「ううう……こんなはずじゃなかったのにぃ……」
ニジくんなしで登校するぞ! と決意した翌日、早速僕は大寝坊をした。いつもニジくんに起こされていたクセで、すっかりスマホのアラームも効かない体質になってしまっている。
慌てて飛び乗った電車はいつもより混んでいて、その上痴漢されそうになったのだ。
幸い、痴漢はされなかったのだけれど、それは、一歩手前でニジくんが助けてくれたからだ。
「何してんだよ、おっさん。証拠動画バラ撒くぞ」
ドスの効いた低いニジくんの声に脅されたおじさんは、慌てふためいて逃げていくところをニジくんに捕まり、駅員に突き出された。被害には遭ってないから被害届は出さなかった。
しかも遅刻ギリギリなところを、ニジくんにフォローまでされ、いつも以上にニジくん頼みになってしまったのがすごく癪だ。
もちろん、教室までついてくる。
「もういいってば、ニジくん」
「いや、あんなことがあったんだ、今日は先生に頼んでずっと一緒にいさせてもらう」
「何言ってんの! ニジくんだって授業あるでしょ!」
本気でニジくんなら先生にごり押しして、授業参観張りに教室に張り付きかねない。何せ、成績優秀な生徒会長様だしね。
勘弁してくれ……と、僕が溜め息ついていると、「根本、お前今日英語の予習やってる?」と、隣の席の男子生徒が話しかけてくる。
「うん、やってるよ」
「マジで! ちょっと見せ……」
なんてことない、クラスメイトとの会話。それなのに、僕が英語のノートを通学リュックから取り出して彼に渡そうとしたのを、ニジくんの腕が遮る。
僕らが思わずニジくんの方を見ると、あの氷のような眼がクラスメイトを睨みつけていた。睨まれた彼は震えあがらんばかりに怯えている。
「予習は自分でするものだ。それとも、瑠衣に近づく口実?」
「い、いえ! そういうわけでは……! 根本、やっぱいいわ」
そう言って、彼はそそくさと僕の前から離れ、別のクラスメイトの許へ向かう。ただ話しかけただけなのに、すごく気の毒で、申し訳ない。
「怖ッ。子リスに話しかけただけで食いつかれそう」
「しっ。そういうこと言うなよ。マジで殺されるぞ」
「つーかさ、根本って原先輩いなきゃただの子リスじゃん」
「どこがいいんだろうね?」
でも、その様子をひそひそと声を潜めて何か言いつつ見ていた他のクラスメイトに対しても、ニジくんはヘビのような睨みを利かせ、黙らせてしまう。
ああ、まただ……どうしてこうも、ニジくんは僕の周りに対して、塩を通り越して氷な振る舞いをするんだろう。これで生徒会長なのが不思議なくらいだ。
しかし当のニジくんは意に介する様子はなく、当然のように僕の手を取り、口付けせんばかりに口元に近づける。
「瑠衣、もう絶対あんな下衆な奴に触らせないからね」
それがクラスメイトのことなのか、それとも今朝の痴漢のことなのか。ニジくんのことだから、両方かもしれないけれど……とにかく、ニジくんの中の僕に対する“ナイト”なところが悪化しているのはわかる。
(でも実際、ニジくんがいなかったら痴漢されていたかもしれないんだよね……)
その事に関しては感謝しているけれど……と、ちらりと、まだ僕の手を握っているニジくんを窺うと、ゆったりとした笑みを口元に浮かべ、いつものあの言葉を呟く。
「俺は瑠衣のナイトだからね。何があっても、絶対に味方だよ」
ニジくんは、いつでも僕の味方。小さい時から、ちびっ子で子リスみたいな顔でからかわれやすい僕をいつでも守ってくれる。ナイトだ、と言い張るのは本当かもしれない。だから、この歳まで頼りきりで来ちゃったんだけれど。
(とは言え、このままずっと頼り切りな僕も悪いよな……)
そう、少し反省をしていると、「そうだなぁ……」と、ニジくんが眉根を寄せて考え込み始める。
ようやく、ニジくんも僕に構いすぎていると気付いたんだろうか?
「うーん……やっぱり、今日瑠衣の傍にいさせてよ。すごく心配だ」
……ダメだ、全然だ。寧ろやっぱり悪化している。過保護を通り越してこれではオープンなストーカーじゃないか。
これはもう急いで教室に行ってもらわないと! と、僕がニジくんの手をほどこうとした時、僕のクラスの担任の先生がやって来た。先生は僕のすぐ前にニジくんがいるのに気付き、おや? と言う顔をする。
「どうした原、根本がどうかしたのか?」
僕とニジくんがニコイチなのは先生方も知るところらしく、その言葉に僕は嫌な予感を覚えた。だってこれでは、僕とニジくんがセットなのが先生方後任ということになってしまいかねない。
そして案の定、ニジくんは当たり前のようにこう言いだす。
「ええ、僕の大事な瑠衣を下衆な奴らから守るため、今日はここにいさせてください」
教室中が騒めき、視線が一気に注がれる。もちろんニジくんは意に介した様子はない。寧ろ、みんなの視線を集められて得意げでさえある。そんなに、僕の傍にいないと気が済まないんだろうか。
「ニジくん! もういいからクラスに戻って!」
「でも、瑠衣……」
「いいから!!」
もちろん先生が納得してくれるわけはなく、さすがにニジくんは自分のクラスへ帰らされた。教室を出て行く際、僕にこう言い聞かせていくのも、ねっとりした視線を注ぐのも忘れない。
「いい? 絶対に俺以外のやつと話なんかしちゃダメだよ? 昼休みにまた来るから、いい子で待ってて」
今生の別れや、僕がまだ4歳の頃のような言い様に、思わず顔をしかめてしまう。一度や二度ならまだしも、これがほぼ毎日なのだ。生徒会長と言う肩書がなければ、ニジくんへの周りの信頼度はもっとないだろう。
「あれがなければ、ビジュ最高なのにねぇ……残念過ぎる」
聞こえよがしに誰かに言われても、きっとニジくんには無意味なのだ。だってニジくんには、なにがなんでも僕の傍にいる、ということしか頭にないのだから。
ニジくんなしで登校するぞ! と決意した翌日、早速僕は大寝坊をした。いつもニジくんに起こされていたクセで、すっかりスマホのアラームも効かない体質になってしまっている。
慌てて飛び乗った電車はいつもより混んでいて、その上痴漢されそうになったのだ。
幸い、痴漢はされなかったのだけれど、それは、一歩手前でニジくんが助けてくれたからだ。
「何してんだよ、おっさん。証拠動画バラ撒くぞ」
ドスの効いた低いニジくんの声に脅されたおじさんは、慌てふためいて逃げていくところをニジくんに捕まり、駅員に突き出された。被害には遭ってないから被害届は出さなかった。
しかも遅刻ギリギリなところを、ニジくんにフォローまでされ、いつも以上にニジくん頼みになってしまったのがすごく癪だ。
もちろん、教室までついてくる。
「もういいってば、ニジくん」
「いや、あんなことがあったんだ、今日は先生に頼んでずっと一緒にいさせてもらう」
「何言ってんの! ニジくんだって授業あるでしょ!」
本気でニジくんなら先生にごり押しして、授業参観張りに教室に張り付きかねない。何せ、成績優秀な生徒会長様だしね。
勘弁してくれ……と、僕が溜め息ついていると、「根本、お前今日英語の予習やってる?」と、隣の席の男子生徒が話しかけてくる。
「うん、やってるよ」
「マジで! ちょっと見せ……」
なんてことない、クラスメイトとの会話。それなのに、僕が英語のノートを通学リュックから取り出して彼に渡そうとしたのを、ニジくんの腕が遮る。
僕らが思わずニジくんの方を見ると、あの氷のような眼がクラスメイトを睨みつけていた。睨まれた彼は震えあがらんばかりに怯えている。
「予習は自分でするものだ。それとも、瑠衣に近づく口実?」
「い、いえ! そういうわけでは……! 根本、やっぱいいわ」
そう言って、彼はそそくさと僕の前から離れ、別のクラスメイトの許へ向かう。ただ話しかけただけなのに、すごく気の毒で、申し訳ない。
「怖ッ。子リスに話しかけただけで食いつかれそう」
「しっ。そういうこと言うなよ。マジで殺されるぞ」
「つーかさ、根本って原先輩いなきゃただの子リスじゃん」
「どこがいいんだろうね?」
でも、その様子をひそひそと声を潜めて何か言いつつ見ていた他のクラスメイトに対しても、ニジくんはヘビのような睨みを利かせ、黙らせてしまう。
ああ、まただ……どうしてこうも、ニジくんは僕の周りに対して、塩を通り越して氷な振る舞いをするんだろう。これで生徒会長なのが不思議なくらいだ。
しかし当のニジくんは意に介する様子はなく、当然のように僕の手を取り、口付けせんばかりに口元に近づける。
「瑠衣、もう絶対あんな下衆な奴に触らせないからね」
それがクラスメイトのことなのか、それとも今朝の痴漢のことなのか。ニジくんのことだから、両方かもしれないけれど……とにかく、ニジくんの中の僕に対する“ナイト”なところが悪化しているのはわかる。
(でも実際、ニジくんがいなかったら痴漢されていたかもしれないんだよね……)
その事に関しては感謝しているけれど……と、ちらりと、まだ僕の手を握っているニジくんを窺うと、ゆったりとした笑みを口元に浮かべ、いつものあの言葉を呟く。
「俺は瑠衣のナイトだからね。何があっても、絶対に味方だよ」
ニジくんは、いつでも僕の味方。小さい時から、ちびっ子で子リスみたいな顔でからかわれやすい僕をいつでも守ってくれる。ナイトだ、と言い張るのは本当かもしれない。だから、この歳まで頼りきりで来ちゃったんだけれど。
(とは言え、このままずっと頼り切りな僕も悪いよな……)
そう、少し反省をしていると、「そうだなぁ……」と、ニジくんが眉根を寄せて考え込み始める。
ようやく、ニジくんも僕に構いすぎていると気付いたんだろうか?
「うーん……やっぱり、今日瑠衣の傍にいさせてよ。すごく心配だ」
……ダメだ、全然だ。寧ろやっぱり悪化している。過保護を通り越してこれではオープンなストーカーじゃないか。
これはもう急いで教室に行ってもらわないと! と、僕がニジくんの手をほどこうとした時、僕のクラスの担任の先生がやって来た。先生は僕のすぐ前にニジくんがいるのに気付き、おや? と言う顔をする。
「どうした原、根本がどうかしたのか?」
僕とニジくんがニコイチなのは先生方も知るところらしく、その言葉に僕は嫌な予感を覚えた。だってこれでは、僕とニジくんがセットなのが先生方後任ということになってしまいかねない。
そして案の定、ニジくんは当たり前のようにこう言いだす。
「ええ、僕の大事な瑠衣を下衆な奴らから守るため、今日はここにいさせてください」
教室中が騒めき、視線が一気に注がれる。もちろんニジくんは意に介した様子はない。寧ろ、みんなの視線を集められて得意げでさえある。そんなに、僕の傍にいないと気が済まないんだろうか。
「ニジくん! もういいからクラスに戻って!」
「でも、瑠衣……」
「いいから!!」
もちろん先生が納得してくれるわけはなく、さすがにニジくんは自分のクラスへ帰らされた。教室を出て行く際、僕にこう言い聞かせていくのも、ねっとりした視線を注ぐのも忘れない。
「いい? 絶対に俺以外のやつと話なんかしちゃダメだよ? 昼休みにまた来るから、いい子で待ってて」
今生の別れや、僕がまだ4歳の頃のような言い様に、思わず顔をしかめてしまう。一度や二度ならまだしも、これがほぼ毎日なのだ。生徒会長と言う肩書がなければ、ニジくんへの周りの信頼度はもっとないだろう。
「あれがなければ、ビジュ最高なのにねぇ……残念過ぎる」
聞こえよがしに誰かに言われても、きっとニジくんには無意味なのだ。だってニジくんには、なにがなんでも僕の傍にいる、ということしか頭にないのだから。



