今まで体育の着替えを気にしたことなんて一度も思ったことはなかった。
着替えを済ませて体育館なりグラウンドなりに向かっていたのに、今日はたまたま振り返ってしまったばかりに、朝宮の裸体が飛び込んできて凝視してしまった。
「どした」
「いや……朝宮って鍛えてたりする?」
「たまに電車間に合わなくてダッシュするぐらい」
「まじか」
ちゃんと腹筋あるし、無駄に引き締まってるし。顔がいいだけじゃなくて、脱いでもちゃんとすごいんだぞっていうのは本当にモテるやつの特権なんだろうか。
「そんなじろじろ見られると着替えづらい」
「あっ、え、ごめん。その、いいなって思って」
「いい?」
「俺はひょろいから」
昔から筋肉がつかない体質で、プロテインを飲んでも、腕立て腹筋も頑張ってみても、身になったことはない。結果的に細いだけなのと健康的な暮らしを送ってるだけになる。
「間山筋肉つけたいの?」
「うーん、まあ憧れではある」
「俺はどんな間山でも好きだよ」
「だ、だから! そういうのを平気で言ってくんなって」
「思ったことは言ってかないと」
朝宮は男にはみんなにこんな感じなのかと思ったけど、俺といないときは割とスマートっていうか、すんとしてることが多い。あとスマホゲームばっかしてて人の話を聞いてない。
「合コンに行こうぜ」と誘われても「ああ、おめでとう」と適当な返しをしていたぐらいには興味もないらしい。
さらにしつこく誘われれば「クエストのほうが大事なんだよ」とゲーム優先を堂々と言い放っていた。
そんな朝宮に周りは動じない。「また言ってるわ」とか「女に興味なさすぎだろ」などと流し、結果的に朝宮を除いたメンバーで合コンに行ってるらしい。
朝宮は満足そうにゲームをしているのを見ている限り、あんま人には興味がないんだろうなって思ってたけど。
「間山、上着を着てください」
「え、なんで? しかも敬語で」
「この前、シャツだけだったから汗かいたときに肌が透けてた。あれは俺だけが見れればよくて、ほかの奴に見せるわけにはいかない」
「男の肌なんか見て誰が喜ぶんだよ」
「俺」
「……真面目にレスしてくんな」
多分、俺には独占欲みたいなものを抱いてくれているらしい。リアクションしづらい。
「準備体操しろー」
グラウンドに着くと、体育教師が笛をピーピー鳴らしている。今までは近くにいた人同士でペアをするのが鉄則だったけど、最近は少し変わっていた。
「間山、相手やって」
「あ、うん」
不思議なことに朝宮と準備体操をするというイベントが発生していた。今まで仲いいメンバーとやっていたのに、なぜか相手を俺にこだわっている。
「間山って身体柔らかいの?」
「いや、かなり硬い」
「じゃあ加減ってしたほうがいい?」
「してくれたら助かるけど……」
開脚してる俺を、朝宮がぐいぐいと背中を押してくる。
「ちょちょちょ、ギブ!」
さっきまでの会話は一体なんだったんだ!? 俺、ちゃんと身体が硬いことも、加減してくれてってことも頼んでたよな?
それなのに、朝宮は遠慮なく俺の背中をこれでもかと押してきて、挙句の果てには片膝までのせるという鬼畜な技まで出してきた。
「間山って硬いんだな。もうちょっといけそうだけど」
「だッ、だからギブ……!」
採点しろって言われたときは俺に甘いくせに、こういうときだけ謎にSを発揮してくるところも困りものだ。俺はそういうのを求めていない。
「はい、あと100秒」
「だ、か……ら、むり、われる……さけるッ」
スパルタ過ぎんだろ。可哀想だと微塵も思ってくれないじゃん。
「交代! 朝宮が下!」
「もう終わりか」
不服そうに今度は朝宮が座る。手を前に出しては、そこから進もうとしない。
「どうした? もしかしてやらないパターン?」
「いや、全力でやってる」
「え?」
どこからどう見ても動いていない。前に傾かないし、背中も気持ち丸まった程度だ。これで前屈をやってますはさすがに無理がある。
「俺より硬すぎじゃない?」
「俺、柔らかいとは言ってないよ」
確かにそうだ。その発言をしたのは俺だし。それにしても意外だ。
「……因果応報って知ってる?」
「間山、なんか企んでんの?」
さっきあれだけやられたんだから、多少は仕返しをしてもいいはずだ。
朝宮の背中に両手を置く。
「人に散々やったんだから、ちゃんと報いは受けないとな」
ぐいぐいと背中を押せば「たんま」などと聞こえてはくるが、お構いなしに続ける。俺だってギブ発言しても止めてもらえなかったんだ。これはちゃんとお返しをしないと。
調子にのって押し続けていると、するっと手が滑り、朝宮にもたれるような体勢になった。すぐ近くに整った顔が見える。
「あ……ッ! ご、ごめん」
これはやり過ぎた。さすがに朝宮も怒るか……?
身を引こうとすれば、手首をがしっと掴まれる。
「もうちょっとこのままで」
「このままって……」
この体勢を続けんのか? これはやばいだろ。変な話、俺が朝宮に抱きついているとしか見えないような状況じゃないのか?
これはあくまでも事故であって、こんな展開にしたかったというわけじゃないことをどう説明すればいいんだよ。
「おーい、イチャイチャすんなー」
すぐ隣から聞こえてきて、朝宮から離れた。手首もそのタイミングで解放される。
「お前ら、最近すげえ仲いいよな」
話しかけてきたのは朝宮と同じグループの常川田。黒髪なのに赤く見えるのは、春休みに赤髪にしたからだと言っていた。コミュ力がとんでもなくて、入学当初は一匹狼だった朝宮といつの間にか友達になっていた。
「盛るなら俺が見える場所でやってくれ」
その後ろに、榊。変態なのに彼女が途切れたことがないという武勇伝を持つ男だ。長髪をいつもひとつに縛っているから、髪型ですぐ変態の榊だとわかる。
「邪魔すんな」
そして、ひとりご立腹なのが朝宮だ。さっきスルーしたけど、イチャイチャすんなと言われたとき、舌打ちをしていたのを俺はバッチリと聞いている。
「だって朝宮、俺らといるより間山と一緒にいる時間のほうが長くない?」
常川田が榊に同意を求めると「俺らじゃ興奮しなくなったんだろ」と言い始める。
「お前らにするほうが頭おかしいだろ」
何割かマシで俺といるよりも朝宮の口調が悪くなってる。そっか、俺の前ではちょっと猫を被ってたんだな。
「うーん、朝宮が執着するぐらいだもんなー」
「しゅ、執着かは……」
「ぶっちゃけ朝宮のことどう思ってんの?」
それを本人の前で聞いてくんのか。さすがコミュ力おばけだ。朝宮も答えが気になるのか、割って入ってこないし。榊に至っては「やっぱ全身脱毛したほうがいいよな」などと全く別のことを考えている。
「どうっていうのは」
それは俺が一番知りたいことだ。
友達かと聞かれたらちょっと違うような気もするし、かといってただのクラスメイトかって言われても違う気がする。
ぴったりと当てはまる関係性が見つからないままだ。
そのときタイミングよくチャイムが鳴り「あ、昼だ」と常川田の頭が売店のことでいっぱいになったことで切り抜けられた。朝宮にも何も言われなかった。
俺だって、朝宮のことをどう思っているのか知りたいよ。
着替えを済ませて体育館なりグラウンドなりに向かっていたのに、今日はたまたま振り返ってしまったばかりに、朝宮の裸体が飛び込んできて凝視してしまった。
「どした」
「いや……朝宮って鍛えてたりする?」
「たまに電車間に合わなくてダッシュするぐらい」
「まじか」
ちゃんと腹筋あるし、無駄に引き締まってるし。顔がいいだけじゃなくて、脱いでもちゃんとすごいんだぞっていうのは本当にモテるやつの特権なんだろうか。
「そんなじろじろ見られると着替えづらい」
「あっ、え、ごめん。その、いいなって思って」
「いい?」
「俺はひょろいから」
昔から筋肉がつかない体質で、プロテインを飲んでも、腕立て腹筋も頑張ってみても、身になったことはない。結果的に細いだけなのと健康的な暮らしを送ってるだけになる。
「間山筋肉つけたいの?」
「うーん、まあ憧れではある」
「俺はどんな間山でも好きだよ」
「だ、だから! そういうのを平気で言ってくんなって」
「思ったことは言ってかないと」
朝宮は男にはみんなにこんな感じなのかと思ったけど、俺といないときは割とスマートっていうか、すんとしてることが多い。あとスマホゲームばっかしてて人の話を聞いてない。
「合コンに行こうぜ」と誘われても「ああ、おめでとう」と適当な返しをしていたぐらいには興味もないらしい。
さらにしつこく誘われれば「クエストのほうが大事なんだよ」とゲーム優先を堂々と言い放っていた。
そんな朝宮に周りは動じない。「また言ってるわ」とか「女に興味なさすぎだろ」などと流し、結果的に朝宮を除いたメンバーで合コンに行ってるらしい。
朝宮は満足そうにゲームをしているのを見ている限り、あんま人には興味がないんだろうなって思ってたけど。
「間山、上着を着てください」
「え、なんで? しかも敬語で」
「この前、シャツだけだったから汗かいたときに肌が透けてた。あれは俺だけが見れればよくて、ほかの奴に見せるわけにはいかない」
「男の肌なんか見て誰が喜ぶんだよ」
「俺」
「……真面目にレスしてくんな」
多分、俺には独占欲みたいなものを抱いてくれているらしい。リアクションしづらい。
「準備体操しろー」
グラウンドに着くと、体育教師が笛をピーピー鳴らしている。今までは近くにいた人同士でペアをするのが鉄則だったけど、最近は少し変わっていた。
「間山、相手やって」
「あ、うん」
不思議なことに朝宮と準備体操をするというイベントが発生していた。今まで仲いいメンバーとやっていたのに、なぜか相手を俺にこだわっている。
「間山って身体柔らかいの?」
「いや、かなり硬い」
「じゃあ加減ってしたほうがいい?」
「してくれたら助かるけど……」
開脚してる俺を、朝宮がぐいぐいと背中を押してくる。
「ちょちょちょ、ギブ!」
さっきまでの会話は一体なんだったんだ!? 俺、ちゃんと身体が硬いことも、加減してくれてってことも頼んでたよな?
それなのに、朝宮は遠慮なく俺の背中をこれでもかと押してきて、挙句の果てには片膝までのせるという鬼畜な技まで出してきた。
「間山って硬いんだな。もうちょっといけそうだけど」
「だッ、だからギブ……!」
採点しろって言われたときは俺に甘いくせに、こういうときだけ謎にSを発揮してくるところも困りものだ。俺はそういうのを求めていない。
「はい、あと100秒」
「だ、か……ら、むり、われる……さけるッ」
スパルタ過ぎんだろ。可哀想だと微塵も思ってくれないじゃん。
「交代! 朝宮が下!」
「もう終わりか」
不服そうに今度は朝宮が座る。手を前に出しては、そこから進もうとしない。
「どうした? もしかしてやらないパターン?」
「いや、全力でやってる」
「え?」
どこからどう見ても動いていない。前に傾かないし、背中も気持ち丸まった程度だ。これで前屈をやってますはさすがに無理がある。
「俺より硬すぎじゃない?」
「俺、柔らかいとは言ってないよ」
確かにそうだ。その発言をしたのは俺だし。それにしても意外だ。
「……因果応報って知ってる?」
「間山、なんか企んでんの?」
さっきあれだけやられたんだから、多少は仕返しをしてもいいはずだ。
朝宮の背中に両手を置く。
「人に散々やったんだから、ちゃんと報いは受けないとな」
ぐいぐいと背中を押せば「たんま」などと聞こえてはくるが、お構いなしに続ける。俺だってギブ発言しても止めてもらえなかったんだ。これはちゃんとお返しをしないと。
調子にのって押し続けていると、するっと手が滑り、朝宮にもたれるような体勢になった。すぐ近くに整った顔が見える。
「あ……ッ! ご、ごめん」
これはやり過ぎた。さすがに朝宮も怒るか……?
身を引こうとすれば、手首をがしっと掴まれる。
「もうちょっとこのままで」
「このままって……」
この体勢を続けんのか? これはやばいだろ。変な話、俺が朝宮に抱きついているとしか見えないような状況じゃないのか?
これはあくまでも事故であって、こんな展開にしたかったというわけじゃないことをどう説明すればいいんだよ。
「おーい、イチャイチャすんなー」
すぐ隣から聞こえてきて、朝宮から離れた。手首もそのタイミングで解放される。
「お前ら、最近すげえ仲いいよな」
話しかけてきたのは朝宮と同じグループの常川田。黒髪なのに赤く見えるのは、春休みに赤髪にしたからだと言っていた。コミュ力がとんでもなくて、入学当初は一匹狼だった朝宮といつの間にか友達になっていた。
「盛るなら俺が見える場所でやってくれ」
その後ろに、榊。変態なのに彼女が途切れたことがないという武勇伝を持つ男だ。長髪をいつもひとつに縛っているから、髪型ですぐ変態の榊だとわかる。
「邪魔すんな」
そして、ひとりご立腹なのが朝宮だ。さっきスルーしたけど、イチャイチャすんなと言われたとき、舌打ちをしていたのを俺はバッチリと聞いている。
「だって朝宮、俺らといるより間山と一緒にいる時間のほうが長くない?」
常川田が榊に同意を求めると「俺らじゃ興奮しなくなったんだろ」と言い始める。
「お前らにするほうが頭おかしいだろ」
何割かマシで俺といるよりも朝宮の口調が悪くなってる。そっか、俺の前ではちょっと猫を被ってたんだな。
「うーん、朝宮が執着するぐらいだもんなー」
「しゅ、執着かは……」
「ぶっちゃけ朝宮のことどう思ってんの?」
それを本人の前で聞いてくんのか。さすがコミュ力おばけだ。朝宮も答えが気になるのか、割って入ってこないし。榊に至っては「やっぱ全身脱毛したほうがいいよな」などと全く別のことを考えている。
「どうっていうのは」
それは俺が一番知りたいことだ。
友達かと聞かれたらちょっと違うような気もするし、かといってただのクラスメイトかって言われても違う気がする。
ぴったりと当てはまる関係性が見つからないままだ。
そのときタイミングよくチャイムが鳴り「あ、昼だ」と常川田の頭が売店のことでいっぱいになったことで切り抜けられた。朝宮にも何も言われなかった。
俺だって、朝宮のことをどう思っているのか知りたいよ。

