「やっべぇ!マジで遅刻するっ!」

焦りすぎて上手く履けない靴に苛立ちを覚えつつ、勢いよく玄関の扉を開け放つ。始業まであと15分。普段は歩いて20分。ダッシュで行けばギリ間に合う!

朝ごはんが間に合うはずもなく生の食パンを食わえて走る。食パンを食わえ、いっけな〜い!遅刻遅刻!なんて、昨日妹の部屋で呼んだ少女漫画を思い出す。小柄で可愛い見た目なはずもなく、所属しているバスケ部のせいで鍛えられた上半身が男子高校生だということを強調させる。想像しただけでも吹き出しそうだ。

いつもより重たいリュックを揺さぶりながら全力で走る。あと半分!このまま行けば間に合う!
そんな時、ドンッと、なにかにぶつかり飛ばされる。

「痛ってぇ...なんだ?誰だ?」

じいちゃんばあちゃんとかじゃないだろうな。
恐る恐るぶつかった先を見てみると、そこにはスッとした切れ長の一重の目、そして耳にはバチバチのピアスをつけた男子高校生がいた。
うわ、かっこいいー、
同じ制服を着ているため間違いなく男子高校生なことは確かで、男の俺でも見とれてしまうほどだった。

「す、すいません。大丈夫ですか?立てます?」

全力で走っていた俺にぶつかったにも関わらず平然と立っている彼は腰を屈めて手を伸ばした。

「あ、はい、大丈夫っす。すんません。」

差し伸べれた手を取ると、グッと少し力を入れて立ち上がるのを手伝ってくれる。こいつむちゃくちゃ強くないか?
うわ、思った以上に身長高い、うらまやしー。立ち上がると少し小さめの俺との身長差が顕著に表れる。

「あ、割とちっちゃい...」

は、?立ち上がりお礼を言おうとした瞬間に言われた言葉。割とちっちゃい?初対面に対して言うことか?こちらは昔から気にしていることだぞ、牛乳を飲み続けて何年だと思ってる。
キレて言葉も出ない俺に対して口に出していたことに気づいてないのか、彼は無言な俺にハテナマークを浮かべながら

「俺が言うのもなんですけど、時間大丈夫ですか?」

と気にかけてきた。

「あ?!時間!そんじゃ、すんませんした!」

俺は偉い子なので煽られてもしっかりと謝罪をし走っていった。彼は焦らなくてもいいのだろうか。そもそもあんな人、うちの学年にいたかな、?そんなことを考えながらダッシュで教室へ向かった。

「今日も遅刻ギリギリじゃねーか。俺は電話したからな?1年3組古張伊那芽(こばりいなめ)君よぉ。」
「いや、マジで危なかった...先生毎回遅れてきてくれるの神」

ガタガタっといわせながら雑に席につくと前の席にいる神野壮介(じんのそうすけ)が呆れた顔で文句を言う。こいつは中学からの仲で朝の弱い俺にモーニングコールを頼んでいる。まぁそれでも起きられないのでそろそろモーニングコールは廃止になりそうなのだが。
会話を終えると俺は教室を見渡す。
まぁ、いないよなぁ、あんな顔教室にいたら覚えてるだろうしな、他のクラスかな。朝ぶつかった高校生は制服が学ランで、この辺りで学ランはうちの男子校しかない。裏返っていた名札は自分と同じ1年生を表す緑だった。

「SHR始めるぞー」

担任が入ってくるとザワザワしていた教室が静まる。

「今日は前から言ってた転校生が来る日だ。曽我、入ってきていいぞ」
「え、転校生なんて言ってたか?」

寝ようと思っていたが、突然のビックニュースに顔を上げ、壮介に聞く。

「二学期始まってすぐに言ってただろ。あー、お前夏風邪で休んでたのか。」
「教えてくれても良くないか?」

なんでこんなビックニュースを周りは誰も教えてくれないのか。大してザワザワもしてなかったため、今の今まで本当に知らなかった。みんな興味無いのか?ここは男子校なので可愛い女子がーとかはないが、シンプルに仲良くなれたらいいなと思い、ワクワクする。
ガラガラっと教室の扉が開き、転校生が入ってくる。もさっとした髪、前髪のせいで見えない目、でかい身長。これは...仲良くなるのに時間がかかりそうなタイプだ。

曽我樹(そがいつき)です。よろしくお願いします。」

低く小さい声で挨拶をし、少し頭を下げた後、長い前髪の隙間から目が合った。

「お前!朝のやつじゃん!」

思わず大声で叫んでしまった。曽我も驚いているようで、切れ長の一重が見開かれる。

「なんだ?知り合いか?なら藤田、お前が曽我のこと案内して、色々教えてやってくれ。」
「は?!ヤなんだけど!!」

初対面で煽ってきたこいつを案内?!
ヤダヤダと駄々をこねる俺の抵抗は先生の頼むよ、の一言であっさり却下されてしまった。俺の横に少し気まずそうな曽我が座る。少女漫画展開、まだ続くのか...
昨日妹の部屋で少女漫画を読むんじゃなかったと後悔する俺は、まだまだ少女漫画のような展開が起こることを知る由もなかった。