「「「「ぎゃあああぁあぁぁぁぁ!!!」」」」
漆黒の霧と禍々しい瘴気が漂うそこは『魔界』と呼ばれる『魔物』が巣喰うエリア。
その『魔物』を統括する『魔王』の根城である魔王城から、その複数の断末魔が響き渡っていた。
勇者パーティと魔王との決戦開始から、ほんの数秒後に放たれた魔王の『最上級古代語魔法《ハイ・エンシェント》』にして、三大禁呪攻撃魔法の一つ『焼夷獄空間《トラジェディー・ドゥーム》』が勇者パーティを直撃し、大きな断末魔の叫びが天井から吊り下がるブラックアダマンタイト製のシャンデリアを軽く振動させていた。
鏡面仕上げの大理石が敷き詰められたフロアに勇者パーティのメンバーが、人の形状を崩しながら炭屑と化していた。
元が何であったか想像もつかない、そんな勇者たちだった成れの果てを目の前に、佇む魔王は口元を少し緩ませた。
その時、魔王城の城門にひとりの男が到着したところだった。
「毎度ぉ~♪」
男は城門に立ちはだかる巨人の門番を見上げる。
すぐさま、巨人の門番は、死の門番のような邪悪な容姿とは裏腹にとても丁寧に会釈をし、隅に設置してある内線通信端末機の小さな受話器を大きな手を器用使い口元へともっていく。連絡がついたのか再び会釈すると持ち場へと戻って行った。しばらくすると、奥から現れた最上位悪魔神官がいつもの様に笑顔で出迎える。
「これは、神父様。いつもお世話になっております」
頭に異形な鋭い角を二つ有している他は、人の女性と容姿はほぼ変わらない。角さえ隠せば、『人界』で絶世の美女ともてはやされることは間違いない。そんな最上位悪魔神官は軽く会釈すると、慣れたように男を『 玉座の間 』に直通するエレベーターの隠し扉の前へ案内する。
男は白を基調とする金の刺繍飾りを施された聖職衣を身にまとっていた。職業は神父、名はデュリオッツ。
『人界《ヒューマンエリア》』のリージ・マース大陸の端にある、至極小さな村『伝説の村』で教会を営んでいる。
彼は主に勇者達の呪いを解いたり、次のレベルアップに必要な経験値の報告と、この職業の最も重要なお仕事でもある……そう、死者を生き返らせる事なのだが……。実は死者を蘇生する前に一仕事が待っている。
それは、パーティが全滅し、屍となって動けなくなった勇者たちの回収作業だ。
回収後、あたかも教会で何事もなく復活したように振る舞う。勇者達には、どんな悲惨な死体だったかも口を滑らす事なく自分の胸に止め、彼らが心身共に気持の良い復活を心掛ている。中には、勇者に罵声を浴びせる神父もたまにはいるとか、いないとか……。新たな冒険への手続きも代行したり、スムースな再出発のセッティングなど、抜かりなく施しているのも神父のお仕事なのである。
「エルス、今回の勇者たちはどうだった? 」
「あ、はい。デュリオッツ様。中の下 程度でしょうか?」
先導する最上位悪魔神官のエルスは遠慮することもなく即答する。彼女は魔王の有能な右腕であり、武力と智力と共に優れている。ハッキリ言ってそこらの勇者パーティーが束になっても敵わない。
「 中の下か… 」
デュリオッツはエレベーターの階数表示を眺めながら思いにふける。確かに、低レベルでのRTAで魔王討伐を試み、スピードクリアを自慢とする勇者も少なからず存在する。そんな感覚で魔王討伐に挑もうなどもってのほかだ。
それでも、魔王の直前には、目の前の彼女が控えていたはずだ。最上位悪魔神官のエルスが勇者を相手にするからには、彼らのレベルがそれ相当に達していたはずである。彼女はわざと負け、勇者と魔王の対戦を譲る手筈になっていたが。
「勇者パーティーの連携ミス……なのか? 魔王が手加減を怠った……のか?」
「……お恥ずかしながら……後者です……」
デュリオッツがエルスの目を合わせると、エルスはやや右下へ目を反らしながらそう答える。
「魔王様が……、早くデュリオッツ様にお会いしたいと想うあまり……初手から全力でお相手してしまいまして……」
「はは……」
デュリオッツは魔王から好意を持たれているのは、うすうす気付いていたのだ。ただ、こうハッキリ伝えられると、流石にテレを隠せずに渇いた笑いをしながら、頭上にある階数表示の針をジッと目で追っていた。
「昨日、東の勇者パーティを回収しに来たばかりだったよな……」
「そうでしたね」
エルスがクスリと微笑むとちょうど階数表示は最上階を示し、エレベーターは静かに動きを止め、前方の扉がゆっくりと開いた。
「神父さま!」
魔王はデュリオッツの姿が見えたのを確認すると恍惚な表情を浮かべ、一目散に走り寄ってくる。
「これは、お早いお着きで」
走り寄る魔王はデュリオッツのもとへさらに必要以上に近付き、
目をランランと輝かせて見上げていた。
「おい、魔王!ちゃんと手加減してくれよ? 昨日の今日じゃないか。勇者の面目もあるんだ」
無邪気な表情で見つめてくる魔王に問い詰める。
「何を言う。神父さま、手加減はしておるよ。勇者どもが非力過ぎるのだよ」
「はぁ……」
デュリオッツは項垂れた自分の頭を片手で抱える。それを横で見ていたエルスは肩を軽く震わせながら、声を押し殺して笑っていた。
確かに、この『魔界』での悪魔階級で言えば、下位悪魔・上位悪魔・最上位悪魔・魔将・魔王・魔神・魔神王……と並ぶが、某RPGゲームでも上位悪魔から勇者専用の伝説武具シリーズ数点揃えただけで即、魔王討伐へ挑む事自体が、土台無理な世界観と進行設定だと言える。
まぁ、魔王の言う事も一理ある……。
が……先程、エルスから『本当の理由』を聞かされていたので、とても複雑な心境だった。
「どうしたのだ? 神父さま?」
彼女はデュリオッツの顔をまん丸にした瞳でジッと見つめて反応を伺っている。
「ふ、何でもないよ。強いな魔王は」
デュリオッツは彼女の頭を優しく撫でた。
「そ、それ程の事では無いのだよ! 神父さま♪」
魔王の頬はほんのり赧らめ、悶え喜んでいた。それを横で微笑ましく眺めているエルスがいた。
幼く見える容姿だけで戦闘力を判断すると、痛い目を見るのは間違いない。どう見ても角の様なアクセサリーが付いただけの『女の子』なのだから。怪盗一味の誰かが言っていた『裏切りは女のアクセサリー』のセリフがふと頭を過ぎった。
慕ってくれてるうちは幸せだ。悪魔軍勢を統べる魔王だけに、裏切られたら魔界だけに地獄をみる事になる。
彼女は赤を基調としたローブを纏い、潤んだ瞳は黄金色。髪は見ると吸い込まれそうになるほど漆黒である。
柔らかな髪質に魔王だが、天使の輪の艶がとても似合っていた。幼女体型でエルスの豊胸とは真逆であったが、尻フェチであるデュリオッツには何の問題も無かった。
「アレだな……」
デュリオッツは、フロアに四つの大袈裟な埃の塊を確認すると、そちらに向かい状態を調べ始めた。
「これ、禁呪魔法じゃないか……まったく魔王のヤツ」
デュリオッツは呪文詠唱とともに、揃えた人差指と中指でルーン文字と、小型の八芒星魔法陣を四つ空中に描いてゆく。各々光を放つ魔法陣の中央部には、ブラックホールのような暗黒に繋がる孔がポツリと空いていた。
「さすが、対魔神用の禁呪魔法だけはあるよな……こんな消し炭となってしまって……」
魔王は強い。故に上位クラスの魔神候補として目をつけられ、日々、『別の魔王』がライバルが潰しに来るのだ。そこで、魔王の護身の為に禁呪攻撃魔法を授けたのだ。
昔、祖父から聞いた話では、魔界には魔王が九十九体、魔神が十五体、魔神王は二体との存在が確認されていた。
しかし、現在の魔王はかなり数を減らしているはずである。
当時、祖父のパーティーが四十七体の魔王を討伐し、二十四体をこの自分の手で塵と化したからだ。
それでも、まだ存在する『別の魔王』の強襲には充分な警戒が必要だった。
デュリオッツは作業を続ける。四つの塊をフロアから履き取り、持参した四つの大き壺へ丁寧に詰め込む。封をしては空中で浮かぶ四つの魔法陣の孔へ、順番に収めていった。壺が放り込まれると、魔法陣が閉じていく。
「 よし、完了 」
作業を終えたところで、エルスがやって来た。
「 デュリオッツ様、お茶のご用意が出来ております。どうぞこちらへ 」
「 ありがとう。頂くよ 」
テーブルには茶器と見慣れた菓子と苺のケーキが並べてあった。人界から行商のアレスが嗜好品やら特産物を魔界に持ち込んで来るのだ。魔界では好評らしい。
すでに魔王が行儀良く椅子に座って、苺のケーキを目の前にお預けを食らっていた。
「まだかの?早くこの赤い実がのったケーキとやらが食べたいのだよ 」
魔王はじっと苺のケーキを凝視している。デュリオッツと一緒に食べようと我慢していたのだ。なんとも健気である。
「ごめんな、魔王。お待たせ」
「うむ。待ちわびたのだよ。さて、さて。これは、どんなお味かの?」
デュリオッツが席に着くと、魔王は真っ先に、手にしたフォークで赤い実を刺し、小さな口へ頬張った。なんとも至福なひと時を満喫してるであろう、このトロけそうな表情で満面の笑みを浮かべていた。
「コレは何とも美味じゃの。何とも甘い果実なのか 」
「魔王さまったら、お口にクリームが付いてますよ」
エルスが優しい表情で、魔王の口に付いたクリームをハンカチで拭き取っている。魔王のお目当てのスイーツもお口に収まっている事だし、デュリオッツは魔界の近況でも聞くことにした。
「魔王、勇者達の熟練度や、別の魔王の気になる動きはどうかな?」
「うむ。勇者どもは相も変わらず弱過ぎるのだよ。あれでは、後に控える魔神討伐戦に参戦出来るとは、お世辞でも言えぬよ」
「対魔神禁呪魔法《魔王ランク上の魔神専用攻撃魔法》を勇者パーティにぶっ放しておいて、なんて手厳しい…」
「昨夜、別の魔王がの、神父さまがお帰りになった後、強襲してきたのだよ」
「そうなのか? 言ってくれれば、すぐ加勢しに来たのに」
「そんな、魔王ランク如きで神父さまにご足労はかけられぬよ。上限解放魔法攻撃力最大化の隕石落で塵にしてやったよ。魔王ランクにてこずるようでは、神父さまに笑われてしまうからの」
以前、別の魔王を無双した自分が言える事じゃないが、いきなりチート級の大量な隕石を落とされて、塵に還った別の魔王には同情するよ。
「じゃあ、例の魔神の方はどうかな?」
「うむ。今の所、全くの情報無しだの。ただ、地下第七階層で魔神候補である別の魔王数体が結託し、大型の魔王城を築いたとの噂は入ってきてはおるので、もしや、例の魔神が裏で手引きをしているかも知れぬの。あくまで噂なので大した情報では無いな、すまないの神父さま」
「いいよ。地下第七階層なら緊急は要しないだろう。魔神は複数で動く事は希らしいけど、知能は相当高い。『人界』の全てを我が手中に収めようと何を目論んでいるか分からんから、用心はしておくようにな」
「うむ。わかったのだ」
魔王は終始ご機嫌だった。デュリオッツが気に掛けてくれているのが、嬉しくて仕方がなかった。溢れ出す笑みが抑えきれなくなっている、そんなキュンっとする魔王の様子を眺めて悶えるエルスがいた。
唯一、若かれし頃のデュリオッツの祖父が率いる勇者パーティが、魔界地下第十五階層で二体の魔神と遭遇し激戦の末、一体の魔神に深傷を負わせるも取り逃がしてしまうが、残ったもう一体の魔神の絶命寸前に無理やり得た貴重な情報を入手する。
それは、魔界の最脅威である二体の『魔神王』の寿命が尽きようとしていた事、祖父たちと一戦交えて深傷を負った魔神が魔神王候補の一体であった事、『人界』と『魔界』を繋ぐダンジョンを経由した『ゲート』を開こうとしている事など、最重要機密情報として即、国王へ内密に通達された。
事態を重く受け止めた国王は、来たる新たな脅威となる『魔神王』の誕生と『人界』に忍び寄る『ダンジョンゲート』の阻止と対策とした『勇者』を育成強化する為の施設を創る事にしたのだ。
その施設から勇者が誕生し、この魔王の魔王城を実践経験とレベル上げの為に貸して貰っている。
魔王は言わば、『人界《ヒューマンエリア》』にとって良き理解者であり、魔界の住人であっても唯一頼もしい味方であった。
漆黒の霧と禍々しい瘴気が漂うそこは『魔界』と呼ばれる『魔物』が巣喰うエリア。
その『魔物』を統括する『魔王』の根城である魔王城から、その複数の断末魔が響き渡っていた。
勇者パーティと魔王との決戦開始から、ほんの数秒後に放たれた魔王の『最上級古代語魔法《ハイ・エンシェント》』にして、三大禁呪攻撃魔法の一つ『焼夷獄空間《トラジェディー・ドゥーム》』が勇者パーティを直撃し、大きな断末魔の叫びが天井から吊り下がるブラックアダマンタイト製のシャンデリアを軽く振動させていた。
鏡面仕上げの大理石が敷き詰められたフロアに勇者パーティのメンバーが、人の形状を崩しながら炭屑と化していた。
元が何であったか想像もつかない、そんな勇者たちだった成れの果てを目の前に、佇む魔王は口元を少し緩ませた。
その時、魔王城の城門にひとりの男が到着したところだった。
「毎度ぉ~♪」
男は城門に立ちはだかる巨人の門番を見上げる。
すぐさま、巨人の門番は、死の門番のような邪悪な容姿とは裏腹にとても丁寧に会釈をし、隅に設置してある内線通信端末機の小さな受話器を大きな手を器用使い口元へともっていく。連絡がついたのか再び会釈すると持ち場へと戻って行った。しばらくすると、奥から現れた最上位悪魔神官がいつもの様に笑顔で出迎える。
「これは、神父様。いつもお世話になっております」
頭に異形な鋭い角を二つ有している他は、人の女性と容姿はほぼ変わらない。角さえ隠せば、『人界』で絶世の美女ともてはやされることは間違いない。そんな最上位悪魔神官は軽く会釈すると、慣れたように男を『 玉座の間 』に直通するエレベーターの隠し扉の前へ案内する。
男は白を基調とする金の刺繍飾りを施された聖職衣を身にまとっていた。職業は神父、名はデュリオッツ。
『人界《ヒューマンエリア》』のリージ・マース大陸の端にある、至極小さな村『伝説の村』で教会を営んでいる。
彼は主に勇者達の呪いを解いたり、次のレベルアップに必要な経験値の報告と、この職業の最も重要なお仕事でもある……そう、死者を生き返らせる事なのだが……。実は死者を蘇生する前に一仕事が待っている。
それは、パーティが全滅し、屍となって動けなくなった勇者たちの回収作業だ。
回収後、あたかも教会で何事もなく復活したように振る舞う。勇者達には、どんな悲惨な死体だったかも口を滑らす事なく自分の胸に止め、彼らが心身共に気持の良い復活を心掛ている。中には、勇者に罵声を浴びせる神父もたまにはいるとか、いないとか……。新たな冒険への手続きも代行したり、スムースな再出発のセッティングなど、抜かりなく施しているのも神父のお仕事なのである。
「エルス、今回の勇者たちはどうだった? 」
「あ、はい。デュリオッツ様。中の下 程度でしょうか?」
先導する最上位悪魔神官のエルスは遠慮することもなく即答する。彼女は魔王の有能な右腕であり、武力と智力と共に優れている。ハッキリ言ってそこらの勇者パーティーが束になっても敵わない。
「 中の下か… 」
デュリオッツはエレベーターの階数表示を眺めながら思いにふける。確かに、低レベルでのRTAで魔王討伐を試み、スピードクリアを自慢とする勇者も少なからず存在する。そんな感覚で魔王討伐に挑もうなどもってのほかだ。
それでも、魔王の直前には、目の前の彼女が控えていたはずだ。最上位悪魔神官のエルスが勇者を相手にするからには、彼らのレベルがそれ相当に達していたはずである。彼女はわざと負け、勇者と魔王の対戦を譲る手筈になっていたが。
「勇者パーティーの連携ミス……なのか? 魔王が手加減を怠った……のか?」
「……お恥ずかしながら……後者です……」
デュリオッツがエルスの目を合わせると、エルスはやや右下へ目を反らしながらそう答える。
「魔王様が……、早くデュリオッツ様にお会いしたいと想うあまり……初手から全力でお相手してしまいまして……」
「はは……」
デュリオッツは魔王から好意を持たれているのは、うすうす気付いていたのだ。ただ、こうハッキリ伝えられると、流石にテレを隠せずに渇いた笑いをしながら、頭上にある階数表示の針をジッと目で追っていた。
「昨日、東の勇者パーティを回収しに来たばかりだったよな……」
「そうでしたね」
エルスがクスリと微笑むとちょうど階数表示は最上階を示し、エレベーターは静かに動きを止め、前方の扉がゆっくりと開いた。
「神父さま!」
魔王はデュリオッツの姿が見えたのを確認すると恍惚な表情を浮かべ、一目散に走り寄ってくる。
「これは、お早いお着きで」
走り寄る魔王はデュリオッツのもとへさらに必要以上に近付き、
目をランランと輝かせて見上げていた。
「おい、魔王!ちゃんと手加減してくれよ? 昨日の今日じゃないか。勇者の面目もあるんだ」
無邪気な表情で見つめてくる魔王に問い詰める。
「何を言う。神父さま、手加減はしておるよ。勇者どもが非力過ぎるのだよ」
「はぁ……」
デュリオッツは項垂れた自分の頭を片手で抱える。それを横で見ていたエルスは肩を軽く震わせながら、声を押し殺して笑っていた。
確かに、この『魔界』での悪魔階級で言えば、下位悪魔・上位悪魔・最上位悪魔・魔将・魔王・魔神・魔神王……と並ぶが、某RPGゲームでも上位悪魔から勇者専用の伝説武具シリーズ数点揃えただけで即、魔王討伐へ挑む事自体が、土台無理な世界観と進行設定だと言える。
まぁ、魔王の言う事も一理ある……。
が……先程、エルスから『本当の理由』を聞かされていたので、とても複雑な心境だった。
「どうしたのだ? 神父さま?」
彼女はデュリオッツの顔をまん丸にした瞳でジッと見つめて反応を伺っている。
「ふ、何でもないよ。強いな魔王は」
デュリオッツは彼女の頭を優しく撫でた。
「そ、それ程の事では無いのだよ! 神父さま♪」
魔王の頬はほんのり赧らめ、悶え喜んでいた。それを横で微笑ましく眺めているエルスがいた。
幼く見える容姿だけで戦闘力を判断すると、痛い目を見るのは間違いない。どう見ても角の様なアクセサリーが付いただけの『女の子』なのだから。怪盗一味の誰かが言っていた『裏切りは女のアクセサリー』のセリフがふと頭を過ぎった。
慕ってくれてるうちは幸せだ。悪魔軍勢を統べる魔王だけに、裏切られたら魔界だけに地獄をみる事になる。
彼女は赤を基調としたローブを纏い、潤んだ瞳は黄金色。髪は見ると吸い込まれそうになるほど漆黒である。
柔らかな髪質に魔王だが、天使の輪の艶がとても似合っていた。幼女体型でエルスの豊胸とは真逆であったが、尻フェチであるデュリオッツには何の問題も無かった。
「アレだな……」
デュリオッツは、フロアに四つの大袈裟な埃の塊を確認すると、そちらに向かい状態を調べ始めた。
「これ、禁呪魔法じゃないか……まったく魔王のヤツ」
デュリオッツは呪文詠唱とともに、揃えた人差指と中指でルーン文字と、小型の八芒星魔法陣を四つ空中に描いてゆく。各々光を放つ魔法陣の中央部には、ブラックホールのような暗黒に繋がる孔がポツリと空いていた。
「さすが、対魔神用の禁呪魔法だけはあるよな……こんな消し炭となってしまって……」
魔王は強い。故に上位クラスの魔神候補として目をつけられ、日々、『別の魔王』がライバルが潰しに来るのだ。そこで、魔王の護身の為に禁呪攻撃魔法を授けたのだ。
昔、祖父から聞いた話では、魔界には魔王が九十九体、魔神が十五体、魔神王は二体との存在が確認されていた。
しかし、現在の魔王はかなり数を減らしているはずである。
当時、祖父のパーティーが四十七体の魔王を討伐し、二十四体をこの自分の手で塵と化したからだ。
それでも、まだ存在する『別の魔王』の強襲には充分な警戒が必要だった。
デュリオッツは作業を続ける。四つの塊をフロアから履き取り、持参した四つの大き壺へ丁寧に詰め込む。封をしては空中で浮かぶ四つの魔法陣の孔へ、順番に収めていった。壺が放り込まれると、魔法陣が閉じていく。
「 よし、完了 」
作業を終えたところで、エルスがやって来た。
「 デュリオッツ様、お茶のご用意が出来ております。どうぞこちらへ 」
「 ありがとう。頂くよ 」
テーブルには茶器と見慣れた菓子と苺のケーキが並べてあった。人界から行商のアレスが嗜好品やら特産物を魔界に持ち込んで来るのだ。魔界では好評らしい。
すでに魔王が行儀良く椅子に座って、苺のケーキを目の前にお預けを食らっていた。
「まだかの?早くこの赤い実がのったケーキとやらが食べたいのだよ 」
魔王はじっと苺のケーキを凝視している。デュリオッツと一緒に食べようと我慢していたのだ。なんとも健気である。
「ごめんな、魔王。お待たせ」
「うむ。待ちわびたのだよ。さて、さて。これは、どんなお味かの?」
デュリオッツが席に着くと、魔王は真っ先に、手にしたフォークで赤い実を刺し、小さな口へ頬張った。なんとも至福なひと時を満喫してるであろう、このトロけそうな表情で満面の笑みを浮かべていた。
「コレは何とも美味じゃの。何とも甘い果実なのか 」
「魔王さまったら、お口にクリームが付いてますよ」
エルスが優しい表情で、魔王の口に付いたクリームをハンカチで拭き取っている。魔王のお目当てのスイーツもお口に収まっている事だし、デュリオッツは魔界の近況でも聞くことにした。
「魔王、勇者達の熟練度や、別の魔王の気になる動きはどうかな?」
「うむ。勇者どもは相も変わらず弱過ぎるのだよ。あれでは、後に控える魔神討伐戦に参戦出来るとは、お世辞でも言えぬよ」
「対魔神禁呪魔法《魔王ランク上の魔神専用攻撃魔法》を勇者パーティにぶっ放しておいて、なんて手厳しい…」
「昨夜、別の魔王がの、神父さまがお帰りになった後、強襲してきたのだよ」
「そうなのか? 言ってくれれば、すぐ加勢しに来たのに」
「そんな、魔王ランク如きで神父さまにご足労はかけられぬよ。上限解放魔法攻撃力最大化の隕石落で塵にしてやったよ。魔王ランクにてこずるようでは、神父さまに笑われてしまうからの」
以前、別の魔王を無双した自分が言える事じゃないが、いきなりチート級の大量な隕石を落とされて、塵に還った別の魔王には同情するよ。
「じゃあ、例の魔神の方はどうかな?」
「うむ。今の所、全くの情報無しだの。ただ、地下第七階層で魔神候補である別の魔王数体が結託し、大型の魔王城を築いたとの噂は入ってきてはおるので、もしや、例の魔神が裏で手引きをしているかも知れぬの。あくまで噂なので大した情報では無いな、すまないの神父さま」
「いいよ。地下第七階層なら緊急は要しないだろう。魔神は複数で動く事は希らしいけど、知能は相当高い。『人界』の全てを我が手中に収めようと何を目論んでいるか分からんから、用心はしておくようにな」
「うむ。わかったのだ」
魔王は終始ご機嫌だった。デュリオッツが気に掛けてくれているのが、嬉しくて仕方がなかった。溢れ出す笑みが抑えきれなくなっている、そんなキュンっとする魔王の様子を眺めて悶えるエルスがいた。
唯一、若かれし頃のデュリオッツの祖父が率いる勇者パーティが、魔界地下第十五階層で二体の魔神と遭遇し激戦の末、一体の魔神に深傷を負わせるも取り逃がしてしまうが、残ったもう一体の魔神の絶命寸前に無理やり得た貴重な情報を入手する。
それは、魔界の最脅威である二体の『魔神王』の寿命が尽きようとしていた事、祖父たちと一戦交えて深傷を負った魔神が魔神王候補の一体であった事、『人界』と『魔界』を繋ぐダンジョンを経由した『ゲート』を開こうとしている事など、最重要機密情報として即、国王へ内密に通達された。
事態を重く受け止めた国王は、来たる新たな脅威となる『魔神王』の誕生と『人界』に忍び寄る『ダンジョンゲート』の阻止と対策とした『勇者』を育成強化する為の施設を創る事にしたのだ。
その施設から勇者が誕生し、この魔王の魔王城を実践経験とレベル上げの為に貸して貰っている。
魔王は言わば、『人界《ヒューマンエリア》』にとって良き理解者であり、魔界の住人であっても唯一頼もしい味方であった。

