大きな買い物袋を抱えて、キャリーケースを引っ張りながら急いで集合場所に向かう。思ったよりも時間が掛かってしまい、結構青木を待たせてしまう事になってしまった。
 集合場所の長椅子が近づいてきて、そこに青木は座っているのが見えた。どうやら文庫本を読みながら待っているようだった。傍には大きな買い物袋があって、彼も何か買ったみたいだ。一体何を買ったのだろう。
「お待たせ」
 到着すると、息を整えながら伝える。青木は本を閉じるとムスっとした顔を私に向けてきた。
「……やけに時間が掛かるのな」
 本当はもっと文句を言いたかったのだろうけど、言葉を選んで言ったのが分かった。
「あれ?女の子と買い物行ったことないの?」
 その言葉に青木が明らかに怯む。反応が分かりやすくって可愛く思えてしまった。それだけで、文句を言われたのも許してしまいそうだった。
「まだ、着替えていないんだな」
 私の全身を見ながら言ってくる。確かにまだ制服だった。
「うん、時間が無くって」
「そこにトイレがあるから着替えてきなよ」
 青木が指差した方向に確かにトイレの案内看板があった。
 彼は文庫本を読むのを再開したので、買ってきたものを全て預けると、私一人でトイレへと向かった。
 個室の中に入ると、あらかじめタグを取って貰っていた新しい服へと着替える。すると一気に気分が明るくなったような気がした。
 着ていた制服は買い物の時に貰った袋の中に詰め込む。その袋の中身を見て思う。私にとって、制服は死装束だった。着ていた時はいつでも死んでいたようだったし、実際その格好で死のうとしていた。
 何処までも深い不快な紺色の制服。
 邪魔だと思った。この旅では必要のないもの。もう、いらない。
「お待たせ!どうかな?」
 トイレから出てくると早速外で待って居た青木に着替えた服を見せつける。可愛いって言ってくれればいいのに、彼は渋い顔をした。
「目立つ格好のものは買うなって言ったよな。履くものもズボンだって」
 そう、青木に見せつけたのはお洒落な洋服でスカートだった。
「一着ぐらいいいじゃない。そうしないとつまらないじゃん」
「面白いつまらないっていう問題じゃないんだよ」
「もう買っちゃったもんね、状況に合わせて着替えればいいでしょ?」
 はぁ、と青木は溜息を付いた。何を言っても無駄だと感じたのだろう。そう思わせたとしたら私の勝ちだった。
「というわけで、バイバイ、さようなら」
 近くにあったゴミ箱にもう用済みとなった袋を捨てる。入れるとなんだか心がスッキリした気分になった。
「何を……捨てたんだ?」
「制服。もう、いらないもの」
「どうして?」
「どうしてって。だってもう要らないじゃない。あの場所に戻ないんだから。あの学校に。あんなイジメられる場所に」
 せっかく忘れかけてたのに思い出してしまい、胸が締め付けられて苦しくなる。
「だから、もういいの」
「だからって捨てることないだろ?」
 青木は粘る。何をそんなに拘るのだろう。服を捨てるのが勿体ない?売ればいいとか?いや、早くこんな服捨ててしまいたかった。
 キャリーケースに入る量は決まっている。この中に入る分しか私の持ち物は増やせない。だから1着分だけの容量でも貴重だ。
 青木はまだ気に入らないらしく、口を開きかけた。でも私はもう聞きたくなんてなかった。
「もういいよ」
 無視してキャリーケースを開けて買った物を詰め込んでいく。すると中はすぐにパンパンとなってしまった。ほら、やっぱり制服なんて要らなかったじゃない。
 詰め終わると、持ち物はキャリーケースとリュックだけとなり一気に身軽になったような感じがした。
「もう一軒行きたい所があるの」
「一体何処だよ」
 青木は若干イライラしながら聞き返してきた。
「甘いパフェが食べたい」
「パフェ?」
 唐突に出てきた単語に彼は追いついてこれていない。
「そう、ここのパフェは絶品だからこの地域を離れる前に食べておきたいの」
 それにこの何だかモヤモヤとして不快な気持ちを発散させたかった。
 重くなったキャリーケースを青木に押し付けて引っ張って貰いながらフードコートへと急ぐ。しかし、もう直前で着きそうという時に彼が腹痛がすると言い出したのである。
「多分……時間掛かるヤツ……」
 お腹を抱えながら顔を青木だけに青ざめながら言った。
「長くなるから先に行って食べていい。キッチンコートの場所なら分かるから」
 それだけ言い残して切羽詰まっていたのか、返事を待たずにして私のキャリーバッグを持ったまま急いで離れていってしまった。
 それならお言葉に甘えてそうさせて貰おうかな。
 青木が側に居なくなったから私は浮かれた気持ちを隠さずにスキップで目的地まで向かう。
 フードコートに到着し、その中のパフェ屋さんに行こうとした瞬間に身体が硬直してしまった。
 店の前に出来ている人集りの中に見慣れた制服を着ている女子高生が数人居るのを見てしまったからである。仲良しグループだろうか。その中に、もう二度と見たくない、金髪の、あの、私を虐めていた、あの女が……居るのを確認してしまった。
 呼吸が浅くなり、心拍数が上がったのが分かった。蛇に睨まれたカエルのように動けない。目だけがハッキリと冴えて金髪を捉えて視線を外す事が出来ない。意識しない所で全身があの女を拒絶しているのを感じた。
 どうしてここにいるのだろうか。学校が終わったのだろうか、そんなに時間が経ってしまったのだろうか。買い物に夢中で気が付かなかった。それともサボって授業を抜け出したのか。
 分からない。けれど、どちらにせよ、私の前に居る。逃げて来たというのに。
 金髪の女は周りの子達と楽しそうに話していて、陽気に笑っている姿がムカついた。
 私はこんなにも苦しんでいるのに。死のうとしたというのに。
 会話に夢中で、私に気づいている様子はない。でもここで何もせずに突っ立っていたら時間の問題なような気がした。
 気づかれたらどうなるだろうか。
 まず、学校に鞄を置いて帰った事を笑うだろう。次にこんなにお洒落した格好をしている事に笑うだろう。そして最後にここでパフェを食べようとした事を笑うのだろう。
 私はすぐに引き返して当てもなく走った。とにかくあの場には居られない。気づかれる前にあの場から離れないと行けなかった。
 私は走った。構わず走った。とにかく走って走った。
 無我夢中で前も見ないで走っていたから誰かと思いきっきりぶつかってしまう。謝ろうと顔を見たら相手は青木だった。
 どうして青木がここにいるのだろう。トイレに行ったんじゃなかったっけ?それに長くなるとも言っていた。だからこんなに早くに戻ってくるはずがない。
「どうしたんだ?泣いているぞ」
 夢か幻だと思っていたけど、聞こえてきた声は確かに青木のものであった。頬に手をやる。確かに濡れていた。指摘されるまで泣いていた事に気が付かなかった。
 私は口を開いた。
「行かなきゃ……!」
 言った途端に自分でもまとまっていないなと思った。それ程までに混乱してるのだろう。
 青木と出会ってから急いで形成した空元気の膜がベリベリと音を立てて破れるのを感じる。また、以前のように戻ってしまう。そんなの嫌だ。嫌だ。
 これじゃ伝わらない。私はなんとか口を動かして青木に伝えようとした。
「早くここから行かなきゃ。ここから離れた所に行かないと……!」
「何が、あったんだ?」
 青木が疑問に思うのも当然だろう。私は説明しなくてはいけない。けれども口が思うように動かなかった。
「私の事をいじめていた人達が居た。ここに居たの!フードコートのパフェ屋さんに!私は……食べれずに……結局逃げてきちゃった!食べれなかった!あいつらのせいで!ここはダメ。あいつら来ちゃう。だからここはダメだよ。もっと遠くに行かないと」
 言いながら涙がさらに溢れてきて出てきて口も動かなくなっていく。
 気がついたら、私は青木の両腕に掴まっていた。そして涙を拭うようにその胸に顔を埋めた。
 ここでは辛い日々を思い出してしまう。それではダメだった。だからもっと遠くに行かないと行けない。
 青木は私をそっと抱き寄せてくれる。それが承諾の合図だった。
 ここよりも遠くに。あの女の魔の手が届かない程遠くに行かないと。
 少なくてもそうでなければ、安寧の地と言えなかった。