イジメから逃げて、幸せの場所を探しながら

 その後、ネットカフェでの生活は何だかんだ上手く回っていった。必要最低限の物は揃っているし、コインランドリーが近くにある事も発見して洗濯にも困らなかった。日雇いアルバイトも毎日沢山募集しており、選ばなければお金に困る事も無くなった。繰り返していくうちに、肉体労働にも慣れていった。
 しかし、ネットカフェ巡りが三週目に突入すると、受付から冷ややかな視線を感じたり、フロアを通るたびに、店員同士でコソコソと話している事に気が付いた。流石に変に思われてきたのかもしれない。
 通報される前に場所を変えた方かいいのかもしれない。こんな形で家出が終わりたくなんて無かった。
 その為、三週目が終わった時、都市部を離れる事にしたのである。
 次は何処に行こうか考えた時に、何処でも良い事に気が付く。ある程度大きな街だったら、数駅跨げばネットカフェも仕事も沢山ある。これを機に様々な場所を巡ってもいいのかもしれない。
 家族や警察が探している様子も無い。安心したものの、見捨てられたという思いも襲ってきて少し悲しくなった。でもそれでいいのかもしれなかった。
 そんなわけで、俺は様々な場所を転々としていった。経験だと思い、バイトも様々な種類のものを申し込む。路上警備員や室内清掃、時には運がよく座ってのオペレーターの仕事までこなした。計画的に休みを取り、体調を崩す事なく働き続けて行った。
 しかし、貯金はゆっくりと確実に減っていった。ネットカフェに寝泊まりしているのが思っていたよりも出費になっていた。しかし、他の選択肢は考えられなかった。公園で野宿をすれば、見知らぬ誰かに襲われる可能性や補導される危険性が増してしまう。致し方が無いのだろう。少なくてもお金がある内は。
 その為、昼間はなるべく外に出て過ごすようになっていく。喫茶店に行ってカフェオレを一杯分買って過ごしていた方が安上がりな事に気が付いた。
 問題はそこでどうやって時間を潰すのか、という事だけであった。悩みながら、ある街を散策していると、大きな本屋を見つける事となる。
 本か。文庫本ならば、嵩張らないし簡単に持ち運べる。読むのに時間がかかるだろうから、今の俺にはピッタリだと思った。
 中に入るとさっそく小説コーナーへと向かった。しかし、いざ見てみるとどれを買っていいのか分からなくなる。思い返してみると俺は小説を自分で買った記憶がない。
 何となく帯の謳い文句に釣られた一冊を手に取ってレジへと持っていき、外で読めるようにカバーを掛けてもらってからお店を出て、そのまま喫茶店へと向かった。
 そこでコーヒーを一杯だけ注文し、やってくるまで窓の外の青空を見た。
 何処までも青い空。まるで写真に切り取られたみたいな風景だった。肺の奥深くまで空気が入っていくのが分かる。久しぶりに空を見上げた気がして久々にリラックスした。
 一羽の鳥がその青い空に向かって羽ばたいて飛んでいく。その気ままさに憧れてしまう。今の俺は自由のようで何かに縛られていて、狭い鳥籠に閉じ込められて生きていける為の事をしているだけのような気がする。いつか、あの鳥のように大空を羽ばたくように自由になれるのだろうか。
 しばらく待つとコーヒーがやってきた為、空を見るのを止めて持ってきた小説を読み始めた。軽い気持ちだったが、思っていたよりも読みやすくどんどんと活字の世界の中へと入っていってしまった。
 正直、小説のことを舐めていた。所詮文章だけの塊だとか、絵がない分漫画に劣ると思っていたが、むしろ心境の描写などは漫画よりも細かくて驚いてしまう。
 それに本の内容が今の俺の状態と重なって思わず感情移入してしまう事となる。母親と子供が追手から逃げて様々な土地を巡っていくというもので心境がとても共感してしまった。面白く止めに止められず、結局日が暮れるまで居座ってしまい、半分ぐらいまで読んでしまった。本当は長い時間をかけて読むつもりだったのに、出来なかった。
 残りは次の機会にすればいいのに、ネットカフェに帰ってきた後も続きが気になってしまい、結局全て読み終わる事となってしまった。
 まさか一日で読み終わってしまうなんて思いもしなかった。それほどまでにハマってしまったという事なのだろう。あまり買わないようにするために漫画ではなく小説を選んだつもりだったが、これでは意味がなさそうだ。
 けれども他では得られない読み終えた満足感に満たされている。心の負担も軽くなったような気がした。
 定期的に小説を買っては喫茶店に行こう。そう決めた。そのくらいの贅沢はいいだろう。
 明日からの生活もまだまだ頑張れそうな気がしてきた。