不動屋に戻ってくると、先程のテーブルに再び座る。車を留めた不動屋さんが遅れて私達の所にやってくると向かい側に座った。
「では、身分証明書を見せて下さい」
青木は言われる事を想定していたようで、すぐに彼のお兄さんの運転免許証を取り出して提出する。不動屋さんが受け取るとそれをまじまじと見て確認してきた。少しドキドキしてきたが、バレるわけがないと自分に言い聞かせた。
大丈夫だ。大丈夫。
「貴女のもお願いします」
不動屋さんが私を凝視してこう言ってきた。
「えっ!私のですか?」
思わず、聞き返してしまったけれども本当は聞き返してはいけなかったのだ。
「いや、契約するのは俺です。こっちは単なる付き添いです」
青木がフォローに入るが何もかも手遅れだった。
「一緒に住むとなりますと、確認が必要なんですよ」
「俺一人で住むんですよ」
「あれ?さっきと言っている事が違いますね。一緒に住むっておっしゃってましたよね?」
不動屋さんが私の方を睨んでくる。
「持っていないか、出せない事情でもあるのですか?」
身体が硬直してしまう。冷や汗が背中から止まらずに口の中がものすごい勢いで乾いていくのが分かった。
「よく見たら、この運転免許証も貴方では無いですよね?ご兄弟のですか?」
不動屋さんは今度は青木の方を睨み始めた。
何もかも無理だった。
私達はお客様で無くなった事を悟った。
何か言わなければ、言い訳をしなければ。そう思い口は開くけれども言葉が出てこない。相手の威圧感ばかりを感じてしまう。何を言ったら、納得してもらえるのだろうか。思いつかない。何を言っても勝てる自信が無かった。
ちょっと失礼しますと言いながら不動屋さんは立ち上がろうとする。行かせては駄目だった。何処かに電話を掛けるつもりなのだろうか。警察だったらおしまい。何もかも。いや、十中八九警察だろう。そしたらここまで逃げて来た旅が全て無駄になってしまう。
止めなくては。でも私の身体は動かない。心の奥底が何処までも恐怖という鎖で絡め取られていた。
終わりだ。そう思った瞬間、誰かが私の手首を思いっきり掴んだ。てっきり不動屋さんが逃げられないように掴んだのだと思っていたけれども違っていた。掴んでいたのは青木だった。
彼は不動屋さんから運転免許証を勢いよくひったくると、そのまま不動屋を飛び出して、一気に駆けていく。私は引っ張られながらついていくしか出来なかった。
「どうしたの?まだ話し中だったよ!」
急な出来事にそう言ってしまったが、もう交渉決裂な事は私にも分かっていた。
「何言ってるんだ!いいからもうここを離れるぞ。警察に通報される!捕まったらおしまいだ」
確かにあの場に留まっていたら、どちらにせよ身柄を拘束されて、おしまいだった。そうしたらまたあの苦しい学校へと戻らなくてはいけなくなってしまう。そんな事は絶対に嫌だった。
「もういいから!分かったから!」
腕を振りほどくと、自分の意思で青木と一緒に駅まで走り始める。駅に到着すると。急いでコインロッカーに置いてあった荷物を取るとそのままやってきた電車に飛び乗る。ここではない何処か。それをまた探さないといけないのだ。電車の自動ドアが閉まるまで、気が気でなかった。もしかしたらあの不動産屋さんが警察を連れてやってくるかも知れない。その事で恐怖だったが、何事もなくドアが閉まると電車はゆっくりと動き出した。
とりあえず、不動屋さんからは逃げられたようだ。やっと安心感を得られるとボックス席に勢いよく座り収まる。その後お互いに溜息をついた。どうやら恐怖を感じていたのは私だけでは無かったみたいだった。
窓から見える知らない街がどんどんと遠ざかっていく。幸せの場所を見つけられると思っていた場所。でも結局見つけられなかった。
向かいの青木は黙っていた。ほら見ろ。やっぱり無理だったのだと文句を言ってくれた方が楽なのに。お前の安易な考えのせいで捕まりそうになったんだぞと責めてくれたらいいのに、何も言ってくれない。
堪えられなくて、涙が出てくる。
「そんなに無謀な事なの?」
青木は返事をしてくれない。
「どうして上手くいかないの?」
ねぇ、お願いだから話してよ。
「幸せになってはいけないの?」
なんで何も言ってくれないのよ。
色んな感情が混じり合って、最終的に感情が黒くなってそこで何もかも停止してしまった。
もう何も考えられない。もう、何でもいいや。
何気なく乗った電車はさらに南へと向かっていた。
もう陸路で南に向かうのが無理な所まで来てしまった事に気付いた。
「では、身分証明書を見せて下さい」
青木は言われる事を想定していたようで、すぐに彼のお兄さんの運転免許証を取り出して提出する。不動屋さんが受け取るとそれをまじまじと見て確認してきた。少しドキドキしてきたが、バレるわけがないと自分に言い聞かせた。
大丈夫だ。大丈夫。
「貴女のもお願いします」
不動屋さんが私を凝視してこう言ってきた。
「えっ!私のですか?」
思わず、聞き返してしまったけれども本当は聞き返してはいけなかったのだ。
「いや、契約するのは俺です。こっちは単なる付き添いです」
青木がフォローに入るが何もかも手遅れだった。
「一緒に住むとなりますと、確認が必要なんですよ」
「俺一人で住むんですよ」
「あれ?さっきと言っている事が違いますね。一緒に住むっておっしゃってましたよね?」
不動屋さんが私の方を睨んでくる。
「持っていないか、出せない事情でもあるのですか?」
身体が硬直してしまう。冷や汗が背中から止まらずに口の中がものすごい勢いで乾いていくのが分かった。
「よく見たら、この運転免許証も貴方では無いですよね?ご兄弟のですか?」
不動屋さんは今度は青木の方を睨み始めた。
何もかも無理だった。
私達はお客様で無くなった事を悟った。
何か言わなければ、言い訳をしなければ。そう思い口は開くけれども言葉が出てこない。相手の威圧感ばかりを感じてしまう。何を言ったら、納得してもらえるのだろうか。思いつかない。何を言っても勝てる自信が無かった。
ちょっと失礼しますと言いながら不動屋さんは立ち上がろうとする。行かせては駄目だった。何処かに電話を掛けるつもりなのだろうか。警察だったらおしまい。何もかも。いや、十中八九警察だろう。そしたらここまで逃げて来た旅が全て無駄になってしまう。
止めなくては。でも私の身体は動かない。心の奥底が何処までも恐怖という鎖で絡め取られていた。
終わりだ。そう思った瞬間、誰かが私の手首を思いっきり掴んだ。てっきり不動屋さんが逃げられないように掴んだのだと思っていたけれども違っていた。掴んでいたのは青木だった。
彼は不動屋さんから運転免許証を勢いよくひったくると、そのまま不動屋を飛び出して、一気に駆けていく。私は引っ張られながらついていくしか出来なかった。
「どうしたの?まだ話し中だったよ!」
急な出来事にそう言ってしまったが、もう交渉決裂な事は私にも分かっていた。
「何言ってるんだ!いいからもうここを離れるぞ。警察に通報される!捕まったらおしまいだ」
確かにあの場に留まっていたら、どちらにせよ身柄を拘束されて、おしまいだった。そうしたらまたあの苦しい学校へと戻らなくてはいけなくなってしまう。そんな事は絶対に嫌だった。
「もういいから!分かったから!」
腕を振りほどくと、自分の意思で青木と一緒に駅まで走り始める。駅に到着すると。急いでコインロッカーに置いてあった荷物を取るとそのままやってきた電車に飛び乗る。ここではない何処か。それをまた探さないといけないのだ。電車の自動ドアが閉まるまで、気が気でなかった。もしかしたらあの不動産屋さんが警察を連れてやってくるかも知れない。その事で恐怖だったが、何事もなくドアが閉まると電車はゆっくりと動き出した。
とりあえず、不動屋さんからは逃げられたようだ。やっと安心感を得られるとボックス席に勢いよく座り収まる。その後お互いに溜息をついた。どうやら恐怖を感じていたのは私だけでは無かったみたいだった。
窓から見える知らない街がどんどんと遠ざかっていく。幸せの場所を見つけられると思っていた場所。でも結局見つけられなかった。
向かいの青木は黙っていた。ほら見ろ。やっぱり無理だったのだと文句を言ってくれた方が楽なのに。お前の安易な考えのせいで捕まりそうになったんだぞと責めてくれたらいいのに、何も言ってくれない。
堪えられなくて、涙が出てくる。
「そんなに無謀な事なの?」
青木は返事をしてくれない。
「どうして上手くいかないの?」
ねぇ、お願いだから話してよ。
「幸せになってはいけないの?」
なんで何も言ってくれないのよ。
色んな感情が混じり合って、最終的に感情が黒くなってそこで何もかも停止してしまった。
もう何も考えられない。もう、何でもいいや。
何気なく乗った電車はさらに南へと向かっていた。
もう陸路で南に向かうのが無理な所まで来てしまった事に気付いた。
