「え、ここ」
「さっき新しく部屋を取った。間山と二人になれるとこほしくて」
朝宮に連れられたのは、誰もいない部屋だった。扉が閉まると、外から聞こえていた音が少しだけボリュームダウンする。
手首はまだ掴まれたまま。そしてその反対で空のグラスを握っているのも健在だ。
何を話そうか、切り出し方を迷っていれば、すっと朝宮の手が離れていった。
「前後で座ることはあっても、隣同士はなかったね」
「え? あ、うん……そうだね」
言われてみれば、隣に朝宮がいるというのは不思議だ。いつもは後ろにいるのをなんとなく気配で察知するぐらいしかなかった。
「間山、緊張してんの?」
「するよ、二人だし」
「じゃあとりあえずドンペリでも頼む?」
「ここはホストクラブか」
思わず突っ込んでしまった。
「いいね、ホストごっこでもしよ。俺、間山を楽しませる自信ある」
「……なんであんの? ってか男同士で何してんの」
「お兄サンかっこいいね。永久指名しようかな」
「俺がホストかよ!?」
どう考えてもホスト役は朝宮一択だろうよ。しかもずっと真顔。こんなこと率先してやるようなタイプでもないのに何考えてんだ?
「……ほんと、ずっと指名できて俺だけのものにできたらいいのに」
「あ、朝宮……?」
俺だけのものって、だから俺はそんなに価値があるような男でもないんだよ。今だって合コンという場から逃げるように出てきてんだから。
「仲いいよね、あの幼馴染と」
「え、笹原?」
「肩とか組んで。俺はまださせてもらえたことないのに」
もしかして、いじけてるとかじゃないよな?
「だから、俺は別の角度からアプローチしようと思って」
「え?」
朝宮が俺の指に触れる。
「こういうことは笹原とする?」
「ッ、し、しない」
「じゃあこれも?」
その手が、恋人繋ぎに変わる。
こんなの人生で一度だってしことはない。俺と違ってキレイな指がしっかりと絡んできて、握ったり、弱まったりを繰り返す。
「こういうことされて、間山はどう思う?」
「……わかんないよ、こんなのしたことないし」
「でも顔赤いよ」
指摘されたら、確かにそうなんだろうなとは思う。
「俺はずっとこうしたかったよ」
なんで恥ずかしげもなくこんなことが言えるんだよ。俺はそれになんて返せばいいんだよ。
そのとき、ブレザーのポケットに入れていたスマホが鳴った。グラスを置いて取り出せば、画面には笹原の文字が。
「出ないで」
「え……あ、うん」
いや、素直に頷いてんじゃないよ。もしかしたら今から帰るみたいな連絡かもしれないし。そういえば鞄とか置きっぱなしじゃん。
「あ、ごめん……やっぱり出ていい? 荷物とかかもしれないし」
朝宮は明らかに納得がいかそうな顔を見せながら「いいよ」と言った。そんなに笹原と関わってほしくないのか。
『あ、間山? お前どこ行ってんだよ』
「ごめん、ちょっと用事あって」
『荷物まで置いていく用事ってなんだよ。財布も入ってるぞ。お前まだあのダサい財布使ってたんだな』
「うるせーよ、放っとけ。今から取りに──」
言いかけて、横からすっと朝宮にスマホを奪われる。「フロント預けといて」だけ伝えたかと思えば、そのまま電話を切ってしまった。
「え、ちょ」
「これでも我慢したほう」
そう言われてもだ。しかも手は繋いだまま。
「ダサい財布って何?」
「……聞かないで。マジックテープでとめるようなやつだから」
「なんか迷彩柄とかあったよね」
「あった。チェーンとかついてて……って今はそんなことよくて」
俺の財布事情なんて興味ないだろ。
「朝宮って独占欲強かったりする?」
「わからないけど、間山に関して言えばそうかも。俺も初めて知ってる」
現在進行形なのか。そりゃあ戸惑うよな。いや、戸惑ってはないか。涼しい顔はしてるもんな。
「……こういうの、俺とすんのどう?」
「え、どうって……わかんないよ。考えたことないっていうか」
「じゃあ考えて」
声が近くで聞こえて、それに心臓がもたない。
「間山、俺の目見て」
「……む、無理」
「なんで」
「なんか、あれだから」
「あれで逃げんな」
急にSっ気だしてくんなよ……!
「俺さ、自分のことが好きなやつの顔ぐらいわかるよ」
「……」
「間山、俺のこと好きだって認めて」
「ご、強引すぎだろ」
「こうでもしないと、俺のこと避けるでしょ」
避けたつもりはないけど、でも目は見れなかった。
「……わかったけど、ちょっと待って」
朝宮はすんなり離れた。こういうところは素直だ。
「ずっと不思議だったんだけど、朝宮ってなんで俺のこと好きなの?」
「なんでって?」
「いや、今まで仲良かったわけじゃないし、去年も同じクラスだったけどこんな感じでもなかったから」
朝宮は入学当初から目立っていたし、女子がいないあの男子校でも朝宮の人気はすごかった。別に好きとかそういう話じゃなくて、仲良くなりたいみたいな? 友達になりたい男として人気だったんだと思う。
それを俺は遠くで見てただけ。朝宮とこんな関係になれるなんて夢にも思ってなかったし、今でも信じられない。
「購買」
「え?」
「間山、一時期購買行ってたでしょ」
そう言われて思い出したことがあった。
一年のときから基本的には弁当を持参していた。理由は、購買がかなり混むから。普通に買えない日とかもあったりして、昼飯なしを経験してからは必ずといっていいほど弁当を持ってくるようになった。
でも、母親と些細なことで喧嘩して弁当作ってもらえなくなった時期だけは、購買に通っていた。
「率先して前にいかないから、いつも売れ残りばっか買ってたでしょ」
「……買えただけでも奇跡っていうか」
「なのに、それさえもあとから来た人に譲ったりして」
おぼろげだけど、あまりにも俺の手元を見て「今日は死んだ」と落ち込んだ奴を見たら、さすがにそのまま素通りするわけにもいかなかった。たまたま手に入った二つのうち、ひとつを渡したようなことは確かにあったけど。まさか朝宮に見られていたとは。
「不憫だなって思って」
「……そんな風に思われてたのか」
「でも、なんか気になるなって思ったのもそのときだった」
とんでもない状況で気になってもらえたらしい。どうせならもっとかっこいいエピソードがほしかった。
「気づいたら間山を見てる時間が増えて、たまに笑ってるの見たら可愛いなとか思ったりして」
「……可愛くはないだろ」
「席替えして、間山の後ろになったときにもう告るしかないって直感した」
「え……振られるとか思わなかったの?」
「別にそれでもよかった。振られても、俺が間山のことを嫌いになることはないなってわかってたし」
その自信は一体どこからくるものなんだろう。あっさりと言ってのけているように見えて、実はものすごいことを言っているんだという自覚が朝宮にはあるんだろうか。
「間山が俺のことを意識してくれたらラッキーぐらいに思ってたけど。でも、近くにいるとだんだん欲が出てきた」
握っていた手に力が入った。それは俺と朝宮、両方だったと思う。
「今は、好きになってほしいって本気で思ってる」
「時間ほしい。……いろいろ、整理したい」
「いいよ、いくらでも待つ」
きっと朝宮のことだから、どれだけでも待ってくれんだろうな。百年とか言っても待ちそうだし。
──待つとは、思ってたんだけど。
「さっき新しく部屋を取った。間山と二人になれるとこほしくて」
朝宮に連れられたのは、誰もいない部屋だった。扉が閉まると、外から聞こえていた音が少しだけボリュームダウンする。
手首はまだ掴まれたまま。そしてその反対で空のグラスを握っているのも健在だ。
何を話そうか、切り出し方を迷っていれば、すっと朝宮の手が離れていった。
「前後で座ることはあっても、隣同士はなかったね」
「え? あ、うん……そうだね」
言われてみれば、隣に朝宮がいるというのは不思議だ。いつもは後ろにいるのをなんとなく気配で察知するぐらいしかなかった。
「間山、緊張してんの?」
「するよ、二人だし」
「じゃあとりあえずドンペリでも頼む?」
「ここはホストクラブか」
思わず突っ込んでしまった。
「いいね、ホストごっこでもしよ。俺、間山を楽しませる自信ある」
「……なんであんの? ってか男同士で何してんの」
「お兄サンかっこいいね。永久指名しようかな」
「俺がホストかよ!?」
どう考えてもホスト役は朝宮一択だろうよ。しかもずっと真顔。こんなこと率先してやるようなタイプでもないのに何考えてんだ?
「……ほんと、ずっと指名できて俺だけのものにできたらいいのに」
「あ、朝宮……?」
俺だけのものって、だから俺はそんなに価値があるような男でもないんだよ。今だって合コンという場から逃げるように出てきてんだから。
「仲いいよね、あの幼馴染と」
「え、笹原?」
「肩とか組んで。俺はまださせてもらえたことないのに」
もしかして、いじけてるとかじゃないよな?
「だから、俺は別の角度からアプローチしようと思って」
「え?」
朝宮が俺の指に触れる。
「こういうことは笹原とする?」
「ッ、し、しない」
「じゃあこれも?」
その手が、恋人繋ぎに変わる。
こんなの人生で一度だってしことはない。俺と違ってキレイな指がしっかりと絡んできて、握ったり、弱まったりを繰り返す。
「こういうことされて、間山はどう思う?」
「……わかんないよ、こんなのしたことないし」
「でも顔赤いよ」
指摘されたら、確かにそうなんだろうなとは思う。
「俺はずっとこうしたかったよ」
なんで恥ずかしげもなくこんなことが言えるんだよ。俺はそれになんて返せばいいんだよ。
そのとき、ブレザーのポケットに入れていたスマホが鳴った。グラスを置いて取り出せば、画面には笹原の文字が。
「出ないで」
「え……あ、うん」
いや、素直に頷いてんじゃないよ。もしかしたら今から帰るみたいな連絡かもしれないし。そういえば鞄とか置きっぱなしじゃん。
「あ、ごめん……やっぱり出ていい? 荷物とかかもしれないし」
朝宮は明らかに納得がいかそうな顔を見せながら「いいよ」と言った。そんなに笹原と関わってほしくないのか。
『あ、間山? お前どこ行ってんだよ』
「ごめん、ちょっと用事あって」
『荷物まで置いていく用事ってなんだよ。財布も入ってるぞ。お前まだあのダサい財布使ってたんだな』
「うるせーよ、放っとけ。今から取りに──」
言いかけて、横からすっと朝宮にスマホを奪われる。「フロント預けといて」だけ伝えたかと思えば、そのまま電話を切ってしまった。
「え、ちょ」
「これでも我慢したほう」
そう言われてもだ。しかも手は繋いだまま。
「ダサい財布って何?」
「……聞かないで。マジックテープでとめるようなやつだから」
「なんか迷彩柄とかあったよね」
「あった。チェーンとかついてて……って今はそんなことよくて」
俺の財布事情なんて興味ないだろ。
「朝宮って独占欲強かったりする?」
「わからないけど、間山に関して言えばそうかも。俺も初めて知ってる」
現在進行形なのか。そりゃあ戸惑うよな。いや、戸惑ってはないか。涼しい顔はしてるもんな。
「……こういうの、俺とすんのどう?」
「え、どうって……わかんないよ。考えたことないっていうか」
「じゃあ考えて」
声が近くで聞こえて、それに心臓がもたない。
「間山、俺の目見て」
「……む、無理」
「なんで」
「なんか、あれだから」
「あれで逃げんな」
急にSっ気だしてくんなよ……!
「俺さ、自分のことが好きなやつの顔ぐらいわかるよ」
「……」
「間山、俺のこと好きだって認めて」
「ご、強引すぎだろ」
「こうでもしないと、俺のこと避けるでしょ」
避けたつもりはないけど、でも目は見れなかった。
「……わかったけど、ちょっと待って」
朝宮はすんなり離れた。こういうところは素直だ。
「ずっと不思議だったんだけど、朝宮ってなんで俺のこと好きなの?」
「なんでって?」
「いや、今まで仲良かったわけじゃないし、去年も同じクラスだったけどこんな感じでもなかったから」
朝宮は入学当初から目立っていたし、女子がいないあの男子校でも朝宮の人気はすごかった。別に好きとかそういう話じゃなくて、仲良くなりたいみたいな? 友達になりたい男として人気だったんだと思う。
それを俺は遠くで見てただけ。朝宮とこんな関係になれるなんて夢にも思ってなかったし、今でも信じられない。
「購買」
「え?」
「間山、一時期購買行ってたでしょ」
そう言われて思い出したことがあった。
一年のときから基本的には弁当を持参していた。理由は、購買がかなり混むから。普通に買えない日とかもあったりして、昼飯なしを経験してからは必ずといっていいほど弁当を持ってくるようになった。
でも、母親と些細なことで喧嘩して弁当作ってもらえなくなった時期だけは、購買に通っていた。
「率先して前にいかないから、いつも売れ残りばっか買ってたでしょ」
「……買えただけでも奇跡っていうか」
「なのに、それさえもあとから来た人に譲ったりして」
おぼろげだけど、あまりにも俺の手元を見て「今日は死んだ」と落ち込んだ奴を見たら、さすがにそのまま素通りするわけにもいかなかった。たまたま手に入った二つのうち、ひとつを渡したようなことは確かにあったけど。まさか朝宮に見られていたとは。
「不憫だなって思って」
「……そんな風に思われてたのか」
「でも、なんか気になるなって思ったのもそのときだった」
とんでもない状況で気になってもらえたらしい。どうせならもっとかっこいいエピソードがほしかった。
「気づいたら間山を見てる時間が増えて、たまに笑ってるの見たら可愛いなとか思ったりして」
「……可愛くはないだろ」
「席替えして、間山の後ろになったときにもう告るしかないって直感した」
「え……振られるとか思わなかったの?」
「別にそれでもよかった。振られても、俺が間山のことを嫌いになることはないなってわかってたし」
その自信は一体どこからくるものなんだろう。あっさりと言ってのけているように見えて、実はものすごいことを言っているんだという自覚が朝宮にはあるんだろうか。
「間山が俺のことを意識してくれたらラッキーぐらいに思ってたけど。でも、近くにいるとだんだん欲が出てきた」
握っていた手に力が入った。それは俺と朝宮、両方だったと思う。
「今は、好きになってほしいって本気で思ってる」
「時間ほしい。……いろいろ、整理したい」
「いいよ、いくらでも待つ」
きっと朝宮のことだから、どれだけでも待ってくれんだろうな。百年とか言っても待ちそうだし。
──待つとは、思ってたんだけど。

