六章
次の日、朝早々に目が覚めた。リクライニングチェアで寝たせいか、身体を動かしてみると節々は痛く違和感があった。やはり眠る環境が良くなかったからだろうか。それでも心はだいぶ軽くなっていた。
軽く背伸びをした後、備え付けられている電子端末で始発の時刻を調べてみる。すると、少し前から電車は動いているようだった。
すぐに荷物をまとめるとネットカフェを出る。まだ家族は俺が出ていった事を知らないはずだ。発覚する前にもう少し遠くへと行きたかった。
もう少し行けば、都心へと辿り着ける。木を隠すなら森というように、都心まで行けば人が大勢居るから早々に見つけられないだろう。とりあえず、そこを目標にして電車に乗り込んだ。
まだ、陽も昇っていない時刻で電車の中はまばらにしか人が居ない。端の席に座り、目を閉じると暖かい席と一定のレールの繋ぎ目のリズムに心地よくなってしまい、途中から寝入ってしまう。次に目覚めた時に中は満員となっていて、改めて都心に近づいたのだなと実感させられる事となった。
目指していた都心には二時間弱で到着する。電車から降りて改札を抜けると、よくテレビで見る大きなスクランブル交差点が目の前にあり、俺の地元では考えられない人の量がその中を行き来していて圧倒されてしまった。
その人の多さに不安を感じたが、同時に安心感も得られた。これほどまでに人が居るなら、もう見つかる心配はないだろう。
まずは泊まる所を探す事にする。適当に街中を歩き始めて、最初に見つけたネットカフェに入るが、そこでの環境に驚いてしまう。
鍵付きの完全個室。設備も充実していて、さらに一か月間も借りられるプランもあるみたいだった。まぁ、一か月も借りれば流石に怪しまれるから流石に出来ないのだが。
一泊する旨を伝えて、兄貴の会員証を受付に渡す。もう緊張や罪悪感は無くなっていた。
案内されたブースへと入ると中は一畳とちょっとの広さで床にはマットが敷き詰められていて、余裕で身体を横にする事が出来た。
飲料水は飲み放題だし、簡易的な食事も受付で売っている。シャワー室も完備されていて、トイレも共有だが清掃が行き届ており綺麗だ。
想像していたよりもずっと良い環境だ。家出の身からすると贅沢ぐらい。ここでなら住む事が出来ると思った。
長期滞在となると、大きめの公園を想定していたがネットカフェで良さそうだ。改めて兄貴の財布に感謝した。
荷物を置いてマットに座るとどっと疲れが押し寄せてくる。想像以上に身も心も疲れてしまっているのかもしれない。
気が済むまで眠ると決めて、ブランケットを借りてくると部屋の電気を消した。小窓はなく、電気を消してしまえば真っ暗となった。今の俺にはうってつけの環境だった。
昨日よりも寝心地の良い環境に思う存分寝て、次に覚醒した時には夕刻となっていた。
流石に部屋の空気が悪くなってきたので、外に出る。街は黄昏に染まっている最中だった。深呼吸をすると空気がとても美味しかった。
スクランブル交差点まで歩いて、端に無意味に立ちすくむと、ぼんやりと人々が行き交うのを見ながらこの先の事を考えた。
この先、何処にも当てがあるわけではない。一人で何とかしていかなければならない。
この家出生活で重要なのはお金だろう。お金さえあれば何とかやっていける気がした。まだ母親のヘソクリがあるが、今後の事を考えたら稼ぎは必要だろう。
アルバイトをしなければならないが、高校中退の身で保護者の同意なしで働けるとは思えなかった。
そうだ、高校生だから働けないのだ。だったら兄の免許証を使ってしまえばいい。大学生ならば親の同意が無くても働けるはずだ。
早速ネットカフェに戻ると部屋に備え付けられている電子端末からアルバイト情報を調べた。
調べていく中で、日雇いバイトなら今の俺の状況に合っているような気がした。仲介会社に一度身分証明書と履歴書さえ送ってしまえば良くて、場所によっては面接すら行わないのもあるらしい。
必要物品を揃える為にもう一度外に出る。中古ショップで一番安い携帯端末を購入すると、駅前に買い切りタイプの識別モジュールカードが自販機で売っているのを覚えていたので、そこに向かい購入する。
さらに文具屋に行き、履歴書を作成するのに必要な物品を購入し、証明写真を撮った。
ネットカフェに戻ると履歴書を作成し始める。電話番号は市外局番を合わせて、それ以外を適当な番号にする。携帯番号も適当にした。その後、兄貴の学歴を何とか思い出しながら記載していった。
最後に写真を貼り付ける。改めて免許証に映っている兄貴の写真と見比べると本当に似ていた。これならきっとバレないだろう。
偽造した履歴書が出来上がると今度は買ってきた携帯端末に認識モジュールカードを入れて起動させた。初期化をして基本設定が終わると、フリーメールの登録を行い、その後一番大手の日雇いバイト専門の仲介会社のアプリをダウンロードした。
アプリ内の案内に従い、履歴書と免許証を携帯端末のカメラを使い写真を撮って送る。上手くいくか半信半疑であったが、数分後には登録完了の通知が来て一安心する事になる。
登録まで済ませてしまえば、部屋に備え付けられている電子端末でもサイトを見る事が出来るらしい。携帯端末の電源を切ると早速調べ始めた。
今いる都心部を中心に日雇いバイトが無いか調べる。すると想像していたよりも沢山求人が出てきた。こんなにも人手不足なのか。ここまでやってきて正解かもしれない。仕事にも困りそうになかった。
しかし、どれも肉体労働ばかりでキツそうだ。引越し。道路工事の警備員。清掃員――。中にはコールセンターというものもあったが受付は終了しているか、女性限定なのかのどちらかであった。
しかし、働けるだけ充分だ。生きていける。
一歩踏み出す意味も含めて、さっそく明日に引っ越し業者へと申し込みを入れる。
全ての工程を終えると電子端末の電源を切って横になる。これで金銭面もクリアしたし全て大丈夫だろう。
いや、本当にそうなのだろうか。急に不安が襲ってきた。今の俺の状態はいわば、高校を中退だけのホームレス状態だ。この場凌ぎの生活を続けて本当に未来はあるのだろうか。家を出たのは軽率だっただろうか。いや、どうせ今日から停学からの退学処分なのだ。あの場所にいたってやる事なんて変わらない。結局は退学処分の後にバイト漬けの日々となっていただろう。高校中退で出来ることなんて限られている。
それならば、今と状況はさほど変わらない。残っていたらむしろ家族から冷たい視線を浴び続ける事を考えたら、今の方がずっとマシに思えた。
どうして俺がこんな目に合わなければいけないのだろうかとふと考えてしまう。全ては山崎のせいだ。あいつが勝手に自殺なんてしたからだ。死ななければ、俺の平穏な高校生活は続いていたのだろう。
死んでから山崎が特別扱いされているような気がした。死んだのがそんなに偉いのか。命を粗末にしただけじゃないか。
そんな事を考えるももう引き返せなかった。誰も味方がいない。
これから一人で生きていくしかない。それはとても寂しい事だと思えた。
次の日、朝早々に目が覚めた。リクライニングチェアで寝たせいか、身体を動かしてみると節々は痛く違和感があった。やはり眠る環境が良くなかったからだろうか。それでも心はだいぶ軽くなっていた。
軽く背伸びをした後、備え付けられている電子端末で始発の時刻を調べてみる。すると、少し前から電車は動いているようだった。
すぐに荷物をまとめるとネットカフェを出る。まだ家族は俺が出ていった事を知らないはずだ。発覚する前にもう少し遠くへと行きたかった。
もう少し行けば、都心へと辿り着ける。木を隠すなら森というように、都心まで行けば人が大勢居るから早々に見つけられないだろう。とりあえず、そこを目標にして電車に乗り込んだ。
まだ、陽も昇っていない時刻で電車の中はまばらにしか人が居ない。端の席に座り、目を閉じると暖かい席と一定のレールの繋ぎ目のリズムに心地よくなってしまい、途中から寝入ってしまう。次に目覚めた時に中は満員となっていて、改めて都心に近づいたのだなと実感させられる事となった。
目指していた都心には二時間弱で到着する。電車から降りて改札を抜けると、よくテレビで見る大きなスクランブル交差点が目の前にあり、俺の地元では考えられない人の量がその中を行き来していて圧倒されてしまった。
その人の多さに不安を感じたが、同時に安心感も得られた。これほどまでに人が居るなら、もう見つかる心配はないだろう。
まずは泊まる所を探す事にする。適当に街中を歩き始めて、最初に見つけたネットカフェに入るが、そこでの環境に驚いてしまう。
鍵付きの完全個室。設備も充実していて、さらに一か月間も借りられるプランもあるみたいだった。まぁ、一か月も借りれば流石に怪しまれるから流石に出来ないのだが。
一泊する旨を伝えて、兄貴の会員証を受付に渡す。もう緊張や罪悪感は無くなっていた。
案内されたブースへと入ると中は一畳とちょっとの広さで床にはマットが敷き詰められていて、余裕で身体を横にする事が出来た。
飲料水は飲み放題だし、簡易的な食事も受付で売っている。シャワー室も完備されていて、トイレも共有だが清掃が行き届ており綺麗だ。
想像していたよりもずっと良い環境だ。家出の身からすると贅沢ぐらい。ここでなら住む事が出来ると思った。
長期滞在となると、大きめの公園を想定していたがネットカフェで良さそうだ。改めて兄貴の財布に感謝した。
荷物を置いてマットに座るとどっと疲れが押し寄せてくる。想像以上に身も心も疲れてしまっているのかもしれない。
気が済むまで眠ると決めて、ブランケットを借りてくると部屋の電気を消した。小窓はなく、電気を消してしまえば真っ暗となった。今の俺にはうってつけの環境だった。
昨日よりも寝心地の良い環境に思う存分寝て、次に覚醒した時には夕刻となっていた。
流石に部屋の空気が悪くなってきたので、外に出る。街は黄昏に染まっている最中だった。深呼吸をすると空気がとても美味しかった。
スクランブル交差点まで歩いて、端に無意味に立ちすくむと、ぼんやりと人々が行き交うのを見ながらこの先の事を考えた。
この先、何処にも当てがあるわけではない。一人で何とかしていかなければならない。
この家出生活で重要なのはお金だろう。お金さえあれば何とかやっていける気がした。まだ母親のヘソクリがあるが、今後の事を考えたら稼ぎは必要だろう。
アルバイトをしなければならないが、高校中退の身で保護者の同意なしで働けるとは思えなかった。
そうだ、高校生だから働けないのだ。だったら兄の免許証を使ってしまえばいい。大学生ならば親の同意が無くても働けるはずだ。
早速ネットカフェに戻ると部屋に備え付けられている電子端末からアルバイト情報を調べた。
調べていく中で、日雇いバイトなら今の俺の状況に合っているような気がした。仲介会社に一度身分証明書と履歴書さえ送ってしまえば良くて、場所によっては面接すら行わないのもあるらしい。
必要物品を揃える為にもう一度外に出る。中古ショップで一番安い携帯端末を購入すると、駅前に買い切りタイプの識別モジュールカードが自販機で売っているのを覚えていたので、そこに向かい購入する。
さらに文具屋に行き、履歴書を作成するのに必要な物品を購入し、証明写真を撮った。
ネットカフェに戻ると履歴書を作成し始める。電話番号は市外局番を合わせて、それ以外を適当な番号にする。携帯番号も適当にした。その後、兄貴の学歴を何とか思い出しながら記載していった。
最後に写真を貼り付ける。改めて免許証に映っている兄貴の写真と見比べると本当に似ていた。これならきっとバレないだろう。
偽造した履歴書が出来上がると今度は買ってきた携帯端末に認識モジュールカードを入れて起動させた。初期化をして基本設定が終わると、フリーメールの登録を行い、その後一番大手の日雇いバイト専門の仲介会社のアプリをダウンロードした。
アプリ内の案内に従い、履歴書と免許証を携帯端末のカメラを使い写真を撮って送る。上手くいくか半信半疑であったが、数分後には登録完了の通知が来て一安心する事になる。
登録まで済ませてしまえば、部屋に備え付けられている電子端末でもサイトを見る事が出来るらしい。携帯端末の電源を切ると早速調べ始めた。
今いる都心部を中心に日雇いバイトが無いか調べる。すると想像していたよりも沢山求人が出てきた。こんなにも人手不足なのか。ここまでやってきて正解かもしれない。仕事にも困りそうになかった。
しかし、どれも肉体労働ばかりでキツそうだ。引越し。道路工事の警備員。清掃員――。中にはコールセンターというものもあったが受付は終了しているか、女性限定なのかのどちらかであった。
しかし、働けるだけ充分だ。生きていける。
一歩踏み出す意味も含めて、さっそく明日に引っ越し業者へと申し込みを入れる。
全ての工程を終えると電子端末の電源を切って横になる。これで金銭面もクリアしたし全て大丈夫だろう。
いや、本当にそうなのだろうか。急に不安が襲ってきた。今の俺の状態はいわば、高校を中退だけのホームレス状態だ。この場凌ぎの生活を続けて本当に未来はあるのだろうか。家を出たのは軽率だっただろうか。いや、どうせ今日から停学からの退学処分なのだ。あの場所にいたってやる事なんて変わらない。結局は退学処分の後にバイト漬けの日々となっていただろう。高校中退で出来ることなんて限られている。
それならば、今と状況はさほど変わらない。残っていたらむしろ家族から冷たい視線を浴び続ける事を考えたら、今の方がずっとマシに思えた。
どうして俺がこんな目に合わなければいけないのだろうかとふと考えてしまう。全ては山崎のせいだ。あいつが勝手に自殺なんてしたからだ。死ななければ、俺の平穏な高校生活は続いていたのだろう。
死んでから山崎が特別扱いされているような気がした。死んだのがそんなに偉いのか。命を粗末にしただけじゃないか。
そんな事を考えるももう引き返せなかった。誰も味方がいない。
これから一人で生きていくしかない。それはとても寂しい事だと思えた。

