続 菊池竜也は弟です



「俺も取り調べを受けた」國近が言った。

「…なんで」

「帰国した時に俺から頼んで時々会ってもらってたんだ。体の関係もここ2年間くらいはあった。2年前に肩のケガで代表を離脱した時に、話を聞いてほしいって呼び出して、柊斗に跪いてすがって抱かせてくれって頼んだんだ。20代半ばの頃は…きっとこのまま友達になって柊斗を忘れられると思ってた。でも30を過ぎてどうしても柊斗がいないとだめだった」
「柊斗は俺を愛してた」
「すまない」
「柊斗は平和で幸せな顔で寝てた。すげぇかわいくてさぁ、中1の頃と同じ顔してて…燃やしたくなかった。どうしてもそうしなきゃいけないって言われたんだ」
コーヒーテーブルの骨壺を皆が見た。
「明智、死因は」南雲が聞いた。
「薬物中毒と窒息。海外の薬らしい。國近…柊斗が死んだときどこにいた」
「明智、國近のわけない。自殺の可能性は」南雲が言った。
「無い。これを見ろ」
明智はスマホのエコー動画を見せた。
「俺と柊斗の赤ん坊。代理母を頼んで柊斗は名前も考えて楽しみに待ってた。普段寝る時も睡眠薬は使わなかった」
「でも、國近と寝てた。明智が知らない面もあったかもな。スマホは?」
「私用のスマホは見つかってない。自殺とは思えない」
「竜也とはまだケンカ中なのか」南雲が聞いた。
「ケンカとは違う。柊斗はこどもの頃からずっと竜也に暴行されてた。何度も逃げたのに追ってきて、25歳で解離性遁走と健忘っていう記憶喪失になったんだ。行方不明になって警察に保護されて、気絶したり意味不明な事を言い出して入院した。治療に1年くらいかかって、それから会わせてない」
「暴行?」
「高校1年から竜也にセックスを強要されてた」

「柊斗は竜也の世話をしなきゃならないと強烈に思い込んで育った。親は口先ばっかりで、竜也優先できちんと介入しなかった。竜也は柊斗に強烈に依存していて、柊斗は自分ってものをあまり持てなかったんだ。
高校から会った奴にはわかんねえと思う。
帰宅部の柊斗は放課後によく図書館の窓際の席にいた。そこからサッカー部の練習が見える。窓際でうつむき加減に座って勉強したり本を読んでた。ボールをそっちに拾いに行って目が合うと笑ってくれて、かわいかった」
明智は骨壺を撫でた。
「竜也がそこで柊斗を待たせていたのを知ったのは、ずっとあとだ。見えるところにいてほしいって頼まれて毎日図書館の窓際に座ってた。異常だろ。誰も『柊斗が何をしたいか』を考え無かった。柊斗は食べものの好みも趣味もなしに、竜也が好きなものを食べて竜也がサッカーしているのを見て、それで満足するように育てられたんだ。高校生になって少しずつ、大学の時に一気に柊斗は竜也から離れていった。竜也はちゃんとわかってた。それでも柊斗の事になると止められなかった。俺たちの同居の当てつけに芸能人と結婚したり、柊斗とセックスしていることをわざわざ柊斗の前で俺にバラしたりした。
國近、代表戦で竜也の様子はどうだった」
「……話はしなかった。いつも通りに見えた」
「高校時代、國近と柊斗は、竜也に引き離されただろ」
「一時的に。でも竜也がスペインに留学してから付き合ってた。正式に付き合わなかったのは竜也じゃなく、明智の影響だ。明智が中1で引っ越したのが辛すぎて、誰とも恋愛したくなかったらしい」
「それは高校の時に俺も言われた。大人になったら付き合おうって話して、大学1年で会いに行ってそれからずっと一緒だった。大学まで会いに行ったら全力で走って飛びついてきて『迎えに来てくれると思ってた!』」
明智はそこで一度言葉を切り手で顔を覆った。
「明智、竜也疑ってんのか」南雲が言った。
「柊斗は竜也とは6年会ってないんだ。正直わからない。殺すほど恨んでいるならもっと早くに来るんじゃないのか」
「こどもの事は竜也は?」
「知らない。親からバレないように親にも言ってない」
「逆に知ってるのは?」
「坂本ってわかるか」
「わかる」
「アメリカに住んでる。こどもの事を手助けしてくれている。簡単に他人に話すような男じゃない」
「國近以外に、男がいる可能性は?会社や…サークル、出会い系。外国から薬を調達するルートのある…」
「わからない。俺とは体の関係は頻繁にあって仲もよかった」
「柊斗が仕事で恨みを買う可能性はあるか」
「警察が調べてる」
「部屋に変わった様子は」
「……戻ってきて何か変だとは思った。でもよくわからなかった」
「犬がいるだろ」
「その日は預かってない。國近、柊斗といつ会ってた?」
「今回は代表の事前合宿で日本に来るのを1日早めて、柊斗とは昼に会った。休みを取って話を聞いてくれた」
「話だけか」
「部屋に誘ったら、断わられたんだ。しつこく頼んで来てもらって、脱がせたら体がキスマークだらけだった」
「俺がやった」明智が言った。
「浮気防止に?」南雲が言った。
「違う。柊斗がキスマークをつけてほしいって言ってきた。もっともっとってねだって、終わったあとに鏡で満足そうに見てた。自分が押しに弱いのを分かってて、それでも國近に抱かれたく無かったんだろ。國近、抱いたのか」
國近は無言だった。
「國近、最期に会ったとき柊斗は何か言ってたのか」南雲が言った。
「山の話。高校の自主性合宿で山に登った。周りは全員知らないメンバーで、それでも楽しかった。つい最近親と登山に行った話もしてた」
「竜也の事は」
「言ってた。竜也に頑張れって伝えてって言われてそうした」
「竜也は?」
「無言。柊斗の亡くなったって話が出たあとに、俺も知ってる出版社の人が竜也にお悔やみを言ったんだ。昔柊斗に取材して、それから連絡先を交換して長い事友人関係だって言ってた。竜也は軽く頭を下げて何も言わなかった」
「竜也は今付き合ってる奴はいるのか」
「わからない。日本にあまり帰って来なくなったから、いるとしてもイギリス」
「柊斗関連で亡くなってから連絡は」
「花やお悔やみは実家の方にたくさん届いてる。ここには会社からと、出版社やいくつか…手紙も何通も…まだ読んでない。葬儀の時に俺宛に届いたものを持ってきた」
明智はキッチンカウンターの上に目をやった。
「見てもいいか」
「ああ」
「『△△ブックス スポーティス編集部一同』『スポーティス編集長 忽科亮太』これが“個人的に友人”の人か。『〇〇AGENCY』これ柊斗の勤務先だよな。『〇〇AGENCY 営業部一同』『〇〇AGENCY 総務部 部長 仲村…』」南雲は供花を1件ずつチェックしていった。
「『青羽学院 余 政徳』化学の余先生だ」
「登山の引率が余先生で、柊斗はずっと慕ってた」明智が言った。
「メッセージがある『菊池くん。いつかまた山で会いましょう』」



「ご両親はなんて言ってる」
「何も。ただ悲しんでる」
「最初に駆けつけた時に、ご両親が柊斗のスマホを持って行ったんじゃないのか」
「なんでそう思う」
「高校の時からヤッてたなら、親が気がついていてもおかしくない」
「……」
「カミングアウトは」
「喜ばれた。柊斗の両親がすぐに竜也に柊斗が俺と『結婚』するって言って、その後揉めたんだ」
「双子でヤッてた事を知ってた可能性あると思うか」
「柊斗の家の間取り的にはあり得る」
「警察にスマホを調べられたら竜也と柊斗の関係がバレると思ってスマホを持ち去り、窓やベランダも開けて、第三者の存在を匂わせた。スマホが無い合理的な理由が必要だろ。
両親は柊斗は自殺したと思ったのかもしれない。ところが実際は薬を飲まされたか飲んだかしたあとに、窒息させられてる」
「そうとは限らない。実際に第三者がいて、柊斗に薬を飲ませて殺してスマホを奪い窓から逃げていたら?」國近が言った。
「誰が」
「わからない…」
「柊斗と俺は位置情報を共有してる。柊斗の親がスマホの電源をオフにして持ち去ったとしても一定の時間はどこにいるか特定出来るはずだ。それが出来なかった」
「普段位置情報を見るか?」
「見ない。ここ数年見てない」
「柊斗が自分で位置情報をオフにしたのかもな。國近と浮気してた」
目の前の骨壺は何も言わず、ただ鈍く光っていた。

「南雲はなんで驚かないんだ」
「俺は竜也と仕事をしていて、柊斗の話をする様子に違和感があった。明智と『結婚』してから体調を崩したり疎遠になって、変だとは思ってた。柊斗からも高校時代に弟の話は何度も聞いたけど、『暴行された』関係性には思えなかった。すごく仲が良い、竜也がかわいい、いなくてさみしいって言ってた。暴行って話はどこから出てきたんだ」
「竜也が自分で言った。『高1の時から柊斗を無理やりヤッてる』」
「柊斗はなんて」
「何も。その後は竜也が心配だ、一緒に死のうとか殺してって竜也に頼んで、自殺の危険があるから入院した。かなり長く入院して退院して来てからはいつもぼんやりしてた。竜也の話はしなくなって、竜也とも言わなかった。『弟』って呼んで、何をされたかも覚えてないし、時々名前も思い出せないように見えた。両親の事もうろ覚えだった。俺の事や高校時代の事は覚えていてよく話してた。『余先生と話したい』って何度か言ったから、青羽学院に連絡して、記憶喪失になった話をしてから、まだ先生がいたから手紙を出して…体調が良くなってからは一緒にハイキングに行ったりしてた」
「竜也に聞いてみるか」
「何を」
「柊斗の死について何か知ってるか聞かなきゃなんねえだろ」
「イギリスまで行くのか」
「日本にいる。明日仕事で会う予定。明智、竜也をここに呼ぶ。柊斗がなんでこうなったか、わかんねえままでいいわけない」南雲が言った。