着替えが終わり、売店に行こうかと思えば、着替えるよりも先に売店に行っていた常川田たちが教室に帰ってきた。朝宮もちょうど連行されていた。
「あ、ちょっと朝宮と間山、こっち来て」
なぜかバルコニーに来るように呼ばれた。……なんかすごい嫌な予感がするのは気のせいか。大人しくそれに従うと、がちゃり、と音がしたのは突然だった。
「いけいけ」
見えたのは、満面の笑みで鍵を閉めた常川田と、スマホを俺らに向けている榊の姿。
作戦に成功したように笑って教室に出ていく。
「え……閉じ込められた?」
「じゃない?」
「朝宮、冷静すぎない……?」
どう考えても悪乗りだ。言っとくけど、四月ってまだちょっと肌寒かったりするんだぞ。体育終わったばっかだからワイシャツで出てきてるけど、普通に考えてブレザーぐらい欲しかった。朝宮だってまだ着替えてねえのに。
そんなこと考えていたら、後ろから覆いかぶさるような形で朝宮がくっついてきた。
「はっ!?」
「寒そうだから。あっためようかと思って」
「いいいいいい、いや、周りの目を……!」
今は昼休みで、あっちこっちから視線が集まってくる。
「あれ見ろって」「ちょ、朝宮じゃね?」「とりま保存」「お前ら何してんだよ」
教室からも外からも野次が飛んでくるが、男子校ならではなのか、この状況をノリとして楽しんでいる。
「間山ってちっこいよな」
「今言うセリフじゃないって……!」
なんでこんなシーンを見られて平然としていられるのか。恥ずかし過ぎてどこに視線を定めればいいのかもわからない。
「朝宮はこういうの見られていい派なん?」
「燃えてくるタイプ」
「やめろって……」
とか言って、振りほどこうと思えばできるのに、そうしない自分は一体なんなんだ?
俺は朝宮のことが好きなのか? だとしたらどこで好きになったんだ?
こうして構ってくれるのが朝宮だけだったからってだけじゃないのかよ。刷り込みってやつか。鳥の雛が生まれて初めて見たものを親だって勘違いするみたいに、俺のことを好きだって言ってくれてる朝宮を過剰に意識し過ぎてるんじゃないか?
そもそも、俺なんか教室の空気みたいに存在感なんてなかったんだぞ。
それなのに朝宮が俺のことを見つけてくれて、俺のことをネタじゃなくて本気で好きだって言ってくれてることが奇跡なんだよな。
ガラス窓の向こうにいる連中たちは「お前らデキてんのか」と未だにからかって遊んでいる。
「……お嫁にいけない」
「間山はどこにもいかせない。俺だけがもらうのは確定してるから」
「だから今言うようなセリフじゃないし確定もしてないんよ……」
そう返しながらも、ガラス窓の向こうの景色じゃなくて、自分たちが反射していることにも気付く。
……ほんとだ、朝宮って俺よりでかい。
男の俺でもなんかキュンってするようなシチュエーションじゃねえか、くそう。
「はい、イチャイチャタイム終了でーす」
ようやく常川田が開錠してくれたことで、耐えがたい時間からは解き放たれた。
「榊、いい絵撮れた?」
常川田が榊のスマホを覗き込む。
「撮れた。これはバズるな」
「ば、バズ……!? それはやめて」
思わず榊に近寄ろうとしたら、後ろから榊のスマホをかっさらう腕が見えた。
「ネットに上げたら殺す」
朝宮だ。なんか静かに怒っていらっしゃる。
「冗談に決まってんじゃん。前に朝宮をネットに晒したときにしっかり反省しましたー」
常川田……勝手に朝宮の写真か動画かをアップしたんだな。でも言い方に反省の色が見えない。それがいつものノリなのか朝宮は、榊の写真フォルダーに保存されていた動画や写真を自分に送信し、その後すべてを消去した。
「あ、ちゃっかり自分だけ送ってるし」
それは常川田と意見が一致している。俺もそれは思っていた。
「俺はいいんだよ。張本人だし。これで土日は生きていけるし」
さらりとすごいことを言ったけど、都合良い考え方をしてもいいなら「土日は俺に会えないから写真とかで我慢する」的なことなのか?
朝宮を見ていたらバチっと目が合った。
「間山もいる?」
「ッ……だ、大丈夫です」
俺らで仲良くそのデータを持っていたら、さすがにおかしいだろ。……ん? おかしくないのか? もう感覚がバグってきてる。
「もしかして嫌だった?」
「え?」
「間山が嫌ならすぐ消す」
ああ、やっぱりだ。いつでも、朝宮は俺のことを一番に考えてくれてる。
その優しさに触れる度に、俺の心の中がどこかがぎゅっと変な気持ちになる。
これは一体なんだなんだ。
「わかりやすく悩んでるなあ」
昇降口に行くと、スマホ片手に現れた唯一の友人、笹原に声をかけられた。クラスが離れた今でも、家が近いからか、顔を合わせれば一緒に帰ることもある。
「……悩んでる顔に見える?」
「小学校からの付き合いだけど、その顔は大体悩んでいた過去あり」
幼馴染というか、ただの縁だというべきか。俺と違って笹原は目立ちたがりで、声はでかいし態度もでかいけど、イヤな奴ではない。俺にも気さくに話しかけてくるところは変わらない。変わったと言えば、中学になっていきなり身長がいきなり伸びたせいか、垢抜けて女子からモテまくったというところだ。
「笹原ってさ、今まで何人か彼女いたじゃん?」
「間山と違ってな」
「どう考えても余計だろ、それ」
イヤな奴ではないが、失礼なところは今も元気に健在だ。
「……んで、人を好きになるって、どういうことなのかなと思って」
「なんで? 好きな人でもできた?」
笹原は壁にもたれて、ニヤニヤとした顔で聞いてくる。妙に腹立つ。
「……それがわからないっていうか」
「なんでわからないんだよ。好きかどうかで迷うことあるか?」
それは俺も知りたい。好きなら好きだと、簡単にわかるものだと思っていた。
だけど相手はあの朝宮で、告られて。追いついていけないことばかりが起こって、同じところをずっとグルグルしているような気がする。
「笹原は、もし誰かに告られたらどうしてんの?」
「好きなら付き合うし、好きになれそうじゃなかったらとりあえずキープ」
「は!? 最低」
「おい冗談に決まってんだろ。間に受けんな」
「……」
「疑いの目を向けるのをやめなさい。後半に関しては、まあ丁重にお断りってとこよ」
悔しいけど、笹原はモテる。だからといって今までの彼女と適当に付き合っていたかと言われれば、俺が見ている限りはそうではなかったと思う。
記念日とかも大事にしてるみたいだったし、たまに元カノとの記念日だったことが発覚して振られたこともあったけど、それでも好きではなかったということもなさそうだった。
笹原なりに歴代の彼女は大事にしていた……と思う。
「好きになれそうとか、どうしたらわかるもん?」
「んー俺の場合はフィーリングなんだよなあ。正直、相手のことなんてわかんないし。だから、そのときの判断でパパっと」
パパっとできたらそれは簡単だ。でも今回の場合は複雑だ。
「まあさ、間山の場合はあんまり女を知らないっていうのあるんじゃね?」
「……人を童貞みたいに」
「そこまで言ってねえけど事実だろ」
「……」
「だから視線で訴えかけてくんのをやめなさいって」
笹原はスマホを取り出すと素早い操作で画面タップをし始めた。
「まあ、何に悩んでんのか知らないけど、女を知るっていうのは大事だし、俺もちょうど彼女はいないし」
「ん? なんで笹原が彼女いないってことが関係してくんの?」
「重要だろ。あ、まだ一人空きあるらしいわ」
どうやら誰かと連絡を取っていたらしい。顔を上げた笹早は俺を見て言った。
「今日、どうせ暇してんだろ?」
「あ、ちょっと朝宮と間山、こっち来て」
なぜかバルコニーに来るように呼ばれた。……なんかすごい嫌な予感がするのは気のせいか。大人しくそれに従うと、がちゃり、と音がしたのは突然だった。
「いけいけ」
見えたのは、満面の笑みで鍵を閉めた常川田と、スマホを俺らに向けている榊の姿。
作戦に成功したように笑って教室に出ていく。
「え……閉じ込められた?」
「じゃない?」
「朝宮、冷静すぎない……?」
どう考えても悪乗りだ。言っとくけど、四月ってまだちょっと肌寒かったりするんだぞ。体育終わったばっかだからワイシャツで出てきてるけど、普通に考えてブレザーぐらい欲しかった。朝宮だってまだ着替えてねえのに。
そんなこと考えていたら、後ろから覆いかぶさるような形で朝宮がくっついてきた。
「はっ!?」
「寒そうだから。あっためようかと思って」
「いいいいいい、いや、周りの目を……!」
今は昼休みで、あっちこっちから視線が集まってくる。
「あれ見ろって」「ちょ、朝宮じゃね?」「とりま保存」「お前ら何してんだよ」
教室からも外からも野次が飛んでくるが、男子校ならではなのか、この状況をノリとして楽しんでいる。
「間山ってちっこいよな」
「今言うセリフじゃないって……!」
なんでこんなシーンを見られて平然としていられるのか。恥ずかし過ぎてどこに視線を定めればいいのかもわからない。
「朝宮はこういうの見られていい派なん?」
「燃えてくるタイプ」
「やめろって……」
とか言って、振りほどこうと思えばできるのに、そうしない自分は一体なんなんだ?
俺は朝宮のことが好きなのか? だとしたらどこで好きになったんだ?
こうして構ってくれるのが朝宮だけだったからってだけじゃないのかよ。刷り込みってやつか。鳥の雛が生まれて初めて見たものを親だって勘違いするみたいに、俺のことを好きだって言ってくれてる朝宮を過剰に意識し過ぎてるんじゃないか?
そもそも、俺なんか教室の空気みたいに存在感なんてなかったんだぞ。
それなのに朝宮が俺のことを見つけてくれて、俺のことをネタじゃなくて本気で好きだって言ってくれてることが奇跡なんだよな。
ガラス窓の向こうにいる連中たちは「お前らデキてんのか」と未だにからかって遊んでいる。
「……お嫁にいけない」
「間山はどこにもいかせない。俺だけがもらうのは確定してるから」
「だから今言うようなセリフじゃないし確定もしてないんよ……」
そう返しながらも、ガラス窓の向こうの景色じゃなくて、自分たちが反射していることにも気付く。
……ほんとだ、朝宮って俺よりでかい。
男の俺でもなんかキュンってするようなシチュエーションじゃねえか、くそう。
「はい、イチャイチャタイム終了でーす」
ようやく常川田が開錠してくれたことで、耐えがたい時間からは解き放たれた。
「榊、いい絵撮れた?」
常川田が榊のスマホを覗き込む。
「撮れた。これはバズるな」
「ば、バズ……!? それはやめて」
思わず榊に近寄ろうとしたら、後ろから榊のスマホをかっさらう腕が見えた。
「ネットに上げたら殺す」
朝宮だ。なんか静かに怒っていらっしゃる。
「冗談に決まってんじゃん。前に朝宮をネットに晒したときにしっかり反省しましたー」
常川田……勝手に朝宮の写真か動画かをアップしたんだな。でも言い方に反省の色が見えない。それがいつものノリなのか朝宮は、榊の写真フォルダーに保存されていた動画や写真を自分に送信し、その後すべてを消去した。
「あ、ちゃっかり自分だけ送ってるし」
それは常川田と意見が一致している。俺もそれは思っていた。
「俺はいいんだよ。張本人だし。これで土日は生きていけるし」
さらりとすごいことを言ったけど、都合良い考え方をしてもいいなら「土日は俺に会えないから写真とかで我慢する」的なことなのか?
朝宮を見ていたらバチっと目が合った。
「間山もいる?」
「ッ……だ、大丈夫です」
俺らで仲良くそのデータを持っていたら、さすがにおかしいだろ。……ん? おかしくないのか? もう感覚がバグってきてる。
「もしかして嫌だった?」
「え?」
「間山が嫌ならすぐ消す」
ああ、やっぱりだ。いつでも、朝宮は俺のことを一番に考えてくれてる。
その優しさに触れる度に、俺の心の中がどこかがぎゅっと変な気持ちになる。
これは一体なんだなんだ。
「わかりやすく悩んでるなあ」
昇降口に行くと、スマホ片手に現れた唯一の友人、笹原に声をかけられた。クラスが離れた今でも、家が近いからか、顔を合わせれば一緒に帰ることもある。
「……悩んでる顔に見える?」
「小学校からの付き合いだけど、その顔は大体悩んでいた過去あり」
幼馴染というか、ただの縁だというべきか。俺と違って笹原は目立ちたがりで、声はでかいし態度もでかいけど、イヤな奴ではない。俺にも気さくに話しかけてくるところは変わらない。変わったと言えば、中学になっていきなり身長がいきなり伸びたせいか、垢抜けて女子からモテまくったというところだ。
「笹原ってさ、今まで何人か彼女いたじゃん?」
「間山と違ってな」
「どう考えても余計だろ、それ」
イヤな奴ではないが、失礼なところは今も元気に健在だ。
「……んで、人を好きになるって、どういうことなのかなと思って」
「なんで? 好きな人でもできた?」
笹原は壁にもたれて、ニヤニヤとした顔で聞いてくる。妙に腹立つ。
「……それがわからないっていうか」
「なんでわからないんだよ。好きかどうかで迷うことあるか?」
それは俺も知りたい。好きなら好きだと、簡単にわかるものだと思っていた。
だけど相手はあの朝宮で、告られて。追いついていけないことばかりが起こって、同じところをずっとグルグルしているような気がする。
「笹原は、もし誰かに告られたらどうしてんの?」
「好きなら付き合うし、好きになれそうじゃなかったらとりあえずキープ」
「は!? 最低」
「おい冗談に決まってんだろ。間に受けんな」
「……」
「疑いの目を向けるのをやめなさい。後半に関しては、まあ丁重にお断りってとこよ」
悔しいけど、笹原はモテる。だからといって今までの彼女と適当に付き合っていたかと言われれば、俺が見ている限りはそうではなかったと思う。
記念日とかも大事にしてるみたいだったし、たまに元カノとの記念日だったことが発覚して振られたこともあったけど、それでも好きではなかったということもなさそうだった。
笹原なりに歴代の彼女は大事にしていた……と思う。
「好きになれそうとか、どうしたらわかるもん?」
「んー俺の場合はフィーリングなんだよなあ。正直、相手のことなんてわかんないし。だから、そのときの判断でパパっと」
パパっとできたらそれは簡単だ。でも今回の場合は複雑だ。
「まあさ、間山の場合はあんまり女を知らないっていうのあるんじゃね?」
「……人を童貞みたいに」
「そこまで言ってねえけど事実だろ」
「……」
「だから視線で訴えかけてくんのをやめなさいって」
笹原はスマホを取り出すと素早い操作で画面タップをし始めた。
「まあ、何に悩んでんのか知らないけど、女を知るっていうのは大事だし、俺もちょうど彼女はいないし」
「ん? なんで笹原が彼女いないってことが関係してくんの?」
「重要だろ。あ、まだ一人空きあるらしいわ」
どうやら誰かと連絡を取っていたらしい。顔を上げた笹早は俺を見て言った。
「今日、どうせ暇してんだろ?」

