あのとき俺は意地でも「暇じゃない」と断るべきだった。
「……カラオケ」
「チッチッ、ただのカラオケじゃなくて合コンカラオケな」
合コンなどという響きは、一生無縁だと思っていた。俺が行くような場所ではないし、仮に行ったとしても学校と同じく空気と化してるだけだ。
笹原仲良しメンバーは、陽気なメンバーしかいないのか店の前からソワソワしていた。
「やべえよ、今日の子たちって顔のレベル高いんだろ?」「お嬢様って聞いたぞ」「いや、いっそギャルでも」
そんな会話が聞こえてくる度に、回れ右で即座に帰宅したかった。
「こんなの聞いてないって」
「言ったら来ないだろ。そもそも間山のためでもあるんだぞ。女を知りたいって言うから」
「言ってねえよ!」
そうこうしている間にも、今日のお相手である女の子たちがやってきてしまう。いかにも明るそうな子たちで「今日ずっと楽しみで」と華やかに笑う。男子校にはない空気感だ。
笹原に、がしっと肩を組まれ、いよいよ逃げ道を失う。なんでこんなことになったんだ。
最初から和気あいあいとした時間で、これからどうなるのかと思っていた矢先、店に入った瞬間に空気が一気に変わった。
ちょうど受け付けにいるその集団には見覚えがある。というか、今日何度も見た。
「うわ、まじか」
誰かがぼそっと呟いた。笹早のお仲間だったことは確かだ。その声で振り返った受け付け集団のひとりが俺を見て目を見開く。
そこには朝宮がいて、常川田と榊も一緒だった。
片や俺のほうはというと、笹原にしっかりとホールドされた状態で、後ろには女の子たちがいる。どこからどう見ても合コンだとわかるようなシチュエーションだった。
それを朝宮がどう思ったかは知らないけど、何かを言われるということもなく、そのまま受け付けが済んで自分たちの部屋へと向かっていく。
「今の人たちかっこよかったね」「わかる、黒髪の人とかやばくなかった?」「心臓止まるかと思ったよ」
そんな会話が聞こえてくる度に、笹原集団は肩を落とす。笹原だけは「大人八名のフリーパックで」と元気に受け付けをしていた。こういうところがモテるところの要因のひとつなんだろうなと思ったりする。昔から、空気を明るくすることには長けていた。
けれど、部屋へと向かう間も朝宮の顔が頭にちらついて目の前のことに集中できなかった。結果的に自己紹介では失敗して「間山です」以外は何も言えなかった。それを笹原が「合コン初めてで緊張してんの」とフォローしてくれたけど、正直お礼を言える余裕もなかった。
朝宮は俺を見てどう思っていたんだろう。不愉快な気持ちにさせてたりしないのかな。ってか朝宮もカラオケに行ったりするんだな。まあするよな。朝宮ぐらいだったらむしろ定番だよな。つーか朝宮って歌うのか?
「ほら、そっちも入れろ」
男が主導となり、歌をバンバン入れている。その流れで機械を渡され、思わず受け取ってしまう。
「え……」
いや、カラオケなんて人生で来たことないのに歌えるわけない。戸惑っている間にも、すでになんとなく男女の組み合わせができてきて、笹原は二人の女の子からアプローチされていた。なのに「俺、この歌得意なんだよ」と熱唱し始める。歌を聞かせたいというよりも自分が歌いたいという気持ちのほうがでかいらしい。マイペースな笹原らしい。
正直、この中で俺と話したいと思ってくれている女の子はいなさそうなので、機械をこそっとテーブルの上に置いては部屋を出る。ようやくまともな息が吸えた感覚になり、気が楽になる。やっぱり俺には女の子と楽しく遊ぶとかは向いていない。そもそも、どうしたら楽しんでもらえるかさえ考えられないんだから、モテないの一言に尽きる。
プラスチックのグラス片手にドリンクバーの前へと向かう。来たことがなかったからわからなかったけど、種類は意外と豊富で、個人的にここを利用するのは悪くない。今度はひとりで来てみるか。
「仲良さそうだね」
「うえっ!?」
突然背後から話しかけられて、持っていたグラスを落としそうになった。
「あ……朝宮」
何を考えているのかわからない顔でイケメンが立っている。スラックスのポケットにそれぞれ手を突っ込んでいる姿が様になる。かっこいい奴は何をしていてもかっこいいことには変わりないらしい。
「朝宮も飲み物?」
「いや、間山が出てくんの待ってた」
「え……?」
俺が出てくるのを?
いつ出てくるかもわからないのに?
「ええと、俺に用があったとか……?」
「用」
その言葉をなぞるように口にして、首を傾げる。しまいには「んー」と考え込んでしまった。
「どうやって連れ去ろうかなとは思ってたけど、それが用になるのかはわからない」
今、さらりとすごいこと言ったよな。連れ去るって俺のことだろ?
「でも、楽しく過ごしてるんだったら、迷惑になるのは嫌だったし」
「いや……浮きすぎて耐えられなくなって出てきたとこだよ」
あそこはやっぱり陽気な雰囲気を率先して楽しめる人か、心から出会いを求めてる人にしか参加券はない。いくら強引に誘われたとはいえ、俺が行っていい場所ではなかった。
「俺ならそんなことさせないのに」
ぼそっと朝宮が言った。それを聞き返そうとしたら、朝宮が一歩俺へと近づいた。
「間山はなんで合コンに来たいと思ったの? やっぱり付き合うなら女の子がいい?」
「ッ、付き合うとかそんなことは……今日は騙されたようなもので」
「じゃあ笹原? 笹原には心を許してるけど、好きとかじゃないよね?」
一歩、また一歩と朝宮が近づくたびに、俺は無意識に後ずさっていた。
「笹原はない! そんな目で見たことないし、向こうもないから……!」
「わからないでしょ。本当は笹原も間山のこと好きかもしれない」
「ないない。そういうこと考えてるような奴じゃない」
「いいよね、付き合いが長いって。俺とは気心知れたような仲にもなってくれない」
「あ、当たり前だろ……! 朝宮と俺では住んでる世界が違うよなもんで」
「一緒じゃん」
朝宮の手が俺の右手を掴んだ。
「こうして触れる時点で同じ世界に住んでるでしょ。なんで分けるんだよ」
「それは……」
俺と朝宮では釣り合うはずもない。そんなことは誰が見たって思うはずだ。
そのとき、どこかの部屋の扉が開いて騒音がでかくなった。
「朝宮、ここはちょっと……」
「うん」
そう言って、なぜかどこかに連れて行かれる。もしかして朝宮集団がいるところ?
さすがにこの流れでは無理だろ。気まずすぎる。今の俺が行ける部屋なんてどこにも……。
「……カラオケ」
「チッチッ、ただのカラオケじゃなくて合コンカラオケな」
合コンなどという響きは、一生無縁だと思っていた。俺が行くような場所ではないし、仮に行ったとしても学校と同じく空気と化してるだけだ。
笹原仲良しメンバーは、陽気なメンバーしかいないのか店の前からソワソワしていた。
「やべえよ、今日の子たちって顔のレベル高いんだろ?」「お嬢様って聞いたぞ」「いや、いっそギャルでも」
そんな会話が聞こえてくる度に、回れ右で即座に帰宅したかった。
「こんなの聞いてないって」
「言ったら来ないだろ。そもそも間山のためでもあるんだぞ。女を知りたいって言うから」
「言ってねえよ!」
そうこうしている間にも、今日のお相手である女の子たちがやってきてしまう。いかにも明るそうな子たちで「今日ずっと楽しみで」と華やかに笑う。男子校にはない空気感だ。
笹原に、がしっと肩を組まれ、いよいよ逃げ道を失う。なんでこんなことになったんだ。
最初から和気あいあいとした時間で、これからどうなるのかと思っていた矢先、店に入った瞬間に空気が一気に変わった。
ちょうど受け付けにいるその集団には見覚えがある。というか、今日何度も見た。
「うわ、まじか」
誰かがぼそっと呟いた。笹早のお仲間だったことは確かだ。その声で振り返った受け付け集団のひとりが俺を見て目を見開く。
そこには朝宮がいて、常川田と榊も一緒だった。
片や俺のほうはというと、笹原にしっかりとホールドされた状態で、後ろには女の子たちがいる。どこからどう見ても合コンだとわかるようなシチュエーションだった。
それを朝宮がどう思ったかは知らないけど、何かを言われるということもなく、そのまま受け付けが済んで自分たちの部屋へと向かっていく。
「今の人たちかっこよかったね」「わかる、黒髪の人とかやばくなかった?」「心臓止まるかと思ったよ」
そんな会話が聞こえてくる度に、笹原集団は肩を落とす。笹原だけは「大人八名のフリーパックで」と元気に受け付けをしていた。こういうところがモテるところの要因のひとつなんだろうなと思ったりする。昔から、空気を明るくすることには長けていた。
けれど、部屋へと向かう間も朝宮の顔が頭にちらついて目の前のことに集中できなかった。結果的に自己紹介では失敗して「間山です」以外は何も言えなかった。それを笹原が「合コン初めてで緊張してんの」とフォローしてくれたけど、正直お礼を言える余裕もなかった。
朝宮は俺を見てどう思っていたんだろう。不愉快な気持ちにさせてたりしないのかな。ってか朝宮もカラオケに行ったりするんだな。まあするよな。朝宮ぐらいだったらむしろ定番だよな。つーか朝宮って歌うのか?
「ほら、そっちも入れろ」
男が主導となり、歌をバンバン入れている。その流れで機械を渡され、思わず受け取ってしまう。
「え……」
いや、カラオケなんて人生で来たことないのに歌えるわけない。戸惑っている間にも、すでになんとなく男女の組み合わせができてきて、笹原は二人の女の子からアプローチされていた。なのに「俺、この歌得意なんだよ」と熱唱し始める。歌を聞かせたいというよりも自分が歌いたいという気持ちのほうがでかいらしい。マイペースな笹原らしい。
正直、この中で俺と話したいと思ってくれている女の子はいなさそうなので、機械をこそっとテーブルの上に置いては部屋を出る。ようやくまともな息が吸えた感覚になり、気が楽になる。やっぱり俺には女の子と楽しく遊ぶとかは向いていない。そもそも、どうしたら楽しんでもらえるかさえ考えられないんだから、モテないの一言に尽きる。
プラスチックのグラス片手にドリンクバーの前へと向かう。来たことがなかったからわからなかったけど、種類は意外と豊富で、個人的にここを利用するのは悪くない。今度はひとりで来てみるか。
「仲良さそうだね」
「うえっ!?」
突然背後から話しかけられて、持っていたグラスを落としそうになった。
「あ……朝宮」
何を考えているのかわからない顔でイケメンが立っている。スラックスのポケットにそれぞれ手を突っ込んでいる姿が様になる。かっこいい奴は何をしていてもかっこいいことには変わりないらしい。
「朝宮も飲み物?」
「いや、間山が出てくんの待ってた」
「え……?」
俺が出てくるのを?
いつ出てくるかもわからないのに?
「ええと、俺に用があったとか……?」
「用」
その言葉をなぞるように口にして、首を傾げる。しまいには「んー」と考え込んでしまった。
「どうやって連れ去ろうかなとは思ってたけど、それが用になるのかはわからない」
今、さらりとすごいこと言ったよな。連れ去るって俺のことだろ?
「でも、楽しく過ごしてるんだったら、迷惑になるのは嫌だったし」
「いや……浮きすぎて耐えられなくなって出てきたとこだよ」
あそこはやっぱり陽気な雰囲気を率先して楽しめる人か、心から出会いを求めてる人にしか参加券はない。いくら強引に誘われたとはいえ、俺が行っていい場所ではなかった。
「俺ならそんなことさせないのに」
ぼそっと朝宮が言った。それを聞き返そうとしたら、朝宮が一歩俺へと近づいた。
「間山はなんで合コンに来たいと思ったの? やっぱり付き合うなら女の子がいい?」
「ッ、付き合うとかそんなことは……今日は騙されたようなもので」
「じゃあ笹原? 笹原には心を許してるけど、好きとかじゃないよね?」
一歩、また一歩と朝宮が近づくたびに、俺は無意識に後ずさっていた。
「笹原はない! そんな目で見たことないし、向こうもないから……!」
「わからないでしょ。本当は笹原も間山のこと好きかもしれない」
「ないない。そういうこと考えてるような奴じゃない」
「いいよね、付き合いが長いって。俺とは気心知れたような仲にもなってくれない」
「あ、当たり前だろ……! 朝宮と俺では住んでる世界が違うよなもんで」
「一緒じゃん」
朝宮の手が俺の右手を掴んだ。
「こうして触れる時点で同じ世界に住んでるでしょ。なんで分けるんだよ」
「それは……」
俺と朝宮では釣り合うはずもない。そんなことは誰が見たって思うはずだ。
そのとき、どこかの部屋の扉が開いて騒音がでかくなった。
「朝宮、ここはちょっと……」
「うん」
そう言って、なぜかどこかに連れて行かれる。もしかして朝宮集団がいるところ?
さすがにこの流れでは無理だろ。気まずすぎる。今の俺が行ける部屋なんてどこにも……。

