僕のナイトを自称しているだけあって、ニジくんは学校でも、基本僕と行動を共にしている。授業時間以外はほぼ僕のクラスに入り浸っているのだ。

「瑠衣、今日の弁当は瑠衣の好きなシャケ弁当だよ。骨も取ってあるからね」

 昼休み、当たり前のように二人分お弁当を提げてニジくんは教室に現れる。終業のチャイムが鳴って五分以内に、だ。二年生である僕の教室と、三年生であるニジくんの教室は渡り廊下を挟んで別々の校舎なのに。

「原先輩、今日も来てるんだねぇ」
「いいなぁ、あたしも原先輩とお弁当食べたーい」
「無理でしょ。だって原先輩は子リスくんのダーリン。ウチらはそこら辺の石同然なんだから」

 クールビューティーな上に成績優秀で生徒会長もやっているニジくんは、学内では超がつく有名人。そんな彼が、ただのちびっこい、“子リス”なんて陰で呼ばれているような僕の許に毎日通い詰めていれば、おのずと二人そろって校内の名物になってしまう。
 毎日の昼休みに教室に現れ、移動教室の際にはすれ違うさり気なさをよそいつつも、必ず僕に物理的にも接触してくるニジくん。そんな彼のお手製の弁当を差し入れられたり、彼に話しかけられたりする僕。そんな僕らを周りは面白がり、いまじゃニジくんは僕の“ダーリン”だとか、“旦那”だとか言われている。

「パートナーって言うなら、もう少し対等に扱って欲しいんだけどな……これじゃ幼児以下だよ」

 骨を取り除かれ、きれいに解されたおかずのシャケを突きながら、聞こえよがしに呟いても、ニジくんは全く気にしていない。寧ろ、うっとりと微笑んで呟く。

「いいじゃない。俺は瑠衣が俺なしで生きられなくなるような、赤ん坊みたいになっても全然かまわないんだから。だって俺は……」
「……だって俺は、瑠衣のナイトだから、って?」

 軽く睨みつけ、言葉に被せ気味に返してはみたけれど、「そういうこと」なんて言う。その顔はクールビューティーにふさわしく、表情も感情も読めない。
 正直、ニジくんのせいで、僕は小学校から高二になるいままで、友達らしい友達がほぼいない。なんでかと言うと、僕に話しかけてきて仲良くなりかけてきた人たちを、ニジくんが片っ端から調べ上げ、やましいところがないか、とか、妙な下心がないか、とか追求するからだ。
 友達になりたいだけなのに、その幼馴染から尋問受ける、なんてなったら、誰でも敬遠する。だから僕の周りにはニジくん以外が近寄れないのだ。

「あのさぁ、ニジくん……もう僕も高二なんだよ? お昼は自分で何とかするし、クラスの誰かとたまには食べたりしたいし、いちいち時間割や行動チェックされなくても大丈夫だよ」
「そうかもしれないけど、俺が瑠衣のナイトである限りは、やっぱり瑠衣の傍にいないとだから」
「そうだとしてもさぁ……」
「また目を離した隙に何かあるかわからないし、俺の親みたいに事故に遭っちゃうかもだし」

 ニジくんの両親のことを言われると、僕も何も言えない。いつどこで大切な人が事故に遭うかわからない恐怖は、ニジくんが一番知っている。たとえ今は元気でも、またいつそうなるかわからないから。
 長い付き合いのあるニジくんが、僕のナイトだと言い始めてから随分と経つ。小さい頃こそ、あの事があった直後でもあったから、ニジくんが傍にいてくれるのは有難かった。
 だけどもう僕も17歳。未だにちびっこだし、多少怖がりな所はあるにしても、四六時中幼馴染のお世話にならなきゃいけないほど、頼りなくも幼いわけでもないつもりだ。弁当のシャケの骨を抜いてもらった上にほぐしてもらう、なんてもってのほかだ。

「ニジくんは僕をダメな奴にしたいわけ?」
「そういうんじゃないけど……まあ、仮にそうなっても、俺は瑠衣を見捨てないし、必ず守るよ」

 そう言いながら、ニジくんは僕の手を握りしめて頬寄せようとするものだから、僕らの様子を遠巻きに見ていたクラスメイトから悲鳴のような声が上がる。
 でもニジくんは周りを一瞥(いちべつ)して黙らせるほどの眼力の持ち主、すぐさまみんな目を反らす。

(……ダメだ、このままじゃ本当に僕、ダメなやつになっちゃう……!)

 あの事があるにしても、僕はもう17歳だ。来年には成人年齢になるんだから、自立した生活を送れるようにならないと。きっとそれは、亡き祖母も望んでいるはず。いつまでも天使でかわいいと呼ばれる子リスのままでいる孫の姿なんて、天国から見ていて嬉しくないだろうから。

「決めた。僕、ニジくんから自立する」
「え? 自立? 瑠衣が俺から? どうやって?」

 どうやって? と笑い含みの声で問われ、僕は早速答えに窮する。ニジくんはそういうのを見透かしたように、僕の手を取ったまま口許だけ笑う。それがまた癪に障るんだよな……!
 感情を煽られているような気がした僕は、ムカッとして頬を染めながらニジくんを指さし、こう宣言した。

「明日から、僕は別行動する! 家にも教室にも来ないでよ!」

 ニジくんは僕の宣言にきょとんしつつも、すぐにくすりと鼻先で笑い、小さな子にするように僕の頭をぽんぽんと撫でながら答えた。

「いいよ。瑠衣がどうしてもそうしたいって言うなら」

 なんだ、思っていたより簡単に行きそうだぞ? と、僕が心の中でガッツポーズを取っていたら、ニジくんはすぅっと目を細め、更にこう言った。

「まあ、きっと、瑠衣には俺がいないと無理だってすぐにわかると思うけれどね」

 ぞくりとするような、きれいすぎる冷たい氷のような眼差し。この眼を、周りの女の子達はクールビューティーだともてはやしている。
 でもただきれいなだけじゃないのを、僕は知っている。ニジくんのきれいさは、ただの氷のような微笑みだけじゃない。その奥にある冷たくも鋭い蛇のような静かで強い意思が潜んでいる。それは、僕を守る、という鋼の意思だ。そうまで思っている本当の理由は、僕にはわからない。
 それでも僕は、「ニジくんが僕にとってなくてはならないようになっているのではないか」という、そんな恐ろしい事実を覆すために、彼からの自立を決意した。