「全く、風間さんはどんな金銭感覚してるんですか」 

 あの後チャイムを鳴らして部屋に訪れたのぞみさんが、腰に手を当てて、気分は深々とごめんなさいをしている――実際は腰が痛いのでできない――僕を見てそう言った。
 うん、「もう」、と怒っている顔もとても美人である。

「いやぁ、とりあえず嬉しかった分だけと思って、一度で送れる上限を……」

 僕は言い訳のようにそう呟いて、そしてはっとして続けた。

「あ、でもですね! システムと違って、感謝は上限突破してるんですよ? あれくらいの課金じゃ気がすまないんですよ?」

「誰も上限についてこだわってないです! ()()、すぎる、って言ってるんです!! 貰い過ぎになりますから、感謝してくれるのは嬉しいですけれど、それじゃ逆にこっちが今後助けにくくなりますよ」

「……そ、そんな。じゃあ僕はこれからどうして暮らしていけば」

 のぞみさんの言葉に、昨日のぞみさんの料理を味わってしまった胃を筆頭に全僕が(おのの)く。

「ちゃんと自活してください!! …………って、なんで私、朝から隣人を叱ってるんでしょうか……」

「うう、すみません」

 申し訳無さを表している言葉とは裏腹に、僕のお腹が盛大に鳴った。

(おいお腹、空気読めよ!)

 僕内で言い争いが起こりそうになっているところで、のぞみさんがふう、とため息を吐く。でも、その後に続いた言葉は意外なものだった。

「はぁ。でもそうですよね、私もお腹空いてきました。よし、とりあえずご飯食べましょう。何か食べたいものありますか?」

「え? 作ってくださるんですか? あ、じゃあ食費を」

 でかした、我がお腹よ褒めてしんぜよう。
 そう思いながら、のぞみさんにお礼を言いつつスマホを操作しようとしている僕に。

「だから、送らないでください! あーもう……ちゃんと私から必要な分は請求しますから、ほんとに勝手に送りつけないでくださいね! 送ったら作りませんよ?」

「ぐぬぬ……」

「なんでそんなに送りたがるんですか……」

 僕が返したいのに返せない感謝に震えていると、のぞみさんが呆れたように言った。

「それで? パンにしようかなと思ってましたけれど、それでいいですか? 上に乗せるものはある程度何でもできますよ、難しいのは無理ですが。バターやジャムもありますし、チーズや卵やベーコンくらいならありますので」

「…………えっと」

 そう告げられて、頭にパッとあるシーンが思い浮かんでしまい、ただ、流石にそれは、と思って口ごもっていると。

「何故そこだけは遠慮を……? まぁとりあえず言ってみて下さい、無理なものは無理って言いますんで」

 のぞみさんが首を傾げるようにして、それに背中を押されるようにして、僕は思いついてしまったものをそのままに告げた。

「ラピュタのパンが食べたいです」

 あまりにも子供っぽいかなとか、できないですよと怒られるかなと思ったが、その後ののぞみさんはうんと頷いて。

「せっかくなら、一緒に食べましょうか。作って持ってきて、一度帰って食べた後にまたお話するためにお邪魔するのも面倒ですし」

 そう言ってのぞみさんは、折りたたみ式の小さなテーブルを持ってきてくれた。これでも結構力はある方なんですよ、と言っていた通りで、小柄なのに軽々と持ってきて設置する。
 手伝いたくても、座ってて下さい。お金も送らないで下さい、と釘を刺された無力な僕は、ただそれを見ていただけで、課金も拒否された今は、大人しく腰に負担がない体勢で座っていることしかできなかった。

 黄色い縁と、可愛い音符マークが踊るお皿に、トーストと、半熟の目玉焼きが載せられる。

「朝からご馳走です、めちゃくちゃ美味しそうです」

 小麦色に焼けたトーストが、今まで見たよりも一番美味しそうに見えて、そのままを告げたら、風間さんは昨日も今日も、凄く褒めてくれるので嬉しいですとはにかむようにのぞみさんは笑った。

 二人向かい合って食べる。
 トーストというのはきっと、随分と状況によって味が変化する食べ物なのだろうと思った。とんでもなく美味しいトーストと、普通のトーストと、あまり美味しくないトースト。

「…………」

 トースト自体には違いはきっとそこまでなくて、それを観測する側。
 つまりは、食べる側であるところの僕の、気温とか、湿度とか、場所やBGMとか、一緒に食べる人とか。そういったもので変化するのだろう。

 この発見をトースト量子力学と名付けることにしよう。

 食べている間は無言で、夢中で、その中で僕はそんな事を考えていたからか、食べ終わった後になってから、パズーの先に目玉焼きを食べきってしまってからのトーストを食べるという食べ方をするのを忘れていたことに気づく。

 それを告げると、「物凄くどうでもいいですね」と、またのぞみさんは笑ってくれた。

 どう言えばいいのかはわからなかったけれど。
 最高に良い朝であることは間違いなかった。