「おはよー」
キッチンでコーヒーを飲んでいた明智に声をかける。
「まだいたんだ」コーヒーのマグカップを受け取り一口すする。
「おはよう。30分後に出る。キスして、柊斗」
「昨日1年分したからもうしない」
「あれが1年分?少ない」
「明智にキスされ過ぎて、俺の唇無くなる」
「なあ、しばらく会えない。ちゃんとキスして」
「しばらくってたかが3日…ンッ…」
たった3日の出張だった。
明智とは12歳の時に付き合っていて、高校1年で再会し、結局付き合う事になったのは22歳になってからだ。
サッカーでプロを目指していた明智は大学1年で怪我をして、手術をし、大学サッカーで活躍したが大学以後にプロになる事は諦めた。
卒業後はお互い東京に就職し、会う機会が増えた。
会うのは明智の家が多い。週に一度は泊まるが、親にはヤキモチをやくから竜也には言わないように口止めしてある。
実家は単身赴任していた父が帰ってきて、大型犬も二匹飼いにぎやかだ。
寝室まで引っ張って行かれ、ハーフパンツと下着を下ろされる。
「まだ入る?」
ナイトテーブルに置いてあるローションを手にとって、ゴムをつけた指で確認する。気持ちよくてそのまま奥まで指を挿れて、自分で自分のいいところを押した。
「柊斗」
一人遊びは明智に邪魔をされ、うつ伏せにされて後ろから挿れられる。
激しくされて、枕に向かって叫ぶ。あまり大声は出せない。ましてや今は朝だ。
「行かなきゃ。柊斗、俺が出張から帰って来るまで禁欲して」
「うん」
「約束」
「わかった。早く出張行け。飛行機の時間あるだろ」
明智は洗面所へ行き、水道を出す音がして、手早く身だしなみを整えて寝室に戻って来た。
「じゃあ、竜也によろしく」
明智はボストンバッグを持って家から出ていった。
土曜日の朝七時。
飲みかけのコーヒーを探しにキッチンへ行こうと思うが断念して先にシャワーを浴びた。
スッキリしたところで、キッチンでぬるくなったコーヒー片手に竜也からの連絡に返信をする。
『夕方から会える。ホテルに来て』
『家に帰って来ないのか』
『明日朝早いんだ。柊斗の部屋取ってある。3時チェックイン』
ホテル名を聞くと、それなりにいいところだった。日本代表も全員そこに泊まっているのだろうか。
竜也は今は髪を伸ばしていて、自分は逆に就職で短く切った。
陸上を競技としてやるのは辞めたが、まだ走ってはいる。
ジムに寄ってから実家に帰った。
何を着ようか、と思いしばし悩む。
竜也っぽくない服装の方がいい。以前何も考えないで竜也が着そうな、カーゴパンツにTシャツで行ったら見事に被った。
小さな頃からおそろいの服を着るタイプの双子ではなく、気恥ずかしい。
何の打ち合わせもしていないのに、同じモノを買い、同じタイミングで着てしまうのは双子だからだろう。
バティックのセットアップなら絶対に被らないだろうと思い、着る。
髪をきっちりセットして、サングラスをかけ、夏の始まりを感じる熱い風の吹く街に出た。
身長は173で止まり、176の竜也とは永遠に差が出来た。体格も全体的に竜也のほうがボリュームがあり、とくに下半身ががっちりしている。
四時過ぎにホテルに着いて、チェックインする。
竜也はまだ仕事中だろう。
コーヒーが飲みたくなって、下まで降りてホテルの一階にあった気軽なカフェでアイスコーヒーを頼む。
一昨日の代表戦は順当に勝ち、代表は昨日帰国した。
プロリーグの試合が今の時期無いこともあり、テレビに出ているのを見た。
竜也は機嫌よく座っていて、斜め後ろに國近が座っている。
二人が初めて会ったのは実家の自分たちの部屋だと思うと何かおかしな気もするが、オリンピックの時から竜也と國近は頭角を現して、いまは二人とも海外のチームで頑張っている。
あの竜也の大騒ぎが夢のようで、もう10年近く前のことだ。
『着いた?』
『下のカフェ』
「柊斗!」後ろから呼ばれて振り向くと、笑顔の竜也がいた。
店内の客がチラリとこちらを見た。
会計をしてカフェから出る。
他にもサッカー選手がロビーにはいて、ぞろぞろとエレベーターへ向かっていく。
「柊斗久しぶり」國近もいた。
「試合見た。さすが守護神」
國近はプロになってからのトレードマークのニカッとした笑顔はなく、何か言いたそうだった。
竜也が肩を組んできて、別のエレベーターに乗る。
「じゃあな、國近」
國近は無言だった。
「どうした、アイツ。ケガでもしてんの」
「テレビ局に元カノでもいたんじゃねえの。柊斗の部屋行こうぜ」
竜也が取ってくれた部屋は、大きなバスタブのある高層階のダブルの部屋だった。
部屋の鍵を開け、入る。
「試合で決めた後、シュートって言ってたのわかった?」
一昨日の試合で竜也は得点を決め、シュートと叫んでいたように見えた。
「俺がスタジアムにいない時も呼ぶんだって思った」
「気分いいゴールを決めたときはいつでも」
竜也が抱きついてきた。
16歳のあの日以来、関係性はただの双子から歪んだ形へと発展し、会うたびにこうなってしまう。
バスタブに湯を入れるのを待ちながら、二人でシャワーを浴びる。
竜也には話したい事がたくさんあって、会うたびにそれを聞くのが幸せだった。
しゃべり続けている竜也を洗ってやり、シャワーで顔の泡を流すときのくすぐったそうな顔にキスした。
高層階からの景色を見ながら風呂に入り、お互いの体を触る。
胸が感じる事がバレてからは、赤ちゃんのように胸に吸い付いてくる。
「生でいい?」
「いいよ」
律儀に毎回聞くが、竜也とやる時はいつも生でヤッていた。竜也は前戯が好きで、指を挿れたり舐めたり毎回グズグズになるまでほぐす。
「すげぇほぐれてる。ひとりでヤッてただろ。ディルド?」
「うん」
「動画送って」
「何でもするから、早く挿れろって…」
「挿れたら止まれない」
「止まらなくていい」
ベッドで散々ヤッて、シャワーで綺麗にして、またベッドに戻る。
胸元に張り付いて乳首を吸っている竜也を見ると、おかしな気持ちにもなり、可愛くもあった。
「感じない?」
「気持ちいい。また勃ってきた」
シーツをめくって証拠を見せる。
「他の奴らは女の子と遊ぶらしい」
「行かなくて良かったのか」
「今日は双子の絆を深めるから、また今度って言った。柊斗との絆をできるだけ『深く』したい」
「すげえ深くて最高だった」
あの日竜也が言った『幸せと死にたいを同時に感じてる』というのはこの関係性をぴったりと表す言葉だ。
「明日は何時出?」
「8時」
「いつまで日本にいる?」
「金曜日。明日は実家に帰る」
「じゃあ会えるな」
竜也は胸を舐めるのに戻った。
「俺が30代まで欧州にいるとしたら、柊斗はどうする」
「あと10年?」
「うん。離れていたくない」
「そうしたいけど兄弟だからビザが降りないだろ。10年後に日本に帰ってきたら二人で暮らそう。それまでできるだけ会いに行く」現実的な話だった。
「もし…、向こうに残ったら?」
「そうしたい?」
「わからない」竜也は15歳で留学したスペインから、ずっと海外生活で一度も日本を拠点にはしていなかった。
「昔はただ意味もなく柊斗がすげえ好きだった。他の奴といるとムカついたり、離れていると思うと不安になったりした。でも今は違う。一緒にいたいって前向きに考えられるようになった」
胸元にペタリとくっついている日本代表の頭をなでる。本音は、竜也がどこかのかわいい女の子に恋して、何もかも忘れて幸せになってくれたらいい。
でももうかなり長い事この関係は続いていて、きっとなるようにしかならない。
死ぬつもりもないのに死にたいと空虚に思った。自分が死ねば、ふたりともこの悩みから解放されるだろう。
翌朝、竜也は6時に起きて自分の部屋に戻った。
部屋は10時まで使えるらしく、遅寝してから起きて、ぼんやりと高層階からの景色を見る。
『夜に家で会おう』竜也からだ。
『オッケー。お母さんに言っておく』
荷物をまとめ、ロビーへ向かう。
チェックアウトをして振り返ると國近がいた。
「お、國近じゃん」
「柊斗久しぶり」
片腕でハグされる。
「昔よりすげえ筋肉。ゴリラかよ。竜也と一緒に行ったのかと思ってた」
「セカンドゴールキーパーは人気無いから、今日は何も無い。チェックアウトしてコーヒー飲んでた」
代表の1番はベテランのゴールキーパーが着けていた。
もうそれなりの年齢で、去年から海外のチームに所属している國近とは違いずっと国内でやってきた選手だ。竜也が通っていた明邦のOBで坊主頭がトレードマーク、人気は抜群にある。
昨日の試合での國近の活躍ぶりを見るに、世代交代する日も近いだろう。
「俺も夜まで予定無い。車で来てるから一緒に買い物でも行く?」
エレベーターでホテルの地下の駐車場まで向かった。
「どこ行く?新宿?表参道…」
「柊斗はいつもどこ行ってんの」
「新宿」
二人で新宿で買い物し、サングラスをかけていても5回は「菊池選手!」と言われて双子なのを思い出す。
「竜也の気分が味わえた。街歩くだけで大変だな。ほら袋貸せよ」
3つ目の紙袋を代わりに持って車へ向かう。
『國近といる?』
竜也からだ。
『國近と買い物してる。竜也の仕事が終わったなら迎えに行こうか』
『まだ終わる時間がわからない。タクシー手配してくれるらしい』
國近を家まで送る。マンションのそばに停めた。
「到着。懐かしいな。ご両親によろしく」
「柊斗」思い切ったように國近が呼んだ。
「なんだよ。何か忘れ物?」
「あの話覚えてるか、高校卒業するまでは選抜キャンプ…」
「覚えてるよ。それがどうかした」
「柊斗とのことにちゃんとけじめつけないで、毎日忙しくて…気がついたら距離が出来てた」
「みんなそう。俺も大学で忙しかった」
「俺は選抜メンバーに残れたか」
「國近、俺たち高校3年間付き合ってただろ。選抜なんて言葉でごまかしてただけ。國近のおかげですごくいい高校時代を過ごせた。感謝してる」
「しばらく日本にいるんだ。また会える?」
「会えるよ。俺実家暮らしだから連絡して。竜也もいる。じゃあな」
國近は紙袋にスーツケースも持ってマンションへ入って行った。
『國近を家に送った。これから帰る』
竜也からの返信はない。
実家のガレージに車を入れ、バッグと紙袋を持って家に入る。
「ただいまー」
犬が1番にすっ飛んできて、次に父親が出てきた。
「柊くん、おかえり」
「お父さん、竜也も今夜実家に帰るって」
「お母さんから聞いたよ」
両親は仲良く犬の散歩に出ていき、一人残って洗濯をして風呂に入った。
風呂から出て、試合の録画を見る。
気がつくと大型犬2頭に挟まれて寝ていて、母親がその様子を撮るシャッター音で目が覚める。
「かわいいわー」
「俺もう24歳」
「いやーね柊斗、犬よ、犬。竜也に送ろう」
わけのわからない写真を送りつけたがるのは、親という生き物の習性だろう。
『明日帰る』
『竜也が日本にいる間は明智のマンションにいけない』
『いつまで?』
『よく知らない。明智も来る?竜也に会いたいだろ』
自分の部屋に戻り、布団をかぶって気絶するように寝る。
顔を舐められ抱きつくとフサフサとしていて、目を開けると目の前に犬がいた。
「おはよ」
犬もベッドにいて、下の階からは母親のスリッパの音が聞こえる。
起き上がり、時計をみると朝の6時だった。
隣の竜也の部屋を覗くとベッドがこんもり膨らんでいて寝ているようだったので、そのままにして階下へ行く。
犬もあとからついてきた。
「おはよう」
「柊くん、おはよう。昨日竜っちゃん帰って来たわよ。柊くんが寝てるって聞いて怒ってた」
「起きていようと思ったけど寝てた」
「合わせる必要無いの、柊斗は柊斗。好きにしなさい。あーあ、怒ってるな、って思っておけばいいの」
母はいつもそう言う。
「昨日、國近と買い物に行ったんだ。何度も竜也と間違えられた」
「竜っちゃんになりすまして変な顔で写真撮った?」
「國近が『僕は選手ですけど、この人は人違いです』って言ってくれた」
「國近くんは昔からハンサムでいい子よね」
「ハンサム関係ある?」
「あるわよ」
朝食を食べて、犬の散歩に行き戻ると竜也も起きて朝ごはんを食べていた。
「おはよう」
「昨日、帰ってきて柊斗の部屋に行って起こそうとしたら犬に上着を引っ張られた」
「偉いな」犬の頭を撫でて褒める。
「仕方ないから自分の部屋で寝たんだ」
「もう大人なんだから当たり前でしょう。昨日もホテルまで呼び出して何言ってるの。柊くんだって他の予定があるかもしれない。竜っちゃんはいい加減遠慮しなさい」
「だって日本に帰ってきたら会いたい」
「だってじゃない!何歳ですか」
いい年して竜也が母に怒られているのは気の毒ではあるが、反省するような性格ではないので、心配はいらない。
食べ終わった竜也と庭に出て犬と遊んだ。ボールを取ろうと追いかけ回しているが、竜也のほうが1枚上手で二匹はなかなか苦心していた。
「昨日國近といただろ。二人が盗撮されて、俺に國近さんと仲いいんですねってコメントが来た」
「買い物に行っただけ」
「知ってる」
「竜也に渡すものがある」
昨日の紙袋を渡し、竜也は指輪を出して右手の薬指に嵌めた。
「サイズは?」
「ちょうどいい。デザインもいい」
「良かった。たまに着けて。似合う」
「柊斗」
抱きしめられて、苦しくなる。
「ありがとう。うれしい」
「竜也が嬉しいと俺も嬉しい」
そして死にたい、と思った。
「柊斗、取材受けてもらえる?」
「なんの取材?俺サラリーマンだから、勝手に取材受けたりはできない。会社に聞かないと」
「サッカー雑誌のインタビュー。家族からも聞きたいらしいけど、お母さんはだめだ」
「お母さんだって人前で竜也のこと変なふうには言わない」
「柊斗なら絶対に変なこと言わないだろ」
「受けてもいいよ。会社もその内容なら文句言わないと思う。取材はいつ?」
「来週。俺と一緒」
「有給とれたら取る。あんまり期待すんな。無理ならお母さんと行け」
上司にメールで取材の件を連絡をする。
竜也は昔からの行きつけの美容院に行き、自分は家に残り仕事関係の勉強をする。勉強机は現役で、子供っぽいデザインの机のまま椅子は買い替え、本棚の中身も図鑑や児童書から仕事関係のものに入れ替わった。
夕方になり、個室のドアがノックもなく開いた。
「柊斗、ただいま」
「おかえり。髪、バッサリ行ったな。似合うよ」
「下にいる」
「終わったら行く」
竜也が連れて帰って来たのだろう、階下からはにぎやかな声が聞こえて来ていた。一区切りつけて下へ行くと、中学時代のサッカー部の友人たちが来ていてソファはもう満杯で、床に腰を下ろす。明智も出張中でなければ来ただろう。
「竜也は相変わらず、ゴール決めたら指三本出して『柊斗!』って言ってたな。柊斗も観に行ってた?」
「日本でテレビで観てた」
「柊斗は優しいよ。俺なら弟の試合は観ない」
「竜也の試合だからって言うより、単にサッカー観るのが好きなんだ。高校の時は青羽学院を応援してた」
「このあいだのキーパーは青羽の…」
「國近」
「仲いいの」
「仲いいよ。昨日も國近と買い物してたら『國近さん、菊池さん、試合見ました』ってすげえ言われた」
竜也もソファから床に座り、抱きついてきた。
「なんだよ」
「竜也のヤキモチ出たな」
小学校から一緒のメンバーが多く保育園から一緒のものもいる。竜也がヤキモチをやいて騒いだのは一度二度ではない。
「柊斗は嫌じゃねえの」
「嫌じゃないけど、重い。竜也何キロ?」
「柊斗が結婚したら、竜也もおまけで付いてくる」
いい年をした男が双子の兄にくっついていても、幼なじみたちからしてみたらいつもの光景でしかない。
「竜也と柊斗が相変わらず仲良くてよかった」友人の1人が言い、竜也は少し機嫌を直したようだった。
「指輪、左の薬指にすることにしたのか」
その日の夜、竜也は犬を出し抜いて一緒に寝ることに成功した。
「そう。柊斗はベッドをダブルに買い替えたんだ?すげえ快適」
「自分の家ではどんなベッドで寝てる?」
「クイーンサイズ」
「竜也、向こうで付き合ってる人いる?」
「……聞いてどうする?」
「俺にもヤキモチ妬かせて」
「いない」嘘だ。かわいい彼女がいるらしい事は知っていた。不自然なくらい、親や友達が竜也の彼女の事を言わないのは毎度のことで、口止めしているからだろう。
「柊斗にも何か渡したい。欲しいものはある?」
キスしながら考えたが、欲しいものは何もなかった。
そのままうとうととして、あちこち触られ、気がつくと後ろから挿れたそうにこすりつけられていた。
「静かにできるか」
「無理」
「手で抜いてやるから離して」
「ラブホ行こう」
「竜也、双子でラブホは無理」
「どうしてもしたい」
「女の子呼び出してホテル行って来い。俺は気にしない」
「柊斗がいるのに女とやるわけねえだろ」
「無理だから」
「普通のホテル行こう」
「この時間から?」
「じゃあ車」
「カーセックスは都会じゃ無理……。竜也、何も文句言わないって約束できるか」
「出来る」
「文句言ったら…」
「殺していい」
「言ったな?約束」
「ここ、誰の家」
「明智」
「柊斗が鍵持ってんのか」
「まあな。ここ2年くらい仲いいんだよ」
「……いないのはなんで」
「明日まで出張。来い。こっちが寝室」
竜也はあかりをつけていない寝室へ入って来た。
ナイトテーブルからローションを出す。
「萎えた?帰る?」
「明智は俺に一度も柊斗の事は言わなかった」
「明智は竜也の性格を良く知ってる」
「なんでバラした?黙って付き合う選択肢があっただろ」
「親や世の中にバレるよりマシ。お前さあ、まだ親が起きてるのに部屋でやっちまうつもりだっただろ。萎えたなら帰ろうぜ」
「柊斗は明智と付き合ってるんだ」
「うん」
「なんで?」
「明智は俺と一緒にいる道を選んでくれたから」
「……たまたま明智が大学でケガで引退したからじゃねえの。あのままプロになってたら、一緒にはいられなかった」
「そうかもな。…竜也も彼女いるだろ。隠さなくていい。お父さんから聞いた。このあいだ、お父さんとお母さんが竜也の家に行った時に、女の子が…」
「紹介するつもりはなかった。きちんと交際してるわけでも、好きって言ったわけでもない。親が来るから会えないって言ったのに来たんだ」
「離れているあいだ、禁欲するのは非現実的だと思う」
「柊斗が一緒に来てくれたら全部解決する。明智と別れて、仕事辞めてイギリスに来て」
「無茶言うな。でも一緒にいられるように、前向きに考えたいって俺も思ってる」
ガチャ、と音がした。
慌ててローションを引き出しに戻し、竜也と居間に戻ったところで、明智が部屋に入ってきた。
「柊斗、来てたのか」
「おかえり。明智の家を借りて竜也とケンカしてた」
「玄関に知らない靴があるから、なにかと思った」
「驚かせてごめん。竜也久しぶり」
「出張早く帰れたんだな」
「國近徹人と浮気してると思ったんだろ」竜也が尖った声で言った。國近との買い物の写真は盗撮されてネットに出回った。どうでもいい写真だが、盗撮したのが一般の人だけではなかったようで、國近と菊池が買い物という、どうでもいいようなネットの記事になった。
「……」
「明智、竜也に話した」
「だから泣いてる?」
「まあな。竜也、明智に八つ当たりすんな。俺に当たれ」
「竜也、黙っていてごめん。2年前から柊斗と本気で付き合ってる」
「聞いた」
「認めてくれるか」
竜也は目をそらし何も言わなかった。
「俺がケガをした時に、柊斗は自分も陸上やりながらずっと支えてくれたんだ。俺も柊斗の陸上を応援して、自分も気の済むまでサッカーをした。大学を卒業してから改めて付き合って欲しいって頼んだら、受け入れてくれた。本気で愛してる。柊斗無しでの人生は考えられない」
「明智、俺たち明日仕事があるから今日はもう帰る。勝手に家に入ってごめん。ゆっくり休んで」
「いつでも来ていい。柊斗、明日の夜会えるか」
「ちょっと考えさせて。また連絡する。ほら、竜也行こう」
竜也は明智を見ることなく部屋から出て行った。
車の助手席に乗っても黙りこくったままで、10時過ぎに家に着く。
家に入ると犬が玄関まで迎えに来て、親は寝て家は静まり返っていた。
竜也に手を引かれ、自分の部屋に入る。
下着だけを残して脱がされ、竜也も下着だけになって抱きついてきた。
「柊斗を愛してるって言ってた」
「明智はよく言う」
「柊斗も明智に言う?」
「言うよ」
「明日会いに行く?」
「行かない。竜也がいるあいだはずっと一緒にいたい。なあ竜也の彼女はどんな人」
「渡辺未悠」
「イギリスで付き合ってんの?芸能人じゃん」それなりに有名な若手俳優だった。
「今イギリスに留学中」
「だからお父さんが竜也のガールフレンドはすごくかわいいって言ってたんだ」
「お父さんは誰なのか知らなくて、お母さんは芸能人ってわかって知らないフリをしてた。何となくお母さんは気に入らねえ感じだった。態度や言葉にはしないけど感じた」
「そうか。お母さん誰でも気に入るのに珍しい」
「柊斗、さっき明智は柊斗無しじゃ生きられねえって言ってた」
「お前の彼女だって結婚とか一緒に住みたいって言うだろ。親に会おうとするってそういう事だ」
「……」
すっかり気落ちしている。金曜日には帰るのに、これでは困る。
「竜也、舐めていい?」
やる気のないモノを下着から出して口に含む。しばらく舐めていると、竜也はその気になって来た。
「明智にもフェラすんの」まだご機嫌斜めだ。
「する」
「テツンドは」
「高校の時はしてた。竜也の彼女はしてくれる?綺麗過ぎて緊張しそう」
「……」
竜也は口から引き抜き、体勢を変えて、対面座位で挿入した。
「竜也、静かに動いて」
ゆっくり1番奥まで挿し、激しく動けない分深くした。
「渡辺未悠にもこの体位でする?」
「明智とは」
「明智もこれ、好き。ハァッ…俺も」抱き合ってキスしながらゆっくり動く。
「このペースじゃイけないだろ。抜いて。手でするから」
「静かにやる」
対面座位から押し倒されて、静かに抜き挿しが始まり、次第にキイキイベッドが軋み、終わった。
終わったあとに竜也は抱きついたままじっとしていた。
翌朝、ベッドで熟睡する竜也を置いて仕事に行く。二人でしたことの痕跡は消した。会社に着くと部長から弟の取材を受けても大丈夫、顔も出していいと言われ取材のある水曜日に休みも取れた。竜也に取材を受けるのは大丈夫だった、と送る。
明智からは昨日大丈夫だったか、と心配のメッセージが来ていた。
昼に週末に会おうと返信すると、愛してると返信があり愛してると返す。竜也は金曜日にイギリスに戻る予定だった。
8時過ぎに仕事を終えた。
『仕事終わった』
『俺もそろそろ』お互いいる場所が近く、迎えに行く。
言われたビルまで行き外で待つ。
竜也がビルから出てきたのが遠目でもわかった。隣にも同じくらい体格のいい男がいる。
「柊斗ー、たまには連絡よこせ」
南雲だった。夕闇の中、間近に顔をみると相変わらず人を食ったような、どこかふてぶてしい顔をしていて思わず笑う。
「南雲だ。スーツなんか着てどうしたの」
「そっちこそ。竜也さんとお仕事させてもらってる」
「そうか、〇〇〇に就職したんだっけ。久しぶり。竜也が世話になってる」
「いえいえ、こちらこそ」
南雲は元日本トップクラスの短距離ランナーだっただけあり、立っているだけで他の人間とは違う体のバランスの良さがあった。
「お二人並ぶとそっくりッスね。柊斗の方が少し…ミマちゃんに似てる」
「お前まだそれ言うのかよ。高校の時に、俺たちに似てるAV女優見つけたのが南雲」
「ああ、アレ?懐かしい。おかげさまで何回か抜いた」
「竜也のそれ、ほんとに意味がわかんねえから。ほら行くぞ」
3人で駅まで行き、そのうちまたと南雲に約束して家に帰る。
混み合った電車で、周りからの目線を感じた。
竜也は気にもならない様子で、スマホをみている。
地元の駅に着き、繁華街を抜ける時に何人かに声をかけられた。
ここは地元だから、知り合いから声をかけられる事はあるが、知らない人から応援してますと言われるのは珍しい。このあいだの試合の効果だろう。
「柊斗の陸上の試合見に行けばよかった」
「んー?俺はそんな大したことなかった。メダルは取れなかった」
「南雲さんが修斗は最高だった、走るのが好きで走りながら笑ってたって」
「変な癖があるってさんざん言われたんだ」
「俺が延長後半でも嬉しそうにプレーしてるのを見て、修斗を思い出したって言ってた」
「ハハハ、修斗も確かにみんな疲れ切ってるのに1人だけ嬉しそうなときある。そういうところはやっぱり双子なんだな」
「俺の話をほとんど聞いたことがなかったとも言ってた」
「青羽は地元じゃないからみんな竜也を知らないし、南雲の兄弟がいるかも俺はよく知らない」
確か棒高跳びをやっている美人の妹がいて、一度大会で紹介されたはずだ。
「……」
「竜也の話はしたくなかった。寂しくなるだろ。今回だって来週には帰る」
「一緒に来てほしい」
「無理だ」
「双子の…」
「兄です。竜也と別にインタビュー受けるんですね」
「はい。率直なお話を聞かせてもらえたらなぁと思ってます」
会議室のような部屋にインタビューに来たのは、メガネ姿のやけにしゃれた中年男性と服装と髪は派手だが顔つきは地味な女性の二人組だった。
当たり障りない世間話をしたあとに、男性は本題に入った。
「幼いころの弟さんのことで、心に残っているエピソードはありますか」
「家でも保育園でも、いつも2人で遊んでました。竜也は外で遊ぶのが好きで、必ず僕も誘いました。僕がいないと保育園中見つかるまでさがしてました」
「仲良しですね」
「今もすごく優しい弟です。言い合いはあるけど、手は出された事は無いですね」
「なんて呼びあってますか」
「昔は竜っちゃんと柊くんでした。いまは普通に竜也と柊斗って呼びあってます」
「その頃のお写真を持ってきていただいた…」
「はい。これです」
「かわいいなあ。おそろいの帽子だ。コピーを撮ってすぐお返しします」
派手な髪の女性が写真を持って部屋を出て行った。
「菊池選手は幼稚園からサッカーを始めたんですよね」
「ハイ。最初は一緒にやっていて…、でも僕は小学校低学年でやめました」
「竜也さんはサッカーで、ここは他の子と違うなってところはありましたか」
「小さい頃から当たり前の事が当たり前に上手いっていうか、周りをよく見て、空いたスペースを上手く使ってみんなに声をかけながらプレーしてた。足も速かったし、ボール捌きもうまかった。体幹が強くて、普通なら転ぶようなところでも転ばない。体が大きいわけじゃないのに、当たり負けもしなかったです。上手いなと思って見てました」
「菊池選手はお兄さんが大好きで、ゴールを決めると毎回お兄さんにアピールしてたら、見に来てくれなくなったとか」
「ハハハ、竜也がこっちを見て騒ぐのが嫌だったわけじゃないです。僕も毎週試合見に行くわけにもいかなかったので。でも、僕がいないほうが集中出来たんじゃないかな」
「柊斗というお名前はサッカーが由来だと聞きました」
「そうです。父がサッカーが好きで僕は『シュート』でした。僕だけサッカーを辞めた時に、これからはたっちゃんを一緒に応援しようかって父が言ってくれてうれしかったです」
「お兄さんは陸上競技でインカレで入賞してらっしゃいますね」
「はい」
「その頃弟さんはプロとしてヨーロッパにいましたが、お互い励まし合ったりされてましたか」
「竜也は頻繁に連絡をくれるタイプで、色々話はしました。励まさなくても、勝手にどんどん先へ進んで行くから、見ていてワクワクしました。プロになって、オリンピックにも」
「オリンピックは現地観戦されたんですよね」
「家族で見に行きました。観に行ってよかったです。竜也が予選で最後フリーキック蹴った時に、そのままゴールになって、同点になって…」
「劇的でしたね。あれで予選突破が決まった」
「今までの竜也のシュートであれが一番好きです」
「菊池選手が選んだ自分のベストゴールもそれでした」
「やっぱり」
「ゴールキーパーの國近選手とも、青羽学院の同級生でお友達ですか?」
「あ、そうです。同じ高校でした」
「國近選手にも今回取材させていただいてします。高校入学した時に國近選手が菊池選手だと思って、柊斗さんに話しかけたのがきっかけで仲良くなったとお聞きしました」
「そうです。國近は僕たちが双子だって知らなかったから、竜也だと思い込んですごく喜んでました」
「最近も遊びに行かれたとか」
「先週末一緒に買い物に行きました。すごく目立つので、みんなから声をかけられて、國近はこんなに期待されてるんだと思ってうれしかったです」
「國近選手のここがいいってところはありますか」
「性格ですね。優しくて、誰に対してもオープンで性格がいいので同級生も國近が好きです」
「國近さんとお話させていただいてると、すてきな人だなと僕も思いました。國近さんとのお写真もあったりしますか」
「あー、たぶんあります。高校時代の…」カメラロールを見て、球技大会での1枚を見つけた。
「球技大会の写真です。未経験の競技で参加するルールで、僕と國近のクラスがテニスで対戦して…同じクラスの坂本っていう秀才がスポーツ推薦の奴らと戦うなら、集中力を削ぐために口紅をつけてスコートを履こうって言い出したんです。このスコート履いてるのが僕です。これが坂本で清田…こっちが國近と南雲と真藤ですね。これは表には出せないな」
「短距離の南雲選手…?」
「そうです」
國近はスコート姿の清田を抱き上げて、撮っている人に向かって笑っていた。
清田は大人になっても155センチほどで小柄だ。このときはまだ少女のようだった。
南雲は坂本のスコートをめくって中身を見ようとしている。
「僕は國近と対戦して勝ちました。坂本の作戦勝ち」
「柊斗、何話した?」部屋に入って来た竜也がニヤッとして言った。
「オリンピック」
竜也が隣に腰を下ろした。竜也と一緒にカメラマンとヘアメイクの女性が入ってきて、髪を直してくれる。
「予選の話?」
「うん」
「俺もその話した」
「お二人って顔はそっくりですけど、体格や雰囲気違いますよね」
「よく言われます」
「お互いにライバル意識はありますか」
「無いですね」
「ゼロです。柊斗はいつも僕に対して肯定的で、柊斗がいれば大丈夫だと僕には思えるので、絶対に必要な存在です」
「柊斗さんにとってもそうですか」
「僕は竜也がサッカーをしているのを見るのが好きなんです。だから怪我をしないで欲しい」
「わかった。気をつける」
その後は1人でいるところと、竜也と2人でいる写真を撮られ取材は終わった。
「ありがとうございました。國近選手の取材もそろそろ…」
ガラス張りの会議室で國近が何やら笑っているのが見え、こちらに気が付き手を振った。
「髪、柊斗もやってもらったんだ」國近は会議室から出てきて機嫌よく言った。
「俺も一応写真撮ったから。國近の話もした」
「冬の国立?オリンピックか。応援に来てくれたよな」
「違う。セクシーテニス大会。写真も見せた」
「なんだよ、セクシーテニス大会って」竜也が言った。
「青羽の時に俺が女装して球技大会でテニスして、國近に勝った」
「柊斗、ほかにいい話いっぱいあるだろ。オリンピックだって…」
「オリンピックの話は竜也で使った」
「悪いな國近」
國近はムッとした顔になった。
「テニス大会の写真見ますか。僕は使ってもらっても構わない」
「見たいです」出版社の人が言った。
「使っていいかは俺が決める」竜也が言った。
「なんで?柊斗だろ」
國近のスマホで、懐かしい高校時代の写真を見た。
ラケットを持ってスコート姿で笑っている。髪は短いがアイロンでくるんと緩いウェーブをつけた前髪をピンで留めてあり、ピンクのリストバンドをして、口紅もしていた。
「俺と坂本はバケモンだけど、清田はかわいかった」
「柊斗もかわいかったよ。2人で撮ったのもある」國近が言った。
青羽のジャージ姿の國近に腰を抱かれてピースしている。
そうだ、このあと2人で心理室へ行った。
「却下。俺の女装だと思われたら困る」竜也が言った。
3人で撮ろうと提案され、急遽三人で國近が取材を受けていた部屋で撮った。
球技大会があったのは2年生の時で、坂本がスコートを調達してきて同じクラスの女子が髪や化粧をやってくれた。
「俺、バケモンじゃん!」
派手な化粧をされた坂本が鏡を見ながら叫び、クラスの女子は大笑いしていた。
大人しく椅子に座り、女の子の少し冷たい手が顔や髪を触るのを感じる。
「菊池ってまつ毛長い」
化粧をしてくれている女の子の目元を見る。
「由真も長い。鼻も口も…かわいい」
「ねー、菊池が口説いてくる」
由真はすぐにクラスのみんなに言いつけた。
「なんだお前ら。どうせ坂本の作戦だろ」國近がラケットを素振りしながら言った。
「清子と坂子と菊子が相手をしましてよ」坂本が言った。
「坂子かわいいじゃん。スカートの下どうなってる?」南雲は坂本に近づいて、スコートをめくった。
「坂子?清子の方がかわいいだろ」
「菊子は坂子の魅力がわかってない」
南雲は坂本の肩を抱いて、顔をのぞき込んだ。
「ワー!!」
旧校舎3階の『心理室』と書いてあるガタつくドアを開けて、國近と2人で入る。
「柊斗、膝に座って」まだ試合後のスコート姿で化粧もしていた。
「お前こういうのに興奮すんの」
「当たり前」
「ローションとゴムは」
「ある」
「國近くん、触って」女の子のような声を出し、國近を見つめた。
「どこを」國近の手をつかんでシャツの下から入れ、胸にあてた。
お互いめまいがするような激しい欲求に駆られていた。
「柊斗かわいい」
アイドルと付き合っていたような男が、170センチ以上ある男の女装をかわいいと本当に思っているかは謎だが、触るとその気になっているのは間違いなかった。
「いつもよりデカくねえ?興奮しすぎ」
ゆっくりはいってきて、いつもより奥まで届いた。
「ンッ……」
「柊斗、こっち見て」
「國近、ここ、口紅…」キスして移った口紅を手のひらで拭く。
騎乗位で動こうと腰を浮かせると、國近が腰を両脇からがっちり掴んで動かし始めた。
「馬鹿力…」
「柊斗ごめん、俺持たない。激しくしていいか」
ぎゅっとつかまって、ゆさぶられる。いつもより声が出て外に聞こえて居ないか心配になったが止められない。
「女みたいな声出すのは本気でケツで感じてるから?演技?」國近が汗の滲む頬を歪めて笑った。
「女ってやる時こんな声なんだ。俺童貞…」
最後まで言わせて貰えず、叩きつけられるようにされて、かなり大きな声が出てしまい、終わったあとに訪れた静寂に耳を澄ませる。
「柊斗はいつ俺のものになる?」
「いつか」
さっきぬぐったばかりの唇にキスして、また口紅が移った。
竜也はイギリスへ帰った。
金曜日のフライトで見送りに行くことができず、朝会社に行く前に親の前でも一緒にイギリスに行こうだとかグズグズ言っていたが、親は動じなかった。
國近は木曜日の夜に家まで遊びに来て、國近が大好きな母は喜び、ものすごいご馳走を作ったが、國近が来るならと遅い時間だったが青羽の同級生たちにも声をかけて、8人ほど顔を出したのでご馳走は無駄にはならなかった。乃蒼が風菜先輩を連れて来てくれて、久しぶりの再会をする。
相変わらず可愛い。
みんな終電で帰り、その後は竜也が甘えモードに突入して風呂も一緒に入り、邪魔をする犬を押しやって翌朝まで一緒に寝た。
どうせオフの間にもう一度会う。またなと手を振って駅へ急いだ。
竜也の帰国をきっかけに久しぶりに懐かしい面々と会った。
ひっきりなしに連絡が来るプライベートのスマホはバッグに入れて、仕事用のものだけポケットにいれる。
腕時計型端末は嫌いだ。心底うんざりする。
仕事を終えて家の近くのジムへ行った。
金曜日の夜だ。ストレッチをしてからウェイトトレーニングをし、トレッドミルで走る。
どうしても外を走りたくなり、着替えずにそのまま家に帰り、玄関で足元だけランニングシューズに履き替えてまた家を出る。
家から15分ほど走って近くの私立校の外周を走る。もう高校生も帰った時間で、学校は静まり返り迷惑になることも無い。汗だくで一度止まり呼吸を整える。
パトカーが近づいてきた。
「こんばんはー。未成年?ランニング中ですか」
「24歳です。走ってたところで…」
「あれ、サッカーの菊池選手?」
まただ。うんざりだった。汗で濡れた髪をかき上げて顔を見せる。
「菊池竜也は弟です」
パトカーが去り、また走った。だが、どれだけ走っても竜也を振り切る事は出来なかった。
家に帰り、シャワーを浴びてからスマホを見る。11時。
『仕事終わった?』
『終わった。さっきまで走ってたら職質された』
『柊斗の汗の匂いがかぎたい』
『今から行く』
バッグに必要な物だけ入れて、風呂上がりに柄物の生地の薄い開襟シャツに緩いパンツのチンピラみたいな服装で、夜なのにカラーグラスをかけ、髪も半分濡れたままサンダルで家を出る。
明智はマンションの前のガードレールにハーフパンツにTシャツ、シャワーサンダル姿で腰掛けて待っていた。すぐそばまで無言で行き、明智に声をかける。
「こんばんは。未成年?身分証見せて」
「ガラ悪」
明智は笑い、2人でマンションに入った。
「禁欲してたか」
「あー…ごめん。新しいヤツ買って1人で試した」
「俺は禁欲してた。3日の予定が丸1週間。お仕置きするしか無いな」明智が後ろから抱きついて、耳元で言った。腰にはもう明智のその気になったモノが当たっている。
「お仕置き?」
「スパンキング?イラマ?」明智の手が喉元まで這い上がり、なでる。
「言われただけで勃った」
「柊斗、喜んでたらお仕置きにならない」
「明智、竜也が言ってたこと…」
「竜也の話は止めよう。あいつはイギリス」
「國近とは何も無い」
「俺は気にしてない」
「それでも。國近とは何も無い」
「わかった」
「明智は俺とずっと一緒にいたい?」
「当たり前だろ。引っ越して来い」
「そうする」
「本当に?」明智の方へ向き直った。
「引っ越す。明智と暮らす。親にカミングアウトするけど、うちに挨拶に来る?」
「なんだよ、俺たち結婚すんの」
「そう。明智柊斗か…菊池伝どっちがいい?」
「柊斗、本気で言ってるか」
「本気」
「竜也は…」
「竜也は関係ないだろ。俺の人生。好きな人と一緒にいたい」
「指輪買っていい?」
「一緒に買いに行こう。これからずっと着ける」
「愛してる」
「俺も」
素敵な夜だった。
少しだけスパンキングもして、抱き合って、一緒に住む話をした。
翌日土曜日に明智と実家へ行きカミングアウトした。
父はとてつもなく驚いて、母は驚きはしなかった。
「柊斗は昔から優しかったもんなぁ。そうか、そうか。男の子と付き合ってたのか」父は自分を納得させようとしているようだった。
「明智くんのご両親は柊斗と住むことはいいの」
「ハイ。うちの親は喜んでくれました。法的には夫婦になる事は出来ませんが、真剣に付き合っていることは話してあったので」ソファに座る明智の足元には飼い犬が二匹とも集まっている。
「明智は陸上の大会も応援に来てくれて、大学時代も社会人になってからも、すごく支えてくれた。竜也には付き合ってる事を話して、あいつはまだへそ曲げてるけど、そのうち」
「竜っちゃんも柊斗から卒業しないとね」
「竜也は彼女いるだろう」
「昨日だって柊斗が会社に行く前に駄々こねてたわよ。一緒にイギリスへ行こうって。柊斗がさんざんなだめて…」
気の早い親が結婚式はどうするだとか、いつから一緒に住むなんて話をして、これから一緒に指輪を買いに行ってくると言って家を出た。
「カミングアウトしてよかったのか」
「うん。お母さんはきっと中1の時から知ってた。お父さんはきっと今ごろ泣いてる」
「花嫁の父?」
「そうだな。うちの親、俺たちが結婚式やるって思ってたな」
「結婚式もしよう」
「本気?」ゲラゲラ笑って、ほんの少し泣けた。
『竜也と柊斗と俺の三人の写真があった。これを出版社に渡してもいいか』
『俺は平気。竜也はチームのことがあるから、竜也に聞いて』
國近が送って来た写真を見る。竜也と國近が初めて一緒に出た試合後に、三人で撮った写真だ。
東南アジアであったU17の試合は客の入りはあまり良くなく、グラウンドも荒れていて、それでも日本から応援に来た人や、現地在住日本人が来ていた。
竜也も國近も泥で汚れている。
この試合は負けたのだった。負けて不機嫌な顔の竜也に抱きつかれているのを見て、國近が笑っている。
國近も相当悔しかったはずだ。
この写真を撮ったのはきっと母だろう。
母は前から國近はハンサムでいい子、と言ってファンだが言いたくなる気持ちがわかる気がした。
『國近はいつ帰る?』
『来週。明日会えない?』
『いいよ。俺からも話がある』
明智は日曜日は仕事だった。
翌朝10時に車で國近を迎えに行った。
「よう」
「ウス」
「どこに行く?ご希望は」
「ディズニーランド」
「え?本気?」
「本気、チケットとった」
「オーケー、行きますか」
車を出す。
「なんでディズニーランド?俺小学校以来行ってない」
「『普通』の事をしてみたい」
「普通かー。カチューシャ買おう」
「いいな。すごく普通」
「だろ。ポップコーンバケットも」
國近は窓の外を見て目を細めて笑った。
「ディズニーランドに初めて行くんだ」
「嘘だろ」
「本当」
「なんだそれ。来れるやつ全員誘えば良かった」
「それが柊斗の普通?」
「そうだよ。みんなで行ったほうが楽しいだろ」
いったん路肩に停めて、高校のトークルームにメッセージを入れる。
『國近がこれから初ディズニー。来れる奴はディズニーに集合』
「何人来るかな。俺の予想は2人」
「来ないだろ。柊斗も俺に話があるのか」
「そうだった。俺、親に昨日カミングアウトした」
「……親はなんて」
「お父さんはショック受けてた。お母さんは知ってたな。竜也は彼女いるのに、俺は全く気配がないから。明智と付き合ってるのも気がついてた」
「俺と付き合ってたのは?」
「どうだろう。竜也と國近の仲が悪いから気がついてたかもな。2人が仲悪くなる理由無いだろ」
「そうか…」高校時代にカミングアウトするという選択肢はなかった。していたら國近の家に泊まりに行くことはできなかっただろう。
「國近の親は?」
「うちの親は放任。金は出すから自分で決めて好きにすればいい、会社は兄貴が継ぐ予定。中学の時に付き合ってた彼女がいて…、親から『結婚するなら賢い女にしろ』って言われたんだ。バカ女と結婚してバカな子供が生まれたら迷惑だって」
「俺と付き合ってたのは親への反抗?一過性のゲイ?」
「……」
「全然それで構わない。お前すげぇいい奴だから、付き合えて楽しかった」
「柊斗、俺まだお前の事好きだ」
「俺も國近の事は好き。嫌いで疎遠になったわけじゃない」
明智もそうだった。どうしようもなかったのだ。
そして、明智は約束を守った。約束を守って迎えに来て、一緒に生きて行こうとしてくれている。
「國近の幸せを祈ってる」運転しながら、助手席のたくましい肩を叩いた。
「坂本ー!!」
「坂本だー!!」
國近の初ディズニーを祝うために集まったはずが、高校卒業後、アメリカに留学してからほとんど帰国出来ていなかった坂本が日本にいる、そして今からディズニーで合流すると言い、坂本に会いたかった皆は続々とディズニーに集まった。
「坂子ー」南雲まで来て、坂本の肩を抱いた。
「南雲のしつこさは病気だろ。テニスネタいつまで擦ってんだ」
「俺は未だに坂子で抜いてる」
「坂本こっち来い。南雲から守ってやる」
帰国して早々南雲に絡まれた坂本を連れてくる。
「柊斗、お前に会うとホッとするな。もっと早く会いに来れば良かった。帰国すると毎回大学だなんだとバタバタしていて…」
「久しぶり。誰ともけんかしないで過ごせてるか」
「何回か殺すって脅された以外は無事。生きてる」
「良かった。カチューシャ買うぞ」
集まった10人ほどで同じカチューシャを買う。
「國近初めて来たんだ」
「感動してる」
「彼女と来なくて良かったのかよ」
みんな好き勝手言いながら、園内をうろつき、適当に何か買って食べ、ポップコーンも買った。
花火が上がり、いつの間にか閉園の時間になる。
「どう?」
「来てよかった。メンバーも最高」
「あ、また南雲が坂本にくっついてるな。なんだ、アレ」
「行くな、柊斗」坂本を助けに行くのを、腕をつかんで引き留められる。
「行かない」
國近はかすかに辛そうな顔をした。
帰りの車には坂本と清田を乗せて、懐かしい一緒にランチを取っていたメンバーで帰った。
お互いに近況を話した。
「俺、結婚する」
「柊斗が一番乗りか。おめでとう」
「ありがとう。中学の同級生で中学1年から付き合って…親の転勤で離れたけど、大学1年の時にやり直したいって会いに来てくれたんだ。昨日、親に付き合ってるって話したら結婚式の話も出た」
「どんな子」
「あのさあ、俺ゲイなんだよ。だから相手は男」
「知ってる。どんな子だ」坂本が言った。
「……」車内は静まりかえった。
「なんでわかった」
「言わない。怖がらせたくない」
「どういう意味だよ」
「観察力のおかげで大概の事はわかる」
「怖いな。さとりかよ」
「だから言わない。明智くんとお幸せに」
「……俺、相手の名前言ったか」
バックミラーで清田が少し坂本から離れたのが見えた。
清田と坂本をそれぞれの家でおろし、國近と二人きりになった。
「坂本ってアメリカで心理学の研究なんかしてんだ。びっくりしたな。博士号目指してるの初めて聞いた。頭いいんだな」
「俺たちのこともバレてる。お母さんと同じ」
「坂本は言わねえだろ」
國近も家まで送る。
「柊斗、来いよ」
「いつか、行く」
「いつ?」
「いつか」
マンションの前に國近を置き去りにして、明智のマンションまで車を走らせた。
何が正しく、何が間違っているのかわからないが、心理学を勉強しなくても國近から離れるのがお互いのためな事くらいはわかった。
明智のマンションにつき、カチューシャをつけたままシンクに取り残された皿を洗う。
乾燥の終わったタオルを出してたたんでいたところに、玄関の音がして明智が顔を出した。
「かわいい」
「おかえり」
「どこ言ってたって聞かないでもわかるな。キャラメルの匂い」
「ポップコーンだろ。青羽の連中と10人でディズニーランドに行ってきた」
「かわいい。遊んでるときの写真見せて」
「明智って俺のこと本当に好き。友達にも結婚するって言ったら『明智とだろ』って言われた」
「國近に?」
「違う。坂本」
「え?俺、知り合い?サッカー部?」
「坂本は剣道。アメリカの大学で博士目指してる」
「絶対に俺の知り合いじゃないな」
「坂本はわけわかんねえくらい頭いいから、考えるだけ無駄」
キャラメルくさいキスをしてから、一緒に風呂に入る。
「國近は」
「来た。カチューシャつけてポップコーン食ってた」
「國近が?」
「うん」
「俺ともデートして」
「うん」
「指輪して行ったんだ」
「うん」
「かわいい。うんしか言えない?」
「うん」ふざける。こういうおふざけを恥ずかしげもなく出来るのが明智のいいところだと思う。
「結婚して」
「うん」
「やった」
明智が笑った。
中学1年の頃は自分よりずっと背が高くて、きつい顔だと思っていた。今は話しているときに嬉しそうに笑っている事が多く、かわいい。
ファーストキスをした人と結婚する、と思うと不思議だ。実際には結婚はできないけれど、親や友人に祝福されて『好きな人と一緒にいる』事ができる。
翌週、竜也が渡辺未悠と結婚した。
キッチンでコーヒーを飲んでいた明智に声をかける。
「まだいたんだ」コーヒーのマグカップを受け取り一口すする。
「おはよう。30分後に出る。キスして、柊斗」
「昨日1年分したからもうしない」
「あれが1年分?少ない」
「明智にキスされ過ぎて、俺の唇無くなる」
「なあ、しばらく会えない。ちゃんとキスして」
「しばらくってたかが3日…ンッ…」
たった3日の出張だった。
明智とは12歳の時に付き合っていて、高校1年で再会し、結局付き合う事になったのは22歳になってからだ。
サッカーでプロを目指していた明智は大学1年で怪我をして、手術をし、大学サッカーで活躍したが大学以後にプロになる事は諦めた。
卒業後はお互い東京に就職し、会う機会が増えた。
会うのは明智の家が多い。週に一度は泊まるが、親にはヤキモチをやくから竜也には言わないように口止めしてある。
実家は単身赴任していた父が帰ってきて、大型犬も二匹飼いにぎやかだ。
寝室まで引っ張って行かれ、ハーフパンツと下着を下ろされる。
「まだ入る?」
ナイトテーブルに置いてあるローションを手にとって、ゴムをつけた指で確認する。気持ちよくてそのまま奥まで指を挿れて、自分で自分のいいところを押した。
「柊斗」
一人遊びは明智に邪魔をされ、うつ伏せにされて後ろから挿れられる。
激しくされて、枕に向かって叫ぶ。あまり大声は出せない。ましてや今は朝だ。
「行かなきゃ。柊斗、俺が出張から帰って来るまで禁欲して」
「うん」
「約束」
「わかった。早く出張行け。飛行機の時間あるだろ」
明智は洗面所へ行き、水道を出す音がして、手早く身だしなみを整えて寝室に戻って来た。
「じゃあ、竜也によろしく」
明智はボストンバッグを持って家から出ていった。
土曜日の朝七時。
飲みかけのコーヒーを探しにキッチンへ行こうと思うが断念して先にシャワーを浴びた。
スッキリしたところで、キッチンでぬるくなったコーヒー片手に竜也からの連絡に返信をする。
『夕方から会える。ホテルに来て』
『家に帰って来ないのか』
『明日朝早いんだ。柊斗の部屋取ってある。3時チェックイン』
ホテル名を聞くと、それなりにいいところだった。日本代表も全員そこに泊まっているのだろうか。
竜也は今は髪を伸ばしていて、自分は逆に就職で短く切った。
陸上を競技としてやるのは辞めたが、まだ走ってはいる。
ジムに寄ってから実家に帰った。
何を着ようか、と思いしばし悩む。
竜也っぽくない服装の方がいい。以前何も考えないで竜也が着そうな、カーゴパンツにTシャツで行ったら見事に被った。
小さな頃からおそろいの服を着るタイプの双子ではなく、気恥ずかしい。
何の打ち合わせもしていないのに、同じモノを買い、同じタイミングで着てしまうのは双子だからだろう。
バティックのセットアップなら絶対に被らないだろうと思い、着る。
髪をきっちりセットして、サングラスをかけ、夏の始まりを感じる熱い風の吹く街に出た。
身長は173で止まり、176の竜也とは永遠に差が出来た。体格も全体的に竜也のほうがボリュームがあり、とくに下半身ががっちりしている。
四時過ぎにホテルに着いて、チェックインする。
竜也はまだ仕事中だろう。
コーヒーが飲みたくなって、下まで降りてホテルの一階にあった気軽なカフェでアイスコーヒーを頼む。
一昨日の代表戦は順当に勝ち、代表は昨日帰国した。
プロリーグの試合が今の時期無いこともあり、テレビに出ているのを見た。
竜也は機嫌よく座っていて、斜め後ろに國近が座っている。
二人が初めて会ったのは実家の自分たちの部屋だと思うと何かおかしな気もするが、オリンピックの時から竜也と國近は頭角を現して、いまは二人とも海外のチームで頑張っている。
あの竜也の大騒ぎが夢のようで、もう10年近く前のことだ。
『着いた?』
『下のカフェ』
「柊斗!」後ろから呼ばれて振り向くと、笑顔の竜也がいた。
店内の客がチラリとこちらを見た。
会計をしてカフェから出る。
他にもサッカー選手がロビーにはいて、ぞろぞろとエレベーターへ向かっていく。
「柊斗久しぶり」國近もいた。
「試合見た。さすが守護神」
國近はプロになってからのトレードマークのニカッとした笑顔はなく、何か言いたそうだった。
竜也が肩を組んできて、別のエレベーターに乗る。
「じゃあな、國近」
國近は無言だった。
「どうした、アイツ。ケガでもしてんの」
「テレビ局に元カノでもいたんじゃねえの。柊斗の部屋行こうぜ」
竜也が取ってくれた部屋は、大きなバスタブのある高層階のダブルの部屋だった。
部屋の鍵を開け、入る。
「試合で決めた後、シュートって言ってたのわかった?」
一昨日の試合で竜也は得点を決め、シュートと叫んでいたように見えた。
「俺がスタジアムにいない時も呼ぶんだって思った」
「気分いいゴールを決めたときはいつでも」
竜也が抱きついてきた。
16歳のあの日以来、関係性はただの双子から歪んだ形へと発展し、会うたびにこうなってしまう。
バスタブに湯を入れるのを待ちながら、二人でシャワーを浴びる。
竜也には話したい事がたくさんあって、会うたびにそれを聞くのが幸せだった。
しゃべり続けている竜也を洗ってやり、シャワーで顔の泡を流すときのくすぐったそうな顔にキスした。
高層階からの景色を見ながら風呂に入り、お互いの体を触る。
胸が感じる事がバレてからは、赤ちゃんのように胸に吸い付いてくる。
「生でいい?」
「いいよ」
律儀に毎回聞くが、竜也とやる時はいつも生でヤッていた。竜也は前戯が好きで、指を挿れたり舐めたり毎回グズグズになるまでほぐす。
「すげぇほぐれてる。ひとりでヤッてただろ。ディルド?」
「うん」
「動画送って」
「何でもするから、早く挿れろって…」
「挿れたら止まれない」
「止まらなくていい」
ベッドで散々ヤッて、シャワーで綺麗にして、またベッドに戻る。
胸元に張り付いて乳首を吸っている竜也を見ると、おかしな気持ちにもなり、可愛くもあった。
「感じない?」
「気持ちいい。また勃ってきた」
シーツをめくって証拠を見せる。
「他の奴らは女の子と遊ぶらしい」
「行かなくて良かったのか」
「今日は双子の絆を深めるから、また今度って言った。柊斗との絆をできるだけ『深く』したい」
「すげえ深くて最高だった」
あの日竜也が言った『幸せと死にたいを同時に感じてる』というのはこの関係性をぴったりと表す言葉だ。
「明日は何時出?」
「8時」
「いつまで日本にいる?」
「金曜日。明日は実家に帰る」
「じゃあ会えるな」
竜也は胸を舐めるのに戻った。
「俺が30代まで欧州にいるとしたら、柊斗はどうする」
「あと10年?」
「うん。離れていたくない」
「そうしたいけど兄弟だからビザが降りないだろ。10年後に日本に帰ってきたら二人で暮らそう。それまでできるだけ会いに行く」現実的な話だった。
「もし…、向こうに残ったら?」
「そうしたい?」
「わからない」竜也は15歳で留学したスペインから、ずっと海外生活で一度も日本を拠点にはしていなかった。
「昔はただ意味もなく柊斗がすげえ好きだった。他の奴といるとムカついたり、離れていると思うと不安になったりした。でも今は違う。一緒にいたいって前向きに考えられるようになった」
胸元にペタリとくっついている日本代表の頭をなでる。本音は、竜也がどこかのかわいい女の子に恋して、何もかも忘れて幸せになってくれたらいい。
でももうかなり長い事この関係は続いていて、きっとなるようにしかならない。
死ぬつもりもないのに死にたいと空虚に思った。自分が死ねば、ふたりともこの悩みから解放されるだろう。
翌朝、竜也は6時に起きて自分の部屋に戻った。
部屋は10時まで使えるらしく、遅寝してから起きて、ぼんやりと高層階からの景色を見る。
『夜に家で会おう』竜也からだ。
『オッケー。お母さんに言っておく』
荷物をまとめ、ロビーへ向かう。
チェックアウトをして振り返ると國近がいた。
「お、國近じゃん」
「柊斗久しぶり」
片腕でハグされる。
「昔よりすげえ筋肉。ゴリラかよ。竜也と一緒に行ったのかと思ってた」
「セカンドゴールキーパーは人気無いから、今日は何も無い。チェックアウトしてコーヒー飲んでた」
代表の1番はベテランのゴールキーパーが着けていた。
もうそれなりの年齢で、去年から海外のチームに所属している國近とは違いずっと国内でやってきた選手だ。竜也が通っていた明邦のOBで坊主頭がトレードマーク、人気は抜群にある。
昨日の試合での國近の活躍ぶりを見るに、世代交代する日も近いだろう。
「俺も夜まで予定無い。車で来てるから一緒に買い物でも行く?」
エレベーターでホテルの地下の駐車場まで向かった。
「どこ行く?新宿?表参道…」
「柊斗はいつもどこ行ってんの」
「新宿」
二人で新宿で買い物し、サングラスをかけていても5回は「菊池選手!」と言われて双子なのを思い出す。
「竜也の気分が味わえた。街歩くだけで大変だな。ほら袋貸せよ」
3つ目の紙袋を代わりに持って車へ向かう。
『國近といる?』
竜也からだ。
『國近と買い物してる。竜也の仕事が終わったなら迎えに行こうか』
『まだ終わる時間がわからない。タクシー手配してくれるらしい』
國近を家まで送る。マンションのそばに停めた。
「到着。懐かしいな。ご両親によろしく」
「柊斗」思い切ったように國近が呼んだ。
「なんだよ。何か忘れ物?」
「あの話覚えてるか、高校卒業するまでは選抜キャンプ…」
「覚えてるよ。それがどうかした」
「柊斗とのことにちゃんとけじめつけないで、毎日忙しくて…気がついたら距離が出来てた」
「みんなそう。俺も大学で忙しかった」
「俺は選抜メンバーに残れたか」
「國近、俺たち高校3年間付き合ってただろ。選抜なんて言葉でごまかしてただけ。國近のおかげですごくいい高校時代を過ごせた。感謝してる」
「しばらく日本にいるんだ。また会える?」
「会えるよ。俺実家暮らしだから連絡して。竜也もいる。じゃあな」
國近は紙袋にスーツケースも持ってマンションへ入って行った。
『國近を家に送った。これから帰る』
竜也からの返信はない。
実家のガレージに車を入れ、バッグと紙袋を持って家に入る。
「ただいまー」
犬が1番にすっ飛んできて、次に父親が出てきた。
「柊くん、おかえり」
「お父さん、竜也も今夜実家に帰るって」
「お母さんから聞いたよ」
両親は仲良く犬の散歩に出ていき、一人残って洗濯をして風呂に入った。
風呂から出て、試合の録画を見る。
気がつくと大型犬2頭に挟まれて寝ていて、母親がその様子を撮るシャッター音で目が覚める。
「かわいいわー」
「俺もう24歳」
「いやーね柊斗、犬よ、犬。竜也に送ろう」
わけのわからない写真を送りつけたがるのは、親という生き物の習性だろう。
『明日帰る』
『竜也が日本にいる間は明智のマンションにいけない』
『いつまで?』
『よく知らない。明智も来る?竜也に会いたいだろ』
自分の部屋に戻り、布団をかぶって気絶するように寝る。
顔を舐められ抱きつくとフサフサとしていて、目を開けると目の前に犬がいた。
「おはよ」
犬もベッドにいて、下の階からは母親のスリッパの音が聞こえる。
起き上がり、時計をみると朝の6時だった。
隣の竜也の部屋を覗くとベッドがこんもり膨らんでいて寝ているようだったので、そのままにして階下へ行く。
犬もあとからついてきた。
「おはよう」
「柊くん、おはよう。昨日竜っちゃん帰って来たわよ。柊くんが寝てるって聞いて怒ってた」
「起きていようと思ったけど寝てた」
「合わせる必要無いの、柊斗は柊斗。好きにしなさい。あーあ、怒ってるな、って思っておけばいいの」
母はいつもそう言う。
「昨日、國近と買い物に行ったんだ。何度も竜也と間違えられた」
「竜っちゃんになりすまして変な顔で写真撮った?」
「國近が『僕は選手ですけど、この人は人違いです』って言ってくれた」
「國近くんは昔からハンサムでいい子よね」
「ハンサム関係ある?」
「あるわよ」
朝食を食べて、犬の散歩に行き戻ると竜也も起きて朝ごはんを食べていた。
「おはよう」
「昨日、帰ってきて柊斗の部屋に行って起こそうとしたら犬に上着を引っ張られた」
「偉いな」犬の頭を撫でて褒める。
「仕方ないから自分の部屋で寝たんだ」
「もう大人なんだから当たり前でしょう。昨日もホテルまで呼び出して何言ってるの。柊くんだって他の予定があるかもしれない。竜っちゃんはいい加減遠慮しなさい」
「だって日本に帰ってきたら会いたい」
「だってじゃない!何歳ですか」
いい年して竜也が母に怒られているのは気の毒ではあるが、反省するような性格ではないので、心配はいらない。
食べ終わった竜也と庭に出て犬と遊んだ。ボールを取ろうと追いかけ回しているが、竜也のほうが1枚上手で二匹はなかなか苦心していた。
「昨日國近といただろ。二人が盗撮されて、俺に國近さんと仲いいんですねってコメントが来た」
「買い物に行っただけ」
「知ってる」
「竜也に渡すものがある」
昨日の紙袋を渡し、竜也は指輪を出して右手の薬指に嵌めた。
「サイズは?」
「ちょうどいい。デザインもいい」
「良かった。たまに着けて。似合う」
「柊斗」
抱きしめられて、苦しくなる。
「ありがとう。うれしい」
「竜也が嬉しいと俺も嬉しい」
そして死にたい、と思った。
「柊斗、取材受けてもらえる?」
「なんの取材?俺サラリーマンだから、勝手に取材受けたりはできない。会社に聞かないと」
「サッカー雑誌のインタビュー。家族からも聞きたいらしいけど、お母さんはだめだ」
「お母さんだって人前で竜也のこと変なふうには言わない」
「柊斗なら絶対に変なこと言わないだろ」
「受けてもいいよ。会社もその内容なら文句言わないと思う。取材はいつ?」
「来週。俺と一緒」
「有給とれたら取る。あんまり期待すんな。無理ならお母さんと行け」
上司にメールで取材の件を連絡をする。
竜也は昔からの行きつけの美容院に行き、自分は家に残り仕事関係の勉強をする。勉強机は現役で、子供っぽいデザインの机のまま椅子は買い替え、本棚の中身も図鑑や児童書から仕事関係のものに入れ替わった。
夕方になり、個室のドアがノックもなく開いた。
「柊斗、ただいま」
「おかえり。髪、バッサリ行ったな。似合うよ」
「下にいる」
「終わったら行く」
竜也が連れて帰って来たのだろう、階下からはにぎやかな声が聞こえて来ていた。一区切りつけて下へ行くと、中学時代のサッカー部の友人たちが来ていてソファはもう満杯で、床に腰を下ろす。明智も出張中でなければ来ただろう。
「竜也は相変わらず、ゴール決めたら指三本出して『柊斗!』って言ってたな。柊斗も観に行ってた?」
「日本でテレビで観てた」
「柊斗は優しいよ。俺なら弟の試合は観ない」
「竜也の試合だからって言うより、単にサッカー観るのが好きなんだ。高校の時は青羽学院を応援してた」
「このあいだのキーパーは青羽の…」
「國近」
「仲いいの」
「仲いいよ。昨日も國近と買い物してたら『國近さん、菊池さん、試合見ました』ってすげえ言われた」
竜也もソファから床に座り、抱きついてきた。
「なんだよ」
「竜也のヤキモチ出たな」
小学校から一緒のメンバーが多く保育園から一緒のものもいる。竜也がヤキモチをやいて騒いだのは一度二度ではない。
「柊斗は嫌じゃねえの」
「嫌じゃないけど、重い。竜也何キロ?」
「柊斗が結婚したら、竜也もおまけで付いてくる」
いい年をした男が双子の兄にくっついていても、幼なじみたちからしてみたらいつもの光景でしかない。
「竜也と柊斗が相変わらず仲良くてよかった」友人の1人が言い、竜也は少し機嫌を直したようだった。
「指輪、左の薬指にすることにしたのか」
その日の夜、竜也は犬を出し抜いて一緒に寝ることに成功した。
「そう。柊斗はベッドをダブルに買い替えたんだ?すげえ快適」
「自分の家ではどんなベッドで寝てる?」
「クイーンサイズ」
「竜也、向こうで付き合ってる人いる?」
「……聞いてどうする?」
「俺にもヤキモチ妬かせて」
「いない」嘘だ。かわいい彼女がいるらしい事は知っていた。不自然なくらい、親や友達が竜也の彼女の事を言わないのは毎度のことで、口止めしているからだろう。
「柊斗にも何か渡したい。欲しいものはある?」
キスしながら考えたが、欲しいものは何もなかった。
そのままうとうととして、あちこち触られ、気がつくと後ろから挿れたそうにこすりつけられていた。
「静かにできるか」
「無理」
「手で抜いてやるから離して」
「ラブホ行こう」
「竜也、双子でラブホは無理」
「どうしてもしたい」
「女の子呼び出してホテル行って来い。俺は気にしない」
「柊斗がいるのに女とやるわけねえだろ」
「無理だから」
「普通のホテル行こう」
「この時間から?」
「じゃあ車」
「カーセックスは都会じゃ無理……。竜也、何も文句言わないって約束できるか」
「出来る」
「文句言ったら…」
「殺していい」
「言ったな?約束」
「ここ、誰の家」
「明智」
「柊斗が鍵持ってんのか」
「まあな。ここ2年くらい仲いいんだよ」
「……いないのはなんで」
「明日まで出張。来い。こっちが寝室」
竜也はあかりをつけていない寝室へ入って来た。
ナイトテーブルからローションを出す。
「萎えた?帰る?」
「明智は俺に一度も柊斗の事は言わなかった」
「明智は竜也の性格を良く知ってる」
「なんでバラした?黙って付き合う選択肢があっただろ」
「親や世の中にバレるよりマシ。お前さあ、まだ親が起きてるのに部屋でやっちまうつもりだっただろ。萎えたなら帰ろうぜ」
「柊斗は明智と付き合ってるんだ」
「うん」
「なんで?」
「明智は俺と一緒にいる道を選んでくれたから」
「……たまたま明智が大学でケガで引退したからじゃねえの。あのままプロになってたら、一緒にはいられなかった」
「そうかもな。…竜也も彼女いるだろ。隠さなくていい。お父さんから聞いた。このあいだ、お父さんとお母さんが竜也の家に行った時に、女の子が…」
「紹介するつもりはなかった。きちんと交際してるわけでも、好きって言ったわけでもない。親が来るから会えないって言ったのに来たんだ」
「離れているあいだ、禁欲するのは非現実的だと思う」
「柊斗が一緒に来てくれたら全部解決する。明智と別れて、仕事辞めてイギリスに来て」
「無茶言うな。でも一緒にいられるように、前向きに考えたいって俺も思ってる」
ガチャ、と音がした。
慌ててローションを引き出しに戻し、竜也と居間に戻ったところで、明智が部屋に入ってきた。
「柊斗、来てたのか」
「おかえり。明智の家を借りて竜也とケンカしてた」
「玄関に知らない靴があるから、なにかと思った」
「驚かせてごめん。竜也久しぶり」
「出張早く帰れたんだな」
「國近徹人と浮気してると思ったんだろ」竜也が尖った声で言った。國近との買い物の写真は盗撮されてネットに出回った。どうでもいい写真だが、盗撮したのが一般の人だけではなかったようで、國近と菊池が買い物という、どうでもいいようなネットの記事になった。
「……」
「明智、竜也に話した」
「だから泣いてる?」
「まあな。竜也、明智に八つ当たりすんな。俺に当たれ」
「竜也、黙っていてごめん。2年前から柊斗と本気で付き合ってる」
「聞いた」
「認めてくれるか」
竜也は目をそらし何も言わなかった。
「俺がケガをした時に、柊斗は自分も陸上やりながらずっと支えてくれたんだ。俺も柊斗の陸上を応援して、自分も気の済むまでサッカーをした。大学を卒業してから改めて付き合って欲しいって頼んだら、受け入れてくれた。本気で愛してる。柊斗無しでの人生は考えられない」
「明智、俺たち明日仕事があるから今日はもう帰る。勝手に家に入ってごめん。ゆっくり休んで」
「いつでも来ていい。柊斗、明日の夜会えるか」
「ちょっと考えさせて。また連絡する。ほら、竜也行こう」
竜也は明智を見ることなく部屋から出て行った。
車の助手席に乗っても黙りこくったままで、10時過ぎに家に着く。
家に入ると犬が玄関まで迎えに来て、親は寝て家は静まり返っていた。
竜也に手を引かれ、自分の部屋に入る。
下着だけを残して脱がされ、竜也も下着だけになって抱きついてきた。
「柊斗を愛してるって言ってた」
「明智はよく言う」
「柊斗も明智に言う?」
「言うよ」
「明日会いに行く?」
「行かない。竜也がいるあいだはずっと一緒にいたい。なあ竜也の彼女はどんな人」
「渡辺未悠」
「イギリスで付き合ってんの?芸能人じゃん」それなりに有名な若手俳優だった。
「今イギリスに留学中」
「だからお父さんが竜也のガールフレンドはすごくかわいいって言ってたんだ」
「お父さんは誰なのか知らなくて、お母さんは芸能人ってわかって知らないフリをしてた。何となくお母さんは気に入らねえ感じだった。態度や言葉にはしないけど感じた」
「そうか。お母さん誰でも気に入るのに珍しい」
「柊斗、さっき明智は柊斗無しじゃ生きられねえって言ってた」
「お前の彼女だって結婚とか一緒に住みたいって言うだろ。親に会おうとするってそういう事だ」
「……」
すっかり気落ちしている。金曜日には帰るのに、これでは困る。
「竜也、舐めていい?」
やる気のないモノを下着から出して口に含む。しばらく舐めていると、竜也はその気になって来た。
「明智にもフェラすんの」まだご機嫌斜めだ。
「する」
「テツンドは」
「高校の時はしてた。竜也の彼女はしてくれる?綺麗過ぎて緊張しそう」
「……」
竜也は口から引き抜き、体勢を変えて、対面座位で挿入した。
「竜也、静かに動いて」
ゆっくり1番奥まで挿し、激しく動けない分深くした。
「渡辺未悠にもこの体位でする?」
「明智とは」
「明智もこれ、好き。ハァッ…俺も」抱き合ってキスしながらゆっくり動く。
「このペースじゃイけないだろ。抜いて。手でするから」
「静かにやる」
対面座位から押し倒されて、静かに抜き挿しが始まり、次第にキイキイベッドが軋み、終わった。
終わったあとに竜也は抱きついたままじっとしていた。
翌朝、ベッドで熟睡する竜也を置いて仕事に行く。二人でしたことの痕跡は消した。会社に着くと部長から弟の取材を受けても大丈夫、顔も出していいと言われ取材のある水曜日に休みも取れた。竜也に取材を受けるのは大丈夫だった、と送る。
明智からは昨日大丈夫だったか、と心配のメッセージが来ていた。
昼に週末に会おうと返信すると、愛してると返信があり愛してると返す。竜也は金曜日にイギリスに戻る予定だった。
8時過ぎに仕事を終えた。
『仕事終わった』
『俺もそろそろ』お互いいる場所が近く、迎えに行く。
言われたビルまで行き外で待つ。
竜也がビルから出てきたのが遠目でもわかった。隣にも同じくらい体格のいい男がいる。
「柊斗ー、たまには連絡よこせ」
南雲だった。夕闇の中、間近に顔をみると相変わらず人を食ったような、どこかふてぶてしい顔をしていて思わず笑う。
「南雲だ。スーツなんか着てどうしたの」
「そっちこそ。竜也さんとお仕事させてもらってる」
「そうか、〇〇〇に就職したんだっけ。久しぶり。竜也が世話になってる」
「いえいえ、こちらこそ」
南雲は元日本トップクラスの短距離ランナーだっただけあり、立っているだけで他の人間とは違う体のバランスの良さがあった。
「お二人並ぶとそっくりッスね。柊斗の方が少し…ミマちゃんに似てる」
「お前まだそれ言うのかよ。高校の時に、俺たちに似てるAV女優見つけたのが南雲」
「ああ、アレ?懐かしい。おかげさまで何回か抜いた」
「竜也のそれ、ほんとに意味がわかんねえから。ほら行くぞ」
3人で駅まで行き、そのうちまたと南雲に約束して家に帰る。
混み合った電車で、周りからの目線を感じた。
竜也は気にもならない様子で、スマホをみている。
地元の駅に着き、繁華街を抜ける時に何人かに声をかけられた。
ここは地元だから、知り合いから声をかけられる事はあるが、知らない人から応援してますと言われるのは珍しい。このあいだの試合の効果だろう。
「柊斗の陸上の試合見に行けばよかった」
「んー?俺はそんな大したことなかった。メダルは取れなかった」
「南雲さんが修斗は最高だった、走るのが好きで走りながら笑ってたって」
「変な癖があるってさんざん言われたんだ」
「俺が延長後半でも嬉しそうにプレーしてるのを見て、修斗を思い出したって言ってた」
「ハハハ、修斗も確かにみんな疲れ切ってるのに1人だけ嬉しそうなときある。そういうところはやっぱり双子なんだな」
「俺の話をほとんど聞いたことがなかったとも言ってた」
「青羽は地元じゃないからみんな竜也を知らないし、南雲の兄弟がいるかも俺はよく知らない」
確か棒高跳びをやっている美人の妹がいて、一度大会で紹介されたはずだ。
「……」
「竜也の話はしたくなかった。寂しくなるだろ。今回だって来週には帰る」
「一緒に来てほしい」
「無理だ」
「双子の…」
「兄です。竜也と別にインタビュー受けるんですね」
「はい。率直なお話を聞かせてもらえたらなぁと思ってます」
会議室のような部屋にインタビューに来たのは、メガネ姿のやけにしゃれた中年男性と服装と髪は派手だが顔つきは地味な女性の二人組だった。
当たり障りない世間話をしたあとに、男性は本題に入った。
「幼いころの弟さんのことで、心に残っているエピソードはありますか」
「家でも保育園でも、いつも2人で遊んでました。竜也は外で遊ぶのが好きで、必ず僕も誘いました。僕がいないと保育園中見つかるまでさがしてました」
「仲良しですね」
「今もすごく優しい弟です。言い合いはあるけど、手は出された事は無いですね」
「なんて呼びあってますか」
「昔は竜っちゃんと柊くんでした。いまは普通に竜也と柊斗って呼びあってます」
「その頃のお写真を持ってきていただいた…」
「はい。これです」
「かわいいなあ。おそろいの帽子だ。コピーを撮ってすぐお返しします」
派手な髪の女性が写真を持って部屋を出て行った。
「菊池選手は幼稚園からサッカーを始めたんですよね」
「ハイ。最初は一緒にやっていて…、でも僕は小学校低学年でやめました」
「竜也さんはサッカーで、ここは他の子と違うなってところはありましたか」
「小さい頃から当たり前の事が当たり前に上手いっていうか、周りをよく見て、空いたスペースを上手く使ってみんなに声をかけながらプレーしてた。足も速かったし、ボール捌きもうまかった。体幹が強くて、普通なら転ぶようなところでも転ばない。体が大きいわけじゃないのに、当たり負けもしなかったです。上手いなと思って見てました」
「菊池選手はお兄さんが大好きで、ゴールを決めると毎回お兄さんにアピールしてたら、見に来てくれなくなったとか」
「ハハハ、竜也がこっちを見て騒ぐのが嫌だったわけじゃないです。僕も毎週試合見に行くわけにもいかなかったので。でも、僕がいないほうが集中出来たんじゃないかな」
「柊斗というお名前はサッカーが由来だと聞きました」
「そうです。父がサッカーが好きで僕は『シュート』でした。僕だけサッカーを辞めた時に、これからはたっちゃんを一緒に応援しようかって父が言ってくれてうれしかったです」
「お兄さんは陸上競技でインカレで入賞してらっしゃいますね」
「はい」
「その頃弟さんはプロとしてヨーロッパにいましたが、お互い励まし合ったりされてましたか」
「竜也は頻繁に連絡をくれるタイプで、色々話はしました。励まさなくても、勝手にどんどん先へ進んで行くから、見ていてワクワクしました。プロになって、オリンピックにも」
「オリンピックは現地観戦されたんですよね」
「家族で見に行きました。観に行ってよかったです。竜也が予選で最後フリーキック蹴った時に、そのままゴールになって、同点になって…」
「劇的でしたね。あれで予選突破が決まった」
「今までの竜也のシュートであれが一番好きです」
「菊池選手が選んだ自分のベストゴールもそれでした」
「やっぱり」
「ゴールキーパーの國近選手とも、青羽学院の同級生でお友達ですか?」
「あ、そうです。同じ高校でした」
「國近選手にも今回取材させていただいてします。高校入学した時に國近選手が菊池選手だと思って、柊斗さんに話しかけたのがきっかけで仲良くなったとお聞きしました」
「そうです。國近は僕たちが双子だって知らなかったから、竜也だと思い込んですごく喜んでました」
「最近も遊びに行かれたとか」
「先週末一緒に買い物に行きました。すごく目立つので、みんなから声をかけられて、國近はこんなに期待されてるんだと思ってうれしかったです」
「國近選手のここがいいってところはありますか」
「性格ですね。優しくて、誰に対してもオープンで性格がいいので同級生も國近が好きです」
「國近さんとお話させていただいてると、すてきな人だなと僕も思いました。國近さんとのお写真もあったりしますか」
「あー、たぶんあります。高校時代の…」カメラロールを見て、球技大会での1枚を見つけた。
「球技大会の写真です。未経験の競技で参加するルールで、僕と國近のクラスがテニスで対戦して…同じクラスの坂本っていう秀才がスポーツ推薦の奴らと戦うなら、集中力を削ぐために口紅をつけてスコートを履こうって言い出したんです。このスコート履いてるのが僕です。これが坂本で清田…こっちが國近と南雲と真藤ですね。これは表には出せないな」
「短距離の南雲選手…?」
「そうです」
國近はスコート姿の清田を抱き上げて、撮っている人に向かって笑っていた。
清田は大人になっても155センチほどで小柄だ。このときはまだ少女のようだった。
南雲は坂本のスコートをめくって中身を見ようとしている。
「僕は國近と対戦して勝ちました。坂本の作戦勝ち」
「柊斗、何話した?」部屋に入って来た竜也がニヤッとして言った。
「オリンピック」
竜也が隣に腰を下ろした。竜也と一緒にカメラマンとヘアメイクの女性が入ってきて、髪を直してくれる。
「予選の話?」
「うん」
「俺もその話した」
「お二人って顔はそっくりですけど、体格や雰囲気違いますよね」
「よく言われます」
「お互いにライバル意識はありますか」
「無いですね」
「ゼロです。柊斗はいつも僕に対して肯定的で、柊斗がいれば大丈夫だと僕には思えるので、絶対に必要な存在です」
「柊斗さんにとってもそうですか」
「僕は竜也がサッカーをしているのを見るのが好きなんです。だから怪我をしないで欲しい」
「わかった。気をつける」
その後は1人でいるところと、竜也と2人でいる写真を撮られ取材は終わった。
「ありがとうございました。國近選手の取材もそろそろ…」
ガラス張りの会議室で國近が何やら笑っているのが見え、こちらに気が付き手を振った。
「髪、柊斗もやってもらったんだ」國近は会議室から出てきて機嫌よく言った。
「俺も一応写真撮ったから。國近の話もした」
「冬の国立?オリンピックか。応援に来てくれたよな」
「違う。セクシーテニス大会。写真も見せた」
「なんだよ、セクシーテニス大会って」竜也が言った。
「青羽の時に俺が女装して球技大会でテニスして、國近に勝った」
「柊斗、ほかにいい話いっぱいあるだろ。オリンピックだって…」
「オリンピックの話は竜也で使った」
「悪いな國近」
國近はムッとした顔になった。
「テニス大会の写真見ますか。僕は使ってもらっても構わない」
「見たいです」出版社の人が言った。
「使っていいかは俺が決める」竜也が言った。
「なんで?柊斗だろ」
國近のスマホで、懐かしい高校時代の写真を見た。
ラケットを持ってスコート姿で笑っている。髪は短いがアイロンでくるんと緩いウェーブをつけた前髪をピンで留めてあり、ピンクのリストバンドをして、口紅もしていた。
「俺と坂本はバケモンだけど、清田はかわいかった」
「柊斗もかわいかったよ。2人で撮ったのもある」國近が言った。
青羽のジャージ姿の國近に腰を抱かれてピースしている。
そうだ、このあと2人で心理室へ行った。
「却下。俺の女装だと思われたら困る」竜也が言った。
3人で撮ろうと提案され、急遽三人で國近が取材を受けていた部屋で撮った。
球技大会があったのは2年生の時で、坂本がスコートを調達してきて同じクラスの女子が髪や化粧をやってくれた。
「俺、バケモンじゃん!」
派手な化粧をされた坂本が鏡を見ながら叫び、クラスの女子は大笑いしていた。
大人しく椅子に座り、女の子の少し冷たい手が顔や髪を触るのを感じる。
「菊池ってまつ毛長い」
化粧をしてくれている女の子の目元を見る。
「由真も長い。鼻も口も…かわいい」
「ねー、菊池が口説いてくる」
由真はすぐにクラスのみんなに言いつけた。
「なんだお前ら。どうせ坂本の作戦だろ」國近がラケットを素振りしながら言った。
「清子と坂子と菊子が相手をしましてよ」坂本が言った。
「坂子かわいいじゃん。スカートの下どうなってる?」南雲は坂本に近づいて、スコートをめくった。
「坂子?清子の方がかわいいだろ」
「菊子は坂子の魅力がわかってない」
南雲は坂本の肩を抱いて、顔をのぞき込んだ。
「ワー!!」
旧校舎3階の『心理室』と書いてあるガタつくドアを開けて、國近と2人で入る。
「柊斗、膝に座って」まだ試合後のスコート姿で化粧もしていた。
「お前こういうのに興奮すんの」
「当たり前」
「ローションとゴムは」
「ある」
「國近くん、触って」女の子のような声を出し、國近を見つめた。
「どこを」國近の手をつかんでシャツの下から入れ、胸にあてた。
お互いめまいがするような激しい欲求に駆られていた。
「柊斗かわいい」
アイドルと付き合っていたような男が、170センチ以上ある男の女装をかわいいと本当に思っているかは謎だが、触るとその気になっているのは間違いなかった。
「いつもよりデカくねえ?興奮しすぎ」
ゆっくりはいってきて、いつもより奥まで届いた。
「ンッ……」
「柊斗、こっち見て」
「國近、ここ、口紅…」キスして移った口紅を手のひらで拭く。
騎乗位で動こうと腰を浮かせると、國近が腰を両脇からがっちり掴んで動かし始めた。
「馬鹿力…」
「柊斗ごめん、俺持たない。激しくしていいか」
ぎゅっとつかまって、ゆさぶられる。いつもより声が出て外に聞こえて居ないか心配になったが止められない。
「女みたいな声出すのは本気でケツで感じてるから?演技?」國近が汗の滲む頬を歪めて笑った。
「女ってやる時こんな声なんだ。俺童貞…」
最後まで言わせて貰えず、叩きつけられるようにされて、かなり大きな声が出てしまい、終わったあとに訪れた静寂に耳を澄ませる。
「柊斗はいつ俺のものになる?」
「いつか」
さっきぬぐったばかりの唇にキスして、また口紅が移った。
竜也はイギリスへ帰った。
金曜日のフライトで見送りに行くことができず、朝会社に行く前に親の前でも一緒にイギリスに行こうだとかグズグズ言っていたが、親は動じなかった。
國近は木曜日の夜に家まで遊びに来て、國近が大好きな母は喜び、ものすごいご馳走を作ったが、國近が来るならと遅い時間だったが青羽の同級生たちにも声をかけて、8人ほど顔を出したのでご馳走は無駄にはならなかった。乃蒼が風菜先輩を連れて来てくれて、久しぶりの再会をする。
相変わらず可愛い。
みんな終電で帰り、その後は竜也が甘えモードに突入して風呂も一緒に入り、邪魔をする犬を押しやって翌朝まで一緒に寝た。
どうせオフの間にもう一度会う。またなと手を振って駅へ急いだ。
竜也の帰国をきっかけに久しぶりに懐かしい面々と会った。
ひっきりなしに連絡が来るプライベートのスマホはバッグに入れて、仕事用のものだけポケットにいれる。
腕時計型端末は嫌いだ。心底うんざりする。
仕事を終えて家の近くのジムへ行った。
金曜日の夜だ。ストレッチをしてからウェイトトレーニングをし、トレッドミルで走る。
どうしても外を走りたくなり、着替えずにそのまま家に帰り、玄関で足元だけランニングシューズに履き替えてまた家を出る。
家から15分ほど走って近くの私立校の外周を走る。もう高校生も帰った時間で、学校は静まり返り迷惑になることも無い。汗だくで一度止まり呼吸を整える。
パトカーが近づいてきた。
「こんばんはー。未成年?ランニング中ですか」
「24歳です。走ってたところで…」
「あれ、サッカーの菊池選手?」
まただ。うんざりだった。汗で濡れた髪をかき上げて顔を見せる。
「菊池竜也は弟です」
パトカーが去り、また走った。だが、どれだけ走っても竜也を振り切る事は出来なかった。
家に帰り、シャワーを浴びてからスマホを見る。11時。
『仕事終わった?』
『終わった。さっきまで走ってたら職質された』
『柊斗の汗の匂いがかぎたい』
『今から行く』
バッグに必要な物だけ入れて、風呂上がりに柄物の生地の薄い開襟シャツに緩いパンツのチンピラみたいな服装で、夜なのにカラーグラスをかけ、髪も半分濡れたままサンダルで家を出る。
明智はマンションの前のガードレールにハーフパンツにTシャツ、シャワーサンダル姿で腰掛けて待っていた。すぐそばまで無言で行き、明智に声をかける。
「こんばんは。未成年?身分証見せて」
「ガラ悪」
明智は笑い、2人でマンションに入った。
「禁欲してたか」
「あー…ごめん。新しいヤツ買って1人で試した」
「俺は禁欲してた。3日の予定が丸1週間。お仕置きするしか無いな」明智が後ろから抱きついて、耳元で言った。腰にはもう明智のその気になったモノが当たっている。
「お仕置き?」
「スパンキング?イラマ?」明智の手が喉元まで這い上がり、なでる。
「言われただけで勃った」
「柊斗、喜んでたらお仕置きにならない」
「明智、竜也が言ってたこと…」
「竜也の話は止めよう。あいつはイギリス」
「國近とは何も無い」
「俺は気にしてない」
「それでも。國近とは何も無い」
「わかった」
「明智は俺とずっと一緒にいたい?」
「当たり前だろ。引っ越して来い」
「そうする」
「本当に?」明智の方へ向き直った。
「引っ越す。明智と暮らす。親にカミングアウトするけど、うちに挨拶に来る?」
「なんだよ、俺たち結婚すんの」
「そう。明智柊斗か…菊池伝どっちがいい?」
「柊斗、本気で言ってるか」
「本気」
「竜也は…」
「竜也は関係ないだろ。俺の人生。好きな人と一緒にいたい」
「指輪買っていい?」
「一緒に買いに行こう。これからずっと着ける」
「愛してる」
「俺も」
素敵な夜だった。
少しだけスパンキングもして、抱き合って、一緒に住む話をした。
翌日土曜日に明智と実家へ行きカミングアウトした。
父はとてつもなく驚いて、母は驚きはしなかった。
「柊斗は昔から優しかったもんなぁ。そうか、そうか。男の子と付き合ってたのか」父は自分を納得させようとしているようだった。
「明智くんのご両親は柊斗と住むことはいいの」
「ハイ。うちの親は喜んでくれました。法的には夫婦になる事は出来ませんが、真剣に付き合っていることは話してあったので」ソファに座る明智の足元には飼い犬が二匹とも集まっている。
「明智は陸上の大会も応援に来てくれて、大学時代も社会人になってからも、すごく支えてくれた。竜也には付き合ってる事を話して、あいつはまだへそ曲げてるけど、そのうち」
「竜っちゃんも柊斗から卒業しないとね」
「竜也は彼女いるだろう」
「昨日だって柊斗が会社に行く前に駄々こねてたわよ。一緒にイギリスへ行こうって。柊斗がさんざんなだめて…」
気の早い親が結婚式はどうするだとか、いつから一緒に住むなんて話をして、これから一緒に指輪を買いに行ってくると言って家を出た。
「カミングアウトしてよかったのか」
「うん。お母さんはきっと中1の時から知ってた。お父さんはきっと今ごろ泣いてる」
「花嫁の父?」
「そうだな。うちの親、俺たちが結婚式やるって思ってたな」
「結婚式もしよう」
「本気?」ゲラゲラ笑って、ほんの少し泣けた。
『竜也と柊斗と俺の三人の写真があった。これを出版社に渡してもいいか』
『俺は平気。竜也はチームのことがあるから、竜也に聞いて』
國近が送って来た写真を見る。竜也と國近が初めて一緒に出た試合後に、三人で撮った写真だ。
東南アジアであったU17の試合は客の入りはあまり良くなく、グラウンドも荒れていて、それでも日本から応援に来た人や、現地在住日本人が来ていた。
竜也も國近も泥で汚れている。
この試合は負けたのだった。負けて不機嫌な顔の竜也に抱きつかれているのを見て、國近が笑っている。
國近も相当悔しかったはずだ。
この写真を撮ったのはきっと母だろう。
母は前から國近はハンサムでいい子、と言ってファンだが言いたくなる気持ちがわかる気がした。
『國近はいつ帰る?』
『来週。明日会えない?』
『いいよ。俺からも話がある』
明智は日曜日は仕事だった。
翌朝10時に車で國近を迎えに行った。
「よう」
「ウス」
「どこに行く?ご希望は」
「ディズニーランド」
「え?本気?」
「本気、チケットとった」
「オーケー、行きますか」
車を出す。
「なんでディズニーランド?俺小学校以来行ってない」
「『普通』の事をしてみたい」
「普通かー。カチューシャ買おう」
「いいな。すごく普通」
「だろ。ポップコーンバケットも」
國近は窓の外を見て目を細めて笑った。
「ディズニーランドに初めて行くんだ」
「嘘だろ」
「本当」
「なんだそれ。来れるやつ全員誘えば良かった」
「それが柊斗の普通?」
「そうだよ。みんなで行ったほうが楽しいだろ」
いったん路肩に停めて、高校のトークルームにメッセージを入れる。
『國近がこれから初ディズニー。来れる奴はディズニーに集合』
「何人来るかな。俺の予想は2人」
「来ないだろ。柊斗も俺に話があるのか」
「そうだった。俺、親に昨日カミングアウトした」
「……親はなんて」
「お父さんはショック受けてた。お母さんは知ってたな。竜也は彼女いるのに、俺は全く気配がないから。明智と付き合ってるのも気がついてた」
「俺と付き合ってたのは?」
「どうだろう。竜也と國近の仲が悪いから気がついてたかもな。2人が仲悪くなる理由無いだろ」
「そうか…」高校時代にカミングアウトするという選択肢はなかった。していたら國近の家に泊まりに行くことはできなかっただろう。
「國近の親は?」
「うちの親は放任。金は出すから自分で決めて好きにすればいい、会社は兄貴が継ぐ予定。中学の時に付き合ってた彼女がいて…、親から『結婚するなら賢い女にしろ』って言われたんだ。バカ女と結婚してバカな子供が生まれたら迷惑だって」
「俺と付き合ってたのは親への反抗?一過性のゲイ?」
「……」
「全然それで構わない。お前すげぇいい奴だから、付き合えて楽しかった」
「柊斗、俺まだお前の事好きだ」
「俺も國近の事は好き。嫌いで疎遠になったわけじゃない」
明智もそうだった。どうしようもなかったのだ。
そして、明智は約束を守った。約束を守って迎えに来て、一緒に生きて行こうとしてくれている。
「國近の幸せを祈ってる」運転しながら、助手席のたくましい肩を叩いた。
「坂本ー!!」
「坂本だー!!」
國近の初ディズニーを祝うために集まったはずが、高校卒業後、アメリカに留学してからほとんど帰国出来ていなかった坂本が日本にいる、そして今からディズニーで合流すると言い、坂本に会いたかった皆は続々とディズニーに集まった。
「坂子ー」南雲まで来て、坂本の肩を抱いた。
「南雲のしつこさは病気だろ。テニスネタいつまで擦ってんだ」
「俺は未だに坂子で抜いてる」
「坂本こっち来い。南雲から守ってやる」
帰国して早々南雲に絡まれた坂本を連れてくる。
「柊斗、お前に会うとホッとするな。もっと早く会いに来れば良かった。帰国すると毎回大学だなんだとバタバタしていて…」
「久しぶり。誰ともけんかしないで過ごせてるか」
「何回か殺すって脅された以外は無事。生きてる」
「良かった。カチューシャ買うぞ」
集まった10人ほどで同じカチューシャを買う。
「國近初めて来たんだ」
「感動してる」
「彼女と来なくて良かったのかよ」
みんな好き勝手言いながら、園内をうろつき、適当に何か買って食べ、ポップコーンも買った。
花火が上がり、いつの間にか閉園の時間になる。
「どう?」
「来てよかった。メンバーも最高」
「あ、また南雲が坂本にくっついてるな。なんだ、アレ」
「行くな、柊斗」坂本を助けに行くのを、腕をつかんで引き留められる。
「行かない」
國近はかすかに辛そうな顔をした。
帰りの車には坂本と清田を乗せて、懐かしい一緒にランチを取っていたメンバーで帰った。
お互いに近況を話した。
「俺、結婚する」
「柊斗が一番乗りか。おめでとう」
「ありがとう。中学の同級生で中学1年から付き合って…親の転勤で離れたけど、大学1年の時にやり直したいって会いに来てくれたんだ。昨日、親に付き合ってるって話したら結婚式の話も出た」
「どんな子」
「あのさあ、俺ゲイなんだよ。だから相手は男」
「知ってる。どんな子だ」坂本が言った。
「……」車内は静まりかえった。
「なんでわかった」
「言わない。怖がらせたくない」
「どういう意味だよ」
「観察力のおかげで大概の事はわかる」
「怖いな。さとりかよ」
「だから言わない。明智くんとお幸せに」
「……俺、相手の名前言ったか」
バックミラーで清田が少し坂本から離れたのが見えた。
清田と坂本をそれぞれの家でおろし、國近と二人きりになった。
「坂本ってアメリカで心理学の研究なんかしてんだ。びっくりしたな。博士号目指してるの初めて聞いた。頭いいんだな」
「俺たちのこともバレてる。お母さんと同じ」
「坂本は言わねえだろ」
國近も家まで送る。
「柊斗、来いよ」
「いつか、行く」
「いつ?」
「いつか」
マンションの前に國近を置き去りにして、明智のマンションまで車を走らせた。
何が正しく、何が間違っているのかわからないが、心理学を勉強しなくても國近から離れるのがお互いのためな事くらいはわかった。
明智のマンションにつき、カチューシャをつけたままシンクに取り残された皿を洗う。
乾燥の終わったタオルを出してたたんでいたところに、玄関の音がして明智が顔を出した。
「かわいい」
「おかえり」
「どこ言ってたって聞かないでもわかるな。キャラメルの匂い」
「ポップコーンだろ。青羽の連中と10人でディズニーランドに行ってきた」
「かわいい。遊んでるときの写真見せて」
「明智って俺のこと本当に好き。友達にも結婚するって言ったら『明智とだろ』って言われた」
「國近に?」
「違う。坂本」
「え?俺、知り合い?サッカー部?」
「坂本は剣道。アメリカの大学で博士目指してる」
「絶対に俺の知り合いじゃないな」
「坂本はわけわかんねえくらい頭いいから、考えるだけ無駄」
キャラメルくさいキスをしてから、一緒に風呂に入る。
「國近は」
「来た。カチューシャつけてポップコーン食ってた」
「國近が?」
「うん」
「俺ともデートして」
「うん」
「指輪して行ったんだ」
「うん」
「かわいい。うんしか言えない?」
「うん」ふざける。こういうおふざけを恥ずかしげもなく出来るのが明智のいいところだと思う。
「結婚して」
「うん」
「やった」
明智が笑った。
中学1年の頃は自分よりずっと背が高くて、きつい顔だと思っていた。今は話しているときに嬉しそうに笑っている事が多く、かわいい。
ファーストキスをした人と結婚する、と思うと不思議だ。実際には結婚はできないけれど、親や友人に祝福されて『好きな人と一緒にいる』事ができる。
翌週、竜也が渡辺未悠と結婚した。


