イジメから逃げて、幸せの場所を探しながら

 連れて行かれたのは生活指導室。中には小さなテーブルに向かい合うようにソファが並べられており、指導担当の先生がすでにソファに座って待っていた。
 促されるままに指導担当の先生と向かい合って座ると、担任教師も俺と反対側へと座る。二体一でかなりの圧迫感があった。
 担任教師がテーブルに山崎の遺書の写しを置いたタイミングで指導担当の先生が声を低くして話し始めた。
「で、ここに書かれていた通りに虐めてたのかい?」
「違います」
 すぐに否定したが、無駄だった。
「でもね、虐められた側がそういう認識なら、それはイジメと言うのだよ。分かる?」「本当に何もしていないんですよ」
「なら、どうして名指しで書いてあるのかな?」
「それは……近寄ってきてウザい事を言ってきたので跳ね除けたんです。それだけです」
 そう、それだけだ。よくドラマとかで見るゴミを投げつけたりとか教科書をビリビリに破くとか、机に落書きをしたりとか、そんな事やっていない。
「それをイジメと言わないのかい?どうしてクラスの仲間同士、仲良く出来ない?」
 生活指導の先生は分かってくれなかった。
 クラスの仲間?勝手に同じクラスになっただけで仲間なのか?他の奴らも山崎に同じような対応をしていた。それならクラスメイト全員に言えることではないか。
 そう思ったが言っても言い訳にしかならず、余計に事態が悪化するような気がして話さなかった。
 指導担当の先生は続ける。
「うちの学校ではこういう事は困るんだよ。とにかく、両親に連絡して学校に来て貰い校長先生に会ってもらうよ。いいね」
 俺はしばらくここで待機を命じられて、教師二人は生活指導室から出て行ってしまう。
 あれだけ緊迫感に溢れていた部屋が一気に解れて静かになるが、俺の心が晴れるような事は無かった。
 何だよ、これ。俺だけ悪者みたいじゃないか。

 両親はすぐにやってきた。どうやら朝のうちから連絡が行っていたみたいだった。指導担当の先生はああいう言い方をしたけれども、何もかも決定事項だったのだ。
 指導室から校長室へ担任教師に連れられて中に入ると、既に両親は中に居た。
 親父まで居たことに驚く。これの為に会社を早退したのだろうか。だとしたら申し訳ない気持ちになって、顔をまともに見ることが出来なかった。
 両親の後ろに俺が着くとそれを合図に校長先生が説明を始める。淡々と感情を込めずに話す様子がいつも朝礼などで聞く口調とまるで違って恐ろしかった。
 重くのしかかる言葉に耐えきれず、ぼんやりとしながら聞いていたが、最後に言った言葉だけはよく耳に残った。
 停学二週間。その後の処遇については会議で決めるとの事だった。
 校長先生が話を終えると、目の前の両親が深々と頭を下げた。俺もそれに倣って頭を下げる事が出来なかった。
 いや、違う。頭を下げるような事なんてしていないのだ。それなのにどうして謝らなればならない?下げる方が間違えているのだ。
 両親はどのくらい頭を下げていたが分からないけれども、上げると俺を連れて校長室から出ていった。
 そのまま両親が乗ってきた車に促されるままに乗り込むと自宅に向けて出発する。中では誰一人として何も話さなかった。
 家に帰るとリビングのテーブルには兄も居て座って待っていた。いつもと違う冷たい視線に怯えながらも、全員でテーブル席へと座ると家族会議が始まった。
 最初に話し始めたのは父親だった。
「お前、やったのか?」
「違う」
「本当か?」
「本当だよ」
「顔を上げて目を見て言いなさい」
 そう言われて、初めて俯きながら話している事を自覚した。俺は顔を上げて、父親の顔をじっと見つめた。
「本当に本当だよ」
「……やられた方の捉え方なんだぞ?イジメは」
「最低だな、お前」
 兄貴が冷たく言い添えた。
 親父と兄が俺の事を睨む。母親は魔物でも見るような表情で少しの衝撃でも与えられたら泣き出してしまいそうだった。
 それを見て分かった。両親からも兄からも信じられていない事に。
 呼吸するのが苦しくなる。本当に俺の家族なのか疑った。
 目の前に居る人達はもう俺の味方じゃない。それなら味方は何処にいる?家族が駄目ならば。藍沢?いやアイツは速攻で裏切った。クラスメイトも一緒だ。ならば何処にも味方なんていやしない。孤立してる。誰も俺の事なんて信じていない。
「これじゃあ、退学も仕方がないな」
「待てよ、なんでそこまで話が進んでるんだよ!」
 さっきの校長の話だと停学は二週間としか言っていなかった。何でそこまで話が飛躍しているのか。
 父親がいきなりテーブルを思いっきり叩く。
「当たり前だろ!!何をやったのか考えろ!人が、死んでるんだぞ!!」
 父親の威圧に気圧されてしまう。言葉が喉に詰まり、何も言えなくなってしまう。
「今日から二週間停学だ。それからそのまま退学処分らしい。それまで反省してろ!お前は犯してはいけない罪を犯した」
 父親が見る目がもう息子相手のものでなく、犯罪者を見るようなものだった。母親と兄も同じだろう。
 もう家族に話す事は無かった。リビング勢いよく出ると部屋へと駆け込んで鍵を閉める。そのまま自分のベッドへと潜り込んだ。
 掛け布団を頭まで被ったけれど、身体が冷えていて一向に温まる気配が無い。家にいるのに安心感がまるで得られない。守られている感じがしない。ここはもう俺の居場所ではないのだろう。ならばもうこの家から出ていくしかない。
 決断は即座に出来た。
 決意するとベッドから出て、出ていく準備をする為に押し入れからキャリーケースを取り出す。入るだけの服と、貯めていた全貯金を財布の中に入れて一緒に詰め込んだ。電子端末は電源を切ると、机の上に置いた。位置情報から居場所を絞り込まれるという事を何処かで聞いた事がある。それならば、もう使えないのと一緒だ。置いてきた方がいいだろう。
 支度を終えると再びベッドの中へと潜り込だ。そして深夜になるまで待ち、家族が寝付いたのを気配で把握すると、自室から出てリビングへと向かった。
 真っ暗な中、電気もつけずに飾ってあったある絵画に近づいて裏を見た。
 裏には思っていた通り、封筒が隠されていた。母親のヘソクリである。ここに隠されている事は随分前から知っていた。
 手に取ってみると封筒はかなり分厚い。きっと母親の事だ。私利私欲に使うのではなく、何か有事の時の為に貯めているのだろう。
 その封筒を容赦なくキャリーケースの中に詰め込む。さらにテーブルに置きっぱなしとなっていた兄貴の財布を迷うことなく手に取るとポケットの中に突っ込んだ。
 そのまま玄関から急いで外に出て、最寄りの駅まで走った。
 駅に着くと、とりあえず改札を抜けて上り下り関係なく先にやってきた電車に乗り込む。夜遅くに出たこともあって終電近くだった。
 電車はゆっくりと動き出しこの街から離れ始めた。貸し切り状態の車内だったが、ドア近くの席に座り、壁に寄り掛かった。
 憂鬱な気分で電車の窓の外の風景を眺めた。
 兄貴の財布をポケットの外から触る。お金に目がくらんで財布ごと持ってきてしまったが、免許証やらクレジットカードが入っているためきっとこの先困る事になるだろう。足が付くのでキャッシュカードやクレジットカードは使えないのだし、こんな事ならお金だけ抜き取って来れば良かった。
 今頃になって罪悪感が押し寄せてくる。
 けれども、もう引くに引けない所まで来てしまったような気がした。だからもう戻れない。
 電車に揺られて一時間掛けて行ける所まで行き、辿り着いたのは来た事もない街だった。
 降り立ち、駅周辺の建物を歩きネットカフェ探す。すぐに見つかり中に入ろうとしたら身体が硬直する。入口には深夜の高校生の利用は禁止と書かれていたからである。ここがそうならば、他の店もそうなのだろう。
 知らなかった。ネットカフェに泊まるつもりだったので、困ってしまう。
 ふと、思いついて兄貴の財布をズボンのポケットから取り出す。開いて中身を確認すると、ここの会員証が入っていた。これを使ってしまおう。疑われても免許証もある。癪に障るが俺と兄貴は確かに似ている。免許証に貼ってある写真の兄貴も短髪の時のものの為、少しだけ見るだけなら、きっと気づかれないだろう。
 中に入ると、何食わぬ顔で受付に兄貴の会員証を差し出した。鼓動が強くなったのを感じた。大丈夫だ。そう何度も自分に言い聞かせた。
 俺の緊張とは裏腹に手続きは何事もなく進んで、一室へと案内される。壁はベニヤ板で軽く仕切りが作られているだけの部屋に電子端末とリクライニングチェアが置いてあるのみ。隣の人が機器を叩く音が平気で聞こえてきた。
 しかし、ようやく安心感を得らえる事が出来た。これでしばらくは大丈夫だろう。一息つくと一気に疲れが押し寄せてきた。
 とりあえず休もう。
 リクライニングチェアを限界まで倒したが平行までならず。かけ布団もないままにとりあえずチェアの上で横になり、目を瞑った。
 寝心地が最悪に近かったが、それでもあの冷たい自分の家のベッドに包まるよりも何倍も安心して眠る事が出来たのである。