新しいクラスにも慣れ始めた高校二年の春。どっかの誰かが「いい加減出席番号順は不公平だ」と騒ぎだしたことがきっかけで、四月の半ばに席替えをすることになった。
元々、出席番号でも後ろの席になることが多かったのに、今回は廊下側の一番前の席だった。
俺の後ろには山口、山谷、山田の「山男トリオ」がいて、そのさらに後ろに脇田と渡辺がいた。これが原因だ。
だから席替えは内心で喜んでいたし、いざ席が決まったときも「神引き」だとも思った。
廊下側の列は変わらないものの、後ろから二番目。電車でも端っこが空いていたらすぐにでも座ってしまうような俺にとっては最高の席で……
【お前のことが好きなんだけど】
━━そのプリントが回ってくるまでは。
後ろから回収しろと言われたプリントが早速回ってきた。差出人はもちろん後ろの席の男。
プリントの上部に書かれていたのは、朝宮光星という字と、ちょっと斜めに書かれた告白と思わしき文。
……は?
「なー、まだ?」
前の席の鬼川が不服そうに俺を見るから「うえっ、あの、え」と俺は後ろを見た。
朝宮は頬杖をついて「ん?」みたいな顔をしていた。一瞬俺がなにかを間違えているのかと錯覚してしまったが、どう考えてもこれは朝宮のプリントだ。
この列には男しかいない。いや、男子校だから学校に女子が存在しないわけで。
「朝宮、あの、こ、これ」
おそるおそる声をかければ、ああ、と納得したように朝宮が言った。ちなみに話すのは初めてだ。
朝宮は”それ”を、消しゴムでごしごしと消してはまた俺に、ん、と差し出した。まるでなかったかのようにされた告白プリントは、ようやく鬼川に回っていく。「早く回せよ」と言わんばかりの顔で睨まれたけど、どう考えても俺のせいじゃないはずだ。
……なんだったんだ、今のは。
朝宮、この列に好きな奴とかいるのか?
でも、俺じゃない奴に見つかってたらまずかったんじゃないか。
すげえからかわれてたと思うけど……。
後ろの席の朝宮は、なんというか愛想があるわけじゃないけど、顔は「ばりえぐい」と騒がれるほどには整っていたから、他校の女子に人気があると知ってはいたけど。
そんな朝宮が好きになったのは誰だったんだ?
「間山、こっち」
休み時間、朝宮に呼ばれ教室を出た。多分あれだよな、黙っといてほしい的なこと言われるんだろうな。
俺よりもでかい朝宮の背中を追いかける。
でもさ、見たのは不可抗力だよな?
どう考えても告白プリントは、あの列のだれかに向けて書かれたものとは思えないし。
いかついラグビー部の鬼川じゃないとして、その前は水泳部かつ脱ぎたがりの高橋とその前は入学初日にコンタクトを落としたからコンタクトって呼ばれてる稲沢と……その前は誰だっけ。とりあえず朝宮が告白する相手として納得できそうな人材がいない。
いや、待てよ。なんかのネタだったりして?
朝宮って派手グループと一緒にいるのをよく見かけるから、なんかのドッキリだったり?
「あれ、間山に書いた」
とかなんとか思っていた俺に、階段の踊り場で足を止めた朝宮が振り返った。
「……ん?」
「さっきの」
それはきっとあのプリントのことを指しているのだろう。それはわかる。でもわからないのは、俺に書いたという点だけ。
「お、俺……?」
「嫌な気分になったんだったら謝ろうと思って」
嫌……?そこまで考えてはいなかった。朝宮が俺にアレを書いていたとして……うん、別にそう思うことはない。
どちらかというと「俺だったのか!?」という驚きのほうがでかい。
「いや、そ、そんなことは思ってないっつーか、ドッキリだったりする?」
「それはない」
「あ……おっけ。じゃあ、ガチなやつ?」
「ガチ」
朝宮の顔はどこからどう見ても、人をからかってくるようなやつの顔には見えない。むしろ本気で言ってそうだし、俺もできれば疑いたくはないけど。
「え……でも、なんで俺?」
俺のことを好きな人間がこの世に存在していることが信じられない。だって俺だぞ。朝宮が派手なほうなら、俺は地味なほうだと自他共に認めている。
だけど、朝宮は俺を捉えて、それから言った。
「間山のこと好きだから」
……本当に、俺のことが好きそうな顔で言うもんだから、こっちだって真面目に受け止めたくもなる。
「……あの、お、俺のどこが」
どこが好きなのか聞こうとして、チャイムが鳴った。
タイミング悪すぎだろ……。日頃からあんま人と話さないツケがここで回ってくるのかよ。
朝宮が歩き出して、それから俺の耳元で──
「これから知って」
ぼそっと囁かれたそれに、いっきに顔が赤くなるのがわかった。
高校二年、初めて告白されたのは、俺とは正反対のクラスメイトだった。
元々、出席番号でも後ろの席になることが多かったのに、今回は廊下側の一番前の席だった。
俺の後ろには山口、山谷、山田の「山男トリオ」がいて、そのさらに後ろに脇田と渡辺がいた。これが原因だ。
だから席替えは内心で喜んでいたし、いざ席が決まったときも「神引き」だとも思った。
廊下側の列は変わらないものの、後ろから二番目。電車でも端っこが空いていたらすぐにでも座ってしまうような俺にとっては最高の席で……
【お前のことが好きなんだけど】
━━そのプリントが回ってくるまでは。
後ろから回収しろと言われたプリントが早速回ってきた。差出人はもちろん後ろの席の男。
プリントの上部に書かれていたのは、朝宮光星という字と、ちょっと斜めに書かれた告白と思わしき文。
……は?
「なー、まだ?」
前の席の鬼川が不服そうに俺を見るから「うえっ、あの、え」と俺は後ろを見た。
朝宮は頬杖をついて「ん?」みたいな顔をしていた。一瞬俺がなにかを間違えているのかと錯覚してしまったが、どう考えてもこれは朝宮のプリントだ。
この列には男しかいない。いや、男子校だから学校に女子が存在しないわけで。
「朝宮、あの、こ、これ」
おそるおそる声をかければ、ああ、と納得したように朝宮が言った。ちなみに話すのは初めてだ。
朝宮は”それ”を、消しゴムでごしごしと消してはまた俺に、ん、と差し出した。まるでなかったかのようにされた告白プリントは、ようやく鬼川に回っていく。「早く回せよ」と言わんばかりの顔で睨まれたけど、どう考えても俺のせいじゃないはずだ。
……なんだったんだ、今のは。
朝宮、この列に好きな奴とかいるのか?
でも、俺じゃない奴に見つかってたらまずかったんじゃないか。
すげえからかわれてたと思うけど……。
後ろの席の朝宮は、なんというか愛想があるわけじゃないけど、顔は「ばりえぐい」と騒がれるほどには整っていたから、他校の女子に人気があると知ってはいたけど。
そんな朝宮が好きになったのは誰だったんだ?
「間山、こっち」
休み時間、朝宮に呼ばれ教室を出た。多分あれだよな、黙っといてほしい的なこと言われるんだろうな。
俺よりもでかい朝宮の背中を追いかける。
でもさ、見たのは不可抗力だよな?
どう考えても告白プリントは、あの列のだれかに向けて書かれたものとは思えないし。
いかついラグビー部の鬼川じゃないとして、その前は水泳部かつ脱ぎたがりの高橋とその前は入学初日にコンタクトを落としたからコンタクトって呼ばれてる稲沢と……その前は誰だっけ。とりあえず朝宮が告白する相手として納得できそうな人材がいない。
いや、待てよ。なんかのネタだったりして?
朝宮って派手グループと一緒にいるのをよく見かけるから、なんかのドッキリだったり?
「あれ、間山に書いた」
とかなんとか思っていた俺に、階段の踊り場で足を止めた朝宮が振り返った。
「……ん?」
「さっきの」
それはきっとあのプリントのことを指しているのだろう。それはわかる。でもわからないのは、俺に書いたという点だけ。
「お、俺……?」
「嫌な気分になったんだったら謝ろうと思って」
嫌……?そこまで考えてはいなかった。朝宮が俺にアレを書いていたとして……うん、別にそう思うことはない。
どちらかというと「俺だったのか!?」という驚きのほうがでかい。
「いや、そ、そんなことは思ってないっつーか、ドッキリだったりする?」
「それはない」
「あ……おっけ。じゃあ、ガチなやつ?」
「ガチ」
朝宮の顔はどこからどう見ても、人をからかってくるようなやつの顔には見えない。むしろ本気で言ってそうだし、俺もできれば疑いたくはないけど。
「え……でも、なんで俺?」
俺のことを好きな人間がこの世に存在していることが信じられない。だって俺だぞ。朝宮が派手なほうなら、俺は地味なほうだと自他共に認めている。
だけど、朝宮は俺を捉えて、それから言った。
「間山のこと好きだから」
……本当に、俺のことが好きそうな顔で言うもんだから、こっちだって真面目に受け止めたくもなる。
「……あの、お、俺のどこが」
どこが好きなのか聞こうとして、チャイムが鳴った。
タイミング悪すぎだろ……。日頃からあんま人と話さないツケがここで回ってくるのかよ。
朝宮が歩き出して、それから俺の耳元で──
「これから知って」
ぼそっと囁かれたそれに、いっきに顔が赤くなるのがわかった。
高校二年、初めて告白されたのは、俺とは正反対のクラスメイトだった。

