「ちょっとごめん。待つって言ってなかった?」
翌日。俺と朝宮はふたりっきりで放課後の教室に残っていた。
全ての始まりは五限目に返された数学の小テストが赤点だったことと、それが俺だけだということ。強制的に補習を命じられて今は居残りをさせられている。
後ろの朝宮といえば、唯一の九十点をたたき出したことで、先生からも生徒からも褒めたたえられていた。お前はすごい。そんな言葉が聞こえてくる一方で一桁だった俺はそっとなかったことにするかのように机の中にしまった。
そんな惨めな俺の補習に、なぜか朝宮まで付き合っているというのが今の現状だ。それでもって恒例になった寝ぐせを後ろからいじられる。
「間山の髪ってなんかきれいだよな。つやってる」
「……朝宮だってそうじゃん。触り心地よさそうだし」
「じゃあ触ってよ」
「俺、補習中なんだけど」
「監視役いない時点で自由時間でしょ」
言われてみればそうだ。ただプリントを渡されただけで見張り役は誰もいないのだから、自由気ままに過ごしても怒られることは……いや、見つかる可能性がゼロではないか。
そうわかっていながら、シャーペンを置いては振り返り、朝宮の髪を見る。ゆっくりと手を伸ばすと、柔らかな髪の感触が指先に伝わった。
「間山って、好きな人にそう触るんだ」
「……なんでそっちの解釈になるんだよッ」
「間違ってはないでしょ」
待ってくれるとは言ったのに、平常運転だ。
むしろ昨日までに比べてスキンシップが増えたような気もする。……密室で手を繋いだことで、朝宮を加速させたってわけではないよな?
いや、ちゃんと待つって約束してくれたんだからそれは信じるしかない。
「あれ? なんかスマホ鳴ってない?」
そんなことを考えていたら、微かにスマホが振動している音が聞こえた。そしてそれは俺ではない。
朝宮は自分のスマホを確認すると、なかったようにスラックスのポケットにしまった。
「イタ電だった」
「いや、どう考えても友達の誰かだったやつでしょ」
「俺に友達っていたっけ?」
「いたよ……一軍集団が」
朝宮のスマホが再び電話を知らせる。それに対して軽く舌打ちをするものだから、苦笑が浮かぶ。
「出たら? 急用かもしれないし」
「あいつらの急用はくそどうでもいい案件だから」
ばっさりと切り捨てるものだから、俺は昨日のお返しだと言わんばかりに朝宮の手元にあるスマホを奪った。そしてそのまま応答ボタンをスライドする。
『あ、やっと出た!』
電話の主はスピーカーにしていないのに、ボリュームがでかいせいか俺にまで聞こえてくる。そのまま呆然として朝宮にスマホを返すと、渋々といった様子で耳元に当てた。
「なに」「めんど」「死んでくれ」などといった暴言まで飛び出したところで、電話が終わったらしい。一体なんの用事だったか不明だ。
「ごめん。なんか呼び出された」
「いや、いいよ。むしろここにいるべきじゃないって」
呼び出し確定にも関わらず納得がいかない様子で席を立つ。
その姿を見ていたら、なんだか、胸の奥に違和感を覚える。なんだ?
「間山?」
「ッ! あ、明日な」
「……ん、また明日」
教室を出て行く朝宮の背中を見送りながら、胸元に手を当てる。
……もしかして今、寂しいって思った?
なんで?
教室にひとり取り残されるから?
それとも、朝宮に対して?
「……朝宮?」
あ、そっか。寂しいって思ってんだ、俺。
朝宮が俺じゃなくて、別の人のところに行ったことが。
いつだって俺を選んでくれてた朝宮が、俺じゃない人との用事を選んだことが寂しいって思ったのか。
もし朝宮が、俺にしてたことを誰かにしてたら……そう思ったら気が気じゃなくて。
「……それ、好きってことだろ」
なんでこんなにあっさりとわかるもんなんだよ。
散々悩んで、答えなんてもう出ないと思ってたのに。
慌てて朝宮を追いかけようとしたところで「プリント終わったか」と今になって見張り役登場。今は補習どころじゃないのに、強制的にプリントと向き合うことになった。
でも、好きだってわかった瞬間、早く朝宮に会いたいって思った。
気付いたけど、俺ら連絡先交換してないんだよな。朝宮、SNSやってんのかな。DMとか送ればそこは解決できんのに、そういう情報さえ知らない。
会いたい、朝宮に。好きだって言いたい。そしたらどんな顔をしてくれるんだろ。
どんな顔で俺のことを受け止めてくれるんだろう。
翌日。俺と朝宮はふたりっきりで放課後の教室に残っていた。
全ての始まりは五限目に返された数学の小テストが赤点だったことと、それが俺だけだということ。強制的に補習を命じられて今は居残りをさせられている。
後ろの朝宮といえば、唯一の九十点をたたき出したことで、先生からも生徒からも褒めたたえられていた。お前はすごい。そんな言葉が聞こえてくる一方で一桁だった俺はそっとなかったことにするかのように机の中にしまった。
そんな惨めな俺の補習に、なぜか朝宮まで付き合っているというのが今の現状だ。それでもって恒例になった寝ぐせを後ろからいじられる。
「間山の髪ってなんかきれいだよな。つやってる」
「……朝宮だってそうじゃん。触り心地よさそうだし」
「じゃあ触ってよ」
「俺、補習中なんだけど」
「監視役いない時点で自由時間でしょ」
言われてみればそうだ。ただプリントを渡されただけで見張り役は誰もいないのだから、自由気ままに過ごしても怒られることは……いや、見つかる可能性がゼロではないか。
そうわかっていながら、シャーペンを置いては振り返り、朝宮の髪を見る。ゆっくりと手を伸ばすと、柔らかな髪の感触が指先に伝わった。
「間山って、好きな人にそう触るんだ」
「……なんでそっちの解釈になるんだよッ」
「間違ってはないでしょ」
待ってくれるとは言ったのに、平常運転だ。
むしろ昨日までに比べてスキンシップが増えたような気もする。……密室で手を繋いだことで、朝宮を加速させたってわけではないよな?
いや、ちゃんと待つって約束してくれたんだからそれは信じるしかない。
「あれ? なんかスマホ鳴ってない?」
そんなことを考えていたら、微かにスマホが振動している音が聞こえた。そしてそれは俺ではない。
朝宮は自分のスマホを確認すると、なかったようにスラックスのポケットにしまった。
「イタ電だった」
「いや、どう考えても友達の誰かだったやつでしょ」
「俺に友達っていたっけ?」
「いたよ……一軍集団が」
朝宮のスマホが再び電話を知らせる。それに対して軽く舌打ちをするものだから、苦笑が浮かぶ。
「出たら? 急用かもしれないし」
「あいつらの急用はくそどうでもいい案件だから」
ばっさりと切り捨てるものだから、俺は昨日のお返しだと言わんばかりに朝宮の手元にあるスマホを奪った。そしてそのまま応答ボタンをスライドする。
『あ、やっと出た!』
電話の主はスピーカーにしていないのに、ボリュームがでかいせいか俺にまで聞こえてくる。そのまま呆然として朝宮にスマホを返すと、渋々といった様子で耳元に当てた。
「なに」「めんど」「死んでくれ」などといった暴言まで飛び出したところで、電話が終わったらしい。一体なんの用事だったか不明だ。
「ごめん。なんか呼び出された」
「いや、いいよ。むしろここにいるべきじゃないって」
呼び出し確定にも関わらず納得がいかない様子で席を立つ。
その姿を見ていたら、なんだか、胸の奥に違和感を覚える。なんだ?
「間山?」
「ッ! あ、明日な」
「……ん、また明日」
教室を出て行く朝宮の背中を見送りながら、胸元に手を当てる。
……もしかして今、寂しいって思った?
なんで?
教室にひとり取り残されるから?
それとも、朝宮に対して?
「……朝宮?」
あ、そっか。寂しいって思ってんだ、俺。
朝宮が俺じゃなくて、別の人のところに行ったことが。
いつだって俺を選んでくれてた朝宮が、俺じゃない人との用事を選んだことが寂しいって思ったのか。
もし朝宮が、俺にしてたことを誰かにしてたら……そう思ったら気が気じゃなくて。
「……それ、好きってことだろ」
なんでこんなにあっさりとわかるもんなんだよ。
散々悩んで、答えなんてもう出ないと思ってたのに。
慌てて朝宮を追いかけようとしたところで「プリント終わったか」と今になって見張り役登場。今は補習どころじゃないのに、強制的にプリントと向き合うことになった。
でも、好きだってわかった瞬間、早く朝宮に会いたいって思った。
気付いたけど、俺ら連絡先交換してないんだよな。朝宮、SNSやってんのかな。DMとか送ればそこは解決できんのに、そういう情報さえ知らない。
会いたい、朝宮に。好きだって言いたい。そしたらどんな顔をしてくれるんだろ。
どんな顔で俺のことを受け止めてくれるんだろう。

