶化すこともふざけることもなく、唐突な私の言葉にただ、そう頷いた。

「お父さんにも、お母さんにも紹介してさ。相手のご両親にも挨拶までして、本当だったら今頃は、このマンションには住んでいなかったかもしれないから、縁は不思議なものだよね」

「……僕にとっては、会えたのは嬉しいことですけど」

 直人くんが、おずおずと言う。
 今では私も、そう思っている。本当に、心から。

「……それが、色々あって駄目になっちゃって。元々得意な方じゃなかったけれど、男の人の事も苦手になって」

「…………」

「一年経っても、何だかずっと、自分が否定されている気がして。直人くんが倒れているのを見たのは、そんな時だったんだ」

 私の顔を見ても、身体を見ても、一切のいやらしさを感じさせない不思議な人。
 放っておいたら、また倒れてしまいそうだという言い訳を自分にしながら、気軽に独りから、二人と感じさせてくれる隣人。

 男性とか、女性とか、友情とか、恋愛とか。
 そんな発生してしまう関係(めんどうなもの)から少し距離を置いた、でも距離の近い人。

(……居心地が良かった)

 直人くんの前での私は、自分で評するのもなんだが、いい人だったと思う。
 親切で、話をして、聞いて、ご飯を作ってくれる人だ。

(……私はきっと、ずるい)

 高校生の頃だっただろうか。
 人は、隙間があったら埋めたくなるものなのだと、何かで読んだ。

 その時はよくわからなかったけれど、今となってはとても、よく分かる。

 ――だから私は、寂しいを埋めたくて。
 ――だから私は、悲しいを埋めたくて。

 直人くんを助けるということに、世話を焼くということに、助けられていたのだ。

 他愛なくて、何の変哲もない。
 名前のあるイベントでもなければ、心に残る場面でもない。
 そんな普通の、くだらないとすら言えてしまう時間が。
 共に過ごした時間が、心に水をくれることもある。

 でもそこに、恋愛という感情を入れるには、私の心の底はまだ抜けてしまっていて、私は――。

 報告のような告白に戸惑いながら。
 都合よく訪れた仕事の忙しさに紛れながら。

 どこか、まだ、この中途半端な関係が続けられることに、ほっとしていたのだ。

 直人くんが好きと言ってくれたことも。
 私のことで、柄にもなく心から怒って見せてくれたことも。
 大事に大事に、家に連れて帰ってきてくれたことも。

 どうしようもなく嬉しくて、でも、もう逃げられないから。

「ごめんね……私は、直人くんの大好きに、応えられない」

 私は目一杯の笑みを作って、直人くんに告げた。