次の日、やけに早く目が覚めて、今までの高校生活で一番のりを初めて経験した。
 誰もいない教室から、続々と人が入ってくる度に朝宮なんじゃないかと期待して落胆する。
 そういえば朝宮っていつもギリギリに登校してたな。今日に限って早く来たりしないのか。なんて思う日ほど、朝宮が現れることもなく、結果的にいつも通りの時間にやってきた。
 朝宮の顔を見た瞬間、会いたいとか好きだとか言いたかった気持ちよりも、恥ずかしさのほうが増幅して、それから後ろを見れなかった。
 おはよ、と朝宮が声をかけてくれて、そのタイミングで振り返ればいいのに、ちょっと下を向いたまま返したのはガチできもい。思春期かよ。
 いや、大丈夫だ。焦ることはない。今日どこかで伝えればいいんだ。その時間はあるはずだ。
「席替えするぞー」
 いきなり担任が言い出したそれに、俺の思考は全て止まった。
 人が頑張ろうとしているところでこの教師はなんて言った?
「この前したばっかじゃん」
 常川田が正論を言い出すが、「俺が飽きたんだよ」と教師らしくないセリフを堂々と言い放ち、有無を言わさない速さで席替えの展開へと決まってしまった。
 どうしよう、もし朝宮と席が離れたら。
 思えば、ここって無条件に朝宮と近くにいれる場所だったんだよな。
 好きだって自覚した途端にこんなことになるなんて、俺って運なさすぎだろ。
 朝宮はどう思ってんだろ。俺と同じかな。それともあっさりしてんのかな。
 聞くに聞けず、朝宮からも話しかけられることはなかった。
 席替えへのブーイングがなかったわけではないが、主に最後列の奴たちが躍起になっていただけで、多数決の結果でいえば却下された。
 実は俺もこっそりと反対派に回ろうと思ったけど、朝宮が何も言わないところを見る限り、出しゃばることもできなかった。
 ……俺たち、離れ離れになるんだぞ?
 本当にこのままでいいのか?
 なんて。
 都合がいい。こんなときでさえ朝宮から動いてくれないかなと期待ばかりしている。いつだって朝宮から動いてくれていたのに。
 告白をするのだって、あのときはあっさりしてきたように見えたけど、本当は緊張してたんじゃないのか。俺に受け入れてもらえないかもとか考えなかったのか。
 もし俺が朝宮の立場だったら、ただただ不安だったはずだ。
 それでも、朝宮はめげることなく思いを伝え続けてくれていた。いつになるかわからない返事も、朝宮は「待つ」と即答した。そんな環境に甘えてばかりいた。
 深呼吸をする。俺は離れたくない。朝宮から。
 意を決して振り返ると、いつも通り頬杖をついた状態の朝宮と目が合った。
「朝宮……俺、」
「ほら、くじ引いてねえやつさっさと前に出ろ」
 勇気を振り絞ったつもりだったが、その声は担任によってかき消されてしまった。
「間山?」
「……ごめん、なんでもない」
 俺は情けない。結局何も伝えられないまま、席替えが始まってしまった。
 ──その、はずだった。


「……まじかよ」
「俺の運、ここで尽きてもいいわ」
 結果、席替えしたら、今度は逆になった。
 朝宮の席に俺が座り、朝宮の席に俺が座っている。前に朝宮が座ってんのはなんか変な感じだ。
 もう終わったと思っていたのに、俺はまだついているらしい。
「……」
 目の前には大きな背中と、サラサラした黒髪。
 そっか、ずっと見てられるな、ここって。
 朝宮の後頭部とか、こんなまじまじと見たことなかったわ。後ろ姿でもイケメンってわかるんだな。つーか、この席って朝宮のこと見放題じゃん。
 さっきまで自分のことを情けないと思っていた時間はなんだったのか。
 今では席替えができたことに感謝している。ありがとう、担任。ありがとう、多数決。
「すげえ視線感じるけど」
 朝宮が振り返る。だめだ、好きだって自覚してから、朝宮が何倍もかっこよく見えて仕方ない。こんなにもキラキラしてたか?
「……ええと、自然と目に入るっていうか」
 ああ、朝宮はこうやって見てたんだ、俺のこと。そっか、うん、そっか。
「席替え落ち着いたな? よし、じゃあ三者面談の用紙、後ろからまわしてこい」
 そんなもんあったっけ、と思い返しながら、そういえばもらっていたなと思いだした。今日の朝になって親に出したからめちゃめちゃ怒られたっけ。
 朝宮に回そうとして、ふと机の中にしまっていた黄色い付箋を取り出す。
 ……どうか、このまま担任の元までいきませんように。
 祈りながら恐る恐るプリントを回した。
 朝宮は俺からプリントを受け取り、そのまま前の奴に回そうとしたけど、何かに気付いたように動きを止めた。
 少し経って、それから朝宮が勢いよく振り返った。
「もう待たなくていいんだな」
 その手には黄色い付箋。
【好きなんだけど】
 朝宮が初めて書いてくれた言葉に寄せたつもりだけど、返事はここしかないと思った。さすがにプリントに直接書く勇気はなかったけど。
「……そんなとこ」
 そう答えたら、朝宮は嬉しそうにスマホを取り出して、透明なケースの中に貼った。
「は!?」
「ん?」
「な、なんでそんなところに貼るんだよ」
「いつでも眺められるから」
「やめろって……」
 こいつ、好きな奴とのプリクラもここに貼りそうだな。いや、こいつの好きな奴って俺か。
「間山も真似していいよ」
「できるか」

 席替えしたら、好きな人と結ばれました。