「撃てぇぇぇええっっ!!!!」

 鋼鉄の巨船が怒涛の波を切り裂きながら、艦橋の上、ロシアの指揮官は国旗を翻ひるがえし、喉が裂けるほどの咆哮をあげた。

 重厚な砲塔が駆動し、唸るような音を響かせる。
 標的を捉え、巨砲の先が向いたその先には――島国、日本。

 次の瞬間、火薬の轟音が空を引き裂いた。


 「艦砲射撃」――
 数トンの砲弾が大気を引き裂き、炎を纏いながら降り注ぐ。
 無慈悲に刈り取る死の鉄槌の如く。

 炸裂音が天地を震わせ、火柱が上がる。
 衝撃波が嵐のように吹き荒れ、空気が熱くなる。

 戦争の業火が、日本を飲み込もうとしていた。

 だが――
 次の瞬間、理が揺らぐ。

 「裂空刀製(レックウトウセイ)」

 斬撃が空を薙ぐ。

 不可視の刃が奔り、音速を超える砲弾に触れた瞬間――それは海を境に、真っ二つに両断される。

 「は……?」

 先ほどの咆哮とは打って変わってポツリと、指揮官は呟く。

 砲弾は本来ならば大地を穿ち、都市を焼くはずだった。
 しかし――いまその砲弾は、何らかしらの力によって斬られ、威力を完全に殺され、静かに海へと消えていく。

 まさに、ありえない光景だった。

 「「な、何が……起こったんだ!!!?」」

 戦艦の甲板にいた兵士たちは、目を疑った。
 大艦隊の掃射すら無力化する攻撃が、どこから放たれたのか。

 分からない。

 見えない「何か」が、ロシア兵たちの混乱を呼んだ。
 先ほどの攻撃による煙が晴れ、指揮官は急いで状況を確認する。

 そして絶句した。

 「人……?」

 そこには、片手に剣を携えた「人間」がいたから。

 あまりにも不可解なこの状況に、指揮官の思考が一瞬止まる。
 戦艦を前にして、たった一本の剣で何ができようか――


 しかし、彼らは知ることになる。

 先ほどの攻撃が、今対峙している剣を持った人物が放ったものなのだと。


 嫌というほどに。

 ***

 西暦2005年。
 日本の排他的経済水域には石油以上のエネルギー効率でありながら温室効果ガスを一切出さない資源【アークダイナ】が眠っていた。
 その鉱石には日本以外の土地で採掘できないという特徴があった。
 そんな状況で日本と協力関係にあったとある国が【アークダイナ】の情報を諸外国に流出させたことで【アークダイナ争奪戦】が勃発。
 そしてエネルギー資源とは別に、【アークダイナ】には別の使い道があった。
 【アークダイナ】は『人間の潜在意識に感応しその性質、形状を変化させる』という特性があり、物理法則すらねじ曲げることができるのだ。これを利用した兵器は戦争の歴史を変える。

 それらの事情があり、各国の首脳がこの決断を下すのにそう時間はかからなかった。

 「我が国が独占してその後に世界に供給する。そのために日本を支配下に置く」

 それがこの戦争の始まりだ。

 西暦2025年。未だ世界と日本は戦争を続けていた。この終わりの見えない殺し合いに終止符を、と誰もが望んだ。
 ここに一人、未だ何者でもない若人が立ち上がった。世界の戦いそのものを憂い、この戦争を終わらせようと夢見た、そんな未熟な小さな英雄。
 彼の名は白野勇人。この日彼は、国を守る【傭兵】になろうとしていた。

 外国に対抗する最強の戦士でありながら民を助ける何でも屋、【傭兵】。
 
 自国を裏切り、外国に売り渡そうとする政治家やスパイを殺す者、【殺し屋】。

 彼らは互いに干渉することはなかった。
 しかしこのタイミングで、大きな戦いが勃発する。