高校に入るまでの私の人生は順風満帆というわけにはいかないけれど、それでも大きなトラブルに巻き込まれる事なく歩んできていたと思う。だって辛い事はあったけれど死にたいと思った事は無かったのだから。
私は受験に失敗してしまって、本当は行きたかったはずの目的の進学校には行けず、偏差値をひとつ下げた私立高校に入学した。
入学当初、私は新しい高校に夢も希望も抱いていなかったと思う。元々行きたい高校では無かったのだから。それと同時に不安も抱いていなかった。偏差値を一つ下げた高校で勉強についていけない事はないだろうし、友達も大体出来るだろうとどこか楽観的だった。その余裕は私を調子に乗らせるのに、充分すぎる要因だったのかもしれない。
発表されたクラス名簿には私の知っている友達や人物は一切おらず、案内された教室の指定された席にポツンと座る。ただ何も考えず、担任の教師がやってくるまでぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。
入学早々だからクラスメイトのみんなも私と同じように一人でぽつんと座っていると思っていたら違っていた。中には同じ中学の知り合い同士だったらしく、気知った声で楽しそうに話している者達も多く居たのである。
その中に度が過ぎてうるさい人達も混じっていた。そんな楽しげな声は知り合いがいない私にとってはとても邪魔でウザったいもの以外の何者でもなかったのである。
早く、担任がやってこないかと祈るだけであった。
チャイムが鳴るまでかなりの時間を要したと思う。やっと鳴ってもすぐに担任教師がやってくる事はなく、結局五分程度遅れてやってきた。その間も話し声や笑い声は絶え間なく聞こえていて、止んだのはようやく担任教師が教室の前方のドアを勢いよく開いてからであった。自分の席か離れて話をしていた人達は軽く注意され、それにも関わらず、軽い感じで自分の席へと戻って行く様を見て、私はこのクラスが少し嫌になった。こんな奴らと一年間も同じ空間に居なければならないなんて、とても酷だと思った。
やっと静かになった教室に今度は担任の声が響く。担任は三十歳過ぎた男で、少しオヤジ臭い。体育を扱っているらしくガタイは少し良かったけど、それにしては声量が小さくって少し聞き取りづらかった。
オジサン担任が淡々といらない情報を重ねる無駄な時間が始まった。好きな食べ物と休日の過ごし方。交際相手を募集しているとか、高校生活を送る上では何にも役に立たなそうな自己紹介だった。
担任の話が終わると、今度は生徒達の自己紹介の番となる。出席番号順に行っていく流れとなり、私は後ろの方で良かったなと思った。
やっとつまらない話から解放されると思ったけれどもクラスメイトの自己紹介は担任教師のものよりも酷かった。ほとんどの人達はボソボソと周囲に居る人にだけ聞こえる声で話して聞き取れない。中には声がきちんと聞こえて来た人もいたけれども、自分の名前と趣味を一個言っただけで終わってしまう者達ばかりだったのである。
それを聞いてダメだと思った。まるで面白さがない。私の居た中学校では考えられない事だった。そして、その駄目な自己紹介に対して他のクラスメイト達は拍手を送ってしまうし、教師も特に指摘するような事もなく、若干の苦笑いで流していた。本当は違うのかもしれないけど、私にはそう見えてしまったのである。
このクラスは何処か暗い雰囲気があった。それは私と同じように第一志望では無かったというのもあるだろうし、この高校に入る為に何倍も勉強したから、もうすでに疲れ切ってしまっていたというのもあるのかもしれない。それでもとにかく、とても暗い印象だった。とても新学期始まりのクラスでは無かった。まるで誰かが死んでしまって、その葬式後の雰囲気のようだった。
担任教師が教室にやってくる前にうるさくしゃべっていた人達は何処に消えてしまったのだろうか。結局は根暗な人達だったって事なのだろうか。
こんな自己紹介の時間がとても嫌になった。こんな葬式みたいな雰囲気も。
だから私の番になったら思いっきり飛ばそう。そう思ったのである。
今か今かと待ち望んで、ようやく私の番になると思いっきり立ち上がった。
まずは自分の名前を大きく叫んだ。鳥井、未知留ですって。その次に性別、出身中学、趣味と休日の過ごし方、通学方法、好きな食べ物――。などなど、とにかく私の情報をこれでもかってぐらい淡々と大きい声で止まらずに話してやった。
クラスメイト達だけでなく、担任教師までもが呆気に取られて私を見ている事に気が付いていたけれど、止める事なく淡々と話す。一人五分くらいと言われていたけれども、無視して沢山話した。そして、全てを出し切ると何事もなかったかのように席に座った。
それから少しの間が空いた後、他の人達と同じように拍手が起こる。そうして何事もなかったかのように順番は次の人へと回った。それでも私には手応えがあった。
やってやった!教室の空気を変えることが出来たと思った。その証拠に次の生徒は私ほどではなかったけれど、今までの生徒と比べて、大きい声になっていたと思ったのである。
小さくガッツポーズを取る。これならクラスを変えられる。この雰囲気を。私の力で。私の色に染めれる。私が声を出す事によって。このクラスでは私が一番に力を持っているに違いない。そう思った。
だから自己紹介が終わって係決めの時間になった時に、すぐに号令係に志願した。他に誰も志願する人は居らず、誰も止めなかったのですぐに決まる事になる。声を発せられるタイミングが増えたと私は内心喜んでいた。
そして授業が始まると積極的に発言する様にした。間違えた回答でも関係ない発言でもするようにした。口を開くたびにクラスの人達が私のことを注目したのが分かった。ある種の優越感があった。
これを続けていけば、間違ったクラスの暗さを変える事が出来る。そう思った。けれど間違えていたのはクラスメイトの暗い雰囲気ではなく、私の行動だったのだ。その事に気がついた時にはもう間違いを直すことが出来なくなっていた。
そんな高校生活が一ヶ月程度続いたある日の放課後の事であった。その日も沢山声を出して満足し、帰ろうと支度をしている時である。私の机を思いっきり叩いてきた人物がいたのである。
いきなりの事でビックリして顔を上げると同じクラスの女子が怖い顔をして立っていた。
髪を茶髪に染めていて、まだ入学して間もないというのに、ワイシャツのボタンをはしたなく開けて、スカートの裾もちょっとでも激しい運動をしたらパンツが見えてしまうのではないかってくらい短かった。真面目な私とはまるで正反対の人物だった。
こんな人、このクラスに居たんだ。知らなかった。
「お前、ウルサイんだよ」
机を叩いてきた女子は口を開くと早々に要件を言ってくる。とても失礼だった。貴女と話した事もないし。まずは名乗るのが正解なんじゃなくって?
「何?羨ましいの?」
「はぁ?」
相手の睨みが強くなったのが分かったけど、これで怯んだら負けだと思った。
「だって小さい声しか出ないのでしょう?かわいそうに」
言った瞬間に相手の女子が再度テーブルを強く叩いた。急な事だったので、少しだけ身体が宙に浮いたけど、怯んだのではなくって、大きな音に驚いただけである。
「お前、調子ノッてる事をこのアタシに言ってるけどサ、分かってるの?」
うん、分かっている。同じクラスに一ヵ月月も居たのに、私の印象に残っていないという事は自己紹介の時にボソボソとしか話せなかった奴だ。そんな奴が今は一人前に普通に声が出ている。そして、人が少なくなくなり始めた放課後の教室を狙って文句を言ってくるのだから、小心者に決まっている。
そんな人物に負ける気がしない。喧嘩を売ってくるならそれを買うだけだ。
「ええ、分かっているわ、貴女が大したことないことくらい」
――これがいけなかった。この時、もう少し冷静になって言葉を返していたら……。もう少し物事を考えることが出来ていれば……。もっと違う結果になっていたかもしれない。
私は受験に失敗してしまって、本当は行きたかったはずの目的の進学校には行けず、偏差値をひとつ下げた私立高校に入学した。
入学当初、私は新しい高校に夢も希望も抱いていなかったと思う。元々行きたい高校では無かったのだから。それと同時に不安も抱いていなかった。偏差値を一つ下げた高校で勉強についていけない事はないだろうし、友達も大体出来るだろうとどこか楽観的だった。その余裕は私を調子に乗らせるのに、充分すぎる要因だったのかもしれない。
発表されたクラス名簿には私の知っている友達や人物は一切おらず、案内された教室の指定された席にポツンと座る。ただ何も考えず、担任の教師がやってくるまでぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。
入学早々だからクラスメイトのみんなも私と同じように一人でぽつんと座っていると思っていたら違っていた。中には同じ中学の知り合い同士だったらしく、気知った声で楽しそうに話している者達も多く居たのである。
その中に度が過ぎてうるさい人達も混じっていた。そんな楽しげな声は知り合いがいない私にとってはとても邪魔でウザったいもの以外の何者でもなかったのである。
早く、担任がやってこないかと祈るだけであった。
チャイムが鳴るまでかなりの時間を要したと思う。やっと鳴ってもすぐに担任教師がやってくる事はなく、結局五分程度遅れてやってきた。その間も話し声や笑い声は絶え間なく聞こえていて、止んだのはようやく担任教師が教室の前方のドアを勢いよく開いてからであった。自分の席か離れて話をしていた人達は軽く注意され、それにも関わらず、軽い感じで自分の席へと戻って行く様を見て、私はこのクラスが少し嫌になった。こんな奴らと一年間も同じ空間に居なければならないなんて、とても酷だと思った。
やっと静かになった教室に今度は担任の声が響く。担任は三十歳過ぎた男で、少しオヤジ臭い。体育を扱っているらしくガタイは少し良かったけど、それにしては声量が小さくって少し聞き取りづらかった。
オジサン担任が淡々といらない情報を重ねる無駄な時間が始まった。好きな食べ物と休日の過ごし方。交際相手を募集しているとか、高校生活を送る上では何にも役に立たなそうな自己紹介だった。
担任の話が終わると、今度は生徒達の自己紹介の番となる。出席番号順に行っていく流れとなり、私は後ろの方で良かったなと思った。
やっとつまらない話から解放されると思ったけれどもクラスメイトの自己紹介は担任教師のものよりも酷かった。ほとんどの人達はボソボソと周囲に居る人にだけ聞こえる声で話して聞き取れない。中には声がきちんと聞こえて来た人もいたけれども、自分の名前と趣味を一個言っただけで終わってしまう者達ばかりだったのである。
それを聞いてダメだと思った。まるで面白さがない。私の居た中学校では考えられない事だった。そして、その駄目な自己紹介に対して他のクラスメイト達は拍手を送ってしまうし、教師も特に指摘するような事もなく、若干の苦笑いで流していた。本当は違うのかもしれないけど、私にはそう見えてしまったのである。
このクラスは何処か暗い雰囲気があった。それは私と同じように第一志望では無かったというのもあるだろうし、この高校に入る為に何倍も勉強したから、もうすでに疲れ切ってしまっていたというのもあるのかもしれない。それでもとにかく、とても暗い印象だった。とても新学期始まりのクラスでは無かった。まるで誰かが死んでしまって、その葬式後の雰囲気のようだった。
担任教師が教室にやってくる前にうるさくしゃべっていた人達は何処に消えてしまったのだろうか。結局は根暗な人達だったって事なのだろうか。
こんな自己紹介の時間がとても嫌になった。こんな葬式みたいな雰囲気も。
だから私の番になったら思いっきり飛ばそう。そう思ったのである。
今か今かと待ち望んで、ようやく私の番になると思いっきり立ち上がった。
まずは自分の名前を大きく叫んだ。鳥井、未知留ですって。その次に性別、出身中学、趣味と休日の過ごし方、通学方法、好きな食べ物――。などなど、とにかく私の情報をこれでもかってぐらい淡々と大きい声で止まらずに話してやった。
クラスメイト達だけでなく、担任教師までもが呆気に取られて私を見ている事に気が付いていたけれど、止める事なく淡々と話す。一人五分くらいと言われていたけれども、無視して沢山話した。そして、全てを出し切ると何事もなかったかのように席に座った。
それから少しの間が空いた後、他の人達と同じように拍手が起こる。そうして何事もなかったかのように順番は次の人へと回った。それでも私には手応えがあった。
やってやった!教室の空気を変えることが出来たと思った。その証拠に次の生徒は私ほどではなかったけれど、今までの生徒と比べて、大きい声になっていたと思ったのである。
小さくガッツポーズを取る。これならクラスを変えられる。この雰囲気を。私の力で。私の色に染めれる。私が声を出す事によって。このクラスでは私が一番に力を持っているに違いない。そう思った。
だから自己紹介が終わって係決めの時間になった時に、すぐに号令係に志願した。他に誰も志願する人は居らず、誰も止めなかったのですぐに決まる事になる。声を発せられるタイミングが増えたと私は内心喜んでいた。
そして授業が始まると積極的に発言する様にした。間違えた回答でも関係ない発言でもするようにした。口を開くたびにクラスの人達が私のことを注目したのが分かった。ある種の優越感があった。
これを続けていけば、間違ったクラスの暗さを変える事が出来る。そう思った。けれど間違えていたのはクラスメイトの暗い雰囲気ではなく、私の行動だったのだ。その事に気がついた時にはもう間違いを直すことが出来なくなっていた。
そんな高校生活が一ヶ月程度続いたある日の放課後の事であった。その日も沢山声を出して満足し、帰ろうと支度をしている時である。私の机を思いっきり叩いてきた人物がいたのである。
いきなりの事でビックリして顔を上げると同じクラスの女子が怖い顔をして立っていた。
髪を茶髪に染めていて、まだ入学して間もないというのに、ワイシャツのボタンをはしたなく開けて、スカートの裾もちょっとでも激しい運動をしたらパンツが見えてしまうのではないかってくらい短かった。真面目な私とはまるで正反対の人物だった。
こんな人、このクラスに居たんだ。知らなかった。
「お前、ウルサイんだよ」
机を叩いてきた女子は口を開くと早々に要件を言ってくる。とても失礼だった。貴女と話した事もないし。まずは名乗るのが正解なんじゃなくって?
「何?羨ましいの?」
「はぁ?」
相手の睨みが強くなったのが分かったけど、これで怯んだら負けだと思った。
「だって小さい声しか出ないのでしょう?かわいそうに」
言った瞬間に相手の女子が再度テーブルを強く叩いた。急な事だったので、少しだけ身体が宙に浮いたけど、怯んだのではなくって、大きな音に驚いただけである。
「お前、調子ノッてる事をこのアタシに言ってるけどサ、分かってるの?」
うん、分かっている。同じクラスに一ヵ月月も居たのに、私の印象に残っていないという事は自己紹介の時にボソボソとしか話せなかった奴だ。そんな奴が今は一人前に普通に声が出ている。そして、人が少なくなくなり始めた放課後の教室を狙って文句を言ってくるのだから、小心者に決まっている。
そんな人物に負ける気がしない。喧嘩を売ってくるならそれを買うだけだ。
「ええ、分かっているわ、貴女が大したことないことくらい」
――これがいけなかった。この時、もう少し冷静になって言葉を返していたら……。もう少し物事を考えることが出来ていれば……。もっと違う結果になっていたかもしれない。

