続 菊池竜也は弟です

母がため息をついた。
「竜也は本当に…」
竜也は結婚するために、仕事の合間を縫ってたった2日間だけ日本に帰国したらしい。
「大人だから好きにさせたらいい」父が言った。
「柊くんに連絡は来た?」
「来た」
「なんて」
「『イギリスで一緒に暮らそう』『ごめん』と返信したら次の日に結婚した」
「……」母が泣き出し、惨憺たる気持ちになる。
「ごめん」
「柊斗は何も悪くない」父が言った。

これで竜也から解放されたのだろうか。
竜也は来週末にはまた日本で仕事の予定があったはずだ。
今日会社で散々「結婚おめでとう」と言われた。自分への言葉ではなく、竜也への言葉だ。

玄関のベルが鳴り、母を父に任せて玄関に出る。
「明智…」
「外に変なやつがうろついていたから警察に通報した」
午後の10時前にこんな住宅街をうろついているのは、たぶん記者だ。
明智に親は竜也が自分たちの結婚の当てつけに結婚したと思ってると告げてから居間に入る。
「こんばんは。遅くにすいません」
「明智さん、今お夕飯…」
「柊斗くんのお母さん、食べて帰って来たので」嘘だ、明智は会食や外出のついで以外で外食はしない。
「お母さんは何が心配?」
「竜っちゃん」
「連絡してみる」
結婚は双子同士の歪んだ関係よりもマシな選択で、親にだまし討ちのようなやり方で会いに来る女ならしたたかだろう、幸せになれるかもしれなかった。

「竜也」
ビデオ通話をするが、画面の向こうは白っぽい天井が映っているだけで、女の喘ぎ声が聞こえた。
虚しい気持ちで聞く。
「竜也、そこにいる?」
「いる。今忙しい」
「竜也、俺そんなにだめなことしたか」
「してない」
女の人の悲鳴のような喘ぎ声。
「お母さんには連絡して。ソレが終わってからでいい」
「……」
「竜也」
「何」
「俺もずっと死にたかった。幸せと死にたいを同時に感じてた」
「今は明智と幸せだろ」
また女の人の声。
「今?死んでおけば良かったと思ってる」
「……」
「竜也とはもう会わない。もう全部あげただろ。何もあげるものは残ってない」
会わない?でもどうやって。鏡をみればそこにいるのだ。

説得するのも、我慢するのも、誰かの気持ちを推し量るのも急に嫌になった。
通話を切り、スマホはその場に置いた。

自分の部屋から出て階段を降り、玄関から出る。
歩いて、歩き続け、気がつくと夜明が近い空の色で、川沿いの知らない場所にいた。
帰りみちもわからず、横になる。
眠いからここで寝よう。


肩を揺すられ、目を覚ますと夜は明けていて、パトランプの点滅が目に入る。
「こんなところで寝たらだめですよ。起き上がれますか」
上半身を起こすが、激しいめまいがしてまた横になった。
「すいません、無理…」
警察官が救急車を要請する声が聞こえる。
「お兄さん、お名前言えますか」
「菊池竜也」


「柊斗」
目を開けると薄暗い部屋で、目の前に父がいた。
「お父さん」
「気分は」
「気持ち悪い。ここ病院?」
「そうだよ。検査をして明日退院出来る」
「家に帰りたい」
「明日帰ろう。迎えに来る」

調べた結果夏バテ、という事で翌日退院した。
迎えに来たのは明智だった。
「仕事は?」
「休んだ」
「嘘だろ」
「今日は一緒にいたい」ニコとした明智の左手薬指には指輪があった。
家に帰って風呂に入り、明智に抱きついてベッドで眠る。

翌日は申し訳なさそうな顔をしながら、道で倒れて2日休んだ事を会社で詫びた。
酔ってもいないのに倒れた、という事でかなり心配され、無理をしないように言われ、定時で明智のマンションに帰る。
私用のスマホは家に置きっぱなしで、親と明智には社用スマホを教えた。
体調はその週いっぱい定時で帰ってなんとか戻った。

明智との同居は急に始まった。
特にどうと言うことはなく、これまであまり見てこなかった明智の体調重視の日常の食事の仕方や、鼻歌を歌いながらワイパーをかけている様子、几帳面に洗濯ものをたたむ様子もすべて好きだと思った。
私用のスマホは切れたきり、充電はしていない。

明智は時間を作って夜に一緒にジムへ来てくれるようになった。
サッカー引退のきっかけのケガのせいで、足に極端に負担のかかることはできないが、スポーツを楽しむ事は問題なくできる。
ウェイトトレーニング後のパンプアップされた明智の身体に目をやり、逸らす。
トレッドミルで速めのスピードで走り込んで、ヘトヘトになり、それでも明智の体をみて、家に帰ってからのことを考えずにはいられなかった。
「明日休みなんだ」明智が土曜日休みなのは珍しい。
「どこかいく?」
「マンション観に行かないか」

誘われて行ったのは、会社まで乗り換えなくていい路線で少し郊外に出たところにあるマンションだった。
新築ではないが、大手デベロッパーのそれなりの規模の低層マンションで、間取りも広く天井が高い。
「親が相続税対策に今マンション買うなら金出すって言ってる」
「そうなんだ」
「ここ、どう思う」
ここに以前住んでいた人たちには子供がいたようだった。
何かの理由でまだ住人の気配の残るまま売りに出し、彼らは新しい生活に移ったのだろう。
「俺が買うわけじゃないから…、明智は気に入った?」
「ここを買うことを考えてる」
「いいんじゃないかな」

明智はその週末にマンションを買う契約をした。

男二人で部屋を借りるより、買ったほうが自由が効くと明智の親は考えたのかもしれなかった。
父と母には明智がここにマンションを買った、と連絡し父からはおめでとうと返信が来た。

「シュート」明智が優しくかけてくれる声で毎朝目が覚める。
「デン」
「デンって呼ぶことにしたのか」
頷いて布団にもぐる。暗闇で探って、口に含んだ。
「すげぇ気持ちいい。シュートのもするから、こっちにケツ向けて」
69でお互い気分が高ぶって、朝から最後までする。
入院して以来初めての行為で、うまくできるか心配だった。
「ゆっくり奥までして」

終わったあとに泣いた。
「どうした」明智が抱きしめてゆっくり背中を撫でてくれる。
「悲しい」
何もかも、悲しかった。

私用のスマホの電源を切ったきり一ヶ月が経った。
新居はクリーニングと最低限のリフォームが終わり、カーテンや照明や空調もついて明日の日曜日に引っ越しだ。
大して持っていくものは無く、仕事関係の資料や衣服や何かと、ベッドと家電。ペット可物件だから犬を連れて遊びに来てと父に連絡した。
実家の自分の部屋は片付けてがらんどうだ。竜也のベッドを捨てて、ダブルベッドを竜也の部屋に移動した。あいた部屋は母の趣味の部屋になりそうだった。

母は少し元気になって、夏バテで倒れた事を心配して何度か食事を持ってきてくれた。
竜也の話題は出ない。仕方ないことだ。
明智は今日は仕事でいない。明日も休めるかは微妙でたぶん自分1人で引っ越し業者に応対することになる。

仕事から帰ってきてふと、一ヶ月ぶりにスマホに電源を入れてみるともう充電が切れていてつかなかった。
充電し、引っ越しの準備をしていてそのまま忘れる。

寝る前に寝室にきて電源を入れぼんやりと見る。
高校時代のグループトークは坂本と國近が参戦したディズニーツアーの写真で溢れていた。
明智と親から行方不明の夜に連絡が山のように来ていて、胸が痛む。
中学のグループトークは竜也への祝の言葉で溢れていた。
これでいい。
竜也からは祝の言葉に一言ありがとうと返信がしてあった。
竜也から個人宛のメッセージが三件未読になっている。
『柊斗ごめん。俺が悪かった』
『体調は戻った?』
『声が聞きたい』

『元気になった。結婚おめでとう。ずっと応援してる』
竜也をブロックする。
これでいい。

きっと竜也から離れたくて先に生まれて来たのだ。サッカーをやめたのも、高校は他県に行ったのも、明智と恋に落ちた事でさえ、竜也から逃れるためだった気がした。

『こっちのスマホ再開した』明智に送る。
『了解』簡単な返信が来た。

翌朝の引っ越しの日、起きると部屋は段ボールが積み上げられて、ベッドには明智と自分の2人が寝ていて、不思議な光景だった。
「デン、夜に向こうの家で待ってる」
「柊斗にやらせてごめん」
「仕事頑張って」
キスすると何やら熱心にキスが帰ってきて、いちゃいちゃしているうちに明智は遅刻ギリギリになった。
慌てて出ていった明智をベランダから見送る。
最後の段ボールを閉じて、部屋を掃除し終わったところで引っ越し業者が来た。
託して部屋を出て新居へ向かう。
新居への運びこみはすぐに終わり、家具も配置された。
引っ越し業者が帰ってから、服や靴、本を片付け、食器や調理器具もしまった。段ボールをまとめて指定された場所へ置き、買い物へ行った。
あれこれ買って、マンションに戻った。
四階の部屋は、広い歩道をはさんだ目の前に大きなケヤキの街路樹があり、セミの声がかすかに窓越しに聞こえる。

明智の親がどんな人かよくわからないまま、甘えてここまで来てしまった。
会った事は一度あって、元々こちらで働いていたのが、明智が中学に入る頃に関西の方の会社に引き抜かれた人らしい。
聞いたことのある会社で社長をしていると聞いて、会う前は少し怖かった。國近の親も社長だが、息子とその交際相手に対してすごくシビアだ。
國近の兄…、腹違いの兄は親の納得する相手と結婚したらしかった。
自分の親も竜也を心配するあまり、いい義両親とはきっと言えない。

明智の両親はまだ中一の頃の君を覚えている、と言った。
「お父さんと2人で楽しそうに試合で弟さんを応援していて、いいなあと思ったのを覚えてますよ」
明智のお父さんから言われて恥ずかしくなり、しどろもどろでお礼を言う。
明智はかなり前から親に交際している事を話していて、大学の陸上の大会も観に来てくれていたようだった。
明智のリハビリ期間から大学卒業までを支えたお礼を言われ恐縮する。
この優しそうな2人はきっと、孫が見たかったはずだ。うちの親よりずっと年配で60代後半に見えた。

『無事に引っ越してきた』
明智にメッセージを送り、ジャージにTシャツを着てマンションの外に出た。犬を連れた住人とすれ違い、ペット可のマンションだった事を思い出す。
このマンションには近くに大きな公園があって、一周二キロのランニングコースがある。
夕暮れ時は犬の散歩が多い。流す程度の速さで走り、やはり外を走るのはいいと思う。

『柊斗は走るときに笑ってる』
南雲の言葉を思い出す。竜也も今ごろ笑っているだろうか。
5周走り、公園の中で立ち止まって呼吸を整える。

「柊斗!!」
振り返らず呼吸を整えながら歩く。
いるはずもない。

自分はきっと気が狂う境界線にいて、今、その線を踏み越えようとしているのだ。
腕を掴まれる。
狂気についに捕まってしまった。
「柊斗」
すぐ後ろから声がする。
「ごめん」
「誰?」
腕をつかまれたまま、振り返る事もできず途方にくれる。
「こっちみて」
無理やり手を引かれて向き直る。
「もう嫌だ」


手を振り切って走る。全力疾走して公園の丘を駆け上がり木立に逃げ込むが捕まった。
現役選手の足の速さにはとてもかなわない。
「柊斗、まって」息を切らした竜也にガッチリと後ろから強く抱きすくめられる。辺りはもう真っ暗で、林の中には誰もいない。
もう逃げられそうにも無かった。

「菊池さん搬送されるの二回目?前回の検査結果…」
「すいません」

なんとも無く、病院からすぐに家に帰されてタクシーで戻って来る。
明智が家にいた。
「柊斗、俺に連絡して」
「ごめん」
「竜也、どうやってうちがわかった」
「実家の電話のそばにお母さんが住所のメモを貼ってた。来てみたら部屋の明かりが消えていて、きっと柊斗は近くの公園で走ってると思ったんだ」
さすが双子の勘だ、と思う。泣いているのに気がついて、スペインから連絡してきた事もあった。
「柊斗は寝てろ。引っ越しはやっぱり一緒にしなきゃいけなかった。負担をかけてごめん」
「大した事無い」
「おいで」
寝室に連れて行かれる。
「デン、竜也と2人で話してもいいか」
「なぁ、竜也と何があったんだ。危険は?」
「危険はない。ただお互い依存していて、よくない関係だった」
「……竜也を呼んでくる」
「ありがとう」


「明智と結婚したんだな」
「同居。竜也は何で結婚した?」
「柊斗が結婚したから」
「相手に悪いだろ。どうすんの」
「今日の午前中に離婚届を出した」
「……相手は納得したか」
「なんとか。彼女、離婚は3回目なんだ。慰謝料を払う約束をした。俺が浮気したって事にして離婚する」竜也の相手は30代だったが、そんな過去があるのは世の中に出てはいなかった。
「竜也、極端な行動に走るな。一度立ち止まって考えて欲しい」
「……」
「お母さんが彼女を気に入らなかったのは、きっと竜也が彼女を愛してない事がわかってたんだ。焦らないでも、竜也にも一緒にすごして行きたい相手が見つかる」
「柊斗じゃない相手と?」
「俺たちはずっと双子だろ。今日、俺を見つけた。あんな暗い公園で、勘だけを頼りに見つけるなんて竜也にしかできない」
「ごめん。倒れると思わなかった」
「いいんだ。逃げて悪かった」
「柊斗が死んだら俺も死のうと思った」
「大げさ」竜也が本気なのはわかっていた。
「くっついていい?」
「いいよ」布団をめくると竜也は隣に潜り込んで抱きついてきた。目を閉じて、頭の匂いを嗅ぐと懐かしい匂いがした。
気がつくと竜也は腕の中で寝ていて、ベッドに残し居間へ行く。
「竜也は俺たちのベッドで寝た」
「なにしてんだ、あいつは…」
「泊めていい?」
「わかった。起こしてソファで寝かせよう」
「明日空港に送ってくる」
「今日気絶したんだから気をつけろ。本当に何でもなかったのか」
「うん。竜也は離婚した」
「離婚?」
「金で解決したらしい」
「大丈夫なのか」
「大丈夫じゃねえだろうな。一ヶ月で離婚か…」

明智が竜也を起こしてソファに追いやり、2人で新居で最初の夜を迎えた。
気絶したため、そういう事はしないという明智に手でしてやり、最後は体にかけてもらった。
「体調が回復したらやりまくる」
「もう平気だって」
手を出してくれない明智に焦れながらも、優しいところにぐっと来た。
「デン、一人でしてるのを見て」
「は?」部屋の明かりを暗くして、まだおさまっていないものを自分で手でこすり、指を挿れる。
「気持ちいい」ローションをつけ、指を2本に増やして目を閉じて集中する。
「デン、見て。ここ」
明智はナイトテーブルの引き出しを開けたが、ゴムは入っていなかった。引っ越し前に切らしてしまい、そのままだった。
「柊斗、俺最低だ。挿れていいか。我慢できない」
いつもよりやけに大きく、挿れられてすぐに中から押されるようにして射精する。
「もう出た…なんで?」自分でも意味がわからず、腹についた自分の出したものを触る。
「すげぇ締まってる」明智が動き始め、声が出て思わず腕を口にあてると引き剥がされた。
「柊斗の声が聞きたい」
「竜也が起きる」
「もう起きてる」明智がドアの方を見るとドアが開いて、竜也がいるのが見えた。
「竜也、ゲイでもないのに見て楽しいか。柊斗がどうすると気持ちがいいか知りたい?」
「お前より前から知ってる。高一の時に柊斗と無理やりヤッた」
今、決定的な事が起きているのを感じた。
「それからずっと柊斗とヤッてる。柊斗は責任感が強いから、俺を絶対に見捨てない。見捨てるくらいなら死ぬ」
もう死にたかった。竜也から逃れるには、県境や国境や結婚など無意味だ。
「デン…明智、俺出ていく」まだ体に明智のものが入りっぱなしで、明智は手をシーツに伸ばして竜也から見えないように2人の体を覆い、体から明智のものが引き抜かれた。
「駄目だ。ここにいて」
「行かなきゃ」
「柊斗、大丈夫。俺が何とかする」
なんとかなるわけがない。
「無理だ」
「無理じゃない。竜也、明日の朝、話そう。夜に話してもろくなことにならねえから。柊斗、今出ていったら危ない。顔色が悪い」
明智に抱きかかえられる。
竜也が部屋に入ってきてほおを触った。
「柊斗」
「竜也、一緒に死のう」
明智に頬にキスされる。
「大丈夫。明日の朝、話そうな」
「でも…」
手を伸ばしてベッド脇に立つ竜也の手を握った。
「竜也が心配なんだ」
「じゃあ竜也もここで寝ていい。それなら安心出来るだろ」明智はベッドの端に寄り竜也が入るスペースを空けた。
「竜也も入れ。朝話すぞ」
竜也は黙ってベッドに入った。
「寒い」体が極端に冷え、唇が震え始めた。明智が冷えた体を抱きかかえて全身で温めようとしても、震えが収まらない。
明智は枕元のスマホを取り、操作して、置いた。
「明日休みをとった」明智が働いているのはそんな簡単に休みをとれる職場ではない。
「寒い」
「風呂に入ろう。支度をしてくる」明智がベッドから出ていった。
竜也に抱きつくと、無言で力強く抱きしめられた。
「竜也、一緒に死のう。俺が先に死ぬからあとから来て」
「一緒にイギリスに行くのは」
「死んだほうがいい」

「柊斗、風呂に行こう」明智が腰にタオルを巻いて寝室に入って来た。
「竜也」
「俺も行く」
三人で風呂場へ行き、ドアは開けっ放しで洗面所で竜也は待っていて、明智が熱いシャワーで頭から洗ってくれ、その間に風呂の湯はたまって行った。
「気持ちいい?」体の泡を流してもらう。冷え切った体に熱いシャワーが心地よかった。
「すげぇいい」
「よかった。今日、飯食った?」
「……食ってない」
「柊斗、俺があまり外食しないのは仕事での付き合いのメシが多いからで、柊斗まで合わせる必要はない。今日みたいに家でメシ作れなかったり忙しいときは外食して。メシ食わないで朝から引っ越し一人でして、片付けも…、それで竜也と追いかけっこしたら体も冷えて、死にたくもなる」
「そのせい?」
「そのせい。食べて寝てから考えよう。きっともっといい考えが浮かぶ。竜也はとにかく落ち着け。勝手に何かしようとしないで、柊斗とどうしたいか話し合え。帰国はいつまで延ばせる?」
「……わかんねえけどたぶん2日くらい」
「確認しろ」
竜也はその場でスマホで誰かと話し始めたが英語だった。
「2日」通話を切ってから言った。
お湯はだんだんたまってきて、胸のあたりまで来た。
「体は温まってきたか」
「少し」
「メシ作ってくるから竜也と交代する。何かあったら呼んで。この、スイッチを押すとキッチンとつながってる」
「わかった」

「竜也も入る?」
「顔色が良くなった」
「俺を湯に沈めて」
「なんで」
「死にたい」
「柊斗に死んで欲しくない。ごめん」
竜也が泣き出して、かわいそうになり手で涙をぬぐってやった。
「怖くないよ。俺がいないほうが竜也は楽だ。風呂で溺れた事にして」
「明智は」
「明智がどうかしたか」
「明智が悲しむ」
「もう悲しんでる。俺が死んだほうが明智のためだ」
時間が明智を癒すだろう。
竜也は風呂の呼び出しボタンを押した。
急ぐ足音が聞こえ、ドアがあいて明智が入ってきた。
「どうした?」
「なんでもない」
「明智、柊斗がおかしい。たぶん医者に連れて行かないとヤバい」
「おいで柊斗」
明智に呼ばれて風呂から出る。体を拭かれ、水をもらい、作ってあった雑炊を食べた。
「美味しい」
「よかった。食べたら一緒に寝よう」
「竜也も?」
「そうだな。二人ともゆっくり休んで」

翌日に病院につれて行かれ、2日間入院した。

退院した時にまだ竜也は日本にいて、明智も迎えに来てくれた。
その後、別の病院でさらに2週間入院した。

何があって入院したのか思い出せず、退院して明智が連れて行ってくれたマンションに見覚えもなかった。
職場では一時的と言われたが異動になって、総務部になり毎日定時で帰ることが出来るようになった。
父がたびたび迎えに来てくれて、車でマンションまで帰り、母が食事の用意をしてくれていて、三人で過ごした。
明智が出張の時は両親は泊まって行く事もある。
近所のジムで走り込みをする。
近くに公園があるのだが、なぜか怖くて行きたくは無かった。
父と母が犬を連れて来てくれたときだけは、散歩で行く。
犬がいると安心だ。怖いものから守ってくれる。
南雲が遊びに来て、陸上競技トラックに連れて行ってくれた。
「陸上競技のサークルに入ってる。柊斗もどうだ」
「入る」2つ返事で入り、嬉しくて新しいジャージを買った。
國近の耳にも明智と住み始めた事と体調を崩したことが入ったらしく、國近からもなぜか明智とおそろいのジャージにお見舞いとお祝いが書かれたメッセージカードが同梱されて送られて来た。
明智とさっそくジャージを着て、國近に写真を送る。
「俺たち同じ部活みたいだな」

陸上競技サークルの見学に明智も誘い、いくつかの競技を試しているのをみた。
「國近がくれたジャージ似合う」
「俺初対面の時に國近にむちゃくちゃケンカ売ったんだ」
「國近は女の子が好きで、今はただの友達」
「友達でいてくれてよかった」

家に帰り、汗の匂いに興奮しながらバスルームで抱き合って、スッキリしてシャワーから出る。
「飯食いに行こう」
最寄り駅の駅前に個人経営の食堂があり、元は魚屋だったらしく刺身が美味い。
刺身が好きだと最近気がついた。
食事が終わり歩いて帰る。
「デンと食事に行くのが好きだ。メシ食いながら色んな話をして楽しい」
「俺も。柊斗と付き合ってから好きになったものはたくさんある」
「フェラ?」
明智は面食らってから、笑った。
「家でゆっくりその話しよう」
「いいよ」
ソファに座り、舐めてもらう。
明智の賢そうな頭が上下するのを眺めた。
「デン我慢出来ない」
出かける前に二人でシャワーで一度抜いたのに、すぐに出そうだった。
「ベッドでしたい」明智に頼むと口を離して、こちらを見た。
「柊斗から言うの珍しい」確かにここ最近はずっとバニラで、最後までしてはいなかった。
準備をして、ベッドに横になる。
「久しぶりだからしっかり慣らそう」
「いつが最後か思い出せない」
「半年くらいだな。だから実質処女。俺が処女もらってもいい?」
「欲しい?」
「当たり前。ファーストキスは俺がもらった」
「そうだっけ」
「忘れたのか」
「デンとたくさんキスしたから忘れた」
明智は嬉しそうに笑って、顔のあちこちに10回くらいキスした。
半年ぶりでもちゃんと気持ちよく、のけぞって喘ぎ、中でイッた。
明智が動きながら気持ちよさそうにしているのを見て嬉しくなり、少し笑った。
「何笑ってんの」
「幸せだから」
「俺も」
明智が抱きついて来た。