朝宮は、名前の通り星みたいに光ってるような奴だった。
高校一年のときも同じクラスで、男なのに騒がれてるのが朝宮だったからすぐに顔と名前を覚えた。弾けるようなタイプというよりは冷静で、勉強も真面目に受けているような印象だったし、女の子の話題になっても率先して会話に入ることもなかった。
好きなタイプは?って聞かれたときでさえも「好きになった人」とか答えてんのも、なんか硬派っていうか、「髪が長い人」とか「細い人」とか、そういう括りとかなしでちゃんと人のことを好きになるんだなとか思ったりしていた俺のことなんて知るはずもないだろう。
前に、駅のホームで告白されてるのを見て「やっぱ顔いいもんな」と思ったことはあるぐらい。
それから二年になっても同じクラスだったけどそれだけだ。俺とは無縁の人間なんだろうなと思っていたのに。
あれから、朝宮はプリントに直接書くんじゃなくて、付箋を張るようになった。
プリントを後ろから回収しろと言われたら、ほとんどの確率で青い付箋が貼ってある。
【寝ぐせついてるところ】
【授業は背中が丸くなるところ】
【授業中に当てられたらちょっと声が高くなるところ】
最初はどういう意味なのかわからなかったけど、全部あんまり使わないノートに保管するようにした。
休み時間は、ふらふらと廊下に出たりすることが多かった朝宮だけど、最近はじっと自分の席に座ってる。俺も友達がいないわけではないけど、クラスが違うし、あっちは友達が多いから休み時間の度に会うってこともない。
だから結局、俺と朝宮が前後で座っている時間が何度も続くようになった。
いつもはスマホを触ってるだけ。でも、朝宮が何してるのか気になって、身体の向きを横にして壁にもたれてみた。
それから、たまたま、本当に偶然後ろも見ましたみたいな感じで朝宮を見たら、バチっと目が合った。
「……あ、あのさ」
「うん」
「あれ、意外と助かってる。寝ぐせとか、背中とか」
って何話しかけてんだよ。無言に耐えられなくなる前に、朝宮に耐えられなくなってんじゃんかよ。
「助かってんの?」
「えっ、うん。直したらいいとこ教えてくれてんだろ?」
「え、間山の好きなところだけど」
さらりと言われて、ひゅっと息が止まった。墓穴掘った。最悪だ。
「そ……うだったのか。うん、考えたらそうだよな。確かにそうかも」
何がそうなんだよ、ひとつも納得いってねえよ。
「嫌だった?」
朝宮からこう聞かれるのは二回目だった。告られたときも同じことを言われた。
「なんでそんなに嫌とか気になるの?」
「間山にだけは嫌われなくないから」
即答だ。やっぱりこれってガチで好きだって思われてるってことだよな?さすがに嘘でしたとかないよな?
『これから知って』とはそういうことだったのか。
「まじか……はずいやつじゃん」
「あんなのまだ序の口なんだけど」
嘘だろ……あれが序の口なんて聞いてないぞ。
「間山が嫌じゃないなら続けてもいい?」
「……どっちでもいいと思う」
気の利いた返しもできない。それなのに朝宮は「ならよかった」とほんの少しだけ表情を緩めた。
「あとさ、聞きたかったことあるんだけど」
このタイミングでなんだ?
「寝ぐせ、たまに触りたくなるんだけど触っていい?」
「はっ!?」
慌てて後頭部を抑える。今日はなかったと思うのに、反射的に触ってしまった。
「ダメなら諦める」
「俺の寝ぐせなんか触ってもご利益ないよ……?」
「間山に触れた時点で俺としてはご利益あるんだけど」
真顔で言ってくるもんだからおどろいてしまう。
「……たまに、なら」
「本当に?」
朝宮が目を大きく見開いていた。
「ガチで触ってもいいの?」
「いや、いいけど……俺の髪なんて本当、なんか別に大したものじゃないし」
むしろなんで触りたいとか思うんだよ。それでも朝宮の顔はますます緩んだ気がする。
「……やばい、思ったよりもうれしいわ」
視線を逸らして、照れくさそうにした顔が意外だった。朝宮ってこんな顔するんだ。
「た、たまにだから……! そんな毎日ははずくて死ぬっていうか」
「わかってる。さすがに毎日は俺がどうにかなりそう」
どうなるというんだろうか。さすがにそこまでは聞けなかったけど。
それから、三日に一回のペースで寝ぐせを触られることが増えた。このペースでも朝宮は我慢してるほうらしいけど、触られている俺は朝宮の手ばかり意識してほかのことが何も手がつかない。
そもそも男の寝ぐせが触りたくなるってなんだよ。俺のなんて可愛いものでもないだろ。
しかもここ最近は、寝ぐせの件だけじゃなくて、別のことでも朝宮は俺を困らせようとしていた。
前から回ってきたプリントを後ろに回せば、指をそっと触れられるようになった。
たまたまかもしれないと思っていたけど、頻繁になるようになって、次第に「これは確信犯だよな?」と思うようになった。でもそれが嫌じゃないことが不思議だった。
あるとき、触れられなかったから咄嗟に後ろを振り向いた、朝宮がこっちを見ていた。
「触ってほしかった?」
そう意地悪そうにする朝宮は、ちょっとだけからかうように笑ってて、その破壊力がやばかったから、「……んなわけ」と微妙な答えだけが漏れて前を向いてしまった。
朝宮がえぐい。あんま見せたことのないような顔を見せられると、普通でいようと思うのが難しくなる。
俺ばかりが気にし過ぎて、朝宮はけろっとしてる。
「間山」
「……」
「こっち向いて」
「……向けないっす」
「じゃあ盗撮してもいい?」
それだけはNGだ。人に撮られるのは好きじゃない。別に俺は顔がいいほうでもないし。
「むすっとしてる。そういう反応するんだ。かわいいね」
朝宮はどっちかっていうと硬派なイメージだった。
それなのにあの告白以来、こういうことも抵抗なく言える奴なんだと知った。そこもギャップで腹立たしい。
なんでそれを女の子じゃなくて俺に向かってんのかは、いくら好きなところを教えてもらったとしても理解はできなかった。
それからすぐに授業が始まったおかげで、盗撮うんぬんの話は流れたけど、
「前後で採点しろ」
俺のクラスは五列しかないから、隣同士で採点しろと言われるよりも、前後でしろと言われるほうが多い。そしてその相手は必ずといっていいほど朝宮だった。
別にそこは問題じゃない。ただ、
「……あのさ、ここの俺の回答、まちがってんだけど」
「間山が答えたんなら全部正解だろ」
朝宮の採点があまりにも甘すぎて、結果的に俺が自分で採点することになる。これだと二度手間だ。交換して採点する意味がない。
「俺に厳しくしろよ」
「そういう間山だって、俺に×をつけたことないでしょ。三角とか多いよ」
「……途中までの式は合ってるから」
「まあ、俺は間山に何をもらってもうれしいけどね」
また言ってのけてしまうから頭を抱えたくなる。
朝宮は思った以上に気持ちをまっすぐ伝えてくる男だ。そんな性格だったのかと、朝宮が友達と一緒にいるところを盗み見したりするけど、口を開くことのほうが珍しかった。
……まさか俺の前だけ素直になるパターンでも発動してんのか?
さすがに本人には聞けないけど、朝宮に告られてからというもの、妙に意識してしまうことが増えたことは事実だ。でもこれが、好きかどうかって言われたらよくわからなかった。
別に寝ぐせを触られるのも、指が触れるのも、嫌だとは思わない。もちろん朝宮からの気持ちだって同じだ。だからって俺も同じ気持ちを抱いているのかって言われたらイエスでもノーでもなかったりする。
高校一年のときも同じクラスで、男なのに騒がれてるのが朝宮だったからすぐに顔と名前を覚えた。弾けるようなタイプというよりは冷静で、勉強も真面目に受けているような印象だったし、女の子の話題になっても率先して会話に入ることもなかった。
好きなタイプは?って聞かれたときでさえも「好きになった人」とか答えてんのも、なんか硬派っていうか、「髪が長い人」とか「細い人」とか、そういう括りとかなしでちゃんと人のことを好きになるんだなとか思ったりしていた俺のことなんて知るはずもないだろう。
前に、駅のホームで告白されてるのを見て「やっぱ顔いいもんな」と思ったことはあるぐらい。
それから二年になっても同じクラスだったけどそれだけだ。俺とは無縁の人間なんだろうなと思っていたのに。
あれから、朝宮はプリントに直接書くんじゃなくて、付箋を張るようになった。
プリントを後ろから回収しろと言われたら、ほとんどの確率で青い付箋が貼ってある。
【寝ぐせついてるところ】
【授業は背中が丸くなるところ】
【授業中に当てられたらちょっと声が高くなるところ】
最初はどういう意味なのかわからなかったけど、全部あんまり使わないノートに保管するようにした。
休み時間は、ふらふらと廊下に出たりすることが多かった朝宮だけど、最近はじっと自分の席に座ってる。俺も友達がいないわけではないけど、クラスが違うし、あっちは友達が多いから休み時間の度に会うってこともない。
だから結局、俺と朝宮が前後で座っている時間が何度も続くようになった。
いつもはスマホを触ってるだけ。でも、朝宮が何してるのか気になって、身体の向きを横にして壁にもたれてみた。
それから、たまたま、本当に偶然後ろも見ましたみたいな感じで朝宮を見たら、バチっと目が合った。
「……あ、あのさ」
「うん」
「あれ、意外と助かってる。寝ぐせとか、背中とか」
って何話しかけてんだよ。無言に耐えられなくなる前に、朝宮に耐えられなくなってんじゃんかよ。
「助かってんの?」
「えっ、うん。直したらいいとこ教えてくれてんだろ?」
「え、間山の好きなところだけど」
さらりと言われて、ひゅっと息が止まった。墓穴掘った。最悪だ。
「そ……うだったのか。うん、考えたらそうだよな。確かにそうかも」
何がそうなんだよ、ひとつも納得いってねえよ。
「嫌だった?」
朝宮からこう聞かれるのは二回目だった。告られたときも同じことを言われた。
「なんでそんなに嫌とか気になるの?」
「間山にだけは嫌われなくないから」
即答だ。やっぱりこれってガチで好きだって思われてるってことだよな?さすがに嘘でしたとかないよな?
『これから知って』とはそういうことだったのか。
「まじか……はずいやつじゃん」
「あんなのまだ序の口なんだけど」
嘘だろ……あれが序の口なんて聞いてないぞ。
「間山が嫌じゃないなら続けてもいい?」
「……どっちでもいいと思う」
気の利いた返しもできない。それなのに朝宮は「ならよかった」とほんの少しだけ表情を緩めた。
「あとさ、聞きたかったことあるんだけど」
このタイミングでなんだ?
「寝ぐせ、たまに触りたくなるんだけど触っていい?」
「はっ!?」
慌てて後頭部を抑える。今日はなかったと思うのに、反射的に触ってしまった。
「ダメなら諦める」
「俺の寝ぐせなんか触ってもご利益ないよ……?」
「間山に触れた時点で俺としてはご利益あるんだけど」
真顔で言ってくるもんだからおどろいてしまう。
「……たまに、なら」
「本当に?」
朝宮が目を大きく見開いていた。
「ガチで触ってもいいの?」
「いや、いいけど……俺の髪なんて本当、なんか別に大したものじゃないし」
むしろなんで触りたいとか思うんだよ。それでも朝宮の顔はますます緩んだ気がする。
「……やばい、思ったよりもうれしいわ」
視線を逸らして、照れくさそうにした顔が意外だった。朝宮ってこんな顔するんだ。
「た、たまにだから……! そんな毎日ははずくて死ぬっていうか」
「わかってる。さすがに毎日は俺がどうにかなりそう」
どうなるというんだろうか。さすがにそこまでは聞けなかったけど。
それから、三日に一回のペースで寝ぐせを触られることが増えた。このペースでも朝宮は我慢してるほうらしいけど、触られている俺は朝宮の手ばかり意識してほかのことが何も手がつかない。
そもそも男の寝ぐせが触りたくなるってなんだよ。俺のなんて可愛いものでもないだろ。
しかもここ最近は、寝ぐせの件だけじゃなくて、別のことでも朝宮は俺を困らせようとしていた。
前から回ってきたプリントを後ろに回せば、指をそっと触れられるようになった。
たまたまかもしれないと思っていたけど、頻繁になるようになって、次第に「これは確信犯だよな?」と思うようになった。でもそれが嫌じゃないことが不思議だった。
あるとき、触れられなかったから咄嗟に後ろを振り向いた、朝宮がこっちを見ていた。
「触ってほしかった?」
そう意地悪そうにする朝宮は、ちょっとだけからかうように笑ってて、その破壊力がやばかったから、「……んなわけ」と微妙な答えだけが漏れて前を向いてしまった。
朝宮がえぐい。あんま見せたことのないような顔を見せられると、普通でいようと思うのが難しくなる。
俺ばかりが気にし過ぎて、朝宮はけろっとしてる。
「間山」
「……」
「こっち向いて」
「……向けないっす」
「じゃあ盗撮してもいい?」
それだけはNGだ。人に撮られるのは好きじゃない。別に俺は顔がいいほうでもないし。
「むすっとしてる。そういう反応するんだ。かわいいね」
朝宮はどっちかっていうと硬派なイメージだった。
それなのにあの告白以来、こういうことも抵抗なく言える奴なんだと知った。そこもギャップで腹立たしい。
なんでそれを女の子じゃなくて俺に向かってんのかは、いくら好きなところを教えてもらったとしても理解はできなかった。
それからすぐに授業が始まったおかげで、盗撮うんぬんの話は流れたけど、
「前後で採点しろ」
俺のクラスは五列しかないから、隣同士で採点しろと言われるよりも、前後でしろと言われるほうが多い。そしてその相手は必ずといっていいほど朝宮だった。
別にそこは問題じゃない。ただ、
「……あのさ、ここの俺の回答、まちがってんだけど」
「間山が答えたんなら全部正解だろ」
朝宮の採点があまりにも甘すぎて、結果的に俺が自分で採点することになる。これだと二度手間だ。交換して採点する意味がない。
「俺に厳しくしろよ」
「そういう間山だって、俺に×をつけたことないでしょ。三角とか多いよ」
「……途中までの式は合ってるから」
「まあ、俺は間山に何をもらってもうれしいけどね」
また言ってのけてしまうから頭を抱えたくなる。
朝宮は思った以上に気持ちをまっすぐ伝えてくる男だ。そんな性格だったのかと、朝宮が友達と一緒にいるところを盗み見したりするけど、口を開くことのほうが珍しかった。
……まさか俺の前だけ素直になるパターンでも発動してんのか?
さすがに本人には聞けないけど、朝宮に告られてからというもの、妙に意識してしまうことが増えたことは事実だ。でもこれが、好きかどうかって言われたらよくわからなかった。
別に寝ぐせを触られるのも、指が触れるのも、嫌だとは思わない。もちろん朝宮からの気持ちだって同じだ。だからって俺も同じ気持ちを抱いているのかって言われたらイエスでもノーでもなかったりする。

