四章
ガタガタと音を立てながら夜行列車は暗闇の中を進んでいた。窓の外は何も見えず、室内を反射させているだけであった。
私と青木はボックス席に向かい合って座っていた。お互いに脱力して疲れているのが分かり、何も話し出そうとしない。ただただ、目的地へと進んでいくだけであった。
このまま、フェリー乗り場の最寄り駅まで行けば、それに乗り込んで南の島に行くのみ。幸せに過ごせる場所を探すというある意味目的もない旅がここで終わりになるのだろうか。
「ねぇ、南の島に行ったらどうするの?」
思わず、疑問に思った事を青木にぶつける。疲れて寝てしまっているのなら、返事などなくても構わなかったが、彼はどうにか起きていた。
「幸せの場所を探すんだろ?」
「それって、どこなの?」
「分からないから探してるんだろ?」
まぁ、そうなんだけどさ。
「とりあえず、色んな所巡って探せばいいさ。観光名所もいっぱいあるし」
そんな曖昧でいいんだ。ていうより、この旅自体が曖昧すぎるんだけどさ。
「ねぇ、私達が南の島に向かっている理由って何?」
青木は首をかしげる。
「なりゆきで南下していただけだ。まぁ、俺一回も行った事無かったから丁度良かった」
「それだけ?」
そうだったの?本当に大した理由じゃなかったんだ。
「見つからなかったら、今度は北の地に行けばいい。北の地は後ろめたい奴らが集まる所だ。自分探しとかでよく行くって言うだろ」
それって――。
「今の私達の事じゃん」
なんだ。だったら初めから北の地に向かって欲しかったな。そしたら、幸せになれる地だってすぐに見つかったかもしれないのに。
青木の観光っていうだけで、南の島に向かっている事が何だかげんなりしてくる。多分、私がそう思った事を彼は鈍いから気が付いていないのだろう。そんな所になんて行かずに、早く北の地に行ってみたくなった。ここまで来てしまったし、今まで散々助けて貰っていたから、まぁ多少は彼の考えに付き合ってもいいかと自分の気持ちを誤魔化した。
丁度車内アナウンスが流れて、目的の駅に近づいて来た事を知らせてくれる。私と青木はすぐにホームに出られるように荷物をまとめた。
電車が減速して止まりドアが開いたと同時に降り立つ。ホームを抜けて、改札口を通り抜けると、先を歩いていた青木の身体が一気に崩れ、地面に伏した。
突然の事で驚いてしまう。
「えっ?何?どうしたの」
近づいて身体を支えると服越しでも分かるくらいに高熱だった。
直接肌に触れようと額に手をやる。やっぱりかなり熱い。息も荒くなっていた。これ、今すぐに病院に行かないといけないレベルだ。
「いいから、大丈夫だから。……泊まるところを探さないと」
何もかも無視するように青木はつぶやく。それどころじゃない。彼の言う泊まるところというのは公園だ。そこだと悪化してしまう。
「ダメよ、病院に行かないと」
「この時間だと……やってないだろ」
つかさずに突っ込みを入れてくる。そうだけど――。
「救急外来ならやってるわ」
「ダメだ。俺達は病院には行けない。保険証がないだろ。十割負担ってかなりの金額になるぞ。それに絶対怪しまれる」
そんなの言っている場合じゃない。このままだと青木は死んでしまうんじゃないかってくらい、体調が悪く見える。
「本当に大丈夫だから。前にも似たような事はあった。今回も平気さ。いいから早く……」
言いながら青木の意識はすでに朦朧としているのが分かった。
このままでは駄目だ。誰かが心配して声を掛けてきたならば最悪の場合、通報されてしまう。
私は青木の重くて熱い身体を何とか持ち上げて、引きずるようにして歩かせた。そしてそのまま公園ではなく、ビジネスホテルへと向かった。本当はここでも駄目だけれども、ネットカフェよりもマシだろう。
一件目は断られてしまった。身分証明書の提示を求められたので速攻で逃げた。二件目は個人情報を記入する際に年齢を成人と偽ったら確認する事なく部屋を用意して貰えた。
最後の力を振り絞って案内されて部屋へと向かい、中に入るとベッドに青木を投げて横にさせた。そうすると彼は本能的に掛け布団に包まって丸くなってしまった。相当辛いのだろう。
息を整えるためにもう一つの空きベッドに腰掛ける。
いきなりこんな高熱になるわけがない。もしかしたら、相当前から我慢していたのかも知れない。いつからだろうか。さっき電車に乗っていた時には分からなかった。そういえば彼は廃墟のボロアパートで埃まみれになっていた事があった事を思い出す。それが原因かもしれない。それならばかなり前から体調が悪かったという事になる。気づかなかった自分の不甲斐なさを感じた。
部屋がとても静かで青木の吐息だけが部屋の中に響いていた。気を紛らわそうとテレビを付けようとしたけれども、止めた。音が負担になってしまうかもしれない。
やる事が無くなってしまったので、外に出て知らない夜の街を散歩する事にした。
出たからといって、何か出来るわけではない。お金もそんなに無いので、当てもなく歩いていくしか無かった。
歩きながらこの先の事を考える。考え事をするにはうってつけだった。
青木が高熱で倒れてしまったので、どんな結論に至ってもこの旅は終わりの気がした。
その先に私達には選択肢は残されていないのだろう。
何となく歩いていたらドラックストアを見つける。丁度良かったのでその中で風邪薬と食料を確保する事にした。
薬のコーナーに立ち寄って見てみると風邪薬だけでもかなりの種類がある事に驚く。そういえば、今までそういったものを自分で買った事が無かった事に気が付いた。体調を崩した時には母親に買いに行って貰っていたからである。
値段もピンキリで高いものから安いものまである。私は自分の財布と相談しながら少し高めの薬を買う事にした。本当は一番高いものが効くのだろうけれど、そんなに持ち合わせていなかった。
後はカップ麺を数点買って、とりあえずホテルに戻った。
ガタガタと音を立てながら夜行列車は暗闇の中を進んでいた。窓の外は何も見えず、室内を反射させているだけであった。
私と青木はボックス席に向かい合って座っていた。お互いに脱力して疲れているのが分かり、何も話し出そうとしない。ただただ、目的地へと進んでいくだけであった。
このまま、フェリー乗り場の最寄り駅まで行けば、それに乗り込んで南の島に行くのみ。幸せに過ごせる場所を探すというある意味目的もない旅がここで終わりになるのだろうか。
「ねぇ、南の島に行ったらどうするの?」
思わず、疑問に思った事を青木にぶつける。疲れて寝てしまっているのなら、返事などなくても構わなかったが、彼はどうにか起きていた。
「幸せの場所を探すんだろ?」
「それって、どこなの?」
「分からないから探してるんだろ?」
まぁ、そうなんだけどさ。
「とりあえず、色んな所巡って探せばいいさ。観光名所もいっぱいあるし」
そんな曖昧でいいんだ。ていうより、この旅自体が曖昧すぎるんだけどさ。
「ねぇ、私達が南の島に向かっている理由って何?」
青木は首をかしげる。
「なりゆきで南下していただけだ。まぁ、俺一回も行った事無かったから丁度良かった」
「それだけ?」
そうだったの?本当に大した理由じゃなかったんだ。
「見つからなかったら、今度は北の地に行けばいい。北の地は後ろめたい奴らが集まる所だ。自分探しとかでよく行くって言うだろ」
それって――。
「今の私達の事じゃん」
なんだ。だったら初めから北の地に向かって欲しかったな。そしたら、幸せになれる地だってすぐに見つかったかもしれないのに。
青木の観光っていうだけで、南の島に向かっている事が何だかげんなりしてくる。多分、私がそう思った事を彼は鈍いから気が付いていないのだろう。そんな所になんて行かずに、早く北の地に行ってみたくなった。ここまで来てしまったし、今まで散々助けて貰っていたから、まぁ多少は彼の考えに付き合ってもいいかと自分の気持ちを誤魔化した。
丁度車内アナウンスが流れて、目的の駅に近づいて来た事を知らせてくれる。私と青木はすぐにホームに出られるように荷物をまとめた。
電車が減速して止まりドアが開いたと同時に降り立つ。ホームを抜けて、改札口を通り抜けると、先を歩いていた青木の身体が一気に崩れ、地面に伏した。
突然の事で驚いてしまう。
「えっ?何?どうしたの」
近づいて身体を支えると服越しでも分かるくらいに高熱だった。
直接肌に触れようと額に手をやる。やっぱりかなり熱い。息も荒くなっていた。これ、今すぐに病院に行かないといけないレベルだ。
「いいから、大丈夫だから。……泊まるところを探さないと」
何もかも無視するように青木はつぶやく。それどころじゃない。彼の言う泊まるところというのは公園だ。そこだと悪化してしまう。
「ダメよ、病院に行かないと」
「この時間だと……やってないだろ」
つかさずに突っ込みを入れてくる。そうだけど――。
「救急外来ならやってるわ」
「ダメだ。俺達は病院には行けない。保険証がないだろ。十割負担ってかなりの金額になるぞ。それに絶対怪しまれる」
そんなの言っている場合じゃない。このままだと青木は死んでしまうんじゃないかってくらい、体調が悪く見える。
「本当に大丈夫だから。前にも似たような事はあった。今回も平気さ。いいから早く……」
言いながら青木の意識はすでに朦朧としているのが分かった。
このままでは駄目だ。誰かが心配して声を掛けてきたならば最悪の場合、通報されてしまう。
私は青木の重くて熱い身体を何とか持ち上げて、引きずるようにして歩かせた。そしてそのまま公園ではなく、ビジネスホテルへと向かった。本当はここでも駄目だけれども、ネットカフェよりもマシだろう。
一件目は断られてしまった。身分証明書の提示を求められたので速攻で逃げた。二件目は個人情報を記入する際に年齢を成人と偽ったら確認する事なく部屋を用意して貰えた。
最後の力を振り絞って案内されて部屋へと向かい、中に入るとベッドに青木を投げて横にさせた。そうすると彼は本能的に掛け布団に包まって丸くなってしまった。相当辛いのだろう。
息を整えるためにもう一つの空きベッドに腰掛ける。
いきなりこんな高熱になるわけがない。もしかしたら、相当前から我慢していたのかも知れない。いつからだろうか。さっき電車に乗っていた時には分からなかった。そういえば彼は廃墟のボロアパートで埃まみれになっていた事があった事を思い出す。それが原因かもしれない。それならばかなり前から体調が悪かったという事になる。気づかなかった自分の不甲斐なさを感じた。
部屋がとても静かで青木の吐息だけが部屋の中に響いていた。気を紛らわそうとテレビを付けようとしたけれども、止めた。音が負担になってしまうかもしれない。
やる事が無くなってしまったので、外に出て知らない夜の街を散歩する事にした。
出たからといって、何か出来るわけではない。お金もそんなに無いので、当てもなく歩いていくしか無かった。
歩きながらこの先の事を考える。考え事をするにはうってつけだった。
青木が高熱で倒れてしまったので、どんな結論に至ってもこの旅は終わりの気がした。
その先に私達には選択肢は残されていないのだろう。
何となく歩いていたらドラックストアを見つける。丁度良かったのでその中で風邪薬と食料を確保する事にした。
薬のコーナーに立ち寄って見てみると風邪薬だけでもかなりの種類がある事に驚く。そういえば、今までそういったものを自分で買った事が無かった事に気が付いた。体調を崩した時には母親に買いに行って貰っていたからである。
値段もピンキリで高いものから安いものまである。私は自分の財布と相談しながら少し高めの薬を買う事にした。本当は一番高いものが効くのだろうけれど、そんなに持ち合わせていなかった。
後はカップ麺を数点買って、とりあえずホテルに戻った。
