僕が自立を決意したのは、単純に僕がニジくんなしでいられない、依存体質ではないことを証明するためだけではない。
 いまは十月半ば。二期制の学校である僕らの学校の後期が始まり、学年としては折り返しと言える。そしてそれは、高三であるニジくんが高校にいられる時間があともう半年ほどしかない、ということでもある。

「残り半年の間に、少なくとも僕だけで登下校できるようなっておかないと……!」

 高二にして、まるで小学校入学前の園児のようで情けないけれど、最低でもそれぐらいはクリアしないと、僕の自立は一歩も踏み出せない気がする。
 恥ずかしい話、僕は小学校入学以降、ひとりで登下校したことがほぼない。必ず、僕の傍にはニジくんが付き添っていたからだ。
 一学年とは言え学年は違うし、小学校の中学校に分かれる時だってあった。それでも、ニジくんはどうにかして僕の登下校には必ず付き添ってきた。もちろん、同じ学校に在学中は、ずっとそばにいる徹底ぶり。

「ニジくんが僕のナイトだからって……そうまでして一緒にいなきゃいけないほど、僕はまだ頼りないのかな……」

 ニジくんからの自立を決意した日の夜、自室のベットに寝ころびながら呟く。
 僕の傍にニジくんがぴったりと寄り添うようになったのは、あの事が――僕が、知らない人に誘拐されそうになったことがあってからだ。
 僕が4歳のある日、いつものようにニジくんの家に遊びに行き、夕方の5時を過ぎたので自分の家に帰ろうとした。ニジくんの家と僕の家は、二軒のおうちを挟んで同じ通りに並んでいる、すごいご近所さんだ。まっすぐに歩いて行けばつく、それだけ。距離にしてわずか100メートルもない。
 でも4歳の僕は、そのわずかな距離の間で連れさらわれたんだ。
 ジュースを買えるところを教えて、と、まったく知らない男の人――たぶん、大学生くらいに若い人――言われて手を牽かれ、最寄りのコンビニとは真逆の方に連れて行かれた。
 辿り着いたのは、子どもだけでは行っちゃダメだと言われていた古い神社。その小さな小屋の中に、僕は突然押し込まれたのだ。

「ジュース買うんじゃないの?」
「ジュースよりもっといいものをあげるよ」

 その人の顔が逆光で見えなかったけれど、おかしなことを言われているのは何となくわかっていた。それが怖くて、気持ち悪くて、僕は大声で泣きじゃくった。
 すると、その人は舌打ちをして、僕を小屋の中に閉じ込めてどこかへ行ってしまったのだ。しかも、小屋に(かんぬき)をして。

「開けて! 開けてよぉ! ママ! パパ! ばぁば! ニジくん!」

 辺りはどんどん暗くなっていき、僕のいる周りはどんどん暗く闇に包まれていく。叫んでも誰も来てくれなくて、怖かった。
 結局、僕がヘンなお兄さんに閉じ込められてから数時間後、なかなか帰って来ない僕を心配して家族とニジくん達が捜してくれたおかげで、僕は無事に保護された。警察沙汰にもなって、あの時のヘンなお兄さんは確か逮捕されたんじゃなかっただろうか。

「俺が瑠衣をちゃんと家まで送っていたら、こんなことにはならなかった」

 保護されてぐったりしていた僕をお見舞いに来たニジくんが、そう言って泣いていたのを今でも憶えている。両親や祖母が泣いていたのは、心配したからだとわかっていたけれど、事件のことがニジくんのせいだと言うのは、誰も言わなかったし、思ってもいなかった。

「泣かないで、ニジくん」
「ごめん、本当にごめん……父さんと母さんみたいに、事故に遭うかもしれないっていつも思ってたのに……」

 でも、ニジくんはすごく泣いて僕に謝ってきて――その頃辺りから、ニジくんは変わっていった気がする。
 元々はよく笑うのに、笑うと糸目になって、キツネみたいで怖いと言われがちだったニジくんは、それ以降全く笑わなくなり、氷のようになった。僕以外には見向きもしなくなったうえに、四六時中傍にいて、僕のやることなすこと見張っている。
 その内に学校に行くのも、学校にいる間も僕の傍にいるようになって――いまに至っているんじゃなかっただろうか。そして、ヘビみたいでとか氷みたいとか言われるようになった。

「……やっぱり、僕のためにも、ニジくんのためにも、このままじゃダメだよね……」

 春からはニジくんも大学に行くんだろうから、このままではいけない気がする。だって、ニジくんは僕と違ってすごく頭が良くて、黙っていればクールビューティーなイケメンなんだから。
 そうなるといよいよ僕が本当に自立して、ニジくんがいなくても平気なんだってわかってもらわないといけない。いつまでもあの頃のように臆病じゃないよ、って。
 だからまずは試しに、ひとりで登校してみよう――そう考えながら、僕は目を閉じた。